12
猿飛佐助side
無償の母性に浸っていられる幸福は、長くは続かなかった。
月神香耶。
銀に輝く髪。美しい容姿。神々しい外見に似合わず飄々としてつかみどころのない性格。
氏を持ち、あの風魔忍を従える様子から、やんごとない身分の姫君かと思われた。
なのに看病に伴う面倒な雑事も汚れ仕事も嫌な顔せず引き受けて、それどころか隙あらば俺にかわいいかわいいと抱きついた。
周囲に忌み嫌われた、他人とは違う色の髪も、彼女にかかれば『美味しそうな色』。笑うしかなかった。
忍に無いといわれた心が疼く。
あの谷で落としたはずの命を、彼女に拾われた。
馬鹿な女。忍と知ってなおその相手に、無防備に手首を、首筋を晒して。
そのうち、ほんとにどこかの忍に利用されてあっけなく殺されちゃいそうで、すごく心配。
あの風魔だって油断は出来ない。金で雇われる傭兵。いつ雇い主の寝首を掻くか知れない。
守らなきゃ。
こんな危なっかしい女、誰かが……俺様が守ってあげないと。
しばらく彼女たちの厄介になるうちに、彼女がもと越前の出で、今は朝倉に追われ小田原に向かっている旅路の途中なのだと聞いた。
「佐助君は『明月』って知ってる?」
「知ってる。バサラ屋で見た。有名な刀匠でしょ」
「やっぱり有名なんだ……orz」
明月の銘が入った小太刀を手にとって見たことがある。炎の婆娑羅をたたえたそれは、刃文の直刃が美しくて、まるで芸術品。明月の作には熱心な収集家もいると聞いたことがあるけれど、それもうなずける品だった。
って、なんでそこで香耶が頭を抱えるのか聞いたら。
「それ私の銘なんだよ。越前打ち刃物の匠、明月ってね」
「え、本当!?」
思わぬ彼女の正体に、目をむいて驚愕した。え……っていうか明月って女だったの!?
「佐助君、婆娑羅者だよね? 何か拵えてあげようか。属性を聞いてもいい?」
「それは……」
他人においそれと手の内を明かすものじゃない。……なんて常識は、香耶を目の前にして俺には関係がなかった。
「わぁ、闇の婆娑羅だ」
「あんまり近づかないほうがいいよ。闇の婆娑羅は命を糧にする」
闇が忌み嫌われるゆえんだ。
すると香耶は、はたと言葉を切って瞬いた。
「……ねえ、それって……佐助君がこれを使って私の生命力を吸い取れば、君の怪我、すぐ治るんじゃない?」
「…………」
言われて気がついた。確かにそうすれば、こうして付きっきりで介助してもらうなんてこともしなくてよかったんだ。
ちら、と香耶をうかがうと、彼女は真剣な目で俺を見ていて、心臓が跳ねた。
「いいよ。死なない程度なら」
なぜか、泣きたくなった。
「いい。いらない……香耶から奪いたくない」
それは純然たる本音だった。
ああ、馬鹿なのは、俺のほうだ。
こんなふうに、情を移して。
忍の里に、掟に縛られる俺は、どんなに望んでも彼女のそばにいつづける事なんて、できるわけないのに。