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「友里、今日は林檎を持ってきた。一緒に食べないか?」

「……はい」

「そうか!どれ、切ってやろう」

あれから気を失った私は蝶屋敷で入院していた。
目が覚めたのは2日後で、赤ちゃんは流れていた。
目が覚めて早1週間は経ったが何もやる気が起きず、毎日お見舞いに来てくれる杏寿郎さんと短く会話するくらいだ。

「千寿郎がな、早く友里に会いたいと言っていたぞ!」

「……はい」

「父上も店屋物ばかりでは味気ないと零していた!」

「……はい」

これを会話とは言わないだろうが、私には喋る気力も前だけをぼんやりと見ている視線を杏寿郎さんに移す気力も無い。
最初は元気良く話していた杏寿郎さんは段々と覇気を無くし、悲しそうに声を小さくしてしまう。

「友里、愛している」

「……はい」

「………祝言を挙げてほしい」

「……はい」

もうどうでもいい。杏寿郎さんが望むならそうしよう。こんな考えは今まで一切無かったが、今まで考えていたことが馬鹿らしく思えて仕方がない。
全て裏目に出てる。
杏寿郎さんに想われてしまった事も、身体を暴かれてしまった事も、結婚を迫られてしまった事も、妊娠して流産した事も。
私はあんなに大好きで大切でどうしても救いたかった杏寿郎さんを自分の目的通り救ったら、杏寿郎さんの想いを拒絶して逃げ出して1つの命を終わらせてしまった。
何をやっているんだろう。

「……明日、また来る」

「……はい」

杏寿郎さんに合わせる顔が無い、そう思うのにしのぶちゃんに面会謝絶にしてくれとは言わない弱い私。
杏寿郎さんの寂しげな背中をちらりと見送った後、じわりと涙が浮かぶ。
まだお腹は痛むが、心の方がじくじくと余計に痛む。

すると間もなくコンコン、と控えめなノックが聞こえた。

「……はい」

「友里さん、こんにちは。貴女に会いたいという女性が居るのですが、会っていただけますか?」

しのぶちゃんが顔を出し、来客を伝えてきた。
誰だろう?

「……はい」

「こんにちは……」

「っ!女将さん!」

あの宿屋で旦那と一緒に死にたいと言っていた女将さんだった。
奇しくも私が救ったせいでその願いが叶う事は無かったが、隠に連れられてこの近くで治療をしていたのか。
私からはい∴ネ外の言葉が出たのを聞いて微笑んだのかは分からないが、しのぶちゃんはまた来ますねと言って戸を閉めて行った。

「ご無沙汰してます、友里さん。私は菊と申します」

「あ、名前……お菊さんで良いですか?」

「はい。友里さんの事は煉獄様から聞きました」

ベッドの横にある椅子に腰掛けたお菊さんは、まだところどころ包帯を巻いているが怪我はだいぶ良さそうだ。

「あの……すいませんでした。私は貴女の願いを聞き入れられませんでした……」

「……旦那と一緒に、という願いですね。あぁ、そんな悲しい顔をしないでください。良いんです。救われた今、貴女には感謝しかありません……」

優しく微笑み、頭を撫でてくれた。
しかしその表情が陰り悲しげに眉を顰めてしまった。

「……妊娠、されていたのね」

「っ……はい……」

誰かが伝えてしまったのだろうか。
私としてはお菊さんを救えた事に後悔は全く無い。皆平等である大切な命だ。
お腹の子を救えなかった事は別物と考えているし、私の責任だ。

「ごめんなさい……私を救ってくださったがために……」

「ち、違います!私が守りきれなくて……私が悪いんです!」

お菊さんが自分を責めてしまう言葉を私に掛ける前に手を握って伝える。
自分自身で妊娠していたことも分かっていなかったのだ。

「っ……ありがとう……。私に娘が居たら友里さんくらいの歳かもしれませんね……。友里さんの旦那さんもいたく心配されてますよ?」

「……それは……知って、います」

「……貴女は旦那さんの事を愛してないですか?」

愛、して………。

「旦那さんが他の女性を娶ったらどう思う?」

「……杏寿郎さんが幸せならそれで……」

「……そう。じゃあ友里さんは他の男性に嫁ぎたいのね」

私が?他の男の人に?杏寿郎さん以外の人?
杏寿郎さん以外とキスだのセックスだの出来ない。不思議と嫌悪感が湧いてきてしまった。
猗窩座は論外だが、私の居た世界で付き合ってた人も今となってはもう考えられない、触れたくも無いと身体が震えた。

「き、杏寿郎さん以外とは……無理です」

「あら、なぜ?煉獄様だけ≠ヘ大丈夫なのに、煉獄様を愛していないの?」

「私は……杏寿郎さんを愛しています。けどそれは、同じ職に就いていた上司だったので憧れがとても強くあって……、住まう場所を提供してくれて優しい兄のように慕っていた家族愛だと思っています。それを私のせいで捻じ曲げてしまった……!」

「それだけ憧れや家族のように慕うのであれば戸惑うのも分かるわ。でもよく考えてみて、煉獄様に他の女性が寄り添ってる姿を」

ただ漠然と、杏寿郎さんはお嫁さんを迎えるとしか考えてなかったけど、お菊さんに言われて考えてみる。
杏寿郎さんの隣には杏寿郎さん好みのお淑やかな女性。お花のよう柔らかく綻ぶように笑う女性にそっと口付ける様を想像してギュウゥと胸が苦しく潰れたように痛くなる。

「っ……、ぃやだ………」