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沖田総司side
時渡り…?
ゼロ君はこれが時渡りだと言っていた。
まるで床が抜け落ちたみたいな感覚がして、僕は気持ち悪くなった。
視界に浮かぶのは、果てしないだけの闇。
そして羅刹になった山南さんを、押さえ込むゼロ君の姿。
ゼロ君は、ただ突っ立っているしかできない僕を視界に映した。
『沖田さん。香耶さんが、なぜ十年 二十年経っても 歳をとらないのか、知っていますか?』
僕はうなずいた。
知ってる。僕は、確か池田屋で、それを聞いたんだ。
「不老不死、だから…?」
『そうです。と言っても、彼女は完全な不死ではない。胴や首を断たれれば死ぬし、心臓が止まってしまえば死にます。……いえ、いつでも終わらせることができるからこそ、彼女が完全な不老不死だと、僕は思うんです』
死ねることが、完全な不老不死……?
ごーっと風の音のような騒音が響く中、僕達の声だけが鮮明に聞こえて。
『知っていますよね。香耶さんの血が黄金に変ずる、血の呪い。あれは、ただ便利なだけの術じゃないんです。本当は、被術者を血に狂わせるものなんですよ』
香耶さんが、血に狂うの……?
『しかしそれでは、なぜ彼女が無事でいるのか。その答えこそ、彼女が、時渡りの能力者で、不老不死だからです……』
なぜだろう、雪の粒が舞うみたいに、闇が舞って。ゼロ君たちの姿が見えなくなっていく。
走ろうと思っても、泥の中にいるみたいに足が動かない。
「ゼロ君!」
声がだんだん遠くなって、ついに聞こえなくなってしまった。
「ごめん、やり方が強引だった。…君と千鶴ちゃんまで引っ張り込んじゃった」
その声に はっと振り返ると、気を失っている千鶴ちゃんを抱える香耶さんがいて。
「ばらばらに飛ばされても、向こうに籍があれば、いずれ帰れるから……心配しないで…」
「香耶さん!?」
ざぁ、とその姿を闇が遮った。
これが、香耶さんの時渡り……。
広がる闇は、なんだか物悲しかった。
ふつり、と、景色が変わった。
急に浮遊感が無くなって、ほっと息をつく。
僕は気付いたら、どこかの屋敷の庭に立っていた。見たこともない家。月が出ている。その庭を臨む部屋に、人の気配があった。
僕は足音を立てないように、飛び石の上をしのび足で歩く。とりあえず影からそっと覗いてみようと思って。
こんこんと誰かが咳をする音が聞こえてきた。
そして。
「誰だ!」
「っ!?」
ばかな。僕は気配を消してたはずなのに。
その人物は刀を抜いて、ふすまを開け放った。
「え……?」
「え……?」
「……誰?」
「……君こそ、誰?」
「……僕?」
僕? そう、彼は僕だった。
だって声も、髪も、顔も、同じ……。
そこにいたのは、幾分やつれた様子の、僕だったんだ。
まさか、先の世の……未来の僕?
“時渡り”って、もしかしてこういうこと?
僕の未来は、いずれこうなってるってこと?
こんなところで……新選組にいないで、一人ぼっちで……僕は何やってるの?
身じろいだ拍子に、ばらばら、と僕の懐から預かっていた“とらんぷ”が落ちた。
「あ、」
「それ……なに?」
え?
このひと、僕なのに“とらんぷ”を知らないの?
「えっと…」
じゃあ、このひとは、やっぱり僕じゃないのかな……?
「……」
「……遊ぶんだよ、これで。教えようか?」
このひとが何者なのか知りたくて、僕は初対面の男に馬鹿な提案をしてしまった。
でも。
「……うん」
そのひとは、警戒もしたままだったけど、興味深そうにうなずいた。