転生したら、名探偵コナンの世界の住人になっていました。主要人物は遠くから眺めているだけで十分なんです! 現実を突きつけられました。
ズキズキと傷む指を圧迫しながら、私は溜め息を吐いた。吐いたついでにふと視線を上げれば、身だしなみを整えるためにかけてあるであろう鏡に、自分の容姿が鏡に映った。
「…何てこった」
鏡にに映る私は、名前こそ同じだったものの、容姿が全く別人になっていた。見た目ははっきり言って地味…いや、よく見ればオレンジブラウンのストレートのロング(もさい)に、若葉のような緑色の瞳をしていた。
平凡だけれどよく見れば可愛いほうじゃ無いか?、と思いつつも傷んだ髪と、モサモサの髪をそのまま雑に後ろにまとめたポニーテールが魅力をガタ落ちさせていた。
よくこんな容姿で飲食店の接客をしていたものである。今の"私"の記憶を辿ってみても、ただただ忙しい毎日を繰り返す中で、手入れが行き届いていなかったらしい。
「…はぁ」
まぁ、以前の"私"も人の事は言えないけれども。
顔色が悪く目の下には隈を作り営業に回っていたっけ。
でもまぁ、逆に考えて忙しく仕事が出来ていたのであれば、梓さんのように事件に巻き込まる要素は少ないと思っていいだろう。
「……うん、大丈夫そうだ」
ここは一旦切り替えよう。
そう思う事にした。
思う事しか出来ないのだ。
こうして転生してしまったせいで、未だに自分が死んだと言うのが受け止められない。何より、"向こう側"には、大切な物を沢山残してしまったのだから。
「………」
あの日歩きスマホを何でしてしまったのだろうと、悔やんでも悔やみきれない。
受け止められない感情が押し寄せて、鼻の奥がツーンと痛くなっていく。泣いちゃダメなのに、涙がポロポロ溢れてく。
(………もう二度と…会う事も叶わない)
あぁ、もうダメだ。
職場で指を切って泣いてるいい年こいた女子だなんて、最悪じゃないか。
何で転生前の記憶なんか思い出してしまったのだろう。思い出さなければ、こんなに苦しい思いをせずに済んだのに…。
胸を締め付けられる。
深い底なしの沼のように暗い感情が押し寄せて来る。
この後、私は結局指を切った事など忘れて、落ち着くまでひたすら30分程静かに泣いていた。
♦
「はぁ。…よし、戻ろうかな」
若干まだ目は赤いものの、無事に血は止まり絆創膏を指先に巻いた。もさい髪のおかげで、今日は泣いてしまった事をどうにか誤魔化せそうだ。
今日はこんな指だし、書類整理をさせてもらおう。調理用に使用する手袋や、洗剤や消耗品の発注もそろそろやらなければならない。
それに、泣いたらなんだか少しだけ、スッキリした。パンと頬を叩いて気合いを入れ直して、私は店内に戻った。
「梓さん、安室さん。すみませんでした。血はしっかり止まりましたが、今日は書類や発注なんかをやらせて頂きたいのですが…」
「千束ちゃん、傷の具合は本当に大丈夫なの?」
心配そうな梓さんに申し訳無さを覚えつつ、私はこくりと頷いた。
「はい。もうすっかり」
「分かったわ。じゃあ、私達はこっちをやるから、千束ちゃんはそっちをお願いね?」
「はい、わかりました!」
と、2人にお礼を述べ、私はこの日書類整理に没頭した。
flower garden