記憶持ちの弊害

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過去生の記憶をインストールしてしまった結果、彼デュース・スペードにどんな変化が起きたのか。
言葉を選ばず有り体に言うならば「猫を被る」のが異様なほどに上手くなった。そして人を思うように誘導することが上手くなった。掌で人を転がせるようになった、とも言う。少し前まで関わる事の多かった不良達など基本的な思考回路が単純なので掌の上でコロッコロだった。
何しろ中身は既に成人した過去生が二つ分詰まっているのだ。
前世はオタクであることを隠しながら生きていた日本人女性であるからして擬態など容易い。前々世は五十代後半に差し掛かる年齢まで現役として古狸や魑魅魍魎ヤベェやつらがうごめき跋扈する政府に身を置き、水面下でバチバチ火花を散らしていた一派の端くれだったのだ。徹底的に隠すべきことは隠し通すし何食わぬ顔で過ごすことなど朝飯前。慎重派ではあるが策を巡らせるのが苦では無い人間だった。その策略のレベルが如何ほどか、というのはさておき。
なお前々々世の末端貴族の生では必死に生きていたが気付いたらお陀仏していたのでノーカンである。

そんな彼が現時点で何に一番困っているのか。それは各生の記憶が混同することによって引き起こされる常識の混乱だった。
同じ世界線であろうと時代が違えば常識も価値観も異なる。異世界ともなれば尚のこと。根付いた常識が通じないのだ。その結果、先日の少女への対応を含めてデュースは非常識な人間として周囲に認識されることが増えてしまった。最早事故である。
つまり、意図せずして「優等生になりきれないちょっと抜けている元ヤンくん」という図が出来上がってしまっていく、というわけだ。元ヤンなのは事実なため否定できないのが少々痛い。

そんなこんなで例の少女の一件で町民を味方に付けたデュースであったが、実はほぼ同時期にミドルスクールでも一計を練っていた。自身の印象改善のため、そして基礎をどうにかするため、この二点に重点を置きミドルスクールへ真面目に通うことにしたのだ。過去生の記憶から信用ならない大人もいると最悪のパターンを考え身構えていたのだが、その懸念は全くの無駄に終わった。

国柄もとい世界柄はここでも遺憾なく発揮されている。
人が良い人間が多いこの世界では教育機関に、威張り散らす者、先生という権力を振りかざす者、私利私欲で教室を仕切る者、生徒に淫らな行為をする者、そんな子どもにとって害悪となる教員など存在しなかった。いや、そう言っては語弊がある。そういった害悪はシレッと紛れて居る。だが発覚次第排除されるのだ。特に最後に上げた行為は厳罰後に教員免許を剥奪され、二度と教職に関わる仕事全般に就けなくなる。
なお、前世、前々世の世界ではわいせつ行為が明るみに出て教員免許が失効しても三年後には再取得が可能だった。解雇されたとしも隣県で再就職した実例もデュースは知っている。つまり何度でも再犯が可能。この差である。
それだけこの世界では教育に向けられる意識は強い。
尊ぶべきもの、それは女性と子どもが一番に上げられるためだ。いくら正史の世界からは離れ捻れた先に存在する世界とはいえ当然のように女性や子どもに優しい。世界の基盤は崩れていなかった。……差別、為政者の汚職、貧困と富裕層の格差、その他諸々、優しさ溢れる夢の国に影を落とす事象は当然のように存在しているけれども。救いようもない輩はどの国にも世界線にも居るものだ。
そんな世界の基盤がある中、教師という子どもを教え導く立場にそんな人間を配置するわけが無い。例え面接時に巧みに隠そうと、邪な考えは魔法ですぐに白日の下にさらされる。それすらかいくぐり害悪が教職に就いたことが判明した暁には教職に関わる者全てが無言で戦闘態勢に入るのだ。子どもを害す者を許すな。殺気すら感じる。

あれ、何だかすごく平和だな? とデュースが首を傾げたのも無理は無い。
過去生の前世、前々世においては先ほど上げた害悪がこの世界ほど徹底的に排除されることも無く蔓延っていたのだから。まともな教員が大半だとしてもそれに混じりそれらは当然のように存在していた。害悪が隠れて行動するにちょうどよく、まともな教育者が割を食う、そんな環境だった。
前々世の審神者時代なんて養成学校に真っ黒い派閥の政府役人と癒着していた教官も居た。戦に身を置くのだから厳しく鍛えるのは生徒のためだと悦に浸っていた輩も居た。何なら教官補佐として敵の歴史修正主義者からの刺客が忍び込んでいることもあった。
閑話休題。
だから正直なところデュースは、正直そこまで教師に対して期待などしていなかったのだ。それを良い意味で裏切られて目を瞬かせたのは、例の少女との攻防を繰り広げてから数週間後の放課後。真面目に図書室に入り浸るようになってから数日経った日のことだった。

本棚の影からクラス担任の教師がひょっこり顔を出した。デュースは何となく人が居るな、と察してはいたがまさか担任だったとは。
当たり障りの無い話題を振られて受け答えをしていく内に、デュースはこの教師が本題に入るタイミングを窺っていることに感づいた。過去生で腹の探り合いをしていた経験がここに活かされている。
話の運びが地味に下手だな、なんてことを頭の隅で考えたデュースはこちらから話の切り口を向けてやることにした。まどろっこしいのは好きでは無いのだ。

「……それで? 本題は何です」
「はは、分かっていたか」
「分かりやすかったですよ」
「そうか。じゃあ遠慮無く聞くぞ。……あれだけ荒れていたお前がここまで変わったんだ。何かあったんだろう?」

やはりそれか。デュースは予想通りの問いにため息を吐きそうになる。
過去生を思い出す以前の自分の行動を簡易的にまとめると、割と典型的な不良だった。玄関に足を踏み入れた瞬間、教室に入った瞬間、不自然に周囲が静まりかえるという事象を体験しているため自身がどう見られていたのかは自覚済みだ。
学校をサボる事も多く、暴力を積極的に振るうことは無くとも言葉はかなりキツい。敬語はおろか教師の名は呼び捨て。同級生との関わりは殆ど作ろうとせず。かといって学校外の不良とつるむかと言えばそれほどでもなくフラッと現れては気付いた時に消えている、といった関係。それがコロッと180度変わったのだ。教育に携わる者が、それもまともに生徒と向き合う者が、放って置くわけが無かった。

「力になれることがあればと思ったんだが」

眉を下げて問う教師は純粋にそう考えているようだった。いや、何か問題ごとが起きる前に事情を把握しておきたいという気持ちもあるのだろうが。残りの学校生活を波風立てずに過ごすには、まずこの教師が納得し憂を払えるような理由を挙げなければなるまい。どう望む方へ持って行くのが最良か。
そこまで考えてデュースは口を開いた。

「………………まあ、ちょっと。……その、母の負担を減らしたくて」

ちょっと気まずげな顔で目を逸らしながらの言葉。少しわざとらしかっただろうか、とデュースが内心で呟く。
そんな様子をつぶさに観察していた教師はそんな彼の思考になど気付くことなく僅かに感心した。ほう、この問題児にも親を思う心はちゃんとあったのか、などと本人が知れば嘆かれるか激昂されかねないことすら考えていた。そして同時に納得もする。確かに思い返してみれば情が深いと感じる出来事も多かった。
単純に雨の中で動物を保護する不良が優しく見えるという法則が働いている様であるが、残念なことにそれを指摘する者などここには居ない。

「どうにも、ストレスが無くならなくて。誰にも迷惑を掛けない発散法が、走ることになったりして。八つ当たりするのも嫌だから誰も近づけさせないような態度でいたんですけど」

なお、走るには「マジカルホイールで」と言う言葉が付随する。馬鹿正直に白状する事でも無いのでサクッと削った。

「でもそうすると、母が不甲斐なさそうな顔をするんです」
「スペード、お前……不甲斐ないなんて言葉知ってたんだな」
「今それ言います?」

デュースは思わず半眼でジトッとした視線を向ける。意にも介さず教師は問いかけを続けた。

「いやそれにしても、意外と考えていたんだな。学校での反抗的な態度もそれの一貫か?」

実はこの教員、彼の言うストレスが解消されない原因を例の少女関連であると認識していた。町民達とは違い乙女を見守る期間など皆無だったため、少女とデュースの関わりを有りのままの状態で捉えられたのだ。つまりデュースのことを「ストーカー化した少女に滅入っている生徒」として認知した。証拠も証言も揃っている。
そして今、本人からの言葉を聞き自身の予想が確実たる物だったと確信したのだ。……実際は完全なる正解とはほど遠いが。

「エ、ああ、うん、ハイそうです」
「……成る程な」

だから、このぎこちないデュースの返答も、図星を突かれて誤魔化しきれなかった子どもの様子にしか見えなかったのだ。例えそれが、そこまで深く考えていなかったけどちょうど良いから頷いとけ、という半ば投げやりな思考の末にもたらされたものだったとしても。

「最悪の場合、自分が離れれば母は安心できるでしょうし。それも視野に入れてます。なので、せめて、一人で社会に出ても平気なくらいには勉強が出来るようにしておかないとな、って思って」
「そう、か。本当に、色々考えていたんだな……」

教師はコロッと簡単にその言を信じた。教職に就く者としての善性が遺憾なく発揮された瞬間だった。
デュース自身が今この瞬間に自然体で居ることも要因の一つだ。敬語なぞ知らないとばかり思っていた生徒が相手に応じて言葉遣いを変える、それを当たり前に行っていた。そこに教師たちが常にデュースに感じていた張り詰めた空気はなく、どこか肩の荷を降ろしたような無理の無さ。素のままの態度。そんな状態であることも教師の思い込みに拍車を掛けていた。
加えて、例の少女に絡まれ続けていることも相俟って余計に切迫感と悲壮感を煽ったらしい。この日以降ちょっとデュースに対し同情的な態度を見せるようになった。デュースが思わず真顔で「チョロすぎないか?」と呟いてしまったことに気付かれなかったことは幸いである。

なお、この教師の目には「不器用ながらも立ち回るが空回り、中卒前に周囲を案じて自分一人で生きていけるように覚悟した生徒」と映っている。
数ヶ月後、あまりのミラクル解釈をされていることに気付いたデュースが宇宙を背後に背負ったのは全くの余談だ。

この問答からそう時間を置かないうちにミドルスクールでは「デュースが荒れていたのは例の少女に長年つけ回されたストレスのせい」という認識が広まっていた。意図していなかった認識のされ方にデュースは目を白黒させた。何がどうしてそうなったんだ。
真相は前述の通りである。

この世界、世界柄的にも想像力豊かな住民ばかり。しかも極端に誰かが悪い方に傾くことは無い。悪意を持って噂されるときはその限りでは無いが、大抵は良い方に解釈される。
今回も例に漏れずその通りになった。
恋を暴走させた乙女に多少の同情はあるものの、相手の精神を追い詰めるほどのそれは最早恋でも愛でも無い。そう判断した町民や学校関係者、時々生徒たち、それらの献身によって密かに少女とデュースの接触は徐々に減少していった。――この世界の人間の恋愛ジャッジは割とシビアだ。彼らにとってはヤンデレもバッドエンドも受け入れがたいもの。再度言うが耐性がそれほど無いのだ。さすがは夢の国が基盤にある世界。
そして恋愛に関する出来事は一大事として扱われるらしい。例え関わりの無い他人であろうとも。
だからこそ厄介ごとになりかけている典型的な不良だったデュースの手助けをする生徒も居たというわけだ。まあ、あの担任教師の「例の少女に長年つけ回され不器用ながらも立ち回るが空回り、結果そのストレスで荒れていた」という憶測が事実として学校中を駆け巡った所為でもあるのだが。

なお片方は大いに焦り更に悪化し、片方はラッキーとしか考えていない。デュースは自力で立ち回らなければならない行動が減った事を純粋に喜んでいた。
デュースとしては自分にとって不必要なことに意識を向ける頻度が減り大助かりだったのだ。この世界で生きていくためにも勉学に集中したかったので余計に。
学校においても、いつの間にか周知の事実となっていたデュースの元ヤン理由のおかげで無理に荒々しく振る舞う必要も無い。そのためストレスを感じずに済み、至って普通の学校生活を送れていた。

「スペード、今回の試験かなり頑張ったんだな。国語と数学の点数は飛躍的に伸びているぞ。ただ数学は公式を間違えて覚えているような箇所があったから、きちんと復習すれば問題無いだろう」

こうして言葉を担任から掛けられるくらいには馴染んでいる。成績的にも好感触であるのは間違いないのだが、デュースには懸念が残っていた。それは自分の中にある知識の及ばない教科や分野について。過去生を思い出す以前の自分は勉強など重要視していなかったせいで基礎が危うい。前々々世の記憶を引っ張ってこようとしても百年前の知識であるため違いがありすぎるのだ。

「ありがとうございます。でも、他は……ですよね?」
「……ああ。言いづらいんだが、その、錬金術と魔法薬学は、ちょっとな……? エレメンタリースクールの問題集があるから、それからやってみないか?」

結果として小学校レベルからやり直し宣言をされた。担任教師としても苦渋の宣告だったらしく、顔が今までに見たことが無いくらいに歪んでいる。
対してデュースとしては予想の範疇だった。むしろ最良の選択だとすら思っていた。基礎がガタガタとなればその上にどんな知識や情報を乗せても崩れ落ちて形になどなるわけが無い。デュースは神妙な顔つきで頷くと担任教師にどんな問題集がオススメかを聞くのだった。


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2020.7.29.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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