いつか




『拝啓
若葉の爽やかな香りに伸びやかな気持ちになるこの頃。
ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、日頃から私どもの牧場に多大なご支援を頂き大変感謝しております。
春になり、馬たちも繁殖期を迎え大変活動的になっております。
(中略)
お忙しいとは思いますが、今後の意見交換も兼ねて一度牧場の見学にいかがでしょうか。
家内も手料理を振る舞うことに張り切っております。
それでは、良い知らせをお待ちしています。
まずは書面にてご挨拶まで。敬具』


「で、なに?エルヴィン。
私にこんなもの読ませて。」


団長室では、ハンジは首を傾げながら私に問い掛けていた。

読んでいた便りは、先日調査兵団で使用される馬の飼育を全面的に任せているシュルツ氏から私宛に届いたもので、簡潔に言うと“もてなしをしたいから是非来て欲しい”という招待状だ。

調査兵団に馬は絶対不可欠なものであることは間違いないし、下手に中途半端に育て上げられた馬と壁外に出ようものなら、犠牲の数も計り知れないだろう。

そのため、便りの主は馬の育成に関しては天下一品であることから、私も調査兵団の予算からかなりの投資をしている。

相手方からしたら、そのお礼をしたいようだ。

しかし、馬の育成を行なっているその場所はローゼ内の中でもかなりの外れで、ここから朝馬を飛ばして行ったとしても、着くのは夕方になるだろう。

行くだけで一日。

もてなしを受け、馬の育成について話を聞き、意見交換するのに一日。

また兵団宿舎まで戻って来るのに一日。

ザッと見積もっても三日仕事になることは明白だ。


「便りの主のシュルツ氏には、お礼も兼ねてお会いしたいのは山々だが、何せ遠過ぎる。
だからハンジ、君に行ってきて貰いたいんだが。」


そう言うと、ハンジは不服そうに答える。


「ちょっと待ってよ。
私だって、こないだ捕獲した巨人の研究予定が目一杯詰まってるんだよ!
今兵団を留守にするなんて無理だね。」

「そうか。なら、ミケに頼むか。」


ハンジが駄目なら次だと言わんばかりの返答をすると、眼鏡を怪しく光らせてハンジは答えた。


「私にいい考えがあるよ。
今度、二連休の調整日があるよね。
その前日からエルヴィンは休みだ!
だから、エルヴィンが行ってくればいい。
長旅は退屈だろうから、付き人も一緒にね!」





「あら、エルヴィン。休憩?」


夕方、食堂に足を運ぶと、クララが慌ただしく夕飯の支度をしていた。

ハンジに今度の調整日にクララとシュルツ氏のところへ行って来いと言われ、最初は困惑したものの、確かにクララと二人で出掛けることなどそうそう無い訳で、たまには彼女を連れ出すのも悪くないか・・・と思い、ハンジの提案をのむことにした。


「クララ、今度の調整日は何か予定はあるか?」

「あぁ、今度の二連休?
今ちょうど苺の美味しい季節でしょう。
去年、王都の市場で立派な苺が売られてたの覚えてる?
あれをまた買いに行こうと思ってて。
ミケ分隊長が王都に行かれるっていうから、一緒に連れて行ってもらうの。」


そう意気揚々と答えるクララ。

楽しそうに話すその姿は可愛らしくもあるが、何故貴重な休みにミケと出掛ける予定を立てている?

しかも、私はその話を聞いていない。

腹の底からフツフツと湧き上がるものを感じ、つい言ってしまった。


「悪いが、その予定はキャンセルしておきなさい。」

「え?」

「休みの前日から仕事に付き合って欲しい。」

「私が?」

「なんだ、嫌か?」

「嫌とかじゃなくて、何の仕事?私に頼むなんて。」

「詳しくはまた後で話す。
とにかく、休みの前日から三日間予定を空けておくように。」

「ちょ、ちょっと!」


クララは不服そうに声を張り上げたが、自分の要件だけを伝えると食堂を後にする。

全く、私は何をしているというのだ。

素直に“出掛けよう”と言うつもりで来たのに、ミケに嫉妬なんかして、みっともない・・・

居た堪れなくなり、クララとまともに話すことなくその場を離れてきた。

とにかく、少し冷静を取り戻してから改めて話をしよう。

そう思い再び団長室へ戻った。





「もうっ!
突然やって来て、理由もなく“その予定はキャンセルしておきなさい”って、そんな威圧的に言われると口答えしたくなっちゃうわよ。」


私は、夕飯が終わった後の静かになった食堂で、事情を聞かされたハンジに愚痴をこぼしていた。


「いや、それはクララも悪いね。
折角の連休なのに、勝手にミケと苺買いに行く予定立ててたんだろ?
そりゃ、エルヴィンの機嫌も損ねるよ。」

「だって・・・、あの苺、また食べたかったんだもん・・・」


もごもごと滑舌が悪くなっていく。

子供かよ!と言いたくなるような理由を口にしながら、なんだか自分で自分が情けなくなってくる。


「まぁ、とにかく!
折角だから、三日間二人でのんびり旅行を楽しんでおいで!
そんな機会、滅多にないんだから。」

「う、うん・・・
エルヴィンには何て話せばいい?」

「なに?そんなことまで世話焼かなきゃいけないの?」

「だって・・・」

「さっきから“だって”ばっかりじゃん!
素直に一緒に連れてって♡とか言えばいいんだよ!」


段々と苛々し始めたハンジは、そう私に言い放つと、腰掛けていた食堂の席を立ち「じゃあね!」と言って自室へと帰って行った。





コンコン・・・

団長室の扉がノックされる音が響く。

もう随分と遅い時間なのにも関わらず、まだ何か仕事か?とうんざりとしながらノックする主に入るよう促すと、ひょっこりとクララが顔を出しておずおずと部屋に入ってきた。


「忙しいところ、ごめんなさい・・・」

「いや、どうした?」


クララが会いに来てくれたことは正直なところ嬉しかったが、夕方の件があったので、素直になれず愛想のない返答をする。

私もまだまだ子供だな・・・

自分の行動を直視できず、手元の書類に目を掛ける。


「あの・・・、夕方はごめんなさい。
ハンジに聞いたわ。
仕事ついでに旅行に連れて行ってくれるって聞いて・・・
なのに、私、勝手に出掛ける予定決めちゃってて。
今からでも、連れて行ってくれる?」


弱々しく話すクララの声に驚いて顔を上げると、困ったような顔をして少しばかり俯いていた。

そんな姿にふっと笑みが溢れる。

席を立ち上がり、クララの側に歩み寄るとつい悪戯な質問をしたくなる。


「ミケはいいのか?」

「さっき会って、用事が出来たからまた今度お願いって言ったら、苺買って来てくれるって。」

「後から出来た用事を優先させてもいいのか?」

「だって・・・エルヴィンと旅行に行くことなんて、そんな機会滅多にないし・・・」


そう言うと、ねぇもういいでしょ?と小さな声で言い、俯いたまま近付いた私の袖をクイッと引っ張る。

あぁ、駄目だな。

いつもお茶目でにこやかなクララが、こうしおらしく私にすがっている姿を目にすると、堪らなく愛おしく思えてしまう。

思わず抱き寄せて、耳元で吐息混じりにそっと囁く。


「丸三日、君を独り占めしていいか?」


一瞬クララは身体を強張らせてビクついていたが、腕を私の背中に回し抱き締め返すと、うんと小さく頷いた。





出発の当日。

兵士たち皆休みは明日からというのもあり、あまり堂々と二人揃って出掛けては周りの目も気になるので、早朝に馬小屋で待ち合わせをする。

仕事は、やらなければいけないことはハンジに引き継ぎ、クララもまた今日の食事の用意は、前日に仕込めるものは前日に終わらせ、残りはもう一人の調理人のティアナに任せたようだった。

長距離を馬に二人乗って行くというのもあり、クララはいつものロングスカートではなく、あまり見慣れないパンツスタイル。

荷物は背中のリュックに詰めてあるようで、格好だけを見ると登山にでも行くようだ。


「お洒落してお出掛けしたかったけど、一日かけて馬で移動するんでしょ?
女っ気ない!とか言うのは無しにしてね。」


そう言って、クララはペロリと舌を出しておどけてみせた。

そんな私も今日は兵服を着ていない。

シュルツ氏に挨拶に行くだけだし、それに何となく、クララと二人の時間が多い今回の旅に、団長の肩書きはあまり必要ないと思え、兵服を着る必要性を感じなかった。


「そんなことは思わないよ。
それより、いつもと違う雰囲気の君もいいもんだな。」

「そう言うあなたも私服なんだね。
なんだか・・・ほんとにデートみたい。」


ちょっと照れるクララに手を差し伸べる。


「さぁ、道中は長いし行こうか。」

「うん、よろしくね、エルヴィン。」


そう言って、クララは私の手を取った。





春のぽかぽかとした暖かい日差しの中、私はエルヴィンの馬の後ろで乗馬を楽しんでいた。

自分一人ではとても馬には乗れないけれど、こうやってエルヴィンの背中に掴まって風を切って走るのは、結構気持ちが良い。

草原を駆け抜けている時、近くを小動物か何かが走っているのが横目に見えて、なんだろう?と思い、エルヴィンに掴まっている手を緩めてそちらを見てみると、エルヴィンはわざと馬をジグザグに走らせ私を脅かそうとする。

突然のことに、思わず「きゃー!!」と悲鳴を上げてエルヴィンにしがみつくと、心底楽しそうに声を上げて笑う。

「もうっ、怖いから本当にやめて。」

涙声でエルヴィンに訴えると

「悪い悪い、ついな。」

そう笑いながら答える。



本当に・・・今日は夢見たい。

普段エルヴィンは忙しくて、こんなお日様の上っている時間に二人きりで会うなんて、とてもじゃないけど考えられない。

いつもは、早く仕事が終わった日の寝る前に部屋でお話ししたり、仕事の合間にちらりと会うくらいしか、接点がない。

たまに、ずっと続けている早朝のパンの試食会もしてみるけど、それも毎日ってわけにはいかない。

だから、三日間もエルヴィンと二人で過ごすなんて、こんな贅沢なこといいのかな・・・なんて胸がいっぱいになる。



なんだか無性にエルヴィンが愛おしくなって、抱き着いている背中をぎゅーっとキツく抱き締める。

そしたら、「どうした?」と不思議そうな声で抱き締める私の手を撫でる。

「なんでもないよ。」

そう答えると

「そうか。」

それだけ言ってまた馬を走らせるのに専念している。



“大好き”

そう伝えたいけど、今言ったところでエルヴィンがどんな顔をするのか見えなくてつまらないから、今は言わないんだ。

でもね、本当に大好き。

お日様の下で平和な時間を過ごしていると、そう思わずにはいられない。





随分と馬を走らせた頃、そろそろお昼ご飯にしよう?とクララに提案され、丁度良い木陰を見つけそこに馬を繋ぐ。

木陰に腰掛けると、クララは背中のリュックから包みを取り出しそれを嬉しそうに広げる。


「今日はね、サンドイッチにしたの。
干し肉が少し残っていたから、こっそりそれも挟んできちゃった。」


手渡されたサンドイッチは、干し肉の他にも野菜やら卵焼きやら具がたくさん詰まっていてとてもボリューム良く、こんな贅沢いいのか?と思えるほどに、美味しそうなものだった。


「職権乱用も甚だしいな。」

「そんなことないよ。役得って言ってくれる?」

「それにどうせまた、一緒に食べるから私も同罪って言うんだろう?」

「もちろんよ。」


そう言葉を交わすと、ふふっと笑い合う。

そんな平和なひとときが私たちを包む。





サンドイッチを食べ終え、愛馬に水をやり世話をしてから、そろそろ出発しようかとクララに声を掛けようとすると、木にもたれ掛かってうたた寝をしていた。

きっと今日休むために早起きして仕事を終わらせてきたに違いない。

そう思うともう少し休ませてやりたい気もするが、目的地はまだまだ遠い。

そうゆっくりしている時間もない。


「クララ、そろそろ行こうか。」

「・・・ん、」


眠そうに目を擦るクララの頬を撫でるが、まだうとうとと目を瞑ったままなので、悪戯にキスをする。

キスをすれば、クララもまた啄むようにキスを返してくるので、負けじとこちらからもキスの雨を降らせる。

お互いにキスをし合っていると、唇を合わせていただけの軽いキスが、いつの間にか濃厚に舌を絡め合うようなキスに変わっていた。





エルヴィンの熱いキス。

そんなつもりなかったのに、優しいキスを落とされたら、いつの間にかどちらからともなく濃厚なキスに変わっていた。

私、このキスに弱いのに・・・

そう思いながらも、いつもエルヴィンのキスに酔いしれてしまう。

お互いに求めるような格好でキスしてるうちに、段々とエルヴィンが覆い被さってくる。

ふわりと背中に草の感覚がすると、青空が目の前に広がり、少し首を傾けると、シロツメクサがふわふわと揺れてその周りを蝶が舞う光景が目に付く。

あぁ、今外なんだ・・・

そんなことをぼんやりと考えてたら、首筋でちゅうっと小さく音が鳴った。


「えっ!?ちょっと・・・」


慌ててエルヴィンを見つめると、悪戯に微笑んで私の首筋を撫でる。


「つい、付けてしまった。
だがきっと帰る頃には消えてるよ。」


そんな言い訳するってことは、結構目立つのかしら・・・

でもなんだか、この外の解放感からか、今日はそれさえも心地よく感じるから不思議。


「もうっ、今日だけだからね・・・」

「そうだな。
さぁ、本当にそろそろ出発しよう。
早く行かないと日が暮れてしまう。」


そう言って、エルヴィンは私の手を引く。

そしてぎゅっと抱き寄せては言う。


「続きは今晩にしよう。」





それからは、何度か軽い休憩を取りながら、目的地までひたすら馬を走らせた。

早朝に出発したからか、思ったより到着は早かったものの、それでも時刻はもうすぐ夕飯時。

お目当てのシュルツ氏を訪ねると、早々に食事に誘われる。


「お越し頂いて早々ですが、家内が張り切って食事を用意しているので、乾杯をしながらでもお話しましょう。」

「すっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。」

「いやいや、遠いのにわざわざおいでくださって、ありがとうございます。」


シュルツ氏は、私とクララを丁寧にご自宅へ案内してくれる。


「それに、こちらはエルヴィン団長の婚約者の方ですよね?
ハンジさんから伺っております。
うちに来てくださるついでに、婚前旅行も兼ねたいと。」

「「ハンジがそんなことを!?」」


突然の話に声を揃えて驚くと、シュルツ氏は楽しそうに微笑む。


「仲のよろしいことで。」


どう答えて良いかわからず、クララと目配せしているとシュルツ氏は続ける。


「ここはローゼの外れですから、やっかみを言う人はいませんよ。
ごゆっくりおくつろぎくださいな。」





ご自宅に案内され、沢山の食事が並ぶテーブルにつくように促される。

クララは、美味しそうな家庭料理を目の前に、目を輝かせながらシュルツ氏の奥様に人懐っこく話しかけている。

シュルツ氏夫妻は初老に差し掛かったくらいの年齢のご夫婦だ。

普段兵舎では、姉や、言うなれば母の立場にあるクララだが、こうやって年配の方と触れているところを見ると、随分と兵舎では無理させているんだろうなと考えさせられる。

クララは奥様と仲良く話をしているので、シュルツ氏は私に遠慮なく酒を勧める。


「明日は、うちの自慢の馬たちの朝の調教風景を見て欲しいから、酒は控えめにしないとな!」


そう言いながら、宴の時間が始まった。





「遠いところ来て頂いてるのに、ごめんなさいね。」


シュルツ氏の奥様に案内されて、私は今日泊めて頂く部屋に案内される。

エルヴィンはと言うと、すっかりシュルツ氏に気に入られ、まだとてもお酒の席から離れられそうになかったので、奥様は痺れを切らして、先に私だけを部屋に案内してくださったのだ。

部屋は、ご自宅の少し離れの場所にある小さな小屋。

小屋と言っても、来客用にでも建てられたのか、綺麗に掃除され、部屋の中は奥様の趣味なのか、パッチワークの絨毯が引かれた可愛らしいお部屋だった。


「素敵なお部屋ですね!」

「ほんと?ありがとう。この絨毯、私が作ったのよ。」


そう言って、奥様は微笑む。

とっても素敵な奥様。

昔、可愛がってくれていた花屋の奥様を思い出して胸がいっぱいになる。


「長旅でお疲れなのに、あの人ったら・・・
それに、クララさんだって、エルヴィン団長と二人でゆっくりしたいでしょうに。」

「あ、いえ・・・私のことはお気になさらないでください。
それに、私はついでですから。」


思わず遠慮がちな言葉を並べるも、顔が火照ってしまう。


「まぁ、可愛らしいのね。
そうそう、この小屋、裏に自慢の露天風呂も作ってあるから、遠慮なく入ってちょうだいね。
こんな田舎のちょっとした贅沢。
少しでも楽しんで貰えると嬉しいわ。」


そう言って、奥様は部屋の使い方を簡単に教えてくださり、ご自宅へと帰って行った。

教えて貰った露天風呂を覗いてみる。

小さいながらも、空がよく見えて解放感たっぷりの気持ち良さそうなお風呂だ。

エルヴィン、まだ帰って来ないだろうし、先に入っちゃおっかな・・・

そう思い、荷物を部屋に置くと、私はその露天風呂で一人のんびり旅の疲れを癒すことにした。





随分と話し込んでしまった。

シュルツ氏もまた、壁外での自分の馬の活躍を聞き、兵士達と共に戦っていることに誇らしく感じているのか、私の話を興味深く聞いていた。

「明日も早くから世話の様子を見て欲しいんでしょ?
クララさんも待たせてしまっているし、今日はもう解散にしたら?」

そう奥様に促され、ようやく宴は幕を閉じた。

先に部屋に案内されたクララは何をしているだろうか?

長旅で疲れているだろうから、もう先に寝ているだろうか?

そう思いながら、旅に出掛けてもいつもと変わらないような心境に苦笑いをしてしまう。



部屋に着くと、クララがいる気配がない。

少し辺りを見渡すと、奥の方からパシャパシャと水の音が聞こえるので、そちらを覗いてみる。

すると、その先には露天風呂が広がっていて、クララは楽しそうに風呂でくつろいでいた。

少し驚かせてやろうと思い、自分もそっと服を脱ぎ、静かにその露天風呂に足を踏み入れた。





「随分と気持ちの良い風呂だな。」

「きゃっ!
・・・もうっ!エルヴィン、脅かさないでくれる?」


突然横に入って来たエルヴィンに驚く。

気配なく入ってくるなんて、絶対わざとだわ・・・


「もう出ようかなと思ってたところなの。
凄く気持ちいいから、エルヴィンもゆっくり浸かっておいで。」


そう言ってお風呂から出ようとすると、エルヴィンは私を後ろから抱き締める。


「君が側にいるのに、一人でって冷たくないか?」

「だって、私随分入ってるもの。のぼせちゃう・・・」

「三日間独り占めさせてくれるんじゃないのか?」

「そんな、逃げも隠れもしないわよ。それに・・・」

「それに?」

「お風呂はちょっと恥ずかしい・・・」

「そうか・・・」

「だから、部屋で待ってるよ。」

「・・・わかった。」


そう言うと、後ろから首筋にチュウっとキスをする。

ついでに、抱き締めるその手は私の胸元をやわやわと揉み始める。

やだもう、全然人の話聞いてないでしょう?


「ねぇ、エルヴィン。私本当に出るから・・・」


振り向いて話そうとすると唇を奪われる。

そして、あっという間に口内に舌が侵入してきて、貪るようなキスに変わる。

「わかった。」なんて言いながら、全然わかったそぶりなんてないし、むしろ今この場で私をその気にさせようと必死。

そんな意図まで読めてしまうのに、でもやっぱり私はエルヴィンのこの情熱的なキスに弱くって、そのまま流され続けてしまう。

だけど、このままだと本当にのぼせちゃう・・・

身も心も火照った身体を訴えるようにエルヴィンの厚い胸板を両手で押し返すと、そのまま私を抱き上げお風呂から出ては、簡単にタオルで拭く。

そして

「風呂は後にしよう。」

そう言うと、ベッドルームに運ばれていくのであった。





チュンチュン・・・

小鳥の可愛らしく鳴く声が聞こえる。

ベッドで重い瞼を開けると、右にも左にもエルヴィンの気配はない。

きっと昨日言ってた早朝の馬の世話の様子を見学に行ってるのだろう。

だとしたら、私ひとりのんびり眠っていたのね・・・



昨夜はお風呂から上がったあの後、いつもにはないくらい、エルヴィンに何度も求められた。

ここが調査兵団から遠いところにあるからなのか、いつもと違う解放感にさらされているのは確かだ。

エルヴィンだけでなく、そんな私も何度もエルヴィンを求めた。

お互いにただ快楽を求め、そしてお互いの温もりに安心感を感じていた。





ふわふわとした気怠さが全身を襲い、身体が鉛のように重い。

だけど、そんな感覚さえも不思議と心地良く、まだ残るエルヴィンの残り香に幸せな気持ちでいっぱいになる。

何も身に纏っていない身体を起き上がらせ、軽く湯浴みをしてから出掛ける準備をする。

エルヴィンはきっと、しばらくシュルツ氏と交流を深めることだろうし、私の相手をする暇はないだろう。

そう思い、昨日シュルツ氏の奥様から聞いた、近くの商店街まで散歩に出掛けてみようかと思い立った。





少し歩くとお店が並んでいるのが目に付く。

小さな町だが、近所の人たちが集う場所として、そこはなかなかの賑わいを見せていた。

地元で取れた野菜や果物を売る商店。

可愛い手作りの商品を沢山並べる雑貨屋さん。

大小様々な形の食器を扱う陶器屋さん。

パン屋も美味しそうな香りを放っているので、ついひとつ焼き立てを購入する。

香ばしい香りを楽しみながら、どこか食べるのに丁度良い場所はないかと辺りを見渡すと、一件の靴屋を見付ける。

その瞬間・・・

ドクン、と心臓の音が大きな音を立てて、活動が活発化する。


「うそ・・・」


気付けば、私はその靴屋の元へ、無意識のうちに駆け付けていた。





「アベル!!」


不意に声を掛けられた靴屋の主は、驚いたように私の方を振り向く。

するとたちまち、その瞳を大きく見開き、発する声は歓喜に変わる。


「クララ!!」





駆け付けた靴屋の店主は、まだ壁が壊される前パン屋を営んでいた頃の、向かいの靴屋の息子だった。

懐かしさいっぱいで、彼の手を取る。


「アベル!生きていたのね!」


思わず涙が溢れる。


「クララこそ・・・生きていたんだ・・・」


彼もまた、言葉を詰まらせながらクララの手を強く握り返し、瞳を潤ませた。





突然の再会を果たした靴屋の店主のアベルは、「今日はもう店は閉める!」そう言い切って、早々とお店を閉店した。

「私、今買ったこのパンを食べたいんだけど・・・」

そう伝えると

「なら、丁度いい場所がある。」

そう言って近くの湖のほとりの公園へと連れ出してくれた。





「まさか、こんなところでクララに会えるとは思ってなかったよ。」


公園のベンチに腰掛けながら、アベルは私に話し掛ける。


「私もよ!だって、今までマリアの知り合いに会うことなんて、一度も無かったんだもの。
もうみんな、二度と会えないんだと思っていた。」


そう言ってしまうと、胸がなんだか詰まったような感情が湧き出て来て、涙腺が刺激される。

ここで泣いてしまってはいけないと思い、慌ててさっき買ったパンを紙袋から取り出して、勢い良く頬張る。


「相変わらずパンが好きだな。今も焼いてるのか?」

「うん。今はね、調査兵団の料理長をしながらパンを焼いてる。
私が料理長よ?笑っちゃうでしょ?」

「ちょ、調査兵団の料理長?またなんで?」

「なんでだろね・・・成り行き。」

「ブルーノは?」

「・・・わからない。でも多分、マリアが没落した時に・・・」


そこまで話すと、言葉が詰まる。

アベルもその言葉の先を察して、それ以上は聞かなかった。





静かな時間が流れる。

そよそよと吹く春の風は肌に心地よい。


「しかし、今までマリアの知り合いに会うことなかったって言ってたけど、よく一人で頑張ったな・・・」


ふと思い付いたようにアベルは言葉にすると、私を見つめる。

その瞳は私を心配しているのか、少し険しい表情で。


「ふふ、頑張ったというか、がむしゃらだったかも。
でも、最初の一年なんて酷かったわよ。
誰に何を話しかけられても、笑うことはおろか、まともに返事することも出来なかった。
でも、今は調査兵団の兵士達に支えられてなんとかやってる。
みんな、若いのに凄いのよ。
どんなに辛くったって、希望を忘れない姿勢で・・・」

「クララ・・・」


久しぶりに会えたんだから心配掛けたくなくて、早口で近況を口にすると、アベルは突然私の名前を呼び、私の話を遮った。





突然私の名前を呼んで話を遮ったアベルは、真剣な表情で私を見つめる。

なによ、突然・・・

そう茶化してしまいたいけど、そうしてはいけないような雰囲気に、アベルからの視線から目が離せない。


「クララ・・・
僕も、もう二度と君に会えないと思っていた。」


切り出した言葉は、とても切羽詰まったような声。

そしてその続きを、アベルはひとつ大きく深呼吸して続ける。


「調査兵団の料理長なんて辞めて、ここで一緒に暮らさないか?」

「・・・え?」


アベルの突然の言葉に、身体が固まる。


「クララにとったら突然のことかもしれないが、僕は、君がブルーノと結婚するよりもずっと前から、君のことが好きだったんだ。」


アベルは、そう私に告げると、私の手を取りその甲に軽い口付けを落とした。





シュルツ氏の馬の世話の様子を見せてもらい意見交換をした後、私はクララの様子を確認しようと泊めてもらっている小屋へと戻る。

しかしそこにはクララの姿はなく、テーブルの上に一言メモが残されてあった。

『商店街にお散歩に行ってくるわね。』

私も興味が湧き、足早にクララを探しに商店街へと向かう。

小さな商店が立ち並ぶそこでは、観光客は珍しいのか、これはいかがと色々な店の店主に声を掛けられる。

相槌を打つように断りを入れながら歩いていると、立ち話をしている婦人達の声が耳につく。


「さっき、靴屋のアベルが知らないお嬢さんを連れて湖の方に行ってたわよ!」

「それ、私も見たわ。
お知り合いだったのかしら、手を取り合って再会を喜んでいた感じだったわよ。」

「アベル、確かウォール・マリアからの難民だったっけ?
たった一人でこんな田舎まで流れてきて、可哀想だったものね。
知り合いに会えたならそれは良かったじゃない。」

「そうよ。それに、なかなかのいい男なのに独り身じゃない?
マリアにいた想い人が忘れられなくて、結婚出来ないって話じゃない。
その彼女だったら良いのに!」


わいわいと噂話をしているその内容に、嫌な予感がする。

ウォール・マリアからの難民・・・

クララもまた、ウォール・マリアからの難民だ。


「すみません、立ち聞きしてしまい申し訳ないのですが、その二人はどちらへ?
今その彼女を探していまして・・・」


私が声を掛けると、婦人達は目を見合わせて一瞬言葉を失っていたが、一人が「あっちの湖の公園の方に向かいましたよ。」と話したのを皮切りに、さっきよりもトーンの高くなった声で次から次へと話してくる。


「まぁ!アベルのライバル!?」

「やだ!こんなイケメンが!?」

「まるで小説さながらじゃない!」


しかしクララのことが気になり、そんな言葉など聞き入れることもせず、ひたすら言われた湖の方へ足を急がせた。





言われた方向の湖の公園へと到着する。

すると、湖のほとりのベンチで、何やらクララが勢いよく嬉しそうに隣に座る男に話しかけている。

やはりクララのマリアの知り合いか・・・

そう思い声を掛けようとしたその時、隣の男が突然クララの名前を呼び彼女を真剣な表情で見つめていた。

突然のことに、邪魔をしてはいけないような気がして、咄嗟に近くの木の陰に身を潜めてしまった。


「クララにとったら突然のことかもしれないが、僕は、君がブルーノと結婚するよりもずっと前から、君のことが好きだったんだ。」


聞こえてきた声は、男の切羽詰まったような声。

会話の内容に胸が痛くなる。

あぁ、私は最近のクララしか知らない。

今クララと話をする彼は、今の言葉の内容からしても、彼女のまだあどけなかった頃からの知り合いだろう。

私にはそんな頃のクララを知る由はないし、術もない。


「ブルーノも居なくなったこの現状で君を口説くのは卑怯だとは思うけど、もうマリアのあの場所に住んでた生き残りは僕たちだけなんだ。
君と二人でやり直したい。」


そう言うと、声が聞こえなくなる。

そっと木の陰から二人に目をやると、男はクララを力強く抱き締めていた。

そこは、君の場所ではない・・・

そう怒りに似た想いが溢れ、咄嗟に二人の間に割り入ろうと思うが、自分こそクララを抱き締めて良い立場にあるのかと疑問が湧き出て、踏み出そうとした足が止まる。

私は、その男のように彼女だけを見ていてやれる立場ではない。

クララへの想いは誰にも負けない自信はあるが、クララを幸せにしてやれるかということはまた別の話だ。

いつも心の隅で燻っていることが、いつもに増して表に出てくる。

そんなことで木陰でグズグズしていると、弱々しく話すクララの声が聞こえてきたので、話の内容に耳を澄ませた。





どうしてこんなことになっているのだろう・・・

私はただ、アベルとの再会を喜んでいただけなのに。

彼は昔から私の事を想っていた?

そんなこと、今言われても・・・

だってあのマリアでの日々は掛け替えのない私の宝物で、その形をもう戻れない今になって、崩して欲しくなんかない。





あぁ、そうなんだ。

私・・・





「ごめんなさい、アベル。
私、あなたの事は昔から大好きだった。
でもそれは、ブルーノを含めたあの場所でのことで。
だから、あの頃とは違う状況での今、改めてあなたとの未来を想像することなんて出来ない。
私は今、また新しい時間を歩いている・・・」


そっと、抱き締められていた腕を解いてアベルと距離を取る。

視界に入ったアベルの瞳は揺らいでいて、その瞳に切なさが込み上げる。

だけど、もう、あの頃には戻れない。





「ありがとう、クララ。
相変わらずの芯の強さで安心したよ。
僕の入る余地なんてなさそうだね。
ごめん、変なこと言って。
でも、ずっと伝えられずにいたから、今日は会えて嬉しかった。」


しばらくすると、アベルは諦めたように穏やかに微笑む。

その穏やかな表情に胸が痛くなるけど、私はアベルの気持ちには応えられない。

だって、今の私は調査兵団の一員として生きている。

そして、そこでかけがえのない人を見つけてしまったの。





マリアでの生活は、もう、すっかり思い出として摩り替わってしまってしまっている・・・





「クララ・・・」


頭で考えるよりも先に、身体と言葉が先走る。

呼び掛けた先の二人は、慌てふためくように私の方を振り返る。


「エルヴィン!どうしたの?こんなところに・・・」


クララは驚いてはいたが、心なしかホッとした表情で私に微笑む。

きっと“今を歩いている”と言ったその言葉の意味には、今過ごす調査兵団でのことや、そして私と共に過ごす時間のことを言っているんだろう。

なんとも言えない気持ちが込み上げ、つい二人の元へ割り入ってしまった。


「君を探していた。」


それだけ言うと、隣の男も眉尻を下げ微笑む。


「そっか、クララ。
一人じゃなかったんだね。
なら尚更だ。
きっと、これからの未来も幸せに生きて。」


そして、その男は腰掛けていたベンチから立ち上がり、私の前で手を差し出す。


「クララを、よろしくお願いします。」


差し出された手を咄嗟に握り返したが、彼の手は力強さが込められていて、その決意にたじろぎそうになる。

たいした返事も出来ないまま彼の瞳を見つめ返すと、私を見定めるような瞳で見つめていた。





アベルは、エルヴィンと握手をした後その場を立ち去り、私とエルヴィンは湖のほとりで二人になる。

しばらくエルヴィンは物思いにふけるように遠くを見つめていたが、ふと私の視線に気付くと小さく作り笑いを浮かべて私に言う。


「部屋に戻ろうか。」

「・・・うん。」


この作り笑顔。

きっとさっきのアベルとの会話を聞いていたんだろうな・・・

そうは思うけど、何と切り出していいかわからない。

エルヴィンは、いつも私のこととなると、どこか遠慮がちなところがある。

愛されていることはわかってるの。

だけど、エルヴィンは背負うものが多過ぎて、恋愛ばかりを考えて生きていけない立場だということも、ひしひしと感じている。

だからきっと、普段エルヴィンは愛の言葉を囁かないんだ。

それについて不満なんかはない。

だけど、そんな作り笑顔で遠慮なんかして欲しくない。

だって私は、エルヴィンのことを・・・





くるりと後ろを向き、来た道を戻ろうとするエルヴィン。

慌てて駆け寄り、彼のその左手をぎゅっと握る。

握ったその大きな手は、遠慮がちに私の手を握り返す。

頼りないその反応に、思わずその腕にしがみつく。





あなたの重荷になんてなりたくはないけど





私、あなたのこと





愛しているよ・・・





不意に腕に抱き付いてきたクララを振り返る。

その姿は、不安そうな眼差しで私を見上げている。

きっと私の迷いを察しているのだろう。

その眼差しにどう答えて良いか解らず、視線を逸らすようにクララを抱き締める。

すると、クララもまた私の背中に腕を回し抱き締め返してくる。

すっかり慣れてしまったこの感覚。

暖かいこの温もりは、既に自分にとってかけがえのないもの。

だがそれでいいのか。

クララの幸せとは何だろうか・・・

いつも調査の時は、冷酷な判断でさえも迷いもなく下すことが出来る私が、何を迷っていると言うのだろうか。

だが、クララのこととなると、何が最善であるのか本当にわからなくなる。


「クララ・・・」


抱き締めたまま彼女の名前を呼ぶ。

ピクリと身体を強張らせたが、そのままの体制で「はい」とだけ返事をする彼女。


「君は・・・調査兵団で生活することに後悔はないか?」


何を思ったか、そんな言葉が口を衝いて出る。

クララの出す答えなど、きっと解りきっているのに、この自分の不安を拭うため彼女の口から答えを聞きたい・・・そんな衝動に駆られていることに気付かされながら、抱き締める腕に力を込め、クララの首元に顔を埋めた。





私を抱き締めるエルヴィンのその身体は、小さいと言うには似付かわないほどの大きさなのに、なんだかとても小さく感じる。

そしてその仕草は、まるで小さな子供のようで。


「ねぇ、エルヴィン。
私が今更調査兵団での生活が嫌になった、なんて言うと思う?」

「・・・思わない。」


小さく答えるその声に吹き出しそうになるけど、きっと彼なりの葛藤があるんだろう・・・そう思い、私の肩にもたれかかるように埋めている彼の頭を撫でる。

ピクリと一瞬強張らせた身体をギュッと抱き締めると、更に強く抱き締め返してくるエルヴィンに愛おしさが募る。


「確かに、調査兵団での生活は心身ともに大変だけど、今の生活は私にとって運命だと思ってる。
そして、エルヴィン・・・」


彼の顔をのぞいてみる。

少し固い表情のまま私を見つめる彼。

何を考えているだろうね。

でも今はそんなこと関係ない。

たまには、私、素直に言わせてね・・・


「好きよ。」


それだけ言って、キスをする。

何度重ねたかわからないこの感覚。

あなたへの想いは、決して揺るがないよ。





「ありがとう・・・」それだけ答えたあなたは、私に深い口付けを落とす。





ねぇ、エルヴィン?





いつか・・・

何年先になるかわからないけど・・・





いつか、巨人のいない世界が実現したら

私たち、胸を張って愛を囁きあえる関係になれるかな。

そんな未来、期待してるなんて知ったら、呆れるかな?

でもね

ほんの少し

夢を見ることくらい、許してね。





いつか

あなたに伝えられる日が

訪れますように・・・





“エルヴィン、愛してるよ。”





【いつか FIN】


花季 -hanagoyomi-