明けに没す返り花

45

審神者名を沈丁花。
初期刀を山姥切国広。
そして、チュートリアル鍛刀──所謂初鍛刀を愛染国俊。
それがデュースの前々世である。現世においての名は朧気だ。覚えているのは苗字だけ。名は四十余年呼ばれることが無かった為、今生の記憶にない。

審神者としての道を歩むために自らの意思で選んだ始まりの刀。そして、初めて鍛刀した際に呼びかけに答えた懐刀。
どちらもが新たな一歩。故に、それ等二振りは審神者にとって特別だ。
そんな特別である刀剣を一振りをデュースは、過去に喪った。審神者時代における初期、始めて本丸に攻め入られた時に遡行軍に折られたのだ。
初めて手ずから資材をくべ、付喪神を降ろすための依り代を鍛刀した。その時、真っ先に沈丁花の呼びかけに応じた刀剣。彼は目の前で折られたわけではない。最も張られた結界の力が強い執務室に籠城し、危機を乗り切った沈丁花の元に刀剣破壊の知らせが届いた。たったそれだけだった。
涙など、一滴たりとも出やしなかった。ひょっとして自分は薄情な人間なのかもしれない、と思いすらした。
本丸に攻め入った遡行軍が討伐されたのち、かき集められた愛染国俊の刀身だったもの。折れた残骸を目の前にして、それでもいまいち理解できなかったのだ。愛染が折れたというのはただの冗談で、そのうちひょっこり返ってくるような気さえしていたのだ。

人が死すれば遺体が残る。しかし刀剣男士は折れた刀身しか残らない。
だから気持ちの整理が出来ないままだったのだと気づいたのは、蛍丸を迎えてから愛染国俊を顕現させてしまった時。その瞬間だった。
──その結果は、散々なもの。泣きわめき醜態をさらした。

無理だった。目の前に立つのは確実に自身が顕現させた愛染国俊だというのに、何故だかそう思えなかったのだ。
おろおろと狼狽える愛染に泣きながら謝った。
すまない、無理だ、お前は確かに愛染なのに俺の愛染じゃない、ごめん。
……顕現した直後に審神者からそう言われた愛染国俊が何を思ったのか、今となっては分からない。ただ涙に崩れた沈丁花の後ろを見て、困ったように笑っていたように見えた。おそらくは都合の良い記憶でしかないのだろうが。
そうして顕現を解くことを了承した愛染国俊の刀剣本体は、沈丁花の懐に収まることとなった。顕現しない代わりに護身用として常に共にある。不思議な関係に収まったのである。
だから、沈丁花──デュースの前々世での本丸から愛染国俊の姿が無くなった。

──いいぜ、主さん。それで少しでも主さんの心が軽くなるんだったら

困ったように笑って了承した愛染の顔を、沈丁花は忘れることが出来なかった。
そして、ついぞ顕現させること無く審神者としての生を終えたのだ。







ものの数時間と経たず再び来店したデュースを見てサムは目を丸くしていた。何せ、半ば引きずるようにクルーウェルがその肩を抱えて扉を開け放ったのだ。加えて泣き声は上げずにいるが号泣している。驚くな、という方が無理な話だ。

「……って、勝手にcloseにしないでおくれよ」
「どうせこの時間だ。閉店作業も済んでいるんだろう?」
「まあ、そう言われてしまったらそうなんだけどねェ」

店先の札をくるりとひっくり返しcloseの面を表にしたクルーウェルの行動に、サムが困ったように声を上げた。次いで小さく肩をすくめ大仰に諦めの仕草。もともと強く止めるつもりは無かったらしい。
勝手知ったる、と言わんばかりに椅子を店の奥から呼び寄せたクルーウェルはデュースを座らせる。サムは無言でブランケットをその肩にかけた。

「ゆっくりでいい、落ち着くまでそうしていろ」

いくらこの学園の治安が悪かろうと、生徒のみならず教職員の個性が強かろうと。クルーウェルは教師だった。正しく。そしてサムもまた学園に身を置く者として生徒に一定の理解を示す人間の一人である。
二人は気を遣い少し離れた場所に腰を落ち着かせ、異界に迷い込んだ際の出来事の数々と事の顛末を話すことにした。
尚、文様がほとんど消え失せた民族衣装を見たサムが口元を引き攣らせていたのは余談である。

「落ち着いたか」

頃合いを見計らい静かに投げられた問いにデュースは顔を上げる。
クルーウェルはこの上なく柔らかい声を意識していた。おや、とサムは目を瞬かせたものの黙って見守る体制に徹する。
彼らが何故こうも様子を窺うかのような態度で接しているのか。それはデュースの泣き方の所為だった。泣きわめくでもなく、感情を押し殺すように泣かれるのはどうにも居心地が悪い。
そう思われていることなど知らずにデュースは目元を覆った。

「……すみ、ま、せん」

見事に鼻声だ。おまけに泣き癖も少しついてしまっている。ひく、ひくと喉が痙攣していた。

「良い、……話せるか?」
「ちょ、と、きついデス」
「あの妙な空間について話す気は」

デュースが突然滂沱と涙したことについては触れるつもりはないらしい。クルーウェルを見上げてデュースは重い瞼を瞬かせた。

「無いというわけでは、ないです。……ちょっと待ってくださいね」

そう告げるなり何度か深呼吸を繰り返し、呼吸と気持ちを落ち着かせる。
弱っているときに何かを話すものではない。それは重々承知している。しかし、こうなった以上はある程度話さなければならないだろう。それを理解していた。

「……もう大丈夫です。ええとまず、突然取り乱してすみませんでした」

謝罪を口にすれば首を横に振られる。下手な慰めなどは無い。無言で続きを促されてデュースは一つ頷き再度口を開いた。

「あとサムさん、用意してくださっていたもの、凄く助かりました。ありがとうございます」
「役に立ったようで何よりだよ! ……随分な目にあったようだねぇ」
「ええ、本当に。正直肝が冷えました」
「ンン〜、守りの力が強い物をもう少し入荷することにしておくよ」
「お気遣いありがとうございます。……近々今日購入しなかった物も買いに来たいと思います。あ、あと細々とした物の発注も、もしかしたらお願いするかもしれません」
「OK、任せておいてよ小鬼ちゃん、今後ともどうぞご贔屓に!」

したたかな言葉にサムはからりと笑った。どうやら普段の調子を取り戻しつつあるようだ。
だが、それ以上言葉を発することなく沈黙が落ちる。カチ、カチと秒針の音だけがやけに響いた。

「……それで、今回の一件についてなんですけど」

付喪神の存在、分霊の存在、この二点だけに絞りぽつりぽつりとかいつまんで話していく。ある種のけじめとして二人には自身が先ほど泣き崩れた理由も告白した。──痛ましげな眼を向けられたが、同情は要らない。そう告げさらに言葉を重ねていく。
二人はかなり複雑そうに視線を交わしたものの、デュースの要望通り黙したまま深く息を吐くだけにとどめた。

その後徐々に質問とそれに答えながらの説明に変化する。彼らの知的好奇心が刺激された結果である。
その最中、デュースはついうっかり過去生の記憶があることも口にしてしまったが、特段驚かれること無く終わる。彼らはそれよりも自身が担任する生徒が過去に徴兵され戦争に身を置いていたことに驚いていたのだ。
ツイステッドワンダーランドではこの数百年の間、戦争は起きていない。妖精族など長命な種族の中には経験した者も居るかもしれないが、ごく稀だろう。だからこそ二人は素直にデュースの心身を心配していた。
対してデュースと言えば、特にそれを気にしてはいなかった。記憶があるとはいえ、知識として落とし込もうとしている部分もあるためある程度は割り切れている。……引きずっている部分は多少なりともあるが。完全なる追体験をしたわけでもないため、さほど問題は無かった。少なくとも今のデュースはそう思っている。
両者間の認識の差が中々にあった。
困ったときには「戦争時の機密保持に関わるので」と言えば渋々ながらも引いてくれたため、デュースはいかんなくその言葉を使うことにした。説明が面倒というわけではない。

説明も半ばに入った頃、デュースはひどい睡魔に襲われていた。頭がぼうっとする。泣いた直後のせいか頭痛迄する始末。要は限界が近づいていた。
極限状態で命のやり取りをして帰ってきた、その直後に精神的にも負荷が掛かったのだ。無理からぬことである。
似たようなことを考えていたのか、それともデュースが重い瞼をしょぼしょぼと開閉させたのを見かねてか、クルーウェルが不意に立ち上がった。肩にかかったままのブランケットを手に取るとデュースの頭にそれをかぶせる。

「一度寝ろ」
「……でも」

声に覇気が無い。睡魔に敗北しつつあるのは明らかだった。

「良い。寝ておけ。ローズハートには俺が外泊届を出しておく」

その言葉を聞き、デュースはすっかり寮に関することを忘れていたことに気づいた。しかし、教員がこの場に居るのならば面倒なことにはなるまい。そう考えられるだけの思考は残っていた。
うつらうつら、首が傾ぐ。机に突っ伏しかけるのをどうにか耐え、そして──

(──監督生に関する相談、してない)

なぜか突然、当初の目的を思い出した。

「……かん、かんとくせ……、……」

続けられた言葉にクルーウェルとサムはぴたりと動きを止めた。残された二人がどんな顔をしているのかも知らずデュースの意識は夢の世界に旅立っている。クルーウェルは起こしたい気持ちを抑えながら仮眠室にデュースを運び横たわらせた。
……この寝落ちる寸前に落とした爆弾発言。そのせいで残された彼らがほぼ一睡もできずに夜を明かすこととなった訳なのだが。それはまた別の話である。






急な招集にも関わらずそれに応じた審神者が数名。その中に気だるげな様子で歩を進める一人の男が居た。伏し目がちに、けれども隙なく空間内の異常を確かめるように視線を巡らせている。ちなみに、顔を彩る眼鏡は伊達である。

「救援要請を受けて迎えに参りました、審神者名を沈丁花と申します。あちらは政府お抱えの陰陽師、監察官、そして初期から審神者として活躍しているベテランから一人ずつ、此方に来ています」
「え、あ、どうも」

丁寧な口調かつ態度ではあるのだが目は笑っていない。立葵の元に来るまで本丸跡地の惨状を見ていたためだ。
ピリリとした空気に立葵は身を竦め、慌てて頭を下げた。

「よく無事でしたね。何があったのか聞いても?」
「えっと、何かチャイナ服と白衣のイケメンが助けてくれました。あ、外人だったッス」
「は?」

沈丁花のひくりと片眉が跳ねあがった。なんだそれは。告げる当人にしか分からない報告。要領を得ない。
呆気にとられた様子で首を傾げた相手に何を思ったのか、立葵は言葉を続ける。

「いや本当に一瞬新しい刀剣男士かと思ったくらいイケメンだったんすよ、白衣の、ええとミスターって人」

クルーウェルの端正な顔立ちが刀剣男士と並び立って遜色ないことが明言された。しかし本人不在である。
怪奇の終息に至った過程を聴取したいのだが、見当はずれなことを告げる立葵に沈丁花の目が僅かに細められる。その間にも指先は動き、手元の情報端末には「チャイナ服、白衣、外人」とだけ記入された。

「あの、そんなことを聞きたいわけではなくて」
「え? あ、そうなんすか」

再度口を開きかけた沈丁花の顔面に何かがぶつかる。ベチンッと音でも鳴りそうなくらい勢いよく激突したのは紫色の蝶だった。パッと見る限り大きさは小銭くらいだろう。
途端、くつくつ、と。どこからともなく朗明な笑い声が小さく木霊する。生者の声ではないことを察した監査官が固い表情で身構えた。浄化に特化した審神者が警戒したまま自身の刀剣の元に身を寄せる。この場に誰一人として笑っているものなど居はしない。自然と皆口を噤んだ。
沈丁花も懐に忍ばせた短刀に手を伸ばす。周囲を隈なく見回すが、彼の目に映るモノもまた同様に何も居はしなかった。
しかしこの場に居るほぼ全員が、その笑い声に聞き覚えがあった。

「……三日月の声か?」
「……は?」
「えっと、三日月さんなら此処に刀がありますけど……」

堀川に差し出された三日月宗近。浄化に特化しているという審神者がそれを受け取るが、特に何かを感じるわけでもない。至って何ら変哲もない刀剣。いや、これは──

「居ないな」
「居ないですね」

既に刀剣男士の分霊が宿っていない、ただの刀だった。鞘から刀身を引き抜こうとするがピクリとも動かない。監察官と浄化に特化した審神者が三日月の鞘と鍔の間を鋭く観察すると赤茶色が隙間に見える。

「……錆びてる」
「「「えっ!?」」」

立葵たち三人、異界からの迷い人であるデュースとクルーウェルと短時間行動を共にした彼らはギョッと声を上げた。ギラリときらめく白刃を振るっていた姿をつい先刻まで見ていたのだ。
──この場の誰も知る由は無いが、異界の迷い人に働きかけていたあの状態すら無理に無理を重ねていたのだ。そして、役目を終えた途端、その身は無理をした反動と言わんばかりに朽ちたのだ。

ふと監察官は顔を上げ瞠目する。ふわり、揺らめく藍の狩衣の袖が視えた。ハッと我に返りそれを追えば辿り着いたのは小さな蔵。火の手を逃れたのであろうその中に、ひっそりと金庫が存在していた。形状などを見るに政府から各本丸に割り当てている備品の一つだろう。
少し動かしてみるがロックは初期設定のまま。簡単に扉が開く。小さな扉の中にしまい込まれていた書類を確認し、監察官は息を呑んだ。両手に力が入り書類の端にしわが寄る。
そこから少しばかり離れた場所で、様々な痕跡を辿っていた陰陽師は監察官を呼ぶ。真っ二つに裂け、焼け焦げた藤の木。それを前にして妙な胸騒ぎがしたのだ。雷の衝撃と樹木が裂けたことにより根と地面が僅かに露出していた。

「──これは……」

根に守られるように埋まっていたのは白く細長いもの。一つ毬のような形状のものもちらりと見える。骨だった。それも、不自然なまで形を保ったままの。落雷を受けたであろう場所に存在していた物とは思えないほど、綺麗に。
大きさから考えると幼い子供のものだろう。それが、この場所にある意味とは。監察官と陰陽師の顔が強張る。
審神者として着任できる年齢に制限がある。現在の基準では十八歳以上。上層部では年齢制限の緩和が検討されているようだが、それが反映されるのはまだ先だろう。
その基準をはるかに下回る子供の骨が焼け焦げた藤の根本に埋まっていたのだ。
そして藍の狩衣、いや三日月宗近の残滓が導いた炎の手を逃れた蔵。そこにひっそりと置かれていた金庫の中に焼けることなく現存した書類の数々。──そこから導き出される推測は、おそらく間違っていないはずだ。監査官は冷たいものを背筋に感じる。

「至急政府に連絡を。……違反者が居る」

監査官の言葉に頷いた陰陽師はすぐさま端末を取り出した。


ひらり、ひらりと羽ばたいた小さな蝶が焼け焦げた本丸の土壁にとまった。その傍らに薄らと藍の袖が顕れては消えている。
鶏が先か卵が先か。幼子の成れの果てが沈丁花に繋げた縁によりデュースが呼ばれたのか、デュースが呼ばれたことにより沈丁花に縁が出来たのか。それは本人でさえ分かっていない。
再び羽をはばたかせ宙に飛び立った小さな蝶は、藍の狩衣を連れ立ってそのままどこぞへと消えていった。



突撃隣の異界訪問

明けに没する返り花





珍しくデュースは誰よりも先に教室へ足を踏み入れていた。室内には誰も居ない。

「おはよ、デュース」
「はよ。ってかお前さ、どっか泊まるなら言って行けよな」
「お、はよう二人とも」

変哲もない朝の挨拶だ。しかし返ってきたのは下っ手くそな笑顔。
そんな反応をされた人間が何も思わない訳もなく、エースは訝し気に目を細めた。片眉がひくりと動く。
その横で監督生は目を瞬かせた。おや? と首をかしげる。デュースとエース、視線だけで二人を交互に見やった彼女は喧嘩の可能性を頭の隅に浮かべる。しかしそれにしては空気がギスギスしていない。どちらかというと、デュースが一方的に気まずさを感じ一歩引いているようにも思える。
ここは監督生の日本人特有スキル、空気を読むが発動された。妙に固い空気になる前に口を開く。取り返しのつかないほどの不穏さに至ってからでは遅いのだ。曲がりなりにもデュースに支えられることが多い立場である彼女はここぞとばかりに如何なく話術を発揮した。腹をくくってこの世界で生き延びる決意をした人間は存外強かだ。
意識して朗らかな声色での問いかけ。デュースの目元が僅かに和らいだ。

「今日は早かったんだね、朝練とか?」
「いや、担任からの呼び出しだ」
「エッ、クルーウェル先生から?」
「ああ」

実際はデュースがクルーウェルに相談を持ち掛けていたのだが、あながち間違いでもないのだ。早朝の剣幕ではある意味で呼び出しを食らったも同然である。シレッと大事な部分を省いているがそれを指摘する者はいない。
ギョッと身を竦めた監督生とグリムの反応に、どこかぎくしゃくした空気が徐々に霧散していく。

遠目でそれを見守っていたクルーウェルの表情が僅かに曇る。
気づく前には戻れまい。どこか張り詰めた空気を取り払いきれないデュースのこれからを憂い、やりきれないといった様子で小さく息を吐いた。
前途多難である。



──────
2020.12.23.支部にも投稿しました。
2022.1.15.別館サイトに掲載

返り花:初冬の小春日和に、本来の季節とは違うが花を咲かせる草木のこと。忘れ花、狂い咲き、とも。冬の季語です。
沈丁花:開花時期は三月〜四月頃
藤:開花時期は四月〜六月
本丸の夜は明けました。そこで藤は完全に没した、活動を終えたわけです。
そして成主。彼もまた、二度と戻る事は無いはずだった本丸という空間で、審神者時代とほとんど変わらない行動をとり対応して回りました。口調から分かった肩も居ると思いますが、審神者:沈丁花としての顔がでています。でも結局は一時的なもので、本丸の夜が明けた後はクルーウェル先生と共にあるべき世界に戻ります。つまりある意味で審神者としての活動を再度終えたということ。

……と、まあ二つの意味を持たせてます。こういうの考えるの凄く好きなんですよね。

 - 

スペードは夢見が叶うか
夢見シリーズ倉庫