視えるということ

2

自身の記憶の整理を粗方終え、前々々世でこの世界に生きていた記憶や知識などのすり合わせと確認。その大体を終えたデュースは頭を抱えた。
絶対に覚えきれない。多すぎる。大事なことをポロッと忘れてしまいそうだ。ぐるぐる目再び、である。今生の記憶とは別に三つ分なのだから当然とも言えよう。
記憶を取り出して保存しておける装置は無いだろうか。小型記憶装置的なもの、外付けハードでもいい。魔法が当たり前に存在している世界なのだから何かしらありそうな気はする。……そう考えて探してみたが何も無かった。人間の記憶に関する魔法や薬は非常に繊細なため難しいそうだ。
何だか前世で楽しんだフィクション作品に魔法で記憶を取り出して保管できるような描写を見たことがある気がする。真似できないだろうか。……無理か、そうか。ダメ元で尋ねた母親に何とも形容しがたい顔をされて終わった。

記憶に関する試みが頓挫したところでデュースは別の重要案件に取り組むことにした。気を取り直して能力把握と調整も兼ねて何かしてみよう。そう考え家の周囲に結界を張ることにした。守りは有るに越したことは無い。能力とは前々世で言う霊力のことである。魔法を使う力とはまた別物なのだと感覚的にまざまざと理解しているため混乱することは無いはずだ。ある種似ている部分はあるとは言え、能力の根底にある考えや概念が違うのだから。
もっとも元々魔法を使う能力は特に優れては居なかったらしいこともあり、複数記憶と今との中に存在する固定概念の差などに邪魔をされることは無い。

(それにしても、こうも刃物と深い結びつきのあるファミリーネームを持つことになるとはなぁ。何が起こるか分からないもんだな)

家の周囲を一定の歩幅でぐるっと回りながらデュースはぼんやりとそんなことを考える。
今世のファミリーネームは「スペード」である。トランプの絵柄として良く知られるスートの一つだ。タロットで言うソード。スペードにのみフォーカスを当てるならば、季節は冬、時間は夜、意味は死、物質は剣、四大元素は風、などの意味を持つ。それがスペードというスートである。
そんな意味を持つ名を持つことに深く縁を感じてならない。かつての縁は見えなくとも繋がっているように思えて少しくすぐったいものがある。知らず目元が和らぎ口端がほんのりと上がった。幸いにも目撃者は居ない。

家の敷地を一回りし終えたデュースは方角を確認しながらずっと抱えていた小さなトートバッグをパカリと開ける。中身が傷がついたり欠けていないことを確認した。

「ええと、方角は……コレがこっちで、この位置に……いや、それよりも東洋の術ってどう作用するんだろ。上手くいくか?」

魔法において根底にあるのは四大元素。対して前々世で長年慣れ親しんだ陰陽道は五大元素。根底にある概念がそもそも違う。大きく違っているわけでは無いのだが何だか違和を感じずにはいられない。極東に他国との交流をほぼ断絶している国があるという。その内調べてみることにしよう。

家の裏に整えられた花壇、その手前に腰を下ろしてデュースはトートバッグにしまっていた中身を広げた。キレイだったから、という理由で購入していた天然石。透明度の高い水晶の原石である。結晶が群生し小さな針山のようになっている。掌に収まるくらいのサイズが六つほど部屋に置いてあったのだ。特に何に使うわけでもなく机にコロッと並べていた。
過去のデュースは本当に何も考えること無く「キレイだから気に入った」という理由で購入していた。今手に取って確認してみればそれなりに力を持つ原石だった訳なのだが。何の記憶も知識も無い中での直感というのも中々侮れないものだな、と脱力したのはつい先ほどのことである。

(過去生から考えてもココは西洋文化が土台にある国ってことは間違いない。ってことは、無理矢理東洋陰陽道の思想を持ってきて組み込んでも適応しきれるかどうか微妙……? 無難に籠目ならヘキサグラムってことでなんとかいけるか……? 多分五芒だと下手に突かれりゃヤベェヤツ扱いされかねないから保留だな)

多数ある水晶原石の中から六つ分の厳選を始める。感覚的に扱いやすそうな者を中心に選んでいく。何度か途中で不純物やヒビの有無を確認した。そんなこんなで今のデュースが選ぶ最良の六つ選別されたのだった。久々の厳選作業を終えて凝った目をぐりぐりとほぐすように揉む。次いで固まった肩も大きく回して滞った血流をほぐしてやる。
さて移動するか、と腰を上げた瞬間のことだ。パリンと薄いガラスが割れるような音がした。これはデュースや霊力保持者、特に聴く力の高い者にしか聞こえないものである。過去生で彼が何度か聞いた嫌な音――結界が割れた音だ。それを認識すると同時に生ぬるい、どこか肌に張り付くような空気が敷地内に流れてくるのを感じた。

(――な、んだ? 簡単に破られるような柔な物にした覚えは無いんだが、まだ感覚が追いついてないのか……?)

簡易的な結界とはいえ易々と破られるような薄っぺらいものを張ったつもりはない。知らずうちに表情が強ばる。目を細めて敷地内に目を配らせるが原因らしき物は見当たらない。ぞわり、悪寒を感じて街道に一番近い場所へ意識が向く。これ以上敷地内に侵入されては堪ったものでは無い。デュースは硬い表情のまま感覚を頼りにその方面へと向かった。心臓が早鐘を打つ。
玄関の手前、駐車場の向こうにぼんやりと見える影。花壇に咲くハナニラの花弁の先がじわりと茶色く変色したのを目端に捉えて彼の頬は引きつった。
辛うじて人の形に見える何かがそこに立っていたのだ。

「よおデュース!」
「なあ聞いてくれよスッゲー場所行って来」
「入るなッ!!」

デュースの耳に飛び込んできたのは聞き覚えのある声だった。近づくぼんやりした人影、辛うじて人の形に見えるデュースの目の前に立っているこの存在。これはおそらく一番多く関わりのあった不良グループに在している誰かだろう。いやもう只の悪ガキで充分だ。何をどうしたらそんなことになるんだこの野郎共。険しい表情のまま内心で悪態を吐く。
デュースの怒声に面食らったらしい推定二人がその場に立ちすくんだ。花壇の手前で止まったことに一瞬の安堵を覚え知らず息をついたが、まだ何も解決していない。鳩尾辺りがやけにざわついて気持ちが悪い。
薄らと水の気配がした。濡れた髪がジトリと肌に絡みつくような不快感。蒸し暑い夏の夜に感じる湿気と汗の混ざるようなベタつく感覚。この季節の空気はまだ少し冷たく乾いているのだが、突如として塗り変えられたのだ。原因は明らかだ。目の前に居るであろう推定二人が何かを連れてきた。なぜ推定なのか、というとデュースの眼には足もとしか見えないのだ。いやそう言っては語弊がある。何かに覆い隠されて二人分の足しか見えないのだ。

「なっ、何だよ突然!」
「いいから、それ以上、敷地内に入るな」

彼らがこれ以上敷地内に入ってこないようにデュースは歩幅大きく元凶の元へと急いだ。
今生ではそこまで視える方では無い。だが全く見えない、というわけでも無い。つまり影響力の強い相手の目視は可能である。焦点を合わせようとすればよりハッキリと見える。
今、怨嗟の念を迸らせ呪い殺さんと言わんばかりに長い髪を悪ガキの二人に絡みつかせている女性霊ように。

「……うっわ」

前々世で多少の耐性は出来ているとは言え、流石に引いた。何せ久々に視たのだ。ブランクは一つ分の人生を挟んでいるため尚のこと辛い。
しかし、こんなにもデュースが急いで悪ガキ共の元へと向かって居るというのに我慢しきれなかったのだろうか、栗色の髪を纏わり付かせた二人の足が前へと動く。その僅か一歩踏み出すのを見止めて反射的に声を上げた。

「入ってくるなと言ってるだろ!!」
「えっ」
「外へ出て聞く。……一応確認するが、どこに行って何をしてきたんだ。何もしてないとは言わせないぞ」

身体全体でこれ以上家に近づかせない、進ませないと意思表示したデュースは硬い表情のまま表に出た。気迫に押されて悪ガキ二人もジリジリと後退って街道に通じる道路へと出て行く。
これまでにないくらい硬質で有無を言わせない強い声色だった。数日前の彼とは何かが、どこかが、悪ガキ達二人の漠然とした感覚ではあるが確かに違っていた。

「…………ヤベェって噂の屋敷に行ってきただけだよ」
「んな訳あるか」
「本当だって」

間髪入れず否定された悪ガキ二人はデュースと視線が噛み合わないことにすら気付いていなかった。

「どこで、何を、してきた」

明らかに尋常では無い剣幕で詰められてようやくマズい事をしたのだと思ったのか悪ガキ達の口が勢いを無くす。どうやら表情も空気も強ばらせたデュースに事実を言うのが怖くなったようだ。
そんな悪ガキなど気にも留めずデュースは今出来うる最善の行動を脳内で探っていた。行ってきた、屋敷に入っただけでそんな禍々しいナニかを連れてくるわけが無い。屋敷自体に酷い執着を持っている場合なら話は別だが。憑かれ方も中々に執念深さを感じる。後を着いて回るわけでは無く逃さんと言わんばかりに絡みつく相手。よほど恨みを買わなければここまでの執着を受けることは無いのだから。絶対に何かこの女性の地雷を踏んだのだ、とデュースは確信していた。
視る力がそれほど強くない今、この時に、服のレースの細部まで視えてくるなど異常だったのだ。

「突撃幽霊屋敷〜! をやってちょっと暴れてきた。なーんにもなかったぜ?」
(なんつー自殺志望者だ、バカか)

地雷を踏むどころかタップダンス、いやサンバでも踊ってきたのかこのクソガキ共。内心で悪態を吐いたデュースの目が据わる。数日前まで現役不良だった意識が前面に出た。
明らかに彼女のテリトリーである場所へ不法侵入したあげく、その中で暴れてきたのだという。物を分からない輩の怖い物知らずな行動のように見える。しかし実際はただの自殺行為だ。負の意識を持ってこの世に留まっているというそれだけでヤベェ存在なんだぞ。それから手の込んだ自殺に故人を含む他者を巻き込むのはやめろ。どことなくズレたキレ方をしたデュースは胸の前で腕を組み足を開いてその場に堂々と立った。仁王立ちである。

「……お前等、」
「何だよデュース、ビビってん……ヒッ」
「お前等、二度とこの家の敷居を跨ぐなこのクソガキ共が」
「は、はぁあ!?」

いや、お前も数日前まで俺等と一緒にワルさする側だったじゃねぇか。そんな悪ガキの叫びは喉の奥に呑み込まれた。単純にデュースの形相に恐怖を覚えたせいだ。不良グループ同士のぶつかり合いの時でさえそんな凄味のある顔をしていなかったはずだというのに、一体何がそんなに気に食わなかったんだ。
なお、デュースはそういった質の悪いヤバ目の案件はすぐに見抜きストップを欠ける人間だと言うことを悪ガキ二人は忘れていた。都合の良い頭である。
そんな悪ガキ共の内心での反発など知らず、デュースは肺一杯に空気を吸い込むと腹の底から怒鳴った。

「塩かぶって水引っ被ってこい!! いいな!!」

対処法を示したのは安易に厄介ごとに首を突っ込みたくないデュースのせめてもの温情だ。正直この案件に時間を割けるだけの余裕が無い。現在の自身の霊力、能力のスペックを把握できていないことも軽々しく行動できない要因の一つだった。
対して、そんな言葉と共に完全拒否の姿勢を取られてしまった悪ガキ二人は呆気にとられ口をポカンと開けた。なぜ一方的にキレられ、怒鳴られ、あげく訳の分からない命令をされなければならない。デュースの常ならざる様子に面食らっていたが、ここまで来ると怒りの方が勝ってきていた。
まあ、つまり。

「訳わかんねぇんだけど、何突然? 塩? 水? 頭可笑しいんじゃねーの?」
「この前デュースだって乗り気だった話じゃん、『すっげぇスリルだったぜ!』っつー報告しに来てやったのにその態度は無ぇだろ」
「ホントマジ無ぇんだけど。気分悪ぃ。明日の集まりに来んじゃねーぞ!」
「寝込んだついでに頭やられたんじゃね?」
「違いねぇわ」

こうなるわけだ。
少しだけ予想はしていたが、突然理解の及ばないことをまくし立てられたらこうなるのも無理はないのかもしれない。一瞬にして気持ちの冷めたデュースはスンと表情が削き落ちた顔で無感情に彼らの帰宅を促した。

「………………あー、もう良いわ。帰って」

ふと掌が汗をかいていることに気付く。じとりと湿った不快感を拭うように腕組みしながら上着の裾を握りしめた。

「言われなくても帰るっつーの」
「じゃあな臆病者」

最後の最後まで悪ガキ二人共がデュースと不自然に視線が合わなかったことになど気付くことは無かった。さて、先日デュース自身が考えたことを復唱しよう。無知は、罪である。


一週間と経たない内に、この悪ガキ二人がマジカルホイールで爆走した末に事故を起こしたという話を聞くことになる。時折マジカルホイールで山道を共に走る仲だった一人が顔色悪くデュースの元を訪ねてきたのだ。あれだけ女性霊が負の執着心を見せていたにもかかわらず、二人共命に別状は無かったのだとか。全身数カ所の骨にヒビが入ったのと、足の骨折程度で済んだらしい。パッと見ヤバめの案件だと思っていたんだが随分優しいな? と報せを聞いたデュースは首を傾げた。
これは彼もまだ知らないことなのだが、世界柄がとても影響された結果だった。怨霊と成りはてようとも根付いた価値観は無くならないらしい。数ヶ月先のとある事件でそれに気付くことになるのだが、その時うっかり「だから優しさが残るっていうか、生ぬるいんだな」と呟いてしまうと言うのはまた別の話だ。
なお、それは過去生を思い出したデュース基準であるからして、この世界での基準を元に考えると非常に恐ろしく冷酷な所業なのだとか。まあ、霊能力を駆使し付喪神を使役し、敵方の異形と戦争をしていた世界と比べる方が間違っているのだが。
そんなことに気付けるわけもなく転生を経たせいで勘が鈍ったのだろうか、などと内心で考えデュースは後ろ頭をかいた。多分、余程のことが無い限りその基準の落差に気付くことは無い。

報せを持ってきてくれた相手に礼を言い、デュースはマジカルホイールのツーリングには暫く行かない旨を告げた。驚愕顕わに大口を開けて叫びすらした相手は何度も確認した末にひどく落ち込んだ様子で帰って行った。立ち去る最中に数回振り返ってこちらを見ていた。厳つい革ジャンを羽織ったかなりダメージの入ったジーンズが似合う不良だったのだが、殊の外デュースを気に入っていたようだ。……流石にしつこいと半眼になっていたことに気付かれなかったのは幸いである。

過去生を思い出した時点で不良的行動をするのが苦痛だったのだ。無益な行動に時間を充てるくらいなら、この世界の知識や常識と過去生の記憶に隔たる差異をどうにかハッキリさせる方を優先したい。
恐らく埋まることの無い価値観の差と知識の差はこれから先もついて回ることだ。ならば、なるべく周囲から「普通」に見えるよう自身の中の隔たりを薄くする他無い。もしくは認識を深め無難な対応を取れるように成らなければ。完全に、などという高望みしないがそれに近づけるだけの努力をせねば世界から爪弾きにされるのは自分自身なのだから。自衛のためだ。
あの日、家の周囲に結界を張る計画を練りながら五芒星を候補から外したのも、つまりはそういうことだった。正しい位置、向きで見られたなら問題無いが、別の向き、角度から見られたなら異端者扱いされる可能性があったりする。
まあ別に気付かれなければいい話ではあるのだが。
とにもかくにも、彼は死活問題とも言える問題を抱えているので他に割けるだけの時間も余裕も無いのである。

それから更に数日後、これから先必要になってくるであろう物を買いに出かけた帰りのことだった。望んでいた物を無事購入できてホッと息をついたデュースは店舗から出た瞬間に例の悪ガキ二人とエンカウントした。とはいえデュースは彼らだと気付いていなかった。何せ「彼女」に覆われて辛うじて人だと分かるシルエットしか見ておらず、憑かれていたのが誰だったのか把握していないのだから当然とも言える。
デュースと目が合った悪ガキ二人は気まずげに顔を背けそそくさと足早に立ち去った。それはもうデュースがポカンと目を瞬かせるほど俊敏に。先日の一件で全身像が分からなかったデュースからしてみれば知り合いに突然避けられた状態。この一週間ほどは会っていない筈なんだが、もしやあの悪ガキ二人に変に吹聴されでもしたか。などと考えているが全くもって見当外れである。

……完全なる余談となるのだが、デュースにとって非常に辛い事実があった。何が一番身につまされるかというと。過去生の記憶をインストールする前の自分ならば、嬉々としてあの悪ガキと共に地雷原に向かったであろう事が容易に予想できることだ。多分止めきれず、かといって見捨てても置けずに一緒に行った可能性の方が高い。ああ悲しきかな。


──────
2020.7.29.支部にも投稿しました。
202112.30.別館サイトに掲載

 - 

スペードは夢見が叶うか
夢見シリーズ倉庫