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雪村千鶴side
香耶さんのことはとっても心配だけど、松本先生に任せればきっと大丈夫……。
心の中で、そう祈りながら、私は竹箒を手に外のお掃除をしていた。
「おまえは雑用をやらされているのか?」
「っ!?」
突然背後から、あざ笑うような声が聞こえて、私は恐る恐る振り返った。
「鬼の血を引いているおまえが、人間の使い走りとはな」
やはり、風間さんだった。
私は竹箒を両手に握って身を構えると、見くびられないように精一杯声を張り上げた。
「な、なにをしに来たんですかっ!?」
「……ふん。そんなもので俺と戦う気か? 滑稽を通り越して、哀れにすら感じるぞ」
冷ややかな瞳があざけるように私を見ている。
……どうしたらいい? 私ひとりでどう対処すれば──!?
「そういきり立つな。今日は戦いに来たわけではない。おまえと綱道に関わりがあるか、確認しに来ただけだ」
綱道……それは……。
「……父様のことを調べに来たの……?」
「……父様? それは綱道のことか?」
「あなたがいう綱道が雪村綱道のことならば、私の父です」
「……なるほど」
どうして風間さんが父様のことを……。
「敵地に単独で忍び入るか。……悪いが、そんな勝手は見過ごせねえな」
「土方さん!?」
箒を手にしたままの私と風間さんの間に、土方さんが割って入る。
「昼間っから何しに来た? 女を口説くにはまだ早い時間だぜ」
「こいつに近づくんじゃねえ!」
「原田さん……、平助君も!」
「庭掃除にしては、切羽詰った声が聞こえたからな」
「千鶴、大丈夫か? 怪我してない?」
私は少し安心して、こくりとうなずく。
そして、後方からは。
「おいたはだめだよ千景君?」
「仕方ないなぁ……」
「香耶か」
不敵に微笑む香耶さんと、渋い表情をした沖田さんも。
風間さんは全員を視界に映して、口を開いた。
「遊んで欲しいなら相手をしてやるが、あいにく今日は、用事を済ませに来ただけだ。それから……これは忠告だ。ただの人間を鬼に作り変えるのはやめておけ」
「………?」
人間を、鬼に──それってつまり、あの薬のこと……?
「おまえには関係ねえ」
「おう。白昼堂々と女を襲うような、下衆の言い分なんざ聞く耳持たねえな」
「愚かな……俺はおまえらに情けをかけ、わざわざ忠告してやってるんだぞ?」
「ここは俺らの領分だ! ご託を並べてないで、とっとと帰れっての!」
「くくっ、弱い犬ほどよく吠えるな」
風間さんは興味を失ったようにみんなから視線を切り、次に香耶さんと私を見据えた。
「雪村綱道はこちら側にいる。意味は分かるな? 奴は幕府を見限ったということだ」
「え……?」
うっすらと笑みを浮かべた風間さんに、香耶さんは空色に澄み切った眼差しを向ける。
「私が生きる場所は私が決める。君に強制する権利は無い」
「香耶さん」
強気な香耶さんを沖田さんが制して背中に庇う。
風間さんは、そんな香耶さんを、ほんの一瞬だけ眩しそうに見た…ような気がした。
「おまえたちがここにいる意味はなんだ? よくよく考えることだ」
ゆらりと。ゆらめく影のように緩やかな動きで、私たちに背を向けて去って行った。
「……香耶さん? ついさっき僕が言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」
「いやあの…そんな無茶なことはしてないじゃない?」
沖田さんに半眼で睨まれてたじたじになってる香耶さんを遠目に見ながら、私はぐるぐると考え込んでいた。
「父様が尊攘派にいるって、本当なのかな……」
「そんな顔すんなよ、千鶴。良かったじゃん、生きてるってわかって」
「うん……そうなんだけど……」
「あ、あのよ……あいつが言ったことなんか、本当かどうかわかんねえだろ!」
「そうだな。風間が本当のことを言った保障もない」
「綱道さん探しには監察方も動いている。いずれまた情報も入るだろう」
みんな、私が元気になるような言葉を重ねてくれた。
私がここにいられるのは、私が父様の娘だから……という理由だけだ。その事実に変わりはない。だけど。
「綱道君が、ちゃんと根はいい奴だってこと、私は知ってるよ。あんまり考えすぎないの」
「まあ、香耶さんが言うんだから、そうなんだろうね」
みんなの言葉が、今は素直に嬉しかった。
「……あ、そういえば香耶さん、松本先生に診てもらったんですよね。どうでしたか?」
「それは、ええと、」
私の問いに、香耶さんは明らかに目を泳がせた。
「そう言や、総司よりおまえのほうがよっぽど悪いって聞いたぜ」
「そうなのか!?」
「おい、出てきても大丈夫なんだろうな」
「も、もっちろん! 私だってなんともなかったんだから」
みんなの視線が注目すると、香耶さんは硬い表情で笑ってうなずいた。
「嘘だな」
「嘘だ」
「ああ、嘘だ」
「ちょっとちょっと!」
平助君、原田さん、土方さんと畳みかけられて、香耶さんは頬をひきつらせる。香耶さん、隠し事は多いけれど嘘はつけないんだよね。
沖田さんがにっこり笑いながら、挙動不審な彼女の肩をがっちり掴んだ。
「香耶さんは虚弱体質のため些細な病でも命取りになるという診断でした。特に今は病み上がりで体力が落ちてるから絶対安静。部屋から出ないようにと松本先生から厳命されてます」
「そ、総司くーん」
みんなの白い視線が再び香耶さんに集中した。
何でだろう。へたりと耳の垂れた白いうさぎが、怖い狼に囲まれてるみたいに見える。
それにしても。
虚弱体質……それで父様が香耶さんのことを重い病だと言うだろうか。私は心の中で首をひねった。
みんな、沖田さんの言葉はすんなりと受け入れたみたいだったけれど、あの時話を聞いていた私にはどうしてもひっかかった。香耶さんの嘘と違って、沖田さんの嘘は私には見破ることはできない。
でも……、沖田さんがついているなら大丈夫だよね。
だって、見ているこっちまで切なくなるくらい、沖田さんは香耶さんのことを想っているもの。
そして香耶さんも……。
すこし、うらやましい。私にもいつか、あんなふうに想いあえる人が現れるといいな。
たくさんの願いを胸にいだいて。
私も、先を歩む香耶さんの背中を見つめながら、歩き出したのだった。