大好きだよ、と叫びたい

張りつめていた糸がプツン、と途切れる音がした。新入社員として配属されて数ヶ月、自分としては精一杯仕事に取り組んできたつもりだったけれどわからないことも多く慣れない環境に毎日ヘトヘトになりながら日々を送っていた。
そして今まではどんなに忙しくても1ヶ月に1回は会っていた恋人ともここ最近は会えていない。大好きな声すら聞けていないのだ。
その理由は何とも単純、彼が私より休みが取りづらく忙しい上、今までは私が彼の休みに合わせていたのにそれができなくなってしまったからである。
すれ違う、とまではいかないもののこの寂しさをどう埋めればいいかもわからない。私が早く仕事に慣れなければ、と焦ってばかりだったのがいけなかったのかもしれない。体は元気なのに心が弱っていると言うのが正しいのか言い表せない不安を感じるようになってしまっていた。

「今日行けば、やっと休みだ…」

もはや声に出さずにはいられなかった。明日はゆっくり心と体を休めよう。そうしないと仕事を嫌いになってしまいそうで仕方がない。早く輝さんにも会いたいし、これからももっと頑張るために。


やるべき仕事がようやく一段落しお昼休憩に入った私はスマホのLEDランプがチカチカと点滅しメールの着信を知らせてくれていることに気づいた。
開いてみるとそれは愛しい相手からのメールで、明日は珍しくもオフらしい輝さんからの会わないか、というデートのお誘いが記されている。
私の気持ちは会いたい、とはっきりしている。けれどここで会ってしまったら私は彼に弱音ばかり吐いてしまうのではないかと考え文字を打つ手を止める。
私は輝さんを不安にさせたいわけじゃない、一緒に楽しい時間を過ごしたいのだ。
輝さんは誰よりも優しいから私の話を聞けば自分のことではないのに誰よりも辛くて苦しそうな顔をする。そんな顔をさせたくないし輝さんは私なんかよりももっと努力してる。私が弱音なんか吐いていい立場じゃない。
バックスペースを連打し文章を書き換える。
"色々とやらなければならないので明日は無理そうです。ごめんなさい"
という旨の文章に謝罪の絵文字を加えて送信し仕事を再開した。

帰宅し気力の尽きた私は脱いだワイシャツを椅子に掛けたままシャワーを浴びて汗を流す。
いつもなら用事があるとわかれば引き下がる輝さんが今日は何故違っていて、終業後に見たメールを思い出して溜め息をつく。

"何かあったのか?"
"夜、迎えに行くから準備して待ってろよ"

今日は無理だと伝えても引き下がってくれる気配はなく、本当に迎えに来るのかもわからないまま、私は電気もつけずにぼーっと時計を見つめる。

するといつもよりも私を窺っているようなインターホンの音が耳に届き、テレビドアホンは一番会いたかった輝さんの顔をはっきりと映し出している。
玄関に直行しそのままゆっくり扉を開く。
隙間から見える輝さんの顔を見て泣きたくなったのは何故だろう。
彼は私の表情を見た瞬間、何も言わずにそっと頭を優しく撫でてもう片方の手でそっと私の手を取った。

「よし、行くか」

最初に彼の口から出た言葉は久しぶりのはずなのにそう感じないのは不思議だ。まるで、話の流れで決まったショッピングセンターれ行くかのような、そんな優しいものだった。

「どこ、行くの?」

「俺の家。たまには二人でゆっくりしようぜ」

そう言って私の手を引いたまま車へと向かう。
車内での会話は殆どない。ふと視線を巡らせた先にいた輝さんの横顔はやっぱり綺麗だと思った。

随分見慣れたリビングのテーブルにはきっと疲れているだろうに帰ってから作ったであろう美味しそうな食事が並べられている。

「腹、減ってるか?」

「うん。輝さんの料理食べるの久しぶりだから嬉しい」

いつもより元気がなくてもお腹は減る。美味しそうな料理を見れば尚更だ。

「すごく美味しいよ。ふふっ、幸せ」

満面の笑みで微笑んで見せれば漸くほっとしたような表情をする輝さん。

「そりゃよかった、たくさん食べろよ」


食事を終えて洗い物を手伝おうとすればいいからいいから、とソファに追いやられた私は静かに膝を抱えて座る。

「ん、輝さん」

気づけば後ろから私のお腹に手を回してそっと抱き寄せる輝さんが居て。

「んで、何かあったのか?」

それは心配そうで優しい声音だった。

「別に、何もないよ」

「俺はエスパーじゃねえんだぞ。お前が言ってくれなきゃわかんねえだろ」

「だから何もないってば」

「名前ってさ、何か用事があって会えないときははっきり理由言ってるだろ?それなのに今日、色々あってー、とか曖昧な言葉で濁してたからな。何もないってことはねえと思うぜ」

そうだった、よくもそんなところまで、と思うくらい輝さんは私のことを知っているのだ。私が気づいてないことも彼は気づいてるのかもしれない。そう思った途端、私の涙腺は限界だったようでぼろぼろと涙を溢し始めた。

「ご、ごめんね。なんか仕事うまくいかなくって。もっと輝さんとの時間増やしたいから頑張らなきゃって思うんだけど焦ってばかりで、」

「ああ」

「こんな弱音吐いたら余計輝さんに心配かけちゃうんだろうなと思ったら言い出せなくて。それに輝さんもすごく頑張ってるのに私がこんなんじゃいけないと思って…」

「名前」

私は輝さんの声に反応するように彼の瞳を見つめる。

「お前な、一人であんま頑張りすぎんなよ。もっと頼っていいってずっと言ってるだろ?なあ、お前が一番に頼るべき相手って誰だ?」

「輝、さん……です…」

「そうだろ?なら何も考えずそうしろよ。」

輝さんは私と向き合うような形になった後ギュッと更に力を入れて抱きしめ背中を数回優しく撫でた。

「なあ、名前」

腕の中で首を傾げながら輝さんを見上げる。

「…同棲すっか」

それは、涙が吹き飛ぶくらい幸せで温かい提案だった。