未来へ
泣いても
叫んでも
落ち込んでも
世界はとても変わる気配はない
どんなに辛くて悲しくても
どんなに絶望に打ちひしがれても
お腹は空くし
眠気も襲ってくる
それが現実・・・
兵舎で仕事をしていたリヴァイは、空腹に耐え切れず、何か食べようと食堂を訪ねようとしていた。
だが、クララには会いたくなかった。
というより、会わす顔がなかった。
エルヴィンの死に場所を決めたのは、紛れもなくリヴァイ本人で、自身もそれをよく理解していた。
あれから半年が経つが、これで良かったのかと思い返さない日はない。
クララの身にも変化があった。
日に日に大きくなるお腹を見て、エルヴィンの子を宿していることは、手に取るようにわかった。
“自分が二人を引き裂いた”
クララを見かけるたび、そんな自責の念がいつも頭をよぎる。
食堂に着くと、誰も居る気配はない。
今の隙にカウンターにいつも置いてあるパンでも頂いていこう、そう思って食堂に足を踏み入れる。
すると、どこからか小さな歌声が聞こえてきた。
眠りなさい
眠りなさい
私の腕の中で
眠りなさい
眠りなさい
私の胸の中で
どこかで一度は聞いたことのあるような子守唄だ。
声の元を辿っていくと、食堂の一番奥の窓際の席で、クララが愛おしそうに自分のお腹を撫でながら子守唄を歌い、窓の外をぼんやりと眺めていた。
あぁ、あそこからは、確か兵士の訓練場が僅かに見える。
いつもエルヴィンは早朝にトレーニングをしていた。
きっと、いつもあの場所から奴を見つめていたのだろう。
リヴァイはそう思い、気付かれないようそっとその場を離れようとした。
しかし、静かな食堂の揺らぐ気配にクララはふと気付く。
「リヴァイ兵長」
透き通った声が食堂に響く。
「ティータイムかしら?
良かったら、ご一緒にどう?」
そう声を掛けた彼女は、とても柔らかに微笑んでいた。
クララに呼び止められ、断る理由も見つからないリヴァイは、クララの言われるがままにクララの座っていた向かいの席に腰を落とす。
クララは少し待っててと言い、リヴァイに紅茶とお昼に焼いたであろうパンを差し出す。
ふんわりと優しい香りがした。
しばらくの間、二人の間には沈黙が流れた。
居たたまれなくなり、リヴァイが口を開く。
「クララ、俺を恨んでいるか?」
クララは驚いた表情でリヴァイを見る。
そして、ふふっと小さく笑い、話始めた。
「急に何を言うのかと思ったら・・・
ずっとまともにお話してなかったものね。
ごめんなさい。
いいえ、あなたを恨んでなんかいないわ。」
エルヴィンが不在となってすぐ、調査兵団ではひとつの揉め事があった。
それは、延命のために、巨人化の薬を誰に使うべきだったか・・・という、たらればの話。
人類の希望と称される団長のエルヴィンに使うべきだった、と大半の人は声を大にして訴えていた。
そしてそれは、決断を遂行したリヴァイに対して、最も非難が集中していた。
クララの元にも、そんな話は耳に届いていた。
だけど、クララはリヴァイを恨んだりする気持ちなど、これっぽっちも生まれてはいなかった。
クララは、遠い日を思い出すように続ける。
「私とエルヴィンはね、きっと寂しさを埋め合う同士だったんだと思うの。
恋人のように過ごしていたけど、でもお互い、それまで生きてきた道は捨てられなくて。
だから、二人で共に歩む未来を進む勇気がなかった・・・
私は私。
エルヴィンはエルヴィン。
それは誰が何をしようと変えられない事実。
だから、あなたが気負う必要はないわ。」
そして、クララはリヴァイに面と向かって微笑む。
「そして、ありがとう。
彼を重責から解放してくれて。
エルヴィンはいつも何かに囚われたように生きていた。
寝ている時だってそう。
いつもうわ言でうなされていた。
片腕を失ってからは特にそう。
だからもう、リヴァイ兵長も自分を責めるのはやめて。
私は大丈夫だから。」
そう言うクララは、悲しみ一つ見せない柔らかな笑顔だった。
「それでも・・・
あいつが生きていたら、今頃お前の身体の異変を一番に喜んでいただろうな。」
リヴァイはクララの大きくなったお腹を見つめて言う。
すると、クララは茶目っ気たっぷりに笑い出す。
「それはどうかしら。
無事に帰ってくるってことは、巨人になれる能力を持ってってことでしょう?
失った右腕も復活して、さらなる調査兵団の活躍に躍起になっていたと思うわ。
そしたら、尚一層私のことよりも調査兵団第一になって、私なんかお荷物よ。」
そして、改まってリヴァイに言う。
「だから、大丈夫。
心配してくれてありがとう。」
「それにしても・・・」
少し間を置いた後、クララは楽しそうに話す。
「エルヴィンって、ホント実は嫉妬深くて独占欲が強かったんだなと思わない?
たった一度のことだったのに、赤ちゃん置いて逝っちゃうなんて。
私、結婚してた時、十年以上も身篭らなくて悩んでたのよ。
笑っちゃう。」
そして、切なくとも儚げな表情で続ける。
「・・・だからね、私が後生きてる間は、彼に束縛されて生きてみようかなと思うの。
ねぇ、リヴァイ兵長はどう思う?」
大切に、守るように、きゅっとお腹を抱き締めながら話すクララは、もうすでに母の顔が見え隠れしていた。
「さぁな。俺が決めることじゃない。」
リヴァイは面倒そうにそう言いながら、心の中で今は亡きエルヴィンに誓っていた。
エルヴィン、お前の惚れた女はとてつもなく強いな。
でもそれでいて儚い。
俺はお前のようにこいつを愛することは出来ないが、お前の守りたかった命、代わりに俺が守ってやる。
命の続く限りな。
それが、せめてもの償いだ・・・
その後・・・
冬が過ぎ、春がやってきては草花が芽吹き蝶が舞う頃。
ウォール・マリアから巨人が一掃され、シガンシナ区を拠点とする住民の入植が許可されていた。
一度目の「超大型巨人」襲来から六年。
調査兵団は、新たな局面を迎えていた。
ウォール・マリア外の壁外調査を進める方針が決定されていた。
調査兵団が出発する日。
クララは小さな赤子を抱いていた。
金色の髪にブルーの瞳。
エルヴィンにそっくりの男の子だった。
「行ってくるよ、クララ。」
ハンジは言う。
「えぇ、気をつけて。
そして、無事に帰って来てね。」
クララは微笑む。
それは、儚い約束だとは解っていても、そう願わずにはいられない。
「それにしても!
ほんとエルヴィンそっくりだよね!
そう思わない?
クララ・スミスさん。」
ハンジは茶化すように言う。
「もう、名前のことはあれ程からかわないでって言ったじゃない。」
クララは膨れる。
「でも、もう死んだ人との婚姻関係を結ぶなんて、本ッ当に大変な手続きだったんだからね!
私にはからかうくらいの権利はあると思うんだけど。」
ハンジは笑う。
「だから何度も言ったじゃない。
私のためじゃなくて・・・」
「「この子にスミスの名を継がせてあげたいから」」
ハンジがクララと声を合わせて言う。
何度重ねたやりとりだろうか。
目を合わせ、クスクスと笑い合う二人。
「茶番はもういい。行くぞ、ハンジ。」
リヴァイが言う。
「待って。」
クララが止めに入る。
「リヴァイ兵長、お願いだから、出発する前に一度この子を抱いてあげて。
エルヴィンの遺した命。
あなたにも感じて欲しいの。」
リヴァイは躊躇した。
まだ一度もエルヴィンの子を抱いたことはなかった。
父を奪ったのはこの自分。
抱くことは許されるだろうか。
クララに促され、その小さな命を抱き上げる。
目が合うと、ふわっと微笑みかけてくるこの小さな命は、紛れもなくこの世に舞降りた天使だった。
「どんなに辛くて孤独を感じても、この子はいつも笑いかけてくれる。
絶望的だと思っていたこの世の中だけど、世界はまだ優しさで包まれている。
この子が生まれてきて、心からそう思うようになったわ。」
クララは愛おしそうに我が子を見つめながら言う。
ハンジもリヴァイも、心の中に暖かい灯火が灯ったように、優しい表情をしていた。
「さぁ、行こうか。」
ハンジが声をかける。
希望を捨てない限り、未来はまだまだ捨てたもんじゃない。
希望を見つけに行こう。
花季 -hanagoyomi-