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(俺めっちゃ嫉妬深いで/毛利・白石)

全国大会が始まった。
開幕から連日天候にも恵まれ、今日も雲一つない真っ青な空が広がっている。
照りつける真夏の陽射しを手で遮りながら、ゆめこはアリーナコートへ続く道を歩いていた。
今年の全国大会は東京で開催されているため、ゆめこはこうして毎日応援のために会場に通っていた。もちろんゆめみも一緒だ。

シード校である立海は二回戦、三回戦ともに余力を残したまま勝ち進み、今日はこれから準決勝の舞台で大阪四天宝寺中と戦うことになっている。
四天宝寺には白石や謙也もいるので、はじめの内は「複雑だな」なんて思っていたゆめこだったが、昨日白石から「手加減せぇへんで」という強気なメッセージが届いて、彼女の心は一気に軽くなった。
変に気を遣われてよそよそしくされるよりはよっぽど清々しかったのだ。

アリーナコートに着くと、ゆめことゆめみは立海側の応援席に腰を下ろした。
近くで見たかったので、彼女達はなるべく前方の席を選んだ。
もうすぐ試合が始まるのか、両チームともベンチの前で輪になって最終ミーティングをしている。

「さすがに準決勝ともなると緊張感があるね〜」
「そうだね。こっちまでそわそわしちゃう」

そう言って、ゆめこは落ち着かない様子で辺りを見渡した。
準決勝からはコートの場所が変わるだけでなく、観客の数もぐっと増える。
それだけみんなが注目している試合なんだろう、とゆめこは思った。

再び視線をコートの中に戻すと、ベンチに集まっているみんなの後ろの方で、毛利が後頭部で手を組みながらあくびをしていた。
そんな彼の様子に、ゆめこは思わずくすりと笑ってしまった。
たしか彼は今日S3で出ると言っていた。
もしダブルスが二戦とも勝っていたら、S3は決勝進出を決める重要な試合だ。
その大事な役割を与えられているにも関わらず、彼の表情からはわずかな緊張も感じられない。
頼もしいな、とゆめこは思った。

それから程なくして試合が始まった。
始まってからは、本当にあっという間だった。
ダブルスは6−4、6−0という結果で二試合とも立海が勝利。
しかもD1に関しては、相手に1ゲームどころか1ポイントすら取らせずに勝ってしまい、ゆめこ達は少々呆気に取られた。

「蓮二強すぎじゃない?」
「分かってたけど、ちょっとびっくりしちゃった」

D1の一人は柳だったので、彼女達は目を丸くしてそう言った。
彼の試合はもう何度も観てきたなずなのに。
改めてその強さに驚かされた。
ここまで実力の差があると、相手の選手達が少し可哀相に思えてくる。
現に四天宝寺側のベンチや応援席は、まだ負けが決まった訳でもないのにしんと静まり返っている。

ゆめこはちらりと白石を見た。
白石はS1で試合に出ると言っていたが、おそらく彼の出番は無いだろう。
その悲し気な横顔に、ちくりと胸が痛んだ。
もちろん応援しているのは立海だし、勝って欲しいと思っているのも立海。そこが揺らぐことは無いが、友人のあんな顔を見るのも辛いものがあった。
白石くん、大丈夫かな?
と心配していると、

「ゆめこ、毛利先輩の試合が始まるよ!」

とゆめみに肩を叩かれ、ゆめこはハッとして顔を上げた。
ちょうど毛利がコートの中に入っていくところだった。
同時に相手選手もコートに入ってきて、ゆめこはその人物の顔を見て「謙也くん」と呟いた。
この大事な局面に二年生である彼が抜擢されるなんて、そのプレッシャーもひとしおだろうな、とゆめこは思った。

試合が始まると、相手を一切寄せ付けない華麗なプレーで、毛利が次々とポイントを決めていった。
接戦というには程遠い試合で、彼の表情は終始 "余裕" と言った感じだった。
最後にベースラインぎりぎりのところにロブを放って相手を翻弄すると、毛利は6−0で勝利した。
そしてそれは、立海の決勝戦進出が確定した瞬間でもあり、ゆめことゆめみは「やったね!」と手を取り合って喜んだ。

謙也と握手を交わし、毛利がベンチに戻ってくる。そのタイミングでばちりと目が合って、ゆめこは小さく手を振った。
すると試合モードだった毛利も、ゆめこの顔を見たら気が安らいだのか、へらりとその頬を緩めて手を振り返した。

「そろそろ行こっか」

試合が終わり、ぞろぞろとギャラリーたちが去って行く中、ゆめみはゆめこにそう声を掛けた。
「そうだね」と返事をして、ゆめこは立ち上がる。
最後に四天宝寺側のベンチをちらりと見た。
白石は明るい表情で謙也に何か声を掛けているようだったが、無理しているのが見え見えだった。

部長という立場上、励ます立場に徹しないといけないんだろうな。本人も十分辛いはずなのに。
そんは事を考えながら、ゆめこはくるりと背を向けて歩き出した。
しかし、アリーナコートを出たところで彼女はぴたりと足を止めた。

「ゆめこ、どうかした?」
「あー、うん。やっぱりちょっと白石くんのことが気になっちゃって」

ゆめこがそう言うと、ゆめみもすぐに意味を理解したのか納得したような面持ちになった。
去年の夏に出会ってから今まで、ゆめこと白石が遠距離ではあるが交流を続けてきたことをゆめみは知っていたので、ゆめこの心情も十分理解できた。

「話してきたら?」
「うん・・・、そうしよっかなぁ。ゆめみ、先に蓮二達と合流してもらっててもいい?」
「もちろん。また後でね」

「迷子になったら連絡してね〜」なんて言いながら手を振り去っていくゆめみを見送り、ゆめこは四天宝寺の選手達が出てくるであろう出口に向かって歩き出した。

アリーナコートは出入り口がいくつかあるので、彼らのベンチ側で待ち伏せをしないと会えないと思ったのだ。
普段なら電話なりメッセージなりで連絡を取り合えるのだが、今は試合が終わったばかりなのできっとスマホを確認する余裕もないだろう。

そうして四天宝寺側の出入り口に着くと、ゆめこは壁に寄りかかって白石が出てくるのを待った。
少しの間その態勢のままぼーっとしていると、ぞろぞろと中から人が出てくる気配がして、ゆめこはパッと壁から背中を離した。

「ゆめこちゃん・・・!」

ゆめこの姿を見つけた白石が、驚いて名前を呼んだ。
「白石くん」とゆめこも歩み寄ろうとしたが、他の部員の視線が自分に集中していて、彼女は気まずさからぴたりと足を止めた。
その場に留まったまま「こんにちは」とゆめこはぎごちない笑顔で挨拶をする。
きっと自分に用があるのだろう。
そう思った白石は、すぐに部員達に先に行ってるよう指示を出すと自分だけその場に残った。

笑顔の白石がくるりとゆめこに向き直る。
あ、また無理してる。ゆめこはすぐにそう思ったが、特に指摘することなく同じように笑顔を浮かべて彼を見た。

「驚いたわ〜、どないしたん?」
「ちょっとね。白石くんにお疲れ様って言いに来たの」
「わざわざ?俺試合出てへんのに?」
「うん。メッセージ送ればいいかなぁとも思ったんだけど、ちゃんと顔見て言いたかったから」

にこにこと笑ったままゆめこはそう言った。
「おおきに」と、全く同じように白石はにこにこと笑って返事をする。
そうして少しの間、二人は取って付けたような笑顔で見つめ合っていたが、次の瞬間どちらからともなく「ぷっ」と噴き出した。
愛想笑いを浮かべ、お互い相手の出方を探り合っているのが、なんだか急に可笑しくなったのだ。
ゆめこが「あはは」と声を出して笑うと、白石は吹っ切れたように「あ〜あ!」と大声を出して宙を見上げた。

「負けてもうたわ」

ゆめこから視線を逸らしたまま、白石はそう言った。
「めっちゃ悔しい」と続ける白石に、きっとこれが彼の本音なんだろう、とゆめこは思った。

「泣いてもいいんだよ」
「泣かへんよ」
「私が慰めてあげる」

そう言ってふざけて両手を広げるゆめこ。
泣く気など更々なかった白石だったが、内心それはちょっと捨てがたいな、などと思ってしまった。

「もっと特別な日に取っとくわ」
「それっていつ?」
「さぁ、いつやろな」
「ふふっ、じゃあその時はゆめこちゃんのここを貸してあげましょう」

自分の胸元をドンと叩き、どや顔でそんなことを言うゆめこに、白石はくすりと笑みを溢した。
四天宝寺が敗退したという結果は何一つ変わっていないのに、こうしてゆめこの顔を見ていると幾分か気持ちが楽になる。
彼女の笑顔はまるで魔法のようだ。
そんな風に思ってしまう程、今の白石にとってゆめこの存在は大きかった。

「ゆめこちゃん見っけ」

その時、第三者の声が聞こえてきて二人は同時にそちらを見た。
「毛利先輩!」とゆめこは驚いて名前を呼ぶ。
白石も先程まで自分達と戦っていた、しかも四天宝寺の敗退を決定付けた張本人の登場に、目を見開いていた。

「わざわざどうしたんですか?」
「彼女迎えに来るのに理由いるんけ?」

しれっとそんなことを言う毛利に、ゆめこはふるふると首を横に振る。
"彼女" その言葉に、ぴくりと白石が反応した。

「ゆめこちゃん、彼氏出来たんや」
「え、あ・・・うん」

そういえばまだ言ってなかったな。とゆめこは思った。
白石とは直接会って話してる訳ではないので、脈絡もなく「彼氏できた」とメッセージを送るのも抵抗があり、今まで報告できずにいたのだ。
別に隠しているという訳ではないので、ゆめこがあっさりと首を縦に振ると、白石は「そうなんや」と蚊の鳴くような声で返事をした。
ずきりと胸が痛む。
なんや、この感じ。初めて味わう息苦しさに、白石は戸惑いを隠せずその場に立ち尽くした。

しかし「もうええか?」と毛利が切り出したことで、彼はハッとして顔を上げた。
毛利はがしりとゆめこの肩を抱き、にこりと笑って白石を見下ろしていた。
有無を言わさぬ圧を感じる。
そう思った白石が「はい」と大人しく返事をすると、それを聞くや否や、毛利はゆめこの肩を抱いたままくるりと体を反転させた。

「あっ、白石くん!またね!」

まだお別れの言葉を言っていない。
と、ゆめこは慌てて毛利の腕の中から白石に向かって声を掛けた。
白石がぼんやりとした表情のまま小さく手を振ると、ゆめこはそれで満足したのかすぐに前を向いてしまった。
どんどん小さくなっていく二人の後姿を、白石はしばらく目で追っていた。


そうして二人きりになると、毛利は歩きながら「で?」とゆめこに問いかけた。
意味が分からず、ゆめこは疑問符を浮かべて顔を上げる。

「どういうご関係で?」

わざとらしい標準語で毛利が続けると、ゆめこはそこでやっと彼の聞きたいことを理解したのか「あぁ」と声を漏らした。

「従兄の幼馴染です」
「それだけ?」
「えっと、まぁ・・・友達ですけど」
「仲ええの?」
「悪くはないと思います」
「連絡とか取り合っとる?」
「は、はい」

まるで取り調べのように追究してくる毛利に、ゆめこも少し焦りを感じ始める。
「ふーん」と冷たい相槌を打って足を止めると、毛利はゆめこに向き直った。
彼は目に見えて不機嫌な顔をしていた。
眉根を寄せ、じとーっと自分を見下ろす毛利に、ゆめこは「な、なんですか」と狼狽える。

次の瞬間、毛利はぐいとゆめこの腕を引くと、そのまま腕の中に彼女を閉じ込めた。
ただでさえ王者立海の有名選手ということで彼は目立っているというのに、道の真ん中でこんなことをしていたら通行人の見世物になってしまう。
焦ったゆめこは「ちょっと、あの!」と言ってしばらく腕の中で暴れていたが、

「気ぃつけや。俺めっちゃ嫉妬深いで?」

と耳元で囁かれた瞬間、ゆめこはびくっと肩を揺らしておとなしくなった。
いつもより低い声。
抱き締める力も強く、少し痛いと感じてしまう程だった。
もしかして怒らせてしまっただろうか。
ゆめこがびくびくと心配していると、毛利はがばっとゆめこを引き離し、

「なーんてな!」

と言ってあっけらかんと笑った。
「へ」とゆめこは間の抜けた声を漏らしたが、いつもの笑顔で自分を見ている毛利に次第に状況を理解したのか、ほっと安堵の息を漏らした。

「もう、驚かせないで下さいよ!怒らせちゃったかと思ったじゃないですか」
「悪い悪い」

毛利はそう言ってけらけらと笑うと、ゆめこの手を取って再び歩き出した。
遅れをとるまいと、ゆめこも歩幅を合わせて歩き出す。

「でもなぁ、あんな男前と仲良うされたら不安になるのはほんまやで」
「えー、毛利先輩でもそんな感情があったんですね」
「・・・ゆめこちゃん、俺を何だと思っちょるん?」

いつも飄々としている彼でも不安になることがあるんだな、とゆめこは意外に思ってしまったのだ。
毛利は不服そうに唇を尖らせている。
その表情はまるで拗ねた子供のようで、ゆめこは思わずふっと息が抜けたように笑ってしまった。

「なに笑てんねん」
「うふふ、ごめんなさい。ちょっとかわいいって思っちゃいました」
「嬉しないわ!」

"かわいい" という表現は納得がいかなかったのか、毛利はむっとして後ろからゆめこの首に腕を回した。
ゆめこはその腕をポンポン叩きながら「ごめんなさいってば〜」と謝罪したが、その口元はにやついている。
毛利もだんだん楽しくなってきたのか、首に回していた手をだらんと落とすと、

「ならお詫びにおんぶしてぇや」

と言って前のめりでゆめこの背中に体重をかけた。
これにはゆめこも転びそうになって、「絶対無理!」と言ってきゃははと笑った。

「なら逆はどや?俺がおんぶしたるで」
「恥ずかしいからイヤです」

そうしてしばらくじゃれ合っていた二人だったが、やっと笑いが落ち着いたところで、

「それはそうと毛利先輩」

とゆめこは徐に口を開いた。
「ん?」と毛利が顔を上げる。

「決勝進出おめでとうございます」

ゆめこがそう告げると、毛利はわずかに目を丸くしたが、すぐにふっと頬を緩めると「ありがとう」と返事をした。
常勝が掟である立海で、いつしか勝つことが当たり前になっていたけれど、こうして面と向かって祝いの言葉をかけてもらえるのはやはり嬉しいものだな、と毛利は思った。

「今年の全国優勝はゆめこちゃんに捧げるわ」

得意げな顔で毛利がそんなことを言うと、ゆめこはすかさず「くさっ」と反応した。
けらけらとおかしそうに笑うゆめこに、「そこはときめくとこやろ!」と毛利はツッコむのだった。





(180527/由氣)→107

83.02kgをおんぶは無理





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