10月 ダリア






ありがとう───





わたしの伝えたいことは

ただひとつ・・・





***



ふわふわとそよぐ秋の風。

頬を撫でる少し肌寒い風に刺激され、隣に眠るミーナの温もりを求めて抱き寄せようと腕を伸ばす。

・・・が、そこに彼女の存在はなく、まだ僅かに残った温もりだけが、少し前まで彼女が居たことを知らしめていた。



重い瞼を開くと、まだ薄暗い室内。

きっと起きるには早過ぎる時間。

不思議に思い、彼女を探し求めるように、重い体を起こして寝室を後にした。





のそりとまだ怠い体を引きずらせながら、リビングへと足を運ぶ。

部屋の隅で、小さな明かりを灯しながら、寝間着のまましゃがみこんで何やら作業に没頭するミーナを見つける。

その足元には、床いっぱいの花。

あちらこちらに手を伸ばし、うーんと唸る声が聞こえてきそうなくらい、その背中は真剣そのもの。


「こんなに朝早くから、何をしているんだ?」





今日は10月14日。

自分たちの結婚式当日。

ゆっくり眠っている場合ではないのは言わずもがなだが、今日一日忙しくなるのは目に見えているのだし、今くらい少しゆっくりと過ごしては?と心配になってしまう。

式の最中に疲れてしまっては、元も子もない。





「わ、わ、わ!おはよう、エルヴィンさん!」


よほど夢中になって作業に没頭していたのか、ミーナは掛けられた声に慌てふためく。

急いで花を片付けようとするが、大量に並べられた花たちは、そんな簡単に片付けられるわけもなく。


「んもー、起きてくる前に作ってしまおうと思っていたのに、間に合わなかった。」


諦めたのか、振り返ったミーナは苦笑いをしながらそう答えた。





「今ね、今日のブーケを作っていたの。」


今日、朝から忙しいのはよくわかっている。

お化粧をして、髪を綺麗にセットして、ドレスに着替えて・・・しなければいけない準備はたくさん。

ウエディングブーケの作成は、普通の花束と違って時間と神経が何倍もかかるもの。

だって、一生に一度の花束なんだもの。

とても手を抜いたものは使えない。

そして生のお花だから、事前に準備しておくのも難しいものだから、当日に花嫁自身が作ろうとすること自体間違っていることくらい、本当によくわかっている。



でもね。

式場の飾り付けをお願いしているエマさんたちに依頼しても良かったのだけど、ブーケだけはどうしても自分で作りたくて。

だって・・・

このブーケは、わたしたちが結婚することになった、キッカケだから。





「ね。覚えてる?このダリア。」


今日に至るまで、どんなブーケにするかとっても悩んだ。

まぁるいラウンドのブーケも可愛いし
ツルが垂れ下がるキャスケードのブーケだって大人っぽい

だけど、絶対に外せないもの。

それは、わたしたちを結んでくれたダリアの花。

そして、花束の中から一輪だけ選ばれて出来上がったような、ダリアのブートニア。

それをどうしても再現したくて、作ろうとしているのはざっくりと束ねただけのクラッチブーケ。


「覚えてるよ。」


ふわりと微笑むエルヴィンさん。

いつもと同じこの表情。

だけど考えてみれば、一年前には今日のこの風景は想像もできない関係で。

抜け出す勇気のなかった暗いトンネルから救ってくれて

わたしを心から愛してくれて

そしてわたしに生き甲斐を与えてくれた。





白いダリアの花言葉─────『感謝』。


今日という日に、この白いダリアの花は、本当にふさわしくて。

ユーカリにスモークツリー・・・
たくさんの深みを与えてくれるグリーンたち

小さな小花はアクセントを添え

それらに包まれた白いダリアは、それはそれはとても際立って。

大人っぽくもあり、それでいてナチュラルで。

そんなブーケは、今日の主役。



一年前にしたように。

そんなブーケの中から選ばれた、一輪のダリア。

そのダリアをブートニアピンでエルヴィンさんの左胸に彩る。





「エルヴィンさん。ありがとう。
そして、お誕生日おめでとう。」





そう伝えて、まだ寝起きの彼に、そっと背伸びをしてキスをした。





「ミーナ・・・」


キスをしたエルヴィンさんは、小さく呟くようにわたしの名前を呼ぶ。


「まだ着替えてもいないんだがな。」


そう言って照れ臭そうに笑ってわたしを抱き締める。

その温もりがあったかくて。

わたしもそんなエルヴィンさんの背中に腕を回す。


「えへへ、そうだね。
でもどうしても今日これをしたくって。
ブーケが完全に出来上がってしまったら、一輪だけ抜くのって実はとっても大変で。」

「急に現実的だな。」

「ほんと。現実はおとぎばなしのようにはいかないね。」


碧い瞳と目が合うと、どちらからともなくふふふと笑みが溢れる。

コツリと額を付き合わせ鼻の頭を擦り寄せながら、エルヴィンさんはわたしの腰をぐっと抱き寄せる。


「改めて、今日からよろしくな。」

「うん、こちらこそ。」


至近距離で見つめる瞳は、とても優しさを秘めていて。

そんな彼を再び抱き寄せ、深い深いキスをした。


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──





ふうっとひとつ大きく深呼吸をする。

今、わたしとエルヴィンさんは、式を挙げる教会の入り口に立っている。

もうすぐ開門。


「なかなか緊張するな。」

「ふふふ、人前に立つことが多いエルヴィンさんでも、緊張するんだ。」

「はは、流石の俺も、結婚式は初めてだからな。」


ほんの少し、いつもより落ち着かないような仕草を見せるエルヴィンさんは、白いタキシードに身を包み、それはとても格好良くて。

整えられた髪型も、一段と男らしさを引き立てている。


「ミーナ・・・」


じっとエルヴィンさんを見つめていたら、わたしの視線に気付いたのか、ふわりと微笑んで頬を撫でる。


「綺麗だよ。」


純白のウエディングドレスに身を包み、左肩に纏めて緩く結われた髪は、沢山の生花が一緒に編み込まれ、気分はどこかのお姫様。

手元には今朝作ったダリアのブーケ。

そして、エルヴィンさんの胸元にはお揃いのブートニア。


“生花の飾りは、主役になる時だけ──”


昔、両親から教えられたお花の豆知識。

脇役の時に生花を着飾ると、その美しさに主役の座を奪ってしまう・・・そんなことを聞かされていたものだから、いつか自分にも結婚式を挙げることがあれば、沢山のお花を着飾ろうと心に決めていた。

肩紐のないビスチェタイプのシンプルなAラインのドレス。

それを彩るように、ドレスにも生花の飾りを。

わたしの人生、こんなにも沢山のお花に囲まれることなんて、きっと生涯で今日たった一日だけ。


「ありがとう。エルヴィンさんも、とても素敵。」


この上ない幸せってこんなことを言うのかしら。

言い表せない感情に、涙腺は緩んでしまいそう。


「泣くのは、もう少し我慢しようか。」


そんなわたしを見兼ねて、エルヴィンさんはわたしの頬を軽く抓る。

そんな仕草さえ、今日のわたしには胸がいっぱいで。

目を瞑り、涙が溢れ落ちないよう、只々コクコクと頷いた。





「では、扉を開きますね。」


シスターの合図とともに鳴り響くオルガンの音。

その独特な音色とともに、ゆっくりとその扉は開かれた。





「わぁ、素敵・・・」


開かれた扉の先。

目に飛び込んできたのは、バージンロードを挟むように設置された参列者が腰掛ける椅子の端にあしらわれた、可愛らしいお花たち。

そして祭壇。

神父様が上がる壇上の両端には、これでもかというくらいのたくさんの花が、それはそれは豪華に生けられていた。

ふと参列者の中に紛れる、エマさんとスザンナさんと目が合うと、にしし、と得意げな表情を浮かべてグーサインを送ってくる。

再び涙腺が刺激される。

こんなにも沢山のお花を、教会中いっぱいにするなんて、本当に大変だったと思う。

花はもちろん、それを据え置く花瓶など、いったい幾つ運び込んだのか・・・


「本当に、ありがとう・・・」


思わず小さく言葉になって口をつく。

横でわたしをエスコートするエルヴィンさんにその言葉が届いたのか、左腕を掴んでいるわたしの手を、エルヴィンさんは前を見据えたまま右手でぽんぽんとなだめると、一歩踏み出す。

そんな仕草が、またとても嬉しくて。

そんな彼への愛おしさで、胸はこれ以上ないくらい満たされる。





大きく鳴り響くオルガンの音。

エルヴィンさんと、一歩一歩踏み出すバージンロード。

その音が、わたしの背中を優しく押してくれた。





愛を誓い合う男女にとって、結婚式はゴールではない。

それはただの通過点。


健やかなるときも
病めるときも
喜びのときも
悲しみのときも
富めるときも
貧しいときも

これを愛し
これを敬い
これを慰め
これを助け

その命ある限り、真心を尽くす・・・


神父様が掲げる誓いの言葉。

その言葉の通り

いつまでもあなたに寄り添い

そして愛してまいります。



今日、あなたはひとつ歳を重ねました。

そして、今日からはわたしたち2人の歴史を重ねる記念日。





今日は10月14日、あなたの誕生日。

いつまでもあなたに、この白いダリアの花を捧げ続けます。





【10月 ダリア FIN】

花季 -hanagoyomi-