099
(笑い事じゃないですよ/毛利・丸井・仁王)

8月10日。
全国大会開始まで、残り一週間となった。
世間はまもなくお盆休みを迎えるが、全国大会二連覇を目指す立海テニス部の面々にとってはそれも関係無く、彼らは日々過酷な練習に明け暮れていた。
例え昨年の覇者と言えど、そこに胡座をかくつもりなど、彼らにはこれっぽっちもなかったのだ。

そんな中、全国大会前の最後の調整といったところか、今日から明後日にかけて、二泊三日で合宿が行われることとなった。
場所は柳の叔父が経営するペンションだ。
昨年は全国大会が終わった後に、休暇を楽しむためにいつものメンバーだけで利用したのだが、今年は全国大会前に、合宿という名目で利用することになった。
レギュラー陣の他に数人の準レギュラーを加え行われるこの合宿には、彼らの他に二人の少女が参加することが決まっていた。

「なんか忘れ物してる気がするんだよね〜」
「あ〜、それ分かるかも。何回確認しても不安になっちゃうよね」

そう言ってボストンバッグを抱えながら学校へ向かっているのはゆめことゆめみだった。
彼女達はこれからその合宿に参加するのだ。
慣れない早起きでまだ夢心地なのか、ゆめこは目をとろんとさせている。
対して、普段から堅実で規則正しい生活を送っているゆめみはすっかり目が覚めているようで、ゆめこの一言に同感した彼女は、不安げにボストンバッグを抱え直した。

そんな彼女達がなぜ合宿に参加することになったのか。
それは選手達が練習に集中できるようにと、柳にマネージャー業を頼まれたからだった。
通常はレギュラーでない1、2年生がその業務を担っているのだが、ペンションの広さを考えると彼らを全員連れて行くのは難しいようで、そこでゆめこ達に白羽の矢が立ったのだ。

もちろんただの人手不足を解消するためだけではなく、柳にはちゃんとした考えがあった。
医者の娘であるゆめみは応急処置の腕が立つし、抜群の知能指数を誇るゆめこはデータ収集の分任にはうってつけの人材である。
柳はそこも考慮した上で二人に依頼したのだ。
ゆめこ達も特に渋ることなく、二つ返事で引き受けた。
レギュラー陣には知り合いも多いし、何より彼女達は一年の時から立海テニス部の応援に行っていたのでそれなりに彼らに思入れもあり、断る理由など無かった。

とは言え正式にマネージャーとして入部した訳ではない。
あくまでこの二日間、臨時でお手伝いをするといった形だ。

「ところでマネージャーって何するのかな?」

もうすぐ学校に着きそうなタイミングで、ゆめこが徐に口を開いた。
引き受けたはいいが、マネージャーがどういうものなのか彼女はいまいち理解していなかった。

「ドリンク作ったり、洗濯したり?」

同じく分かっていないゆめみが自信なさげにそう答えた。

「昨日の内に蓮二に聞いとけば良かったかな?」
「ねっ、朝聞こうと思ってたからタイミング逃しちゃった」

朝は点呼を取る必要があるので先に行くことにする。と柳はゆめみにそう告げて早めに家を出ていた。
学校からはバスで向かうことになっているので、一人でも遅刻者がいたら全員に迷惑が掛かる。
そう思った柳は自ら面倒役を買って出ていたのだ。

「寝起き悪い人いると大変だよね〜。まぁ私も人のこと言えないけど」
「ゆめこも朝苦手だもんね。寝起きが悪いと言えば毛利先輩は平気なの?迎えに行かなくて良かった?」

そう言ってにまにまとした笑顔を浮かべるゆめみに、「鬼電したから大丈夫!・・・多分」と尻すぼみで答えるゆめこ。
朝から必死でモーニングコールをしているゆめこの姿を想像したのか、ゆめみはあははと声を出して笑った。

ちなみにゆめみはこの度晴れてゆめこと毛利が恋人同士になったことを知っている。
数日前、ぼんぼり祭りから帰ってくるやいなや、ゆめこはすぐにゆめみに電話で報告していたのだ。
まるで自分のことのように喜んでくれたゆめみに「この子が親友で良かった」とゆめこは改めて思った。
ゆめみに報告した後は、告白してくれた丸井にもちゃんと報告すべきか、とゆめこは悩んだが、結局それはしなかった。
林間学校からまだ二週間しか経っていないし、多少の気まずさがあったのだ。
それに今は全国大会を控えている。
わざわざ気が散るようなことを言わなくてもいい気がして、ゆめこは夏が終わったらゆっくり報告しようと決めたのだった。

学校に着くと、既に半数以上の部員たちが集まっていた。
事前に柳がマネージャーの件は伝えてくれていたのか、突然現れた制服姿の彼女達を怪しむものは誰もいないようだった。
しかしそうは言っても、いつものメンバー以外にとっては物珍しい存在だったのか、中にはじろじろとゆめこ達を見ている者もいた。
その視線に気付いたゆめこ達は、少し気まずさを感じて真っ先に柳の元へと駆け寄った。

「おはよう蓮二」と二人が声を掛けると、彼の表情がわずかに柔らかくなった。
すぐ近くに真田と幸村もいたので、部員が集まるまでしばらく5人で話をしていると、あっという間にいつものメンバーが集まってきた。
柳生の次にジャッカルと丸井が一緒に来て、最後に仁王がやって来た。
ちなみに赤也は姉妹校研修旅行という一年生の学校行事があるため、今回この合宿には参加出来ないらしい。
「相当拗ねていたな」と柳が思い出したように言うと、みんなの間でくすくすと笑いが起こった。

するとそこへ、眠い目を擦りながら一人の部員がやって来た。
その姿にいち早く気付いたゆめこが「あ」と声を漏らす。
彼もゆめこの存在に気付いたのか、へらりと笑って近付いてきた。
点呼係の柳に「来たで」と一言声を掛けると、彼はすぐにゆめこに向き直った。

「毛利先輩、おはようございます。ちゃんと起きれましたね」
「ゆめこちゃんのおかげやわ」

そう言って和やかに会話を交わす二人に、ゆめこの隣にいたゆめみはさりげなく距離を取ると、隠れるように柳の背後へと回った。
そんな彼女の配慮に真っ先に気付いたのは柳だった。
なるほど。と彼は納得したような面持ちでゆめこ達に目を向ける。
そしてその後すぐに丸井を見た。
彼は誰の目から見ても分かる程、露骨に不機嫌な顔をしていた。
林間学校で心乃と別れたという事情を知らない柳にとっても、彼に何かしらの心境の変化があったことは明白であった。
元より彼女がいる間もゆめこに未練たらたらだということは分かりきっていたことだが、なんて思い、丸井から視線を外そうとした時、柳の目に仁王の姿が移り込んだ。

その表情に、ざわと柳の心が波立った。

今にも泣いてしまいそうな顔だと、柳は思った。
眉は平行に保たれたまま、唇にはまったく力が入っていない、まさしく無表情と言える顔だったが、なぜだか柳にはそう見えたのだ。
大事なものを抜き取られてしまったような、ひどく虚ろな瞳が、語らずとも彼の心情を物語っていた。

柳にはその気持ちが痛いほど理解できた。
掛ける言葉もなく、柳はそっと目を伏せた。

「出発の時間だ」

部長の幸村がそう告げた。
目の前には既にバスが停車している。
ざっと25席程といったところか、小型のバスだ。
ぞろぞろとバスに向かって全員が歩みを進める中、毛利はがばっと後ろからゆめこに抱き着いた。

「ゆめこちゃん、隣座ろうや」
「ちょ、あの、毛利先輩!?」

ところ構わずな彼の行動に、さすがのゆめこも動揺して振り返る。
毛利といちゃつけること自体はゆめこも嬉しいのだが、今は他の部員達もいるので彼らの視線が痛かった。
抗議しようと口を開くも、すぐ横に彼の顔があってゆめこはうっと体を小さくさせた。
近い!近過ぎる!
と、ゆめこがわたわたと慌てふためいていると、それを見かねた丸井がザッと後ろから近付いた。

「毛利先輩、ひっつき過ぎです」

むっと眉根を寄せ話しかけてきた後輩に、毛利は目をぱちくりさせる。
「ブン太くん・・・」というゆめこの呟きが風に乗って消えた。
林間学校でゆめこに二度目の告白を果たした丸井には、もう恐いものなど無いのか、先輩を前にしても実に堂々とした態度をしている。
さっきまで丸井の隣にいたジャッカルは青ざめた顔でその光景を見ていた。
「別にええやん」と余計にゆめこを抱きしめる腕に力を込めると、毛利はへらりと笑った。

「俺ら恋人同士やし、なんも問題ないやろ」

彼のその発言に、場の空気が一瞬で凍りつく。
みんなの前で暴露されたゆめこは、心の中で「ひぇー!」と悲鳴を上げた。
丸井もそうだが、他のみんなにも順を追ってちゃんと報告しようと思っていたのに。
ゆめこの計画がパーになった瞬間であった。
丸井は衝撃で固まってしまっている。
すると、そこへ助け舟を出したのは意外な人物だった。

「アホ、ゆめこちゃん困ってんだろ!」

ぽかっと軽く毛利の頭を叩いたのは、準レギュラーでもあり毛利とは同じ三年生の須東だった。
「早くバス乗るぞ」と彼が声を掛けたことで、止まっていた時間が動き出したかのように、みんながバスに向かって歩き始める。
毛利は「ちぇっ」と唇を尖らせた。

「毛利先輩行きますよ」
「ゆめこちゃん、隣に座ってくれへんの?」

まるで捨て犬のような目でじっと見つめてくる毛利に、ゆめこの良心が痛む。
隣に座りたいのは山々だが、ゆめみがいるし。などとゆめこが思っていると、つんつんと肩を突かれた。
そこにはゆめみが立っていた。

「毛利先輩、ゆめこの隣お譲りしますよ」
「えっ!ちょ、ゆめみ?!」
「ほんまけ!ゆめみちゃんええ子やな〜」
「私は蓮二と座るから、ゆめこまた後でね」

そう言い残すと、ゆめみはタタっと小走りで柳の元へと行ってしまった。
嬉しいような、申し訳ないような複雑な心境である。
ゆめこと隣に座れることになった毛利は、ご機嫌でゆめこの手を取った。

「あの、毛利先輩?部活中はあまりこう、くっつかない方がいいんじゃないですかね?」
「ん?なんでや?」
「いや、なんて言うか・・・、秩序が乱れたり、しません?」

ゆめこが口をもごもごさせながら言うと、毛利はぽかんと口を開けてゆめこを見た。
しかしすぐにお腹を抱えて笑い出した。
あのゆめこの口からまさか "秩序" という言葉が出るとは。
アンバランス過ぎておかしかったようだ。

「もー、笑いごとじゃないですよ」
「いや〜、すまん。似合わな過ぎて笑ってもうたわ」
「ひどっ」

そう言ってゆめこは不服そうに唇を尖らせると、「えい」と言って、握っている手にぎゅうと力を込めた。
しかし毛利にとっては痛くも痒くもないようだ。
「あかんでゆめこちゃん、そんなんじゃ効かへん」と言って毛利が握り返すと、ゆめこはすぐに「痛い痛い!ギブ!ギブです!」と声を上げた。
結局そのまま流されて、ゆめこは毛利に手を引かれたままバスの中へと乗り込んだ。

後ろから二番目の右側の席が二つ空いていたので、ゆめこ達はそこに並んで腰掛けた。
一番後ろの5人掛けの席には誰も座っていないので、実質一番後ろの席だ。
隣の左側の二席にはまだ誰も座っていない。

すると、仁王と柳生がバスに乗り込んできた。
前を歩いていた仁王とばちりと目が合って、
あ、もしかして隣来るかな?
とゆめこは思ったが、仁王はふいと視線を外すとそのまま奥の5人掛けの席へと突き進んでいった。
素通りされて、ゆめこは少し違和感を覚えた。
柳生は一番後ろの席はあまり好まないのか、前方の座席に一人で座っていた。

全員が着席したのを確認して、バスが発進する。
窓際に座ったゆめこが背筋を伸ばして後ろを盗み見ると、5人掛けの一番左の席にぽつんと座った仁王が、じっと窓の外を見ていた。
ほぼ後頭部しか見えないので表情は分からないが、ゆめこはなんだか無性に声を掛けたくなった。
しかし自分とは対角線上の位置にいるし、通路側に毛利が座っているので、それは叶わなかった。


「ゆめこちゃん、眠いん?」

それからバスが出発して一時間程が経った頃だろうか。
隣にいたゆめこがうとうとしているのに気付いた毛利がそう声を掛けた。
ゆめこは眠い目を擦りながら「少しだけ」と返事をすると、きょろきょろと辺りの様子を窺った。
出発した頃あんなにがやがやしていた車内が、いつの間にか静かになっている。
中には起きてるメンバーもいるが、ほとんどが寝てしまっているようだ。
向こうに着いたらすぐに練習が始まってしまうので、みんな今の内に休んでるのかな、とゆめこは思った。

「寝てもええで」
「毛利先輩は眠くないんですか?」
「ごじゃ眠い」
「あはは、じゃあ一緒に寝ます?」
「あー、なんかええ響きやんねそれ。エロい」
「ええ〜、どこがですか」

目を輝かせながらそんなことを言う毛利に、ゆめこは冷たい眼差しを送る。
毛利は「冗談やって」と言って笑うと、ずいっとゆめこの顔を覗き込んだ。
一気に近付いた距離に、ゆめこはびくりと肩を揺らす。
毛利はそのままゆめこの耳元に唇を寄せると「おやすみのチューしてや」と囁いた。
ぞく、と体が反応してゆめこは慌てて距離を取った。

「ここバスの中ですよ?」
「誰も見てへんって」

こそこそと小声で会話をする二人。
ゆめこは顔を真っ赤にして拒んでいたが、ついにぐいと肩を掴まれてしまった。
太陽のようないつもの無邪気な笑顔じゃない。
にやりと口の端を吊り上げ、意地悪な顔で笑う毛利にゆめこは思わず息を呑んだ。
これはするまで解放してくれないやつだ。
そう察したゆめこは「一回だけですよ」と言うと、ゆっくり目を閉じた。
柔らかくて厚い唇がそっと触れる。
同時に彼のふわふわしたくせ毛が顔にかかり、くすぐったいと感じたゆめこは「ん」と小さく息を漏らした。

その声に反応した毛利は、一度唇を離すと、じっと彼女の顔面を見つめた。
そして再び唇を寄せる。

「一回だけって言ったじゃないですか」

慌ててゆめこはそう抗議したが、そんな言葉はすぐに二度目のキスに飲み込まれてしまった。
突き離そうと思えば出来なくもないが、なんだかんだ言ってゆめこも毛利とのキスに酔いしれていた。
唇が離れると、毛利はぎゅっとゆめこを抱き寄せた。

「あかん、好き過ぎておかしなってまいそうや」

耳元でそんなことを言う毛利に、ゆめこは再び顔を真っ赤にさせる。
気付けば先程まで感じていた眠気はどこかに吹っ飛んでしまっていた。





(180524/由氣)→100

こらこら君達いちゃつくならよそでやりたまえ



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