獣の午睡

私のことをいちばんにしない人を、好きになった。

「そういう恋のしかた、エルハらしいと思う」

ピスティはしみじみと言ってくれた。有り難い友人だと思う。様々な過去を持つ人が、さまざまに自分の居場所を見つけて暮らす、この懐深きシンドリア。知り合った多くの人が、お互いの深い場所に、触れないままでいる優しさを知っている。私はシンドリアという国が好きだ。訪れる人みなを抱きとめ、そしてただそこに居させてくれるところが好きだ。

エルハらしいと思うけどさ、と金の髪豊かな友人は、ひとすすりしたまま茶器を握りしめて続けた。

「ほんとにいいの?辛くないの」
「辛くないよ」

本心だった。
もしかしたら――世間一般でいうところの恋人たちならば、2週間もの間、まともに言葉を交わしていないということは、ありえないことなのかもしれない。関係の継続にすらひび割れができたのかもしれない。けれど、わたしと私の恋人にとって、珍しいことでも、ひどく辛いことでもなかった。少し変なのかもしれないが、そもそも、一般的な人と好きあったわけでもないのだし。
二週間ぶりに私と会ったジャーファルは、「ねさせて」とようやくのことで呟くやいなや、私の寝台に倒れて思い切り寝始めた。もう声が届かないと知りつつ、遅ればせながら「どうぞ」と答えた私は、彼の眠りが深く健やかなものであること(つまり気絶でないかどうか)を確かめ、息が詰まらないように枕の位置を変え、上掛けでくるみこんでから、静かに部屋を出て、こうしてピスティとお茶をしているのだ。しばらくは部屋に戻らず、せめて夕食までは寝かせてあげたい。

「エルハも変わってるよねえ」
「そうかな。だって、私もジャーファルも、ほんとに疲れてるときはひとりきりで熟睡したいほうだから」
「あたし、絶対いっしょに寝たい派」
「なるほど」
「でも、確かにジャーファルさんはそうかもね」

なんかいいね、とピスティが笑う。
なんか、よくわかりあってるって感じがする。

「それは持ち上げすぎかも。ていうか、多分だけど」

私もジャーファルも、お互いにわかりあえないってことを、よくわかってるんだよ。だから、なるべくお互いの考えてること、話し合うことにしてるの。疲れすぎてまったく言葉にできてなかったけど、ジャーファルが私の部屋にわざわざ来て、そこで寝てるのって、なんか言おうとしてたってことで、私、それで結構満足しちゃっているわけ。

「うん。やっぱり、わかりあってるって感じする」
「そうだといいなって、思う」

窓の外は美しい紅色に暮れ始めていた。シンドリアの夕日は本当に美しい。

「さて、そろそろ起こしにいこうかな」
「いってらっしゃーい」

午後遅くのお茶につきあってくれた友人に感謝して、私は自室へ足を向ける。
ジャーファルはきっとよく眠っていることだろう。警戒心のかたまりのような男が、目の下を黒くして、疲れ果てて、そして私の部屋に眠りにくるというのは、野生の獣になつかれたような、妙に私の気持ちをやさしくする出来事なのだった。