011
(お前さんの幼馴染って?/仁王)
ゴールデンウィーク真っ只中。
入学してから初めての連休だというのに、ゆめこはどこにでかけるでもなく毎日家で過ごしていた。
彼女は極度の花粉症である。
たいていそう言うと「え?今?この時期に?」なんて返ってくるのだが、種類が違うだけで今や花粉は一年中飛んでいるものだと思ってもいい。
一度ゆめみに「蓮二が出る地区予選一緒に見に行こうよ!」と誘われたがそれも断った。
幼馴染の中学初の公式戦を応援に行かないなんてと母親には非難されたが、「薄情だと言いたきゃ言ってくれ」と、ゆめこは断固として行かなかったのだ。
何もしんどい思いをしてまで外に出ることもない。
ゆめみも蓮二も理解してくれているし、そもそも蓮二はゆめみの応援だけで十分頑張れるだろう。
と、ゆめこは徹底して外出を控えていた。
現にゆめみからの報告によると立海大は無事に県大会出場を決めたようだった。
ほらね、やっぱり大丈夫じゃん。
と思いながら、ゆめこは「やったね」とゆめみに返事を打ち、柳にも「おめでとう」とメッセージを送っておいた。
「ゆめこー、ちょっと来てー!」
その時、一階から母親の声が聞こえて来た。
どうせ大した用じゃないでしょ。
なんて思ったゆめこは、机に座ったまま「なにー?」と大声で聞き返したが、「いいから来てー!」と押し切られてしまい、彼女は机の上に広げていた教科書とノートを閉じるとやれやれといった感じで立ち上がった。
連休明けには中間考査も控えているので、一応勉強に励んでいたのだ。
というより外出できないので他にすることがなかっただけなのだが、おかげでゴールデンウィーク用に出された課題は早い内にほぼ終えてしまっていた。
一階に降りていくと、母親はキッチンの中で忙しなく動き回っていた。
「あっ、ゆめこちゃん。ちょっとこれ運んでちょうだい」
「え、なにごと?」
エプロンをつけ次々と料理を作っている母親に、ゆめこは目をぱちくりさせて尋ねた。
ゴールデンウィーク中父親は温泉宿にこもって執筆中のため不在だし、母と二人きりの食卓はいつも質素なものだったので、何をそんなにはりきって夕飯を作る必要があるのかゆめこにはまったく心当たりがなかった。
「今日雅治くんが来るって言ったでしょ?」
「ええっ!」
ザクザクと野菜を切りながらこちらも見ずに話す母親に、ゆめこはびっくりして大声をあげる。
「いやいや、聞いてないよ」
「えー、言ったわよ」
「いや、聞いてない」
「言ったって」
と、しばらく言った聞いてないの押し問答を繰り返していた親子二人だったが、先に折れたのは母親で、
「じゃあ今言ったから分かったわよね?忙しいからゆめこちゃんも手伝ってよ〜」
と、じゃがいもとピーラーを手渡した。
「何つくるの?」
「コロッケよ。それ皮向いてちょうだい」
そう指示されたゆめこは「はいはい」と言いながらしばらく黙ってじゃがいもの皮をむいていたが、半分ほど終えたところで、
「じゃなくて!」
と思い出したように声を上げた。
一体どういう経緯で仁王が来ることになったのかゆめこはまだ聞かされていなかった。
母に事情を問い質すと、 "仁王くん" 以外の家族、つまり両親と弟は連休の思い出作りとして日帰りで遊園地に行っているのだが帰りが遅くなるらしく、それを聞きつけたゆめこの母が、
「あら、それじゃあ雅治くんがかわいそうよ。せめて夕飯だけでもうちで食べるように言ってみて」
と、仁王ママに提案したらしい。
引っ越してきたばかりで心細かった仁王ママはすっかりゆめこの母に心を許しているようで、その提案をありがたく受け取ったのだ。
話を聞いたゆめこは
「仁王くんも行けばよかったのに、遊園地」
ともっともなこと言ったが、すぐに「雅治くんは部活優先なんだって」と母親に言われ、そういえば仁王くんもテニス部に入ったんだった。と思い出した。
ゆめこは花粉症のため応援に行っていないが、柳の話によるとテニス部のゴールデンウィークは地区予選と練習でみっちり埋まっているらしい。
なるほど、それで遊園地に行かなかったのか。
とゆめこは納得した。
「雅治くん、自分はいいから雅信をどこかに連れていってやってくれ、なんて言ったんですって。弟想いの良い子なのね〜」
夕飯の支度を進めながら母親はしみじみとそう言った。
それから二時間程してピンポンとインターホンが鳴った。
モニターを見る前に、誰が来たのかは予想がついた。
ゆめみと柳から地区予選が無事に終わったと連絡を受けていたゆめこは、そろそろ仁王が来る頃じゃないかと思っていたのだ。
ゆめこが出ていくと、門の前に仁王が一人で立っていた。
居心地の悪そうな顔でこちらを見ている仁王に、きっとまた母親に行けと命じられて渋々来たんだろうな。
とゆめこはすぐに察した。
「ごめんね、うちのママ強引で」
「いや、こちらこそ」
そう言葉を交えた後、少しの間微妙な沈黙が続いたが「まぁせっかく来たんだし、ゆっくりしていってよ」とゆめこは仁王を家に招き入れた。
隣に住んでいるとはいえ中に足を踏み入れたのはこれが初めてで、仁王はめずらしく落ち着かない様子で部屋中を見回していた。
しかしすぐに「あら、いらっしゃい!ご飯できてるわよ〜」とにこにこなゆめこの母につかまって食卓に座らされた。
「いっぱい食べてね」
「ありがとうございます」
二人のやりとりを横目で見つつ、ゆめこも仁王に続くように隣に腰を下ろす。
食卓に並べられた料理の数々を見て、ゆめこは毎日このくらい豪勢なら良いのにな。などと思いながら手を合わせた。
こうしてしばらく和やかな食事が続いていたが、仁王が「美味しいです」と感想を伝えたことでゆめこの母はすっかり上機嫌になり、
「どんどん食べてね!まだたくさんあるから」
と次々と仁王の目の前に料理を差し出した。
そんなゆめこの母に仁王はわずかにたじろぐ。
気持ちはありがたいが、仁王は平均的な男子に比べると少食であった。
ゆめこの母親の料理がどれも美味しいのは事実だが、正直食べきれそうにない。
どうしたものかと仁王が箸を休めていると、
「え、もしかして仁王くん。もうお腹いっぱいなの?」
とゆめこに聞かれ、仁王はぎくりとした。
「あら!そうなの?雅治くんは少食なのね」
「ダメだよそんなんじゃ。育ち盛りなのにさ」
「そうよ〜、いっぱい食べなきゃ」
仁王が返答に困っていると、 ゆめこは「せめてこのくらいは食べないとね」と仁王の取り皿を奪うと山盛りにおかずをよそった。
親子揃って食事をぐいぐい勧めてくるゆめこたちに、
「パワフルな親子じゃな」
と仁王はボヤいたが、「えっ?なに?」とゆめこに聞き返されたので「なんでもなか」とごまかした。
しかしああだこうだとわいわい騒ぐゆめこ達を見るのは不思議と嫌な気はしなかった。
仁王の家は共働きで両親がいないことが多く、おまけに弟が小さいこともあり、どうしても両親の目は末っ子に向いていた。
そのため少し寂しい思いをしていたのかもしれない。
本人にその自覚は無かったが、賑やかなゆめの親子を見ると自然と気持ちが安らいだ。
仁王は「よし」と気合いを入れると再び食事を進めた。
それを見たゆめこは、
「おっ。いいね〜行け行け仁王くん」
と他人事のように茶々を入れていた。
しばらくして食事も終わりに近づいた頃、
「そういえばもうすぐ中間考査なんでしょう?」
とゆめこの母に聞かれ、ゆめこと仁王はそろって顔を上げた。
母親というのはどうしても子供たちの勉強の進捗具合が気になる生き物なのだ。
「せっかくだし、二人で勉強でもしたら?」と話を振られ、ゆめこと仁王はちらりと顔を見合わせた。
お互いの顔に「めんどくさ」と書いてある。
しかしやはりと言うべきか母親は強しで、結局押し切られてしまった二人は食事の後一緒に勉強する流れになってしまった。
「なんかごめんね」
食事を終え、二階へ続く階段を上りながらゆめこはげんなりした顔で言う。
あの後、仁王は一度課題を取りに家に戻って、再びゆめこの家にやってきていた。
ゆめこは付き合わせてしまったことを申し訳なく思っているようだったが、仁王は部活三昧ということもありゴールデンウィークの課題がほぼ手付かず状態だったので、まぁちょうどよかったか、くらいに思い直していた。
聞くと意外にもゆめこはその課題をほぼほぼ終えていると言うではないか。
ゆめこの事はよく知らないが、見た目も普段の言動もそこまで模範生には見えないので仁王は驚いた。
二階の部屋に入ると、ゆめこはどこからともなく折り畳み式のローテーブルを持ってきてカーペットの上に広げた。
その横で仁王は興味深そうにゆめこの部屋を見回している。
薄ピンク色のカーテンに、すずらん型のテーブルランプ、ベッドや棚にはネズミーランドのキャラクターのぬいぐるみが並べられており、先々月まで一緒に住んでいた姉の部屋とは大分系統が違うな、と仁王は思った。
マカロン型のクッションを数個並べ「適当に座ってね」と言うとゆめこはいそいそと勉強道具を広げ始めた。
それにつられるように仁王もテキストを開くとそれを見たゆめこは「え、ほんとに真っ白だ」と目を丸くした。
「毎日部活があったけぇ、後回しにしとった」
「あー、そっか。今日まで地区予選だったんだっけ。でも勝ったらしいじゃん。おめでとう」
ゆめこがそう言うと仁王はぴくりと眉を動かした。
彼女に大会の結果を話した覚えがなかったからだ。
そういえばテニスをしている幼馴染がいるとか言ってたっけ?と仁王は初めてゆめこに会った日の事を思い出した。
しかし "らしい" ということは人伝に聞いた話なのだろうか?
そう思い尋ねると、ゆめこは花粉症だから観に行かなかったと答えた。
言われてみたら鼻声な気がする。
「この時期に花粉症か?」
「私イネ花粉症なの。超しんどい」
「薬飲めば良かろうに」
「うーん、そうなんだけどさ。花粉症の薬って眠くなるんだよ」
「ほぉ」
「頭ぼーっとするしさ。でもまぁ、毎年のことだし応援いけないことは蓮二も分かってくれてるから」
「え・・・」
ゆめこが何気なく口にしたその名前を聞いて、仁王は目を見開いた。
そのリアクションに「え?どしたの?」とゆめこは首を傾げる。
「お前さんの幼馴染って?」
「ん?あぁ!柳蓮二だよ。知ってる?」
「・・・あぁ」
"柳蓮二" 彼の名を立海テニス部で知らない者などいない。
入部わずか一ヶ月たらずでレギュラーの座を勝ち取った化け物みたいな一年生のうちの一人だ。
まさかゆめこが言っていた幼馴染とやらがその化け物だったとは。
「一年でレギュラー入りしたすごい奴じゃ」
と、仁王はテキストに目を向けたままぽつりと言った。
初めて出会った敵わないと思った相手。
同じ一年なのに次々に先輩たちを倒しレギュラーとして早くも地区予選で活躍する柳たちは、仁王にとっては嫉妬の対象だった。
自分だってコートに入りたい。
試合に出たい。
しかし現実はそうはいかず、先輩たちを倒すどころか練習はほぼ基礎練とボール拾いで、地区予選もずっとフェンスの外側で応援をしていただけだった。
同じ一年生が三人もレギュラー入りをしているのに、自分は一体何をやっているんだろうと、仁王は日々悶々としていたのだ。
そんな彼の心の内を知っているのかいないのか、ゆめこはその寂しげな顔をちらりと見ると「らしいね」とだけ相槌をうった。
その言い方がやけにあっさりしていたのが気に掛かったのか、
「お前さんにとっては自慢の幼馴染なんじゃなか?」
と、仁王にしては珍しく引っかかるような言い回しでゆめこに尋ねた。
彼は少しだけナイーブになっていたのかもしれない。
ゆめこはぱらぱらとテキストをめくりながら「うん、まぁ。そうだね」と言ったが、すぐに思いついたように「あっ、でも蓮二にとったら私だってきっと自慢の幼馴染だよ」と続けた。
「たしかに蓮二はテニスうまいし、頭も良いけどさ。私の方がユーモラスでギャグセンも高い」
と真顔で調子外れのことを言うゆめこに、仁王は「は?」と声を漏らす。
「だから蓮二も私に憧れてるはず!」
「お前さん、どこからそんな自信が沸いてくるんじゃ」
一点の曇りもない瞳でそう言い切るゆめこを仁王は呆れた目で見つめ返す。
しかしゆめこはそんな視線は物ともせず、「他にももっとあるよ?聞きたい?」とご機嫌で続けた。
「仁王くんさ、ガリガリくんアイス食べたことある?」
「・・・は?まぁ、あるけど」
「あれね、蓮二一回も当たったことないんだよ」
「え」
「それからね、商店街のガラポンもいっつも白い玉でポケットティッシュばっかり当ててんの」
口元を手で押さえゆめこはぷぷぷと小馬鹿にしたように笑う。
「そういうお前さんはどうなんじゃ?」とたまらず仁王が聞き返すと、ゆめこは机の引き出しから四角い缶を持ってきた。
クッキーか何かが入っている箱だろうか、と仁王は思ったが、中をのぞいて驚いた。
「これ全部私が当てたんだ」
「・・・やるのう」
中にはガリガリくんアイスだけでなく、色んなお菓子のあたりや一等と書かれた福引券がたくさん入っていた。
これを一人で全部当てたとなると、たしかにすごい確率である。
「昔から運いいんだよね。多分いつか宝くじ当てるよ、私」
と、そう言って笑ったゆめこの顔は、根拠のない自信で溢れていた。
何をまぁバカなことを言っとんのじゃ。
と仁王は喉まで出掛かったが、
「まぁさ、人には得手不得手があるんだし。仁王くんにもあるんじゃない?そういうの」
と言われ、仁王はどきりとした。
まったく関係のないとぼけた話だと思って聞いていたが、なぜだかその一言がすとんと胸に落ちてきたのだ。
本人に仁王を励ます気があったのかどうか定かではないが、ゆめこが何食わぬ顔で放ったその一言が、ここ最近柳達と自分を比較してはずっと悶々としていた仁王の心に響いたことは事実であった。
ぼーっと缶ケースを見つめたまま固まっている仁王を見て、ゆめこは何を勘違いしたのか
「一枚いる?」
と言って、駄菓子の当たりくじを仁王に差し出した。
「キスグミ美味しいよ」と勧めてくる彼女に、仁王はにやりと笑みを浮かべるとそれを受け取った。
「縁起良さそうやから、貰っておいてやるぜよ」
(180326/由氣)→13
当たりくじ自慢したかっただけの子
キスグミ=チュッ○ュグミのことです。唇にはりつけてよく遊びませんでした?私だけ?