47
沖田総司side
僕達は深夜の広間で、香耶さんと山南さんを囲んで話をしていた。
「……じゃあ、その『特別な所』に行けば、人間は誰だって不老不死になれるの?」
僕の問いに香耶さんは口元に手を当てて唸った。
「うーん……結論からいえば、そうだね。不老不死には誰でもなれる。
現在 不老不死と呼ばれる人間は、皆“試練の路”で資格を得た、時渡り能力者の事を指す。能力者になると自動的に不老不死が手に入るからね」
なら、羅刹はみんな時渡りの能力を手に入れて不老不死になっちゃえばいいのに……なんて、単純なことでもないんだろう。それは山南さんやゼロ君の姿を見ればわかる。
「それでも不老不死の者が希少な存在なのはどうしてか……。それは通常、人間は“試練の路”へたどり着くことができないからだ。だって人間が“試練の路”に行くには、時渡り能力者に送ってもらわなきゃならないし、なおかつ別に道案内が必要だからね。
さまざまな条件、奇跡のような偶然が重なったとき、ほんの一握りの人間が選ばれるだけに過ぎない」
言って香耶さんも、小さな姿になってしまったゼロ君に視線を向けた。
「しかも、よしんば“試練の路”にたどり着けたとしても、途中で脱落して永遠に帰ってこられなくなる人間のほうがはるかに多い。それほど試練も過酷なものなんだ。
こことは時間の流れも違う。ここの時間では十分ほどの不在でも、山南さんたちは“試練の路”に最低一年はいたはずだよ」
「え…」
僕が向こうで遊んでいる間に、山南さんのところでは一年経ってたって言うの?
「今回は、ゼロが一緒に行ってくれたから、山南さんもきっと“試練の路”を乗り越えられるだろうと思って、私が入り口まで送り届けた。けっこう危険な賭けではあったんだけど」
「……でもちゃんと帰ってきたってことは、山南さんは不老不死になれたってことなんだよね?」
そう尋ねると、香耶さんは緩く口角を上げてうなずいた。
みんなの視線が山南さんに集まると、ゼロ君が香耶さんの代わりに明答を返した。
『ええ。今の山南さんは、不老不死で、時渡り能力者で、羅刹ですよ』
「は? せっかく不老不死になったのに、羅刹のままなのかよ?」
「羅刹が治ったりはしないよ。ただ 肉体が再生を繰り返す…寿命が無くなるってだけなんだから。でも羅刹のまま不老不死になれば、血に狂わず、かつ羅刹の力を無限に引き出せるようになる。
なぜなら羅刹の力というのは、その人の生命力とか寿命というものを、前借りして引き出されているものだから」
「そうなのですか……?」
香耶さんの口から語られた羅刹に関する思わぬ情報に、山南さんまでもが瞬いた。
……そうか、つまり、永遠に生きられる不老不死なら、永遠に羅刹の力のみなもとも尽きることはないんだ。
「山南さんの腕、羅刹になった瞬間に治ったでしょう? 吸血衝動に、高い治癒能力。私にかけられている血の呪いと、羅刹は似てるんだ。だからきっと大丈夫だろうと思って。
私にもすべての理屈が分かるわけではないんだけどね。この広大な世界を理解するには、人間という器(うつわ)は小さすぎるから」
山南さんは羅刹のまま。そのことに不安が残る。
「山南さんの身体のことは、しばらく様子見だな……」
土方さんの言葉に、みんな難しい顔をして黙り込んだ。でも香耶さんだけは、晴れ晴れとした笑顔を浮かべて、山南さんを見た。
「私はどんな形であれ、敬助君が生き残ってくれてよかったと思う。これは私の望むシナリオ作りの大きな一歩となるだろう」
「香耶君、私も君にはお礼を言わなければならないようです。以前連れて行ってくださった時渡りのおかげで……私は帰り方を思い出すことができた」
山南さんの、心からの微笑み。それを見た皆の表情も、少しだけ緩んだ。
「ありがとうございました……」
「うん。こちらこそ」
そうだよ。
僕達は、絶対に生き残ってみせる。
例え未来を変えようとも。
その夜。闇に包まれる屯所の縁側で。
香耶さんは一人、酒をちびちびやりながら、寒空に浮かぶ星を眺めていた。
「香耶さ〜ん」
「ひゃぅっ!?」
僕は、その彼女の背中から腕を回して、冷えた身体に抱きついてやった。
心底驚いた様子の香耶さんは、相手が僕だとわかると緊張した身体から力を抜いて肩を落とす。
「君は毎回毎回……わざわざ気配を殺して近づく意味はあるのかな?」
「うん。香耶さんのことびっくりさせられるでしょ」
「はぁ……」
香耶さんは自分の隣を指して、僕に座らせようとしたけど、僕はそれを無視して香耶さんの後ろから抱き込んだまま落ち着いた。
そしてそのまま、彼女の杯を持っている手を引き寄せる。酒がこぼれて彼女の指を濡らした。
「わ、ちょ……」
僕は狼狽する彼女の細い指を口に含んで、丁寧にねぶった。
ねろりと指の腹をなぞると、香耶さんは、びくりと反応して白い息をこぼしたので。
「香耶さん、指、感じるの?」
にやつきながら冷やかすと、彼女は僕の手からすばやく自分の手を引き抜いて、後ろも見てないのに僕の頬をつねった。
「このへんたい」
「いたたたごめんなさい」
動じてないように見えたけど、耳の後ろがほんのり赤かったのは、寒さのせいだけ?
しばらくじゃれたあと、香耶さんは思い出したみたいにぽつりとこぼした。
「……総司君、今日はごめんね」
「ごめんって何が?」
「時渡りに巻き込んだことだよ。あちらでは大丈夫だった? いきなり戦場にたどり着いたりしなかった?」
「そんなことなかったよ。香耶さんこそ大丈夫だったの?」
「うん……」
香耶さんはふと遠くを見た。あっちであったことを思い出してるんだろうか。
「香耶さん、君は、僕の最期を知ってる?」
「総司君の、最期か……」
香耶さんのやわらかい身体をぎゅっと抱きしめる。
「未来の僕は死病を患って、新選組を離れて、独り、死ぬのを待っていたよ」
「総司君……先の自分に会ってきたの……?」
香耶さんは目を見開いて僕の顔を振り返った。
「香耶さんは、時渡りのおかげで、この新選組の行く末が分かっているんだね。だから、池田屋でも、禁裏の件でも、僕達の先回りができた」
「……うん」
「山南さんが今日、死ぬかもしれなかったことも、君は知っていた?」
「うん……。はっきり今日だと断定はできなかったけれど、近々山南さんに何かあるだろうとは思っていた」
「それでそうやって僕達を助けようとしてくれてるんだね」
「……でもこれは君たちのためじゃなく、私自身のためだ」
わかってる。
香耶さんは、国のためだとか、新選組のためだとか、そんな常人の作る枠とは離れたところにいて。
まるで、大昔に大人たちが諦めてしまった夢を、今でも見続けているような。
穢れを知らない、純粋な子供のように。
香耶さんの、その手が、全身が、どんなに血に汚れていても、絶対に汚れることのない何かをもっている。
僕にはそれがどうしようもなく眩しくて。
「ありがとう。君がいてくれて、よかった」
なんで僕は、こんな月並みなことしか言えないのかな。
「……総司君が礼を言うことなんかないのに」
「違う。君がしたことに言ってるんじゃない。君の、存在そのものに」
願わくば、僕のこの想いが、全部、香耶さんに届けばいいのに。