仕事帰り。普段と何も変わらない道を歩く。普段と違うのは仕事でのミスが重なったことでその失敗を引き摺ったままどんよりと重たい気持ちが胸を占めているということ。考えれば考えるほど落ち込み、今にも涙が零れそうになるのを唇を噛み締めながらグッと堪える。
家まであと少し、というところで反対方向から同じ目的地へと歩いてくる人影を発見し、それが誰だかすぐに気づいた自分に苦笑いを浮かべて。どうやら彼もすぐに気づいたのか家を通り越して私の元へと小走りで向かってきた。
「輝、」
若干目を見開いた輝は呼び掛けには何も答えずにそっと私の手を包み込むように握って歩き出す。どうしたんだろう、なんて考えすら置いてけぼりを食らい、わたしは輝に黙って着いていくので精一杯だ。パタン、と控えめにドアが閉まった後、彼は私に向き直りゆっくりと両腕を後頭部と腰にそれぞれ回して抱き寄せる。
「お疲れ、名前」
次に目を見開くのは私の番だった。たった一瞬わたしを見ただけで察してしまう彼はいとも簡単にわたしの体と心を捕らえてしまう。いつだって。
「…うん、ありがとう。でもそういうの狡いよ」
「はは、何が狡いんだよ」
「この無意識め」
わたしは輝のおかげですっとどこかへ消え去った涙の代わりに笑みを浮かべながら彼の頬を軽くえいとつねってやる。
「こら。早く風呂入ってこい、俺はお前より上がるの早いし後でいいからさ」
はーい、と間延びした返事をしながら脱衣室へと向かう。暫くして、ご機嫌な鼻唄が脱衣室から聞こえて輝がふっと安堵したように肩を落としていたのには当然気づかないのであった。
輝お手製のフルコースディナーを堪能したわたしは先程までの悩みはどこ吹く風で満足げにソファに寝そべりながら雑誌を広げる。特集されてるのは彼氏である輝だ。
「なぁ、」
「んー?」
「コンビニにアイス買いに行こうぜ!」
彼の思わぬ提案に雑誌から勢いよく顔を上げると機嫌の良さそうな表情の輝と目が合った。
「え〜でもさっきお風呂入ったのに。それにお腹いっぱいだよ」
「たまにはいいだろ」
ほら、早くと急かすようにわたしの見ていた雑誌を取り上げると一人先に玄関へと向かった為慌てて彼を追いかける。
もう既に夏とは言え深夜であれば暗くなって人気もない道を二人で手指を絡めて繋ぐ。時折、繋いでいる腕を大きく前後に揺らせば隣で歩く彼も笑う。
たまにはいいな、こういう夜も。
きっと落ち込んでいたわたしを心配してくれたに違いない、優しい彼のことだから。
「わたし、これとこれにしよーっと!」
「おい。名前、さっきお腹いっぱいって言ってたくせに」
「アイスは別腹なんですー!輝にもあげるから」
そう言うと彼は都合のいいやつ、と額を軽く小突いて笑った。