召喚と金縛り

5

教師やクラスメイトにとってデュースが真面目に学校へ通うことが当たり前になった、とある日のことだ。
とても興味深く、しかしデュースの胸の柔いところを抉るような魔法が授業で取り扱われた。――召喚術。その中でも主に物質を手元に発現させる術。
自身の手に欲しいものがあった。依り代自体が存在するならば、あるいは、と思った。望みは薄いだろうことは分かっているのだが諦めきれていなかったのだ。

過去生の記憶を思い出してから早一ヶ月半は経とうとしている。過去生の記憶と自身の記憶の整理もつき、日常生活を送るにも余裕が出てきた。そのふと落ち着いた瞬間に込み上げてくる空虚感。母と共に暮らしているにも関わらず自身の部屋も生家も何故か広く感じた。
ぬくもりが足りない。自分の傍にあるべき存在が無い。寒々しさすら感じる。そんな胸に虚が出来たような感覚に襲われて久しい。
常に誰かが、何かが、傍に在るという前々世の感覚を引きずりすぎているらしかった。日々心霊現象をいなしていれば当然それに特化した過去生が自身に強く根付く。今のデュースの意識は過去生の一つに比重が傾いていた。

(この世界には剣はあっても刀は多分無いだろうし、存在したとしても日本刀ではないだろうから……。世界が違う、存在する国が違う、歴史も違う、だから、アイツ等は居ない)

無い物は無いのだ。そう言い聞かせるように内心で呟く。
教師が魔法の仕組みや原理を説く最中、デュースは所在なさげに髪の先をつまむ。脱色した髪は染め直すことも無くそのままにしていたためプリン頭の状態になっていた。地毛が青みがかった黒髪のためプリンと言うにはカラメル部分が美味しくなさそうだが。
自身の行いを忘れないようにするためだ、と周囲に告げているが実際はただ面倒だったから放置しているだけだった。ここでも意図せず周囲から「根は真面目」という認識をされる要因が増えたのだが些事である。

「物を召喚する場合、必要なのはイメージだ。鮮明で明確な想像であればあるほど良い」

ふぅん、やはり少し似ているな。過去に向けていた意識を今に戻して、デュースは内心で呟く。黒板前に立つ教師へチラリと視線を向けた。
魔法の効果を正確に、より強く思い描く。その想像力が強ければ強いほど魔法は正確性や具現性は増す。
前々世で主に扱っていた術も似かよったものが多い。特に召喚や顕現に関することがそうだ。召喚は言わずもがな現在説明された通り。顕現させるための霊力の扱い、刀剣達と審神者の契約や結びつき、見えない力を操ろうとする以上イメージ力が何より求められた。その道の人間だけでは人員不足に陥り一般市民からも戦力を募った結果、手っ取り早い人員補充のため霊力の有無や適正の次に重視されたのだ。その方が習得するまでの時間が短く済んだ。だから審神者にはある程度の想像力も必要とされたのだ。
ああそういえば、科学的思想しか受け入れない人間や理系や現実的思考の人間は審神者になる能力を有していてもそこで躓く者が多かったな、等と頭の隅で記憶をたぐる。
つらつらと思い出していれば、教師のかけ声と共にチラホラと生徒が立ち上がった。どうやら簡易的な実践に移るらしい。

「机を後ろに下げて空けたスペースで実践するぞ、学籍番号の偶数と奇数に分かれて取りかかるように」

指示に従い移動しながらデュースはふと沸き上がった疑問に首をかしげた。

(……そういや召喚、ってことは空間移転って事で良いのか? それとも新たに物質を生成して発現? 後で確認しよう)

ノートや教科書の確認もそうだが、実物で検証する方が早いかもしれない。その後の実践では適当に家で使っているマグカップを召喚することにした。特に苦戦すること無く難なく召喚。
家に帰り荷物を片付けたデュースは浮かない表情でノートを見つめた。そして授業中に召喚したマグカップを机の上に取り出す。帰宅後に召喚したマグカップを探した所、定位置から跡形も無く消えていることを確認したのだ。なるほどな、と納得してベッドに座り込む。
元々存在する物を召喚するのだと理解した。……のだが、実際は念じて召喚した結果がそうであるだけで、創造召喚というものもある。だが残念ながらこの場に教える者は居ない。常日頃から魔法に親しんできたはずなのにこういう所はやはりちょっとポンコツである。現存する物しか召喚は不可であると認識したデュースは思考を続けていた。
カツリと机上に爪を立てる。
この世界に存在する物しか呼び出せないというならば、どう足掻いても二度と彼らと相見えることはないのだろう。だってこの世界には日本という国もその歴史と共に生み出された人も物も何もかもが存在しない。似かよっている国や文化はあれどそれは別物である。
だから、この世界にデュースが審神者として半生を共にした刀剣男士も存在しない。

(ああ、でも、試すくらいなら)

許されはしないだろうか。
苦渋に満ちた表情で唇を噛みしめ、デュースは床の木目を睨んだ。

前々世で審神者として歩んだ人生、その内のおよそ四十余年。ちょうど今のデュースと近い年齢の頃に審神者に就任。齢半数以上の年月を本丸という特殊空間で生きた。現世からは離れ、時空の狭間――マヨヒガにも似た異空間に拠点を据えた。本丸がある種の神域になりつつある、と御神刀の一振りに言われたことを何故か鮮明に覚えている。肉体的な成長が緩やかだったのはおそらくその影響だろう。六十近くになっても四十代にしか見られることはなかった。そのせいか精神の成熟は緩やかだったような気がしなくも無い。外見の変化による精神への影響は大きいのだな、と笑いながら話したのは果たして誰とだったか。
童顔も相俟って嘗められること多々。甘く見られて要らぬ喧嘩をふっかけられたことも、家系の関係でやっかみを受けることも、数え切れないほどある。そんな審神者に四十余年も付き合ってくれた付喪神。彼らにしてみれば短い時間だったかもしれない。だが、人間である己にとっては長くもあっという間に過ぎ去った尊い時間だった。
それが今になって酷く懐かしく、どうしようもなく強く焦がれてしまう。

自覚は無くともデュースは気が滅入っていたのだ。
過去生を複数思い出し、今生の約十五年では考えもしなかった心霊現象と関わる事になり、感覚は妙に鋭くなっていくばかり。それに伴い対処のために求められる知識は膨大。日常生活においてもどう行動すれば正解なのか分かるはずも無く、様子を見ながら数週間を過ごした。加えて、住まう町や通う学校の人間はデュースのことを良く思っていなかったのは明白で。そのマイナススタートから約一ヶ月半、ようやく「普通に」町へ出て学校生活を送れる地点までどうにかこぎ着けたのだ。
味方は居ない。頼れる者も居ない。自分の記憶と知識と能力だけが頼り。失敗は出来ない。そんな状態が続いていた。
最近になりようやく他を考える余裕が出てきたことにより、自然と己が一番に必要としているものを求めたのだ。デュース自身が頼れる者が居ないのだと考えている以上、ここには無い、過去に得た絶対的な味方に縋るのも無理はないだろう。
半ば諦めを含んではいるが、どうしようもなく自身の行動を止めきれなかった。両の手を宙に突き出し何かを持ち上げるような仕草のまま停止する。
召喚と物質の発現に必要とされるのは確固たる想像と明確な指定。彼らの刀剣男士としての姿は覚えている。だが刀身や拵え、柄、鞘、鍔、下げ緒、細やかな部分を覚えていない。何よりも存在しない物を召喚するなどおそらく無理だろう。理屈は理解している。頭では分かっている。
それでも、デュースは呼ばずにはいられなかった。

「――山姥切、国広」

言葉に少し力を込めて、自身の始まりの刀を呼ぶ。喉が少し震えた。淡い桜吹雪の光と共に細長い日本刀が現れることを望んだ。
しかし、何も反応は起こらない。

(……だよ、な。分かってた)

鈍い痛みと共に胸が軋んだ。喉の奥が張り付いて気持ちが悪い。
諦めと納得を同時に感じ、デュースは深くため息を吐きながら俯き両腕にそのまま顔を埋める。
この世界に存在しない物を発現させられるわけが無い。おそらく転生を経たことで本丸や縁を結んだ刀剣男士たちとは既に繋がりが切れている。加護は、どうなのかは分からないが。ただ何となく寄り添うような感覚にハッとなる事がある。護られた、と感じる事もある。だから余計にかつての自分が共に生きた彼らの存在を近くに感じて求めてしまったのだ。

――審神者時代は、一人では無かった。たとえ共に過ごした誰かが人ならざる存在だとしても。
今この時この生、デュースには母が居る。学校において教師をはじめとした人との関わりも出来た。だというのに何故か、どうしようも無く孤独を感じる。可笑しな話だ。
過去生を思い出してから早一月半。デュースは過去の生を過去と割り切れず、居もしない存在に縋って日々を生きている。





その日の夜のことだ。夜中に目が覚めた瞬間に身体がじわりと痺れ指の一本も動かせなくなった。金縛りにあう、というのは特別珍しいことでは無い。少なくともデュースにとっては。

(……金縛りも久々だな。あーめんどい。普通に寝かせてくれ)

ふと意識が浮上し、目を開ける間も無く起きた出来事だった。何となく嫌な空気だな、と身じろぎをする。キィンと一際大きな耳鳴りに嫌な予感がしたと思ったらこれだ。
横向きで寝ていた状態のまま金縛りに遭ったせいで変に身体が凝ってしまいそうだ。
またか、とため息を吐いてデュースは脱力して四肢を投げ出した。いや実際には指一本動かせないのだが。
高確率で自由が利く部分である目に少し力を込めれば何の抵抗もなくすんなりと動く。薄らと目を開け、そして閉じた。室内は完全な暗闇ではなくカーテンからか細く月明かりが差し込んでいる。何ものに遮られることなくフローリングが仄明るく艶めいた。何の変哲も無い夜の自室だ。瞼を開かず眼球をぐるりと動かす。なるほど良くあるパターンである。ふるりと睫毛が震えた。

(またかぁ……)

正直な所、慣れから来るウンザリした気持ちとちょっとした悪態しか浮かんでこなかった。目覚め直後ということも相俟って頭が働かない。金縛りの解除法って何だったかな、と鈍く思考を巡らせながら嫌に早くなる呼吸を意識して整える。

比較的に就寝の前後に金縛りは多い。
寝ている間というのは人間が無防備になる瞬間の一つだ。夢に干渉されたり、寝て身体を休めているはずなのに逆に疲れたり、そんなこともまあ多々起こる。霊的原因の金縛りもまた同じく無防備な状態を見計らい狙ってやってくるのだ。生きている人間が起きている間は、物質を持たない霊は干渉しようにも中々勝てないものなので。
逆に人間が活動最盛期真っ只中の日中などに影響をもたらすような人ならざるモノはそれだけ力も強い。つまり関わってしまったら最後、普通の人間ならもう避ける術が無い。何せ相手は見えない上に物理的接触は不可能。自ら退ける力を持っていればその限りでは無いが、専門家にでも縋るしか道は無くなる。
閑話休題。

金縛りというのは医学的に「身体が寝ているのに脳が起きた状態」、すなわち睡眠麻痺だと言われている。過労、時差ぼけ、ストレスから引き起こる、とされている。
そして霊的な原因によって引き起こされる身体の痺れや全身麻痺状態。
割と目だけが自由に動くときがある。瞼を開き眼球を動かせる。視覚というのは五感の中で外界と関わる際、特に必要とされる感覚だ。生きる上で最も必要とされるものではないだろうか。そういった器官だけを自由にさせてくる、というのは単純に仕掛けてきた相手の性格が悪い。見えることによって異変や危機を認識できる。だが体はぴくりとも動かせない。明らかに楽しんでいるのだ。
そもそも無防備なところに襲撃を掛けてくる時点で性格の良いも悪いも無いのだが。

身体バグが原因の時と霊的な要因で金縛りに見舞われる時の二パターン。それらは明確にこうである、という判別方法は無い。ただ、何となく解るときがある。確証を得たいときは頭でお経や真言を唱えれば一発だ。身体的な誤作動ではない場合は霊的な存在から抵抗や何かしらの反応がある。面白がってからかうつもりが相手に反撃され、慌てて干渉度合いを増やすのだ。良い迷惑である。

前々世の審神者時代は在住していた場所が場所だった上、御神刀が数振り居たため金縛りに遭うことは滅多に無かった。本丸に移動する前は中々に被害を受けていたが。
その「そちら側」にがっつり関わっていた前々世はともかく、だたの成人女性だった前世の頃もまた両手指では収まらないくらいにはちょっかいを掛けられていた記憶がある。もしかして:記憶が無くとも何かしらの能力を引き継ぎ。勘弁してくれ。気付きたくなかったそんな事実。デュースは内心で呻く。
まさかの転生後に発覚する前世で発生した変なトラブルの原因。知識があるせいで紐付けが出来、色々と説明が付けられてしまう。嫌な仮定に思い至ってしまったデュースはちょっとだけ涙が出そうだった。嘘だけど。意地でも泣かないけど。
思考があちらこちらへと飛ぶのは単純に眠気で能が働いていないからである。

(あー、ダメだな。頭が働かなさすぎて何にも思い出せない)

起き抜けということもあり現在進行形でポンコツだった。何となく感覚で原因が身体バグではない事は察している。似たような現象に見舞われたとき、過去生では反射的に内心で怒鳴り散らして撃退していた。だが、無自覚に疲弊している彼には今そんな強気で対応する元気が無い。気力も余裕も無い。それよりも何よりも寝たい。だがそれを邪魔する金縛り。純粋に迷惑である。

(経文、最初の部分しかしか思い出せん、困った。般若心経でもいいか? でもこれも途中までしか……ええと、ああでも確か最後の一節だけでも効果あるんだったな)

ぼんやりとする頭で何とか現状を打破しようと考え、デュースは穏便な方法を試してみることにした。覚えている経文――お経の一節を心中で唱えたのだ。瞬間、ズシリと圧力が増す。その時点でデュースの表情はスンと抜け落ちた。

(はァア? 重い重い重い嘘だろこれでダメとか)

特に胸部の圧迫感が凄まじく増している。息苦しさで心拍数が上がる。心音を妙に強く感じるのはそれだけ心臓が強く動いているのか、はたまた感覚が研ぎ澄まされているせいか。
息もままならない程の圧力になる寸前でデュースは真言を唱えるのを止めた。そして渋面を作ると内心で盛大に叫んだ。

(……めんっっっっどくさ!! え? ふっつうに面倒くさい!)

声に出さず叫んだら叫んだで急に虚しくなり気持ちが氷点下まで落ち込む。もう何もかもがどうでも良くなる。眠気はピークだった。最早顔に浮かぶのは虚無。
一番穏便な対処法を試したが潰えたわけだ。だが怒鳴る気力も無ければ他に有力な打開策も思い出せない。そして何度も言うが、眠い。これでは埒があかない。

(あー、もう、いいや。……このまま寝るか)

表情は虚無のまま頭の隅でそう考えると、居るであろう存在を完全に無視し寝る方向に意識に切り替えた。未だに緩まることの無い圧力の中で心臓の音は多少うるさかったがそれも次第に収まっていく。デュースはピクリとも身動き取れぬ状態だったがそのまま寝た。
翌日普通に起きることが出来たので全くの無問題である。
……放っておけば相手は思った反応を得られず飽きることがあるとはいえ、幽霊と思しき何かに害されている最中に意図してそのまま就寝するという話はあまり聞かないのではないだろうか。なかなかの強メンタル。おそらく遠い世界線のいつかの時代に彼自身の手によって顕現させた刀の付喪神達が見たら表情を険しくするか苦く笑みを浮かべることだろう。

それから暫くして、かつて多用していた真言の内の幾つかがこの世界では通用しないことに気付き、両膝を地面に着く事になる未来が待ち受けている。とはいえ今はまだまだ先の話だ。
世界が、国が違う。それは宗教や文化などが根底から違う、もしくは似たようなものでも発展の仕方が違う、ということでもある。全くの同一となることはない。
前世、前々世の世界線とは多少の共通点もあるようだが、何となくデュースが過去生から得た知識とはかなりの齟齬がある。つまり、存在しない神も居れば仏も居る。さすれば存在しない神話、逸話、宗教、それらに関する経典、信仰者が出てくる。先出した何かが無ければ後出は軒並み全滅。
まあ、要は後々にデュースが見直さなければならないものがまた増えた、ということである。心が安まる日は中々来ない。


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2020.7.29.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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