朝日のさす窓のカーテンがふわりと揺れる気配で、エルヴィンは目を覚ました。

“あぁ、眠っていたのか”

隣を見ると、クララがスヤスヤと幸せそうな顔で眠っている。





昨夜は、二人とも無我夢中で抱き合った。

それまで埋められなかった空白の時間を埋めるように。

力尽きたのはもう薄明るくなった明け方だった。

何度目かの絶頂を迎え、二人は気を失うかの様に眠りに落ちた。





まだ重い瞼をこすり、エルヴィンは上半身を起き上がらせる。

シーツに包まったクララの身体には、自分が付けた沢山のキスの跡が赤みを帯びて見え隠れしている。

“ちょっとやり過ぎたか・・・”

エルヴィンは頭を掻く。


「う・・・ん」


クララが寝返りを打ちながら、エルヴィンに寄り添ってくる。

可愛い・・・

一旦起こした上半身をまた横にし、寄り添うクララの顔を覗き込んでは髪を撫でる。

チュッ

クララの額に優しくキスをする。

そろそろ起きなくては。

今日も、朝から次の壁外調査のための会議がある。





エルヴィンは起き上がり、シャワーを済ませた後支度する。

そう言えば、エルヴィンなどの幹部の自室には個別にシャワーがあるが、クララの部屋はどうだっただろう。

一般兵士たちは大部屋だから、もちろん風呂場も共有スペースだ。

クララは職種が特殊だから部屋は個室だが、シャワーは確か付いていないはずだ。

この自分のつけた沢山のキスマークのおかげで、しばらくシャワーに行きにくいのではないだろうか。

そう思うと、急に申し訳なくなってしまった。





エルヴィンはペンを取り、クララ宛に手紙を書くと、引き出しから合鍵を取り出しては、手紙と一緒にベッド横のテーブルにそれを置いた。


「おやすみ。もう少し休むといい。」


エルヴィンはクララの頬に軽くキスをして、自分の部屋を後にした。






エルヴィンが団長室に着くと、昨日の宴会の残骸が残っていた。

簡単に片付け、残りはハンジにでも任せようと思い、自分は机に向かった。

椅子に座ると、心地良い疲労感が全身を襲う。

目を閉じると昨夜のクララの温もりを思い出し、この上ない幸福感でいっぱいになる。





“エルヴィン・・・”


何度も囁かれた、自分の名前を呼ぶクララの声が頭の中に響き渡る。

夢じゃないだろうか・・・

そう思いながら、エルヴィンは目を閉じ昨夜のことを思い出しては、余韻に浸っていた。






「おはよう!エルヴィン!」


突然ハンジが部屋に入ってきたので、エルヴィンは内心驚きながら、でも出来るだけ平穏を保つ様気を付けながら答える。


「ああ、ハンジ。おはよう。」


エルヴィンは机の上の書類を手に取った。





いつもと変わらない光景。

でもハンジは、昨日のクララとエルヴィンのその後が気になって仕方がなかった。

だが、どうやって聞き出そう。

エルヴィンはいつも本音を上手く隠して話す。

上手く聞き出さないと、はぐらかされるだろう。





「昨日の片付け、まだだったんだね。」


ハンジは昨日の散らかったものを片付けながら、会話を探り出す。


「ああ。昨日は私の祝いだったのだろう?
だから片付けは君に任せる。」

「確かにそうだね!」


会話が続かない。

エルヴィンの様子を伺うと、手に取っていた書類に何か書き込んでは、また次の書類へと手を移していた。

やはり、もう仕事モードなのだろうか・・・


「会議、九時からだっけ?
みんな遅いよね。」

「まだ八時だぞ。
昨日も遅かったし、君の来る時間が早すぎだ。」


時間の感覚はあるんだ。

でも、今日のエルヴィンにとって八時は早い時間という認識なのか。

いつも早起きのエルヴィンにしては珍しいような・・・





相変わらず書類に目を通すエルヴィンの姿。

やはり、いつも通りだ。

でもきっと昨日のクララの泥酔の様子なら、何もないはずがない。

クララは部屋に帰ったんだろうか?

ちょっとカマかけてみようかな。


「さっき食堂の前を通ったら、クララらしき人を見つけてさ。
よく昨日の泥酔で朝早く起きられるもんだよね。」

「それは人違いだ。
彼女はついさっきも、まだぐっすり寝てたからな。」

「!!!!!!」


迷いもなく答えるエルヴィンに、ハンジは目を丸くする。

えっ!?それって・・・





急に静かになったハンジを不思議に思い、目を通していた書類からハンジに視線を移すと、ハンジが目を見開きながら驚いているので、エルヴィンは今自分が何となく発した言葉を思い出しては、しまった!という顔をする。


“ハメられた・・・”





「ふ〜ん、エルヴィンよく知ってるんだね〜。」


ハンジがニヤニヤしながらエルヴィンに近寄ってくる。


「・・・いや、今日はティアナが朝食の準備をすると言ってたから、寝てるだろうと思っただけだ。」


先程の発言とは矛盾するような答え。

平穏を装っているように見えるが、明らかに慌てている。

ハンジはエルヴィンの肩をポンポンと叩く。

こうなったらとことん攻めよう。


「いいよいいよ、無理に隠さなくったって。
素敵なバースデーを送れたのなら、私もパーティーを提案した甲斐があったってもんだ!」

「・・・・・・・・・」


エルヴィンは右手で顔を覆い、はぁと深い溜め息をついた。


「で?クララは今どこに?」


ハンジの興味心は興奮を増すばかり。

あぁ、もう手に負えない。

エルヴィンは観念した。


「・・・私の部屋で寝てるよ。」


溜め息混じりの小さな声で答える。

それを聞いたハンジは、満足そうに言う。


「そう!それは良かった!
エルヴィン、おめでとう!!」


そして嬉しそうに、スキップしながら団長室を出て行った。






チュンチュン・・・


小鳥の鳴く声で、クララはふと目を覚ます。

見慣れない天上。

見慣れない部屋。

そして、気怠い感覚が全身を襲う。


“あぁ、昨日はエルヴィン団長の部屋に来てたんだ”


しかも、エルヴィンの姿はない。

どこに行ったのだろう。





それより、どうしてこうなったんだっけ?

ハンジに誘われてエルヴィンの誕生日会に参加することになり、コップ一杯のワインを飲んだもののすっかり気分が良くなってしまい、その後の記憶が全くない。

途中で眠っていたのか、気付いたらエルヴィンが自分にキスをしていた。

そして無我夢中で求め、部屋に運ばれ今に至る。


「私・・・お酒の勢いで迫っちゃったのかな・・・」


記憶が無い部分もあってか、急に不安になり青ざめる。

“どうしよう、嫌われてたら・・・”

そう思いベッドでうずくまっていたら、横の小さなテーブルに鍵と一枚の紙が置いてあるのを見つける。

不思議に思って取り上げてみると、エルヴィンからの手紙だった。


『クララへ
おはよう。よく眠れたかい?
私は会議があるから先に出るよ。
目が覚めたら部屋のシャワーを自由に使うといい。
片付けもしなくていいからね。
あと、部屋の合鍵も渡しておく。
私は部屋に居ることは少ないが、好きに使うといい。

昨夜はありがとう。
幸せなバースデーだったよ。エルヴィン』


“幸せなバースデー・・・”


クララの顔が赤面する。

私も幸せな夜でした。

顔を覆い、さっきとは違う意味でうずくまる。






ベッドの上でうずくまっていると、クララはふと自分の身体の異変に気付く。


「えっ・・・」


身体中に無数のキスマークが付いている。

胸、腕、お腹、太もも・・・

その他の場所にも、一体いくつあるだろう。

クララは赤面どころか顔から湯気が出そうだった。

そして、我に帰ってみると、ベッドの上が酷いことになっていた。

シーツが無茶苦茶なのはもちろん、何のシミなのかよく分からないシミが至る所にあり、所々エルヴィンの果てた跡も見られる。


「・・・・・・」


クララは絶句した。

“こんなの、見てられない・・・”

昨夜の激しい行為の跡をまじまじと見せつけられ、クララは顔から火が出る思いでベッドの上を片付ける。

そして、申し訳ない気持ちで部屋にあるシャワーを借りては、自分の部屋に帰る準備をした。

時計を見ると、もうすぐ11時。


「いけない!お昼ごはん!」


クララは慌てて汚れたシーツを抱え込み、エルヴィンが置いていった手紙と合鍵をギュッと握って、自分の部屋へと帰って行った。






「ごめんなさい、ティアナ!
寝坊しちゃった!!」


クララがエプロンをつけながら、慌てて調理場に入ってくる。


「いいえ、大丈夫ですよ。
ハンジさんが、今日はクララさんは遅刻するかもしれないから、献立を見て先に作っておいてと頼まれていたので、もう準備は終わっています。」


ティアナは屈託無い笑顔をクララに向けながら言う。


「ゆっくりとお休みできましたか?」


「えっと・・・」


何と答えていいのだろう?

ハンジが私の遅刻を予測していた?

なんで?

昨日の記憶の無い時間に何かあった?

ティアナは何か聞いたのだろうか?

ぐるぐると考えがまとまらない。





「クララさん、毎日無理させ過ぎちゃって、すみません。
私がもう少し頼り甲斐のある調理人なら良かったんですけど・・・」


自分を責めているティアナを見てハッとする。

いやいや、自分のことばかり考えている場合じゃない。


「ありがとう、ティアナ。
昨日はゆっくりさせてもらったわ。
寝坊するくらいにね。
ゆっくり出来たのも、ティアナにここを任せられるからだよ。」


クララはティアナにウインクしてみせた。

ティアナは、嬉しい!と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべていた。






「クララ〜〜〜!!」


ティアナと笑い合っていると、後ろから不気味な笑い声とともに自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

ハンジだ。


「お・・・おはよう、ハンジ。」

「おはよう?もう昼だけどね?
寝すぎなんじゃない?」


眼鏡の奥が妖しく光っている。

嫌な予感がする。


「ねぇ、ティアナ。
もうお昼の支度は済んでるんだよね?
クララをちょっと借りてもいい?」

「は、はい。大丈夫です。」

「だって、クララ。
ちょっといいかな?」


とても断れそうな雰囲気は微塵もなく、半ば強制的にハンジはクララを中庭に連れ出した。





「な・・・何?ハンジ。」


中庭のベンチに座ると、クララは恐る恐るハンジに尋ねる。


「何って、こっちが聞きたいんだよ。
昨日はあれからどうしてたの?」

「あれからって、私もお酒を飲んでからの記憶がなくて・・・」

「やっぱ、記憶なかったんだ。
かなり酔っ払ってたもんね。
みんなに絡みまくってたよ。」


ハンジはニヤニヤ笑う。


「絡む・・・って、私何してた?
あぁ、もう皆に会わす顔がないわ。」


クララは両手で顔を覆い、ガックリとうな垂れる。


「いやいや、楽しかったよ。
でも、クララがそんなにエルヴィンの事を好きだったなんてね〜。
見ているこっちが恥ずかしくなったよ。」


えっ?

ちょっと、意味がわからない。

私、何したの?


「ど、どういうこと?」


クララは気が動転していた。


「さぁね。それはエルヴィンに聞いてみるといいんじゃない?」


意地悪にハンジは言う。


「あ、もう行かなくちゃ。
こないだ捕獲した巨人が待ってるからね〜。
クララも、こんな気持ちでエルヴィンに会いに行くのか!
くぅ〜!!最っ高に、滾るね〜!!」


そう言って去って行った。

クララは、呆然とハンジの後ろ姿を見送っていた。






夜、比較的早い時間。

エルヴィンは自分の部屋へと向かう廊下を歩いていた。

今日は疲れた。

朝は睡眠もままならないまま仕事に取り掛かり、だるい身体に鞭打って会議や書類作成に勤しんだ。

途中、ハンジに余計な詮索をされ、ミケには鼻で笑われ、リヴァイには憐れむような目で見られ、いらぬ疲れも増した。

部屋に帰ったら、今すぐにでも寝たい。





カチャ・・・

部屋の鍵を開け中に入ると、ふわりとした石鹸の香りが立ち込める。

目に入ったのは、バスタオルを巻いた風呂上がりのクララだった。


「あ・・・おかえりなさい・・・
シャワーをお借りしていました。」


“おかえりなさい・・・”

迎え入れてくれる存在がいることが、こんなにも幸せなものなのか。

エルヴィンは、胸いっぱいの幸福感に包まれていた。






目を細め、優しい笑顔をクララに向ける。


「ただいま。
ゆっくりするといい。」


慌てて着替えようとするクララ。

バスタオルの隙間から、自分の付けたキスマークが見え隠れする。

そっとクララに近寄りバスタオルを剥ぎ取ると、柔らかな美しい曲線が目に入る。

湧き上がる興奮を抑え、クララに言う。


「その・・・これはすまなかった。
夢中で止められなかった。」


赤みを帯びた跡を順番に撫でる。

クララは撫でられる度に震えるような快感を覚えるが、それを隠して優しく微笑む。


「いいえ。
起きて気付いた時は正直びっくりしたのだけど、あなたとの時間が記されているようで、今日一日幸せでした。」


エルヴィンは、クララの言葉にたまらなくなって、ぎゅうっと抱きしめる。

“愛おしい”


「クララ。
今夜もう一度君を抱きたい気分だが、今日はもう疲れて身体が動かない。
だがこのまま帰す気もない。
悪いが一緒に添い寝してくれないか?」


いつも威厳たっぷりのエルヴィンが、懇願するように言う。

なんだかたまらなく可愛らしい。


「いいわよ。
あなたが眠るまで髪を撫でててあげる。
夜が明ける前には仕事に出るけど、それまで私も一緒に寝かせてね。」






クララはシャツを羽織り、二人はベッドに横になる。

金色のサラサラした髪を撫でると、エルヴィンは安心したように目を閉じる。

ふと、クララは昼間のハンジの言葉を思い出していた。


「そういえば、エルヴィン団長・・・」


「ん?」


クララが髪を撫でるのを気持ち良さそうにしながら、目を閉じたまま無防備な格好で答える。


「昨日、私宴会でお酒を飲んだ後、どんな様子だったのですか?
ハンジにからかわれたのだけど、教えてくれなくて・・・」


「あぁ、やはり覚えていないか。
そうだな、俺のいない所では、君はもう酒は飲まない方がいい。」


目を閉じたまま、答えになっていない答えを告げ、クララをギュッと抱き寄せる。

そして、消え入るような声で続ける。


「それから、二人きりの時は、肩書なしで呼んで欲しい・・・」


そう言っては、スヤスヤと眠りについた。

大きな身体なのにまるで子犬のような仕草に、クララは優しく微笑み、そっと瞼にキスをした。




花季 -hanagoyomi-