008
(なぁ、いいだろい?/丸井)
「あ、教科書忘れた」
昼休み。
自席でお弁当を食べ終えたゆめこは、次の授業なんだっけ?と考えたところで、数学の教科書を忘れてきてしまっていることに気が付いた。
ゆめこの発言を聞いたももは、
「金井先生、教科書忘れに結構厳しいよね」
と心配そうに眉をひそめる。
彼女は皐月もも。
入学式の日に会話して以来仲良くなり、席も前後ということでお昼はこうして一緒にとるのが当たり前になっていた。
内気なももから見たゆめこは陽気でのびのびしており、一緒にいて楽しい人物で、幼馴染の柳には「ちょっと能天気過ぎるな」などと言われてしまうゆめこであったが、そこが彼女の最大の長所でもあり、ももはそんなゆめこに惹かれていた。
金井と聞いて目に見えて嫌な顔をするゆめこに、ももは「誰かに教科書借りた方が良いかも」と助言する。
以前教科書を忘れた生徒が授業中執拗にあてられていたことはまだ記憶に新しく、ゆめこは「たしかに」と深く頷いた。
しょうがない。ゆめみか蓮二に借りにいくか。
と、ゆめこがその重い腰を上げた時、
「あっ、ゆめのさん!」
と一人の少年が駆け寄ってきた。
声を掛けられたゆめこは「丸井くん」とその少年を見て言った。
「どっか行くの?」
「うん、教科書忘れたから借りに行く」
「次なに?」
「数学だよ」
「じゃあ俺の貸すぜ!」
そう言って爽やかに笑う彼は、隣のA組の生徒で、ゆめこと同じクラスのジャッカル桑原とは小学生の頃からの友人である。
入学式の日にゆめこを一目見て気に入った丸井は、ジャッカルを口実にこうしてちょくちょくゆめこに会いに来るようになっていた。
今も、学食でジャッカルと昼食をとっていたのか二人一緒に戻ってきたようだ。
ゆめこを見て一目散に駆け出した丸井に、後ろからついてきたジャッカルは呆れ顔になっていた。
教科書を貸すと言われたゆめこは「いいの?」と嬉しそうに頬を緩める。
ゆめみと蓮二は二人ともクラスが遠いので、すぐ隣の丸井に借りた方が返す時ラクなのだ。
丸井はこくこくと頷くと「ちょっと待ってろい」と言ってB組を出ていった。
丸井の後姿を見送って、ジャッカルはゆめこに話しかける。
「なんだゆめの、教科書忘れたのか?」
「うん。予習してたら忘れた」
「嘘言うなよ」
しれっと真顔で嘘を言うゆめこに、ジャッカルはすかさずツッコんだ。
普段から勉強をしてる様子も見受けられず、宿題だって授業が始まるぎりぎりに手をつけるような奴だ、予習なんかしてる訳がない。
入学式から二週間近くが経ち、あれから何度か会話を交えて親しくなったジャッカルは、こうしてゆめこの嘘もすぐ見抜けるようになっていた。
嘘と見破られたゆめこはへらへら笑いながら「いや、まじだよまじ」と意味のない嘘を重ね、そんな二人のやり取りを隣で見ていたももはふふと小さく笑みをこぼした。
「お前そんなんで、中間考査大丈夫なのか?」
GWが開けたら入学後初めてのテストが実施される。
そのテストまでもう1ヶ月切っているので、ジャッカルは心配そうな面持ちでゆめこを見た。
出来の悪い我が子を見るような顔をしているジャッカルに、ゆめこは「おかんかよ」と言ってきゃははと笑った後、「ま、なんとかなるでしょ」といつもの調子で言ってみせた。
まったく、お気楽な奴だな。とジャッカルは思う。
しかし、そんなゆめこの様子を見ていると本当になんとかなるような気がしてくるから不思議だ。
最初ゆめこに絡まれた時は変な奴だな、と困惑したジャッカルだったが、話してみたらゆめこは案外気の合う相手で、女子の割には気兼ねなく話せる良い奴だということが分かった。
根底にある変な奴という印象はいまだ覆ってはいないがその話は今はおいておこう。
そうこうしている内に、自分の教室に教科書を取りに行っていた丸井が帰ってきた。
「ほらよ、教科書」
「わーい、ありがとう」
丸井から教科書を受け取り、ゆめこはにこにこと笑う。
そんなゆめこを見て、丸井は何か言いたそうに口をまごつかせていた。
ジャッカルは丸井が言いたいことがなんとなく分かって助け舟を出そうとしたが、自分がそうするより先に、
「丸井くーん!」
と、数人の女子たちが丸井に駆け寄ってきた。
「聞いたよ!今日誕生日なんでしょ?」
「おめでとー!」
入学してまだ二週間しか経っていないというのに、丸井はその外見と持ち前の明るさからちょっとした人気者になっていた。
彼と同小出身の人からでも情報を仕入れたのか、女子たちは口々に丸井に祝福の言葉をかけ、中にはプレゼントまで用意している子もいた。
小学生の頃からその光景を見てきたジャッカルはいまさら驚くこともなかったが、ゆめこは初めて見るその光景にぽかんと口を開けていた。
「丸井くんって人気者なんだね」
「まぁな。性格も明るいし昔からあんな感じだぜ」
「へぇ」と相槌を打ちながら、ゆめこは女子たちに囲まれている丸井を見た。
たしかに丸井の性格を考えたらみんなに好かれるのもわかるかも。と、ゆめこは初めて丸井に話しかけられた時のことを思い出した。
入学式の次の日、ジャッカルを迎えに来た丸井に
「なぁなぁ、名前なんて言うの?」
と突然話しかけられたのだ。
ゆめこはどちら様?と首を傾げたが、すぐに「俺丸井ブン太。ジャッカルとは同小なんだ」と自己紹介を受け、ゆめこも「ゆめのゆめこです」と名乗った。
あの時から、ゆめこの丸井に対する印象は "明るくて人懐っこい人" だった。
ちなみに、当初丸井はジャッカルにゆめこの名前を聞いておくよう頼んでいたのだが、自分で聞いた方が早いんじゃね?と気付き自ら声をかけていたのだ。
ゆめこも人見知りしない性格なので二人はすぐに打ち解けたのである。
しばらくして、丸井を囲んでいた女子たちは「ばいばい」と手を振り笑顔で去って行った。
「丸井くん、今日誕生日なんだね。おめでとう」
一人になった丸井にゆめこがそう声をかけると、彼はわずかに肩を揺らした。
先程口をまごつかせていたのはこの件で、丸井はゆめこに「誕生日おめでとう」と一言そう言って欲しかったのだ。
予期せぬ形ではあるが欲しかった言葉をかけてもらえて、丸井はへへっと嬉しそうに笑うと「さんきゅ」と口にした。
しかしこれで終わらないのが彼のすごさだ。
「なぁ、なんかプレゼントくれよ」
と言って、丸井は座っているゆめこの肩に甘えるように寄りかかった。
それを見ていたジャッカルは図々しい奴だな。なんて思ったが、ゆめこはただ丸井がふざけているだけだと思っているのか「えー、さっきなんかもらってたじゃん」と丸井の腕の中にあるプレゼントを見て言った。
「俺はゆめのさんのが欲しいんだよ」
「もう、欲張りなんだから〜」
「なぁ、いいだろい?」
おねだりするようにゆさゆさと肩を揺らしてくる丸井に、ゆめこは「わかったわかった」と笑いながら言うと徐に鞄の中を漁り出した。
「特別だぞっ」
と、わざと茶目っ気たっぷりな言い方をしてゆめこが取り出したのはよっちゃんイカだった。
大の駄菓子好きのゆめこは、小腹が空いた時のためにいつも何かしらの駄菓子を鞄に忍ばせている。
ゆめこはペンケースからマッキーを取り出すと、キュキュッと音を立てて "HBD!丸井くんおめでとう" と書いて丸井に渡した。
たった一枚のよっちゃんイカを手渡された丸井は
「は?え?まじで?」
と間抜けな声を出し、その隣ではジャッカルが珍しく肩を震わせて笑っていた。
そんな二人を見て「あれ?だめだった?」とゆめこは首を傾げたが、ダメ押しで「美味しいよ、よっちゃんイカ」と一声かけると、ついにジャッカルはぶはっと噴き出してしまった。
丸井の手の中にあるプレゼントはどれもピンクやオレンジなどの可愛らしい包装紙に包まれていて、ゆめこのよっちゃんイカは明らかに浮いていた。
突然ねだられたことなので仕方がないのだが、一部始終のやり取りを見ていたももは、せめてチョコとかキャンディとか可愛いお菓子無かったのゆめこちゃん!と心の中でツッコんだ。
しかし彼女がいつも酢昆布やきなこ棒など渋い駄菓子ばかり食べているのを思い出して、彼女にとってはこれが通常運転かと思い直した。
頬を引きつらせていた丸井もこれが彼女らしさだよな。と自分に言い聞かせると「大事に食べるぜ」と笑った。
それから5限目が終わり、丸井のおかげで無事に数学を乗り切ったゆめこは教科書を返すためA組までやってきていた。
「丸井くん、ありがとう。助かったよ」
「おう、また何かあったら言えよな!」
ニッと歯を見せて笑う丸井に、ゆめこは「うん、丸井君もね」と言うとくるりと踵を返しB組に帰っていった。
自席に戻り、丸井はなんとなく数学の教科書をぱらぱらとめくる。
すると「ここテストに出るってさ」という吹き出しと共に、その隣に猫なのか犬なのかよく分からないイラストが描いてあった。
本人に自覚があるかないか別としてゆめこに絵心は無いようだ。
しかし丸井にはその不格好なイラストが妙にかわいく見えた。
テストに出ると教えてくれた気配りも嬉しい。
見た目がタイプで話しかけたことが始まりだったが、こうしてゆめこと交流を深める度彼女のいろんな一面が見れて、丸井はその内面にも惹かれていた。
あわよくばもっとゆめこと仲良くなりたい。
次会ったら今度はゆめこの誕生日を教えてもらおう。と、丸井は一人思うのだった。
(180323/由氣)→11
クマです。