「ホッと胸を撫で下ろすのなら憧憬、ギュウと胸を締め付けられるのなら恋慕。友里さんはどちらだった?」
お菊さんに問われて、頭を強く殴られたような衝撃だった。
恋慕、ずっと顔を背けて見ない振りをしていた感情。推しだからと理由付けて杏寿郎さんにはただ幸せになってほしいと、私は存在してはいけない人間なのだから私の事は考えないでほしいと、自分の物差しで杏寿郎さんに押し付けるばかりだった。
杏寿郎さんは純粋に私を好きになってくれただけなのに。
「……私は、杏寿郎さんが好きです。愛しています。誰にも渡したくない……っ」
もし、私がこの世界に最初から存在していたら、真っ先に杏寿郎さんに強く惹かれて惚れていただろう。
あんなに格好良くて強くて優しい素敵な人は居ない。
「そうね、伝えてあげましょう!煉獄様に!」
「十分伝わりましたよ。お菊さん、ありがとうございます」
カララッと大きめの音を立ててしのぶちゃんが戸を開けながら言い放つと、しのぶちゃんの隣に立つ杏寿郎さんが鼻血を出して顔を真っ赤にしていた。
「き、杏寿郎さん?!」
やばい!まだ心臓が締め付けられて痛いのに、杏寿郎さんを目の前にすると涙が止まらなくなる。
「友里っ!」
「ななななんで居るんですか?!帰ったんじゃなかったんですか?!」
「む、胡蝶に止められてな……。それよりも本当か?!俺を愛してくれているというのは!!」
待って待って待って〜〜!お菊さんもしのぶちゃんも居るのにやめてよ〜!!
さっきまであった虚無感が嘘のように無くなり、恥ずかしすぎていつの間にか杏寿郎さんが目の前に立っているのに気付かずに、私の肩を掴んでいる杏寿郎さんを見て私も顔を真っ赤にする。
「は、鼻血!拭きますね!」
医療着だろうか、淡い水色の着物の袖で杏寿郎さんの鼻血を拭うと、またたらりと垂れてきてしまう。
そんな姿を見て私の涙はいつの間にか止まっていた。
「それではこれでお暇しますね。まだ暫くこの辺りに滞在させていただきますので、またお会いしましょう」
「私もする事があるのでこれで」
お菊さんが椅子から立ち上がり戸の方へ向かっていくと、先ほどと同じようにしのぶちゃんがくるりと踵を返して2人共出て行ってしまった。
ちょ!2人きりにしないでぇえ!!
「友里!聞き間違いでなければ、俺を好いていると!愛していると!」
「〜〜、そうです!素直になれませんでしたが、私は杏寿郎さんが好きです!」
もうどうにでもなれ!と言い切って杏寿郎さんに強い視線を向ける。
すると片方からしか出ていなかった鼻血がもう片方からも垂れていて、その顔があの天下の煉獄杏寿郎だと思うと笑いが込み上げてきた。
「ふふ、あははっ!杏寿郎さん、鼻血がっ!ふふふふっ」
「っっ!はは、はっはっはっはっ!」
杏寿郎さんも一緒に笑っている。久しぶりにこんなに笑ったかも。
まだ笑いが止まらないが、杏寿郎さんが優しく抱き締めてくれる。
「友里、俺はいくつか判断を間違えてしまった。また君を大切にしたい。俺と夫婦になってくれないか?」
「……はい。こんな間違いだらけの私で良ければ。よろしくお願いします……」
一瞬でも母になる覚悟をくれた子を想って、杏寿郎さんと添い遂げようと心の底から思った。
ーーー……
「友里さんっ!!」
「千寿郎くん!」
煉獄家へ帰ってきた。出て行った日から数えると、3週間近くも経っているから千寿郎くんにはかなり心配を掛けさせてしまったようだ。
軒先の門から走ってくる千寿郎くんを抱き留めてぎゅうっと腕を強く回す。
「おかえりなさい!」
「ただいまー!ちょっと大きくなった?」
頭を撫で回して杏寿郎さんにそっくりな顔をじっと見る。
元々垂れ下がったいる眉が徐々に余計と垂れ下がり、ついに涙を流し始めてしまった。
「し、心配しておりました〜」
「うん、ごめんね。ありがとう」
「よく戻ってきてくれた……!」
「槇寿郎さん……。はい!」
槇寿郎さんも迎えにきてくれた。
髭も綺麗に剃り落として男前に拍車がかかっている。杏寿郎さんも歳を重ねるとこんなイケおじになるのかなぁ。
「父上、千寿郎!俺と友里からお話があります!」
杏寿郎さんが凛々しい顔で2人に言うとみんなで家に入り、杏寿郎さんの隣に私が座り、杏寿郎さんの目の前には槇寿郎さん、私の目の前には千寿郎くんといった感じで座る。
「友里と夫婦になることになりました!」
「本当か?!やっとか!!」
「なんとおめでたい事でしょうか!」
おお、予想以上に2人が喜んでくれている。
しかも槇寿郎さんに至っては待ちに待ったという感じだった。
千寿郎くんもちゃんと覚えていてくれていたんだ。
「不束者ですが煉獄家に恥じぬよう努めて参りますので、何卒よろしくお願い致します」
深く頭を下げて頭の中で何度も練習した文言を一字一句間違えないようにゆっくりと言葉にする。
私にしては少し改まり過ぎたかなとは思ったが、こういうちゃんとしたことはしっかりしておかないと。
「愚息を選んでくれてありがとう。こちらこそ宜しく頼む」
愚息だなんて!槇寿郎さんなんてことを……!
冷や汗をかきつつ杏寿郎さんの様子を見てみると、ニコニコと上機嫌だから気にしていないのだろう。
槇寿郎さんの様子からして、杏寿郎さんの行いに気付いていたのかもしれない。怖いし恥ずかしいから一生聞かないけど。
「あ、あっ義姉上と呼ばせてください……」
「む!私の事も義父と……」
やばい、泣きそうだ。
一気にこんなに可愛い義弟とカッコいいお義父さんが出来てしまった。
それに素敵な旦那さんは隣でずっとニコニコしている。杏寿郎さんは鼻血を吹き出して以降、毎日お見舞いに来る時も煉獄家に帰る道中もずーっと笑顔を絶やさない。
「本当に千寿郎くんのお姉ちゃんになったね!是非そう呼んでくれると嬉しい!槇寿郎さんも、これからはお義父様って呼ばせてもらいますね!」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、杏寿郎さんと同じくらい絶えない笑顔で2人に言うと、2人も嬉しそうに頬を綻ばせていた。
夕方近くに帰ってきたので夜ご飯は私の快気祝いと婚約祝いの両方を合わせてみんなで贅沢にお寿司屋さんに行く事になった。
煉獄家の胃袋は異常なほど大きく出来ているので、支払いに焦りが募るばかりだったが、杏寿郎さんが笑顔でうまい!と言って食べる姿を見て今日だけはいいか、と私も遠慮なく食べた。
そして夜も更け。