とある休日の昼下がり。今日はDRAMATIC STARSはオフでそれに合わせて私も休みを貰っていた。しかし少しだけ仕事が残っていた私は気分転換に事務所近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら窓際の席でPCと向かい合っている。
PCとにらめっこし始めてから2時間程経過しただろうか。凝り固まってしまった肩を解すため首を回したり背伸びをしてストレッチをする。ふと、外を眺めてみれば見知った顔がすぐ脇の歩道を歩いているのを見つけた。彼は私には気づいていない。
だから桜庭さん、と心のなかで呼び掛けた。
すると声が届いたかのように喫茶店のドアノブを握る彼の姿が目に入ってきたのだ。
喫茶店にはあまり入らなそうな彼が何故こんなところに。
私の頭の中には彼女との待ち合わせ、という考えしか浮かんで来ずちくりと胸が痛む。
カランカラン、というドアベルの音と共に店員さんの爽やかな「いらっしゃいませ」という声が耳に響いてくる。
よく考えたら桜庭さんが彼女との待ち合わせをするのであれば私だけでなく彼にとっても気まずい状況になるのではないか、と焦りと動揺が渦巻く心のなかで考えた。こうなったら彼に見つからないようにやり過ごすか、そっと出ていくしかない。
「おい、聞いているのか」
頭上から降ってくる尖った声に
はっとして勢いよく顔をあげれば苛立ちを隠そうともせず眉間に皺を寄せたままの桜庭さんの姿が。
「なんで…」
それは目を丸くしたまま彼を見つめていた私がようやくぽつりと零した言葉だった。
「君を見つけたからに決まっているだろう」
私の視線の先にいる彼はさも当たり前だと言うように口を開く。
「そ、それはどういう、」
聞けば事務所に用事があったためこの辺を歩いていたらしく、その途中で喫茶店にいる私を見つけたのだと言う。私が桜庭さんを見つけるもっと前に。しかし私も桜庭さんを見つけていたということは彼は気づいていなかったようで。
「てっきり彼女さんとの待ち合わせなのかと…」
桜庭さんは呆れたと言わんばかりの大きな溜め息を吐いた。
「君は頭の中で随分と誇大した妄想を繰り広げているのだな。一応言っておくが僕には恋人と呼べるような存在などいない。」
とんだ勘違いに恥ずかしくなるも安心した私はほっと息を吐き出す。
「それで、終わったのか」
コーヒーを飲み干した彼はカップを静かにソーサラーに置いた後視線をこちらに向けた。
「何がです?」
「君が必死になっているそれのことだ」
そうして書類を指差す彼を見て、仕事のことを言っているのだとようやく悟る。
「はい、つい先ほど」
「ならば行くぞ」
立ち上がって何も言わずに伝票を持った桜庭さん。
「は??え、ちょっと…どこに!」
ポカンとしている私を置いてけぼりにしてさっとレジに向かい、追いかけながら慌てて財布を取り出す私を制して会計を済ませた。
「ここから少し行った先に駐車場に車を止めている、ついて来い」
すたすたと先を行く桜庭さんの後を必死に追いながら私は尋ねる。
「ちょっと、桜庭さん…!どこ行く気ですか!」
「駐車場だと言っているだろう」
聞き方を完全に間違えた私は期待外れの返答に肩を落としたのだった。
駐車場に着き助手席に乗るよう指示を受けた私は緊張しながらもおそるおそるシートに腰を下ろす。
「それで、どこに…??」
「ドライブだ。」
「はい?」
「何度も言わせるな。ドライブだと言っている」
ドライブだということは理解したがどうして、こんな唐突に。
私の心の声を聞いたかのように桜庭さんは続ける。
「花見に行きたい、と前に言っていただろう?」
そう口にした彼の言葉を聞いてそういえば、と1週間程前のやり取りを思い出す。
桜が咲き始めた頃、事務所の外にある桜を見ながら私はお花見に行きたい、と呟いたらそれを聞いていた桜庭さんから「今もこうして見ているだろう」と言われたのだが、それに対し「そうじゃなくて、満開の桜をゆっくり見たいんです」と私は強く言い放ったのだ。
何気ない会話だっただけに桜庭さんが覚えていてくれたことが何よりも嬉しく胸がじんわり熱くなるのを感じながら私は頷いてお礼を述べた。
程なくして発進した車。車内はシン、と静まり返っているが居心地が悪い訳でもない。
俗に言うお花見ドライブ、というものをまさか桜庭さんとすることになるとは。思いもよらない出来事にはしゃぐ気持ちを抑えて移り変わる景色を眺める。
彼は…、桜庭さんはどのような気持ちなのだろう。どうして私を誘ってくれたのだろうか。私が彼のプロデューサーだからか、それとも…。
ちょっと前に呆れられたばかりだと言うのに私の頭はまた様々な妄想を展開し始めてしまい、まずは目先の花見を楽しむことだけを考えることに専念した。
車を走らせて数十分、桜並木が見え始めた頃、桜庭さんは車の速度を落とした。
近くを流れる川を沿うように立ち並ぶ木々達。
「…っ!!」
川にひらひらと落ちる桜の花びらや水面に移る桜の木がより一層この桜並木を引き立てていて声も出ないくらい感動しつつ、ふっと視線をずらせば真剣な顔でハンドルを握る桜庭さんの横顔が見え、バックに桜の花びらが散っているようで思わず釘付けになっていた。
「すごく、綺麗……」
気がつけば声に出していて、それは桜というより桜庭先生に対しての言葉で。
「それなら僕の顔じゃなくもっと桜の木を見たらどうだ」
視線は正面に向けたまま口を開いた彼に慌てて視線を逸らす。
そんな私を見て彼は小さく笑ったのだった。
***
「桜庭さん、今日はありがとうございました。あのとても綺麗で…、すごく感動しました」
私のアパートの前で車を止めた彼に思ったことをそのまま伝える。
「満足したか?」
「はい、とっても」
「それなら何よりだ」
優しげな表情を浮かべる桜庭さんはとても素敵でその視線が私に向けられていると言うことに顔が熱くなる。
「……来年もまた連れていってくださいね」
「君が望むのならば約束しよう」
何も言わずにそっと小指を差し出せば彼も察したようで小指を絡めて指切りをする。
何気ない会話を覚えていてくれる桜庭さんなら、きっと。