転生したら、名探偵コナンの世界の住人になっていました。主要人物は遠くから眺めているだけで十分なんです! 誰か···嘘だと言って。
ガシャーン!
バイト中に皿洗いをしていて、ふとした拍子に皿を滑らせた私は、見事なまでに皿を割ってしまった。何をやってるんだと思いつつ、6つに割れた皿と、小さな破片を片付けようと腰を落とした。
「千束ちゃん、大丈夫!?」
梓さんが手を拭きながら「まぁ大変!」と言いながら、箒とちりとりを取りに行ってくれたのか、控え室にかけて行った。
「梓さん、すみません!大丈夫です。今片付けます!···っ!」
申し訳無く思いながら、割れた破片に指先を伸ばせば、私はピリッとした痛みに眉をしかめた。痛みが走ったのは一瞬の事で、指を切ってしまったと思った時には、赤い血が玉を作りぽたぽたと床に落ちていた。
(うわぁー···やっちゃった)
傷口は浅いものの、切った長さが悪かったのか、薄い皮膚からの出血が止まらない。
一旦破片を拾うのを中断して、近場のペーパータオルを数枚取り扱い、指をぎゅっと握った。
ちょうどお客さんがいない時で良かったと、小さく溜め息を吐いた。
「千束さん?大丈夫ですか!」
皿の割れた音が聞こえたのだろう。
他のスタッフが顔を覗かせた。
白みがかった黄色い髪に、小麦色の肌。
水色の空のような瞳のイケメンがそこにいた。
何の変哲もない白いTシャツに黒のジーパン、ポアロのエプロン姿。イケメンは何を着ても似合うなぁ···何て他人事のように思っていた。
「あ、···安室さん」
私の喉から、スラリと彼の苗字が出て来るまでは···。
(···え、安室さんて···誰?)
ドクリ、と心臓が脈を打った。
私の脳裏に、つい昨日までの"違う"記憶が雪崩込んで来る。スーツを着た私が深夜まで仕事をして、歩きスマホをしていてトラックに轢かれた私がブラックアウトするまでの記憶だ。
おかしいな···だって私は数ヶ月前にブラック企業を辞めて、こうして毎日ポアロでのバイトに明け暮れていたのに。
しかも、"安室透"と言えば、某国民的人気探偵漫画の登場人物じゃないか。
「これは···、しばらく止まりそうにありませんね。後は僕がやりますから、千束さんはしばらく奥で休んでいてください」
(嘘···だよね··?私、死んだ···の?)
「千束さん、大丈夫ですか?」
私が考え事の最中にいつの間に近づいたのか、指の様子を見た安室さんは片付けを申し出てくれたのだが、夢と現実の境目にいた私の思考は停止状態に等しかった。
「わぁ!···あ、えと···すみません!大丈夫です」
安室さんは無意識にしたのかもしれないけれど、イケメンのドアップに私は驚いて、変な声を出してしまった。
「…、わかりました。ですが、出血が止まらないようなら必ず言ってくださいね」
「すみません。わかりました」
キョトンとした安室さん。
こちらの"私"と以前の"私"、怪しまれないようにしなければならないけれど、そもそもこちらの"私"の性格が分からない…、ギュッと指先を握って、私は軽く会釈して休憩室に向かった。
(…誰か…嘘だと言って)
椅子に腰をかけながら、私は今いる状況に何とも言えない気持ちを抱えながら途方に暮れていた。
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