79

沖田総司side



乱れた着物、崩れた髪。そして腫れた頬。畳に倒れ伏す彼女に、男が群がっている様子。
あんな最低な光景、一生忘れられそうに無い。
奴らをどんなに斬ったって、この昏い感情が晴れることは無いのだろうけれど。
それでも殺さなくちゃ。殺さないと、怒りで、僕がどうにかなってしまいそうで。

思い出すたびに、自分の咽をかきむしりたくなるような。
狂気が、僕を蝕む。



「総司君!」

背中に温かいものが飛びついて、僕は最後の浪士を滅多刺しにしていた刀を止めた。

「……香耶……さん」

白くて細い手が、返り血で汚れた僕の着物を掴む。
ああ。よかった。君が、温かい。それだけで。
……それだけで僕は、僕でいられるんだ。
振り返って、彼女の身体を、息もできないくらい強く抱きしめた。

「……香耶さん……ごめん」

「なに謝ってるの。君は間に合ったんだよ。助けてくれてありがとう。総司君」

「でも……怪我してる」

「これは……あいつらの行く手を遮ったから、まあ自業自得なんだ」

僕の髪をなでてくれる、優しい手。胸の奥が熱く震えた。

「怖い目にあわせて、ごめん」

「大丈夫だよ。私は大丈夫だから……」

少し低い、耳に心地良い声が、呪文のように僕を落ち着かせてくれる。




「子守りはそこまでにしておけ」

風間の声に、はっと顔を上げた。我を忘れて香耶さんにすがりつく姿をこの男に見られるなんて、情けない。
僕は香耶さんを抱く腕に一度ぎゅっと力を込めると、なんでもない表情を装って風間を振り返る。
奴は床に転がる浪士たちを一瞥して、香耶さんに言った。

「死体の後始末は任せるぞ」

「あー…千景君は味方をやっちゃってるからなあ」

「まあいいんじゃない? 今回は助けてもらったんだし」

だからって敵であることには変わりないけど。……いろんな意味で、ね。
風間は、全員事切れていることを確認し、きびすを返す。

「千景君、ありがとう」

「……別におまえのためではない。我慢がならなかっただけだ」

「うん。それでもね」

素直じゃないな。あいつも。
僕達は並んで、その背中を見送ったのだった。



こうして島原での密偵は終わった。
この部屋の悲惨な有様に、一君からはちょっとお小言をもらったけれど、そんなことは想定の範囲内だよね。
想定外だったのは、やっぱり香耶さんのあの頬の怪我。
明日には綺麗に治っているだろうとは言え、あれを見て山崎君は真っ青になってたし、千鶴ちゃんは半泣きで怒ってたしで、香耶さんも心底困り果てていた。

とにかく僕は、香耶さんを連れて先に屯所に帰ることにした。



「香耶さん、先に寝る?」

「う、ん…」

なんだかんだで疲労困憊の彼女を布団に寝かしつけ、僕はそのそばで手を握る。
暫らくすると、彼女の布団の向こう側で、静かにふすまが開いた。

「……総司」

「なんだ。土方さんですか」

「なんだとはなんだ。てめえ」

報告を聞いて、香耶さんの様子を見に来たのだろう。土方さんは、部屋に足を踏み入れて、眠っている香耶さんの枕元に腰を下ろす。
彼女の口の端に痣が残っているのを見て、顔をしかめた。

「ったく、なにやってやがんだ」

「……すみません」

僕の言葉に、土方さんは目を丸くする。

「おまえ……」

僕がこの人に素直に謝るなんて、普通じゃありえないからね。

「……僕は今回、いてもいなくても一緒だった。こんなことなら一番最初に止めてればよかった」

「おまえだけのせいじゃねえだろ。俺たちも、そしてこいつも自ら招いたんだ」

「わかってますよ」

それは正論。
でも、今僕がそれにすがりついたら、いつか必ず取り返しがつかなくなる。
そんな気がする。

たとえばあそこで、ほんとに香耶さんが犯されていたら。
香耶さんはそれでも、君のせいじゃないよって、微笑んでくれただろうか。

「僕は許せないんですよ。良かったって、仕方なかったって、自分に言い聞かせてる自分が……」

うつむいて、握り締めた彼女の手を見る。

「助けなくちゃならなかったんです」



あれ、この言葉……どこかで聞いた気がする。



(私は誰も憎まない。憎むとすれば、ただ自分だけ)

僕の、大切な。

(だから私は、救わなければならなかった)

同じだ。

(その義憤も、怨嗟も、絶望も。喰らい尽くして、力にして。そうやってしか生きられない、本当の化け物に、ならないように)

同じなんだ。
守りたくて、守れなくて。それでも彼女は前を見て。

(大丈夫だよ)

声が、聞こえた。



「ゆるして、くれるんだ……」

どこまでも、やさしい声が。
僕の背中を押してくれる。
彼女の指先に、ぽたりと雫が落ちた。

「総司……」

はらはらと。熱い何かが頬を伝って。
あふれて。とまらないよ。


僕は、香耶さんの掌にそっと口付けして。
その手を離して、布団の中に戻した。
そして濡れた顔を袖でごしごし拭って、はあ、と深く息をつく。

「よりによって土方さんの前で……」

「てめえは一言余計なんだよ!」

土方さんは、僕に手ぬぐいを投げつけて、その場を立つ。

「雪村が帰ってきたら出て行けよ」

「わかってます」

そうしないと香耶さんも怒るからね。
僕はふすまの向こうに消えていった土方さんの背中を見ながら、その手ぬぐいで鼻をかんでやった。

| pagelist |

ALICE+