098
(俺から言ってもええか?/毛利)

その日、ゆめこは朝からそわそわしていた。
テニス部が無事に関東大会優勝を果たしてから 、二週間程が経った8月の上旬。
日盛りの夏の陽射しが容赦なく照り渡る午後。
しばらく家の窓から空を見上げていたゆめこは、「よし」と小さく気合いを入れると、母親の元へと駆け寄った。
「あのさ」そう言ってもじもじするゆめこ。
朝から様子がおかしいな、と思っていた母親は、ついに来たかとテレビから視線を外し、ゆめこを見た。

「今日毛利先輩とお祭り行くから、かわいくして欲しい」

何を言い出すかと思えば。
想像していたよりもずっと健気でかわいらしい娘のお願いに、母は目をぱちくりさせた。
ゆめこはまだもじもじしている。

「毛利くんとお祭り行くの?」
「うん」
「二人きりで?」
「うん」
「へぇ〜」

にやにやと笑いながら聞いてくる母親に、ゆめこは居心地の悪さを感じる。
しかし、今日は彼女の手助けが必要なのでゆめこも強く言い返せなかった。

毛利とお祭りに行くことは1週間前には既に決まっていた。
テニス部の練習が午前中に終わると分かった時点で、毛利はゆめこに誘いの電話を掛けていたのだ。
どこか行きたい所はあるか、と聞かれたゆめこが「夏祭りに行きたい」と言い出したことで行き先が決定した。
毎年この時期になると、鎌倉で "ぼんぼり祭り" というお祭りが開催される。
地元民のゆめこはそのことを知っていたので、おもいきって提案してみたのだ。
しかしそれを聞いた毛利が、

「ほなら、ゆめこちゃんの浴衣姿楽しみにしよるわ〜」

と言い出したので、ゆめこは焦った。
彼女は私服で行く気満々だったのだ。
聞くと彼も兄のお下がりの浴衣を持っているらしい。
毛利先輩の浴衣姿。
それを想像した瞬間、浴衣で鎌倉の道を歩く自分たちの映像が頭に流れ込んで来て、ゆめこはでれっと頬を緩めた。
浴衣デート、ちょっと憧れる響きだな。なんて思った彼女は、快くそれを受け入れたのだ。

しかし問題はここからである。
頑張ればどうにか出来ないこともないが、ゆめこは浴衣を自分一人で完璧に着れる自信が無かった。
欲を言えば髪型も浴衣に合わせてアレンジしたい。
そう思ったゆめこは、からかわれるのを覚悟で母親に頼み込むことにしたのだ。

案の定、先程から母の口元はにまにまと歪みっぱなしだ。

「そっかぁ〜、毛利くんね。ふ〜ん」
「な、なに?」
「いや〜、ママとしては雅治くんも良いかなぁって思ってたんだけど」
「なんでそこで仁王くんの名前が出る訳?」
「まぁ、ゆめこが選んだ人なら仕方ないわね。毛利くん、とっても良い子だし」

鏡の前にゆめこを座らせ、慣れた手つきで髪を弄りながら、母親は満足気にそう言った。
選んだも何も、ただ一緒にお祭りに行くだけなのに。とゆめこは心の中で思った。
母親としては、こうして娘が「かわいくして」なんていじらしくお願いしてくるのは初めてのことだったので、これはもう毛利くんで決定だな、と先を見越して言ったことだった。

今にも振り返って文句を言いそうなゆめこの顔をくいっと正面に向かせ、母は器用に髪をまとめていった。
サイドを編み込みにして、耳の下でお団子を作る。
あっという間に完成した髪型に、ゆめこは首を左右に動かしながら鏡に映った自分をまじまじと見つめた。

それから浴衣を着せてもらい、仕上げに首元に練り香水を塗って、ゆめこの準備は完了した。
17時に鎌倉駅に待ち合わせをしているので、それに間に合うように家を出る。
出掛け間際、母親に「健闘を祈る!」なんて言って見送られ、ゆめこは最後まで微妙な顔をしていた。

私そんなに分かりやすいかな?
電車に揺られながらゆめこはずっとそんなことを考えていた。

そうして鎌倉駅に到着したのは約束の5分前だった。
改札を出たところで毛利の姿を見つけたゆめこは、どきりと胸を弾ませた。
ただでさえ高身長で目立つ彼が、浴衣を着ていてさらに人目を引いている。
ふりふりと嬉しそうにこちらに手を振る毛利に、ゆめこは早歩きで近付いた。

「ゆめこちゃん可愛い過ぎやろ!浴衣似合うとるで〜」

開口一番。ゆめこの全身を見回し、毛利は嬉々とした声を上げた。
たしかに可愛いと褒めてもらいたくてこの格好をしてきたのだが、こうもストレートに褒められると少々気恥ずかしいものがある。
ゆめこは「ありがとうございます」と頬を染めてお礼を告げると、

「毛利先輩もかっこいいですね」

と、彼を見上げた。
シンプルな柄の紺色の着物は、毛利の赤みがかった茶髪と絶妙なコントラストが取れていて、彼によく似合っていた。
男性に対して "色気" というものを感じたのは、ゆめこにとってこれが生まれて初めてのことだった。
「惚れるやろ?」なんて言ってふざける毛利に、ゆめこは心の中で、もう惚れてます。と言い返すのだった。

それから二人はぼんぼり祭りの会場となる神社へと足を進めた。
ちなみにぼんぼり祭りというのは、鎌倉の夏の風物詩ともいえるお祭りだ。
境内には鎌倉にゆかりのある文化人を始め、各界の著名人から揮毫された書画約400点がぼんぼりに仕立てられ、参道に並ぶ。
昼からやっているお祭りだが、暗くなってからの方がぼんぼりの灯りが際立つので、二人は夕方に待ち合わせたのだ。

神社に着くと、中は多くの人で賑わっていた。
なんの躊躇いもなくその人混みに入っていこうとするゆめこの腕を、毛利ががしりと捕まえる。

「えっ、なんですか?」
「はぐれると悪いやろ」

そう言って毛利は当然のようにゆめこと手を繋いだ。
「子供じゃないんだから大丈夫ですよ」なんて返され、毛利は内心そういう意味ちゃうけど。と思ったが、にこりと笑っておいた。

人波に流されるように、二人はゆっくりと参道を歩く。
お互い慣れない下駄を履いているのでこのくらいのペースがちょうど良かった。
参道のすぐ脇には屋台も出ていて、二人は時々買い食いをしながら、ぼんぼり祭りを満喫していた。

ちょうど参道の中心までやって来たところで、次はたこ焼きでも食べようかという話になり、二人はまた道から逸れて屋台の前にやって来た。
先程から、少し歩いては食べてを繰り返しているので、あまり前に進んでいない気がする。
お互い花より団子な性格をしていて、そんな自分達がおかしかったのか、二人は参道を抜ける度にけらけらと笑っていた。

たこ焼きを買って、屋台の合間から裏手に回り込むと、二人はちょうどいい高さの石壇に並んで腰を下ろした。
他にもそこで買った物を食べている人達がちらほらいたが、参道側ほど混み合っている訳ではない。
真ん中にたこ焼きを置いて二人でつついていると、

「大阪思い出すわ〜」

と毛利がしみじみと言って、ゆめこは顔を上げた。
そういえば毛利先輩、四天宝寺に通ってたんだっけ?
と、ゆめこは以前本人から聞いた情報を思い出す。

「一年の時よう食うてたわ。俺猫舌やのに、同級生に無理矢理アツアツのたこ焼き食わされたりしてな」
「あはは!仲が良かったんですね」
「まぁすぐ転校してもうたけど」
「寂しくなかったですか?」
「んー、どやろな。元々大阪出身ちゃうし、言うほどでもなかったで」

たこ焼きをふーふーと冷ましながら、毛利は昔を振り返るようにそう言った。
いつだったか、彼は兵庫の生まれだと言っていた。
大阪は従兄も住んでいるし、去年の夏もゆめみと遊びに行ったばかりだから馴染みのある場所だが、そういえば兵庫には一度も行ったことがないな、とゆめこは思った。
彼がどんな場所で育って、何を見てきたのか。
ゆめこは無性に知りたくなった。
こうして隣に座っていても、知らないことが多過ぎて、少しだけセンチメンタルな気分になってしまう。

「いつか毛利先輩が生まれ育った町にも行ってみたいです」

遠くの方を見つめたまま、ゆめこはぽつりとそう呟いた。
毛利は目をぱちくりさせて彼女を見る。
するとその視線に気が付いたのか、ゆめこはハッとして「あ、えっと・・・」と口をまごつかせた。
よくよく考えると、直球過ぎる言い回しだったかもしれない。
彼女でもない女の子にこんな事を言われるなんて、少々重かっただろうか?
不安になってゆめこは俯いた。
しかしすぐに、

「いつか一緒に行こな」

と声を掛けられ、ゆめこは恐る恐る毛利の顔を盗み見た。
彼は穏やかな顔で笑っていた。
例え社交辞令だったとしても嬉しい。そう思ったゆめこはにこりと微笑んで「はい」と返事をした。

たこ焼きを食べ終えた後は再び参道の方に戻り、二人はまた境内に向かって歩き出した。
しかし後半は屋台に立ち寄らなかったこともあり、あっという間に最終地点に着いてしまった。
ただ引き返すのも名残り惜しい気がして、

「どっかでひと休みしよか」

と毛利はゆめこに声を掛けた。
ゆめこも同じことを考えていたのか、「それなら良い場所がありますよ」と毛利の手を引いた。
参道から境内にかけては混み合っていても、本宮を回り込み、裏口の近くまで行くとぱたりと人気が無くなる。
地元ということで何度かこのお祭りにも来たことがあったゆめこは、そんな穴場スポットを知っていたのだ。

ゆめこの案内通りに参道を外れ、細道を通り、ぐるりと神社の裏側まで回り込むと、一軒の平屋が見えてきた。
そこは参拝者用の休憩所であったが、この時間は既に閉まっていて閑散としている。
二人はその建物の近くまで行くと、いくつか並んでいるベンチの内の一つに並んで腰掛けた。

「ほんまにええ場所知っとんなぁ」
「えへへ、前に蓮二に教えてもらったんです。小学生の頃、ゆめみと蓮二と三人で来たことがあって」
「へぇ〜、あいつそんなんも詳しいんけ?」

テニスや勉強だけじゃないのか、と毛利は感心したように言った。
ゆめこはふふっと笑って空を見上げる。
それにつられるように、毛利も顔を上げた。
先程までの騒がしさが嘘のように落ち着いた時間が流れている。

「今日、晴れてよかったですね」
「おかげで星も綺麗やな」

真夏の夜空を眺めながら、二人はそんな会話を交わした。
しかしすぐに無言になった。
話すことが無くなった訳ではない。
むしろ、お互いに言いたいことがあったのだ。

沈黙が訪れ、ジーッという虫の鳴き声だけが耳に入ってくる。
いつ話し出そうか。
二人はしばらく機会を窺っていたが、

「「あの」」

と、同時に口を開いて、二人は顔を見合わせた。
お互い一瞬ぽかんとして、その後すぐにぷっと噴き出した。

「俺から言ってもええか?」
「はい。どうぞ」

くすくす笑いながら、ゆめこは毛利に手のひらを向けて順番を譲る。
毛利はすーっと大きく息を吸い込むと、

「ゆめこちゃん」

そう名前を呼んで、体ごとゆめこに向き直った。
急に真剣な顔つきになった毛利に、ゆめこもつられるように真顔になって背筋を伸ばした。
毛利の緊張がひしひしと伝わってくる。
しかし彼女はこの段階でもまだ、彼が何を言おうとしているのか想像もついていなかった。

「好きや」

毛利がそう口にするまで、ゆめこは全く彼の気持ちに気付いていなかったのだ。

「俺と付き合うてくれへん?」

ぴしりとゆめこの体が固まる。
今、毛利先輩何て言ったの?
好き?付き合う?
ゆめこは心の中で何度も彼の言葉を復唱した。
そして "告白された" と、そう気づいた瞬間、ぼっと顔に火が付いた。

「ええええ!!」
「遅っ」

あまりにも時間差があったのか、毛利は小さく笑いながらツッコんだ。
「えっと、その」と必死で言葉を紡ごうとしているゆめこの手を、毛利はぎゅっと握り締める。
「言うとくけど本気やで」そう念を押してくる毛利に、ゆめこはごくりと唾を飲み込んだ。

「最初はな、可愛い子やなぁ〜思てちょっかいかけとったんやけど、いつも明るいとことか、実は人一倍気ぃ遣いで優しいとことか、ゆめこちゃんのこと知っていく度に、気付いたら好きになっててん。何してても、どこにいても、毎日ゆめこちゃんのことばっか考えてまう」
「毛利先輩・・・」
「なぁ。返事、聞かせてくれへん?」

熱っぽい視線でじっと見つめられ、ゆめこはうっと体を固くさせる。
ゆめこはこの目に見覚えがあった。
ホワイトデーのあの日、手を握りながら見つめてきた毛利の視線は、今とまったく同じものだった。
あの時感じた視線の意味を、ゆめこは5ヶ月遅れでようやく理解した。
私と毛利先輩は両想いだったんだ。
その事に気が付いたら、じんと胸が熱くなった。

「私も、毛利先輩のことが・・・好きです」

ぎゅっと手を握り返し、ゆめこは頬を染めてそう言った。
「え・・・、それほんまけ?」と、毛利は情けない声でゆめこに聞き返す。

「はい、本当です。私も毛利先輩のことが好きで・・・って。勝算があったから告白してくれたんじゃないんですか?」

はたとしてゆめこが聞くと、「そんなもんあらへんよ」と毛利はぶんぶんと首を横に振った。
どうやら相手の気持ちに気付いていなかったのはゆめこだけではなかったようだ。
嫌われてはいないだろうが異性として好かれている自信が、毛利にはまったく無かったのだ。

「断られたらどうしてたんですか?」
「ん〜、そん時はそん時やな!出直すわ」
「はぁ」
「でもええやん。これで俺ら恋人同士やで」

そう言って、毛利はにかっと笑った。
"恋人同士" その言葉がずんとゆめこの胸に響く。

毛利は繋いでいた手をするりと外すと、その手をゆめこの頬に添えた。
柔らかいゆめこの頬の感触を確かめるように、優しく親指を滑らせる。
その優しい手つきと彼の穏やかな表情に、ドクンとゆめこの心臓が波打った。
この後何をされるのか、さすがのゆめこでも予想がついた。
彼に身を任せるように、ゆめこは静かに目を閉じる。
ちゅ、と唇が触れ合った。

「めっちゃ好きや」

ゆめこが目を開けたのを確認して、毛利はそう囁いた。
全身が沸騰するように熱い。

「な、もう一回キスしてもええか?」

ゆめこはこくりと頷く。
しかし改めて問われると恥ずかしい気もしてきて、ゆめこは目を瞑るタイミングを見失った。

「ほら、ゆめこちゃん。目ぇ閉じらんと」
「あの、」
「ん?」
「次は毛利先輩が目を閉じてください」

自分ばかり目を瞑った顔を見られるのも照れ臭い。
そう思ったゆめこは、苦し紛れに毛利の頬に手を添えた。
毛利は一瞬驚いた顔して、すぐににやりと笑った。
「ええで」と彼がすんなり目を閉じたのを確認して、ゆめこは自分の唇を毛利のそれに重ねた。
柔らかい唇の感触がぶつかる。
先程よりも少しだけ長いキスだった。
唇が離れた後、二人は顔を見合わせてにこりと笑った。

それからゆめこと毛利はもう一度手を繋ぎなおして、ぼうっと夜空を見上げた。
先程も見ていたはずの星が一段と輝いて見える。
そうして落ち着いたところで、毛利は「そういえば」と思い出したように口を開いた。

「ゆめこちゃん、さっき何話そうとしてたん?」
「あ〜それは、ですね・・・」

先に話すのを譲られてしまった毛利は、ずっとその内容が気になっていたらしい。
ゆめこは少しの間話すのを躊躇ったが、無事に恋人同士になった今、隠すことでもないと思い直したのか、「毛利先輩に告白しようと思ってました」と伝えた。

「ええっ!?ほんまに?」
「はい。今日言おうって決めてた訳じゃないんですけど・・・。なんだか『今なら言えそうな気がする!』って唐突に思ってしまいまして」

えへへ、と照れ笑いをしながら話すゆめこに、毛利はぽかんと口を開ける。
自分を好きだと言ってくれたのは本当だったのか。
別に疑っていた訳ではないが、ゆめこの話を聞いてじわじわと実感が湧いてきた。
次第に嬉しさが込み上げてきたのか、毛利はたまらずといった感じで、ぎゅっとゆめこを抱きしめた。
彼女の首元から、フローラルのような甘い匂いがふわっと香る。
いつもにこにこと花のように笑っている、穏やかな彼女らしい香りだと毛利は思った。

抱き締められたゆめこは最初こそ戸惑いを見せていたが、すぐに自分もゆっくりと毛利の背中に腕を回した。

いつまでもこうしていたい。
二人は同じ気持ちで、しばらく抱き合っていた。





(180522/由氣)→99

えんだーーーーっ




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hangloose