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(ちょっとくらい見えんだろい/丸井・仁王)

コンビニの商品棚の前で座り込んでいる少年がいた。
彼はもう10分もの間同じ場所でじっとしている。
さすがに店員の怪訝な視線が気になり出したのか、一緒に来ていた友人は「なぁ、そろそろ出ようぜ」と少年に話しかけた。

「でも俺まだ買うかどうか悩んでんだよ」
「買えばいいだろ?」

しれっとそんなことを言う友人に少年はむっとして顔を上げた。
人の気も知らないで。とでも言いだけな顔だった。
少年の名前は丸井ブン太。
彼は部活帰りに、親友のジャッカルと近所のコンビニに寄っていた。
悩んでいる彼の目の前にあるのは色取り取りの家庭用花火。彼はそれを手に取っては戻し、を先程からずっと繰り返していた。

今日は8月の末日。
見事二連覇を達成した全国大会のあの日から、既に一週間の時が経とうとしていた。
その間丸井は、ゆめこを花火に誘うべきかどうか、ずっと悩んでいた。
あれは去年の夏休みのこと、一緒に花火をした時、彼女は来年の花火係を自分に任せてくれた。
丸井はそのことをずっと覚えていたのだ。

しかし今、ゆめこは毛利と付き合っている。
彼氏持ちの女の子を安易に誘っていいのか、そしてそれを理由に断られてしまったらどうしよう。
そんな不安が、丸井を躊躇させていた。

そうして結局答えが出ないままずるずると時間は過ぎ、あっという間に夏休み最終日になってしまった。
誘うとしたら今日しかない。
ジャッカルはやれやれと言ったようにため息を吐くと、「あのよぉ」と口を開いた。

「悩んでないで、本人に電話してみたらどうだ?」
「うーん」
「毛利先輩と付き合ってるとは言え、ゆめのはゆめのだろ?きっとなんも考えねーで乗っかってくるって」

そう言ったジャッカルの頭の中には、
「花火?いいね〜、やろやろ!」と能天気にはしゃぐゆめこの姿が浮かんでいた。
それを聞いた丸井は、「そっか、そうだよな。ゆめこだもんな」と一人でぶつぶつと呟くと、徐にスマホを取り出した。
画面を操作しスマホを耳に当てた丸井を見て、やっとゆめこを誘う決心がついたか、とジャッカルが安堵していると、

「もしもし、仁王か?」

と聞こえてきて、ジャッカルはバッと丸井を見た。
彼はゆめこではなく仁王に電話を掛けたようだった。
これがテレビで見かけるコントの中の世界であったらジャッカルは今頃盛大にズッコケていたところであろう。
なんで仁王なんだよ、と。

「あのさ、ちょっと聞きたいことがあんだけど」

電話を受けた仁王は、改まってそんなことを聞いてくる丸井に、人知れず眉根を寄せる。
丸井がわざわざ電話をしてくるなんて珍しいことなので、彼は内心どうせろくな用じゃないんだろうな、などと思っていた。

「ゆめこって今家にいると思うか?」
「・・・」

案の定、本当にろくな用じゃなくて仁王は沈黙した。
彼の頭に「知るか」という三文字が浮かび上がる。
自分で聞けばいいだろ、もしくはあのラブラブな先輩彼氏にでも聞け。と言いたいのをぐっと呑み込み、

「なして俺に聞く?」

と仁王は尋ねた。

「いや、お前家隣じゃん」
「隣だからって、ゆめのが今家にいるかなんて知らんよ」
「なんで?ちょっとくらい見えんだろい?」
「見えるわけないじゃろ」
「ほんとに?1ミリも見えない?絶対に?」
「しつこい奴じゃのう」

食い下がってくる丸井に、仁王は「はぁ」と露骨に息を吐き出した。
部活から帰ってきたばかりで、せっかくこれからゆっくり過ごそうと思ってたのに。とんだ邪魔が入ったな、と思いながら仁王は渋々窓の方に近付く。
そしてカーテンを開けてゆめこの家の方を見た。

「車はある。電気点いてる」

仁王は淡々とそう報告した。
彼の部屋からゆめこの部屋は見えないので、正確に言えば電気が点いているのは一階の居間の話なのだが、これで家族と出かけている線は消えたな、と仁王は思った。
しかし丸井は何を思ったのか「やった!」と嬉しそうな声を上げた。
この情報だけではゆめこが家に居るという確証には繋がらないはずだが、根がポジティブな丸井は早とちりしたようだった。

「じゃあ俺今から花火買ってそっち行くから、ゆめこのこと誘っといてくれよ!」
「は?」
「頼んだぜ、仁王」

丸井は言いたいことだけ言うとピッと一方的に電話を切ってしまった。
ツーツーという虚しい機械音が聞こえ、仁王はその場に立ち尽くす。
巻き込み事故もいいところだな、と仁王は思った。
引き受ける義理は無いし、無視しようかとも考えたが、丸井が来て「はぁ?!なんで誘ってくれてないんだよい!仁王ひでー!」と騒がれるのもそれはそれで迷惑だ。
仁王は不本意ながらゆめこに電話をしてみることにした。

そういえばこうしてゆめのに電話を掛けるのは久しぶりだな、なんて思いながら、仁王はぼんやりと呼び出し音を聞いていた。
程なくして、「もしもし、仁王くん?」というゆめこの明るい声が受話器から聞こえてきた。
たったそれだけで、仁王の表情がわずかに柔らかくなる。

彼はまだゆめこのことが好きなのだ。
ゆめこが毛利に想いを寄せていることに気付いた時も、二人が付き合い出したと知った時も、抉られるように胸が痛み、何度も諦めようと思ったが、結局それは出来なかった。
どう頑張ってもゆめこへの想いは消えなかったのだ。
そんな彼の気持ちなど露知らず、ゆめこは「珍しいね〜どしたの?」と弾んだ声で尋ねた。

「ゆめの、今何しとった?」
「今?テレビ観てたよ〜」
「ほう暇人じゃの。今から丸井が花火持ってそっち行くから、準備しときんしゃい」
「何それめっちゃ急じゃん!」

あははと笑いながら、ゆめこはそう答えた。
どうやらゆめこは、昨年丸井に「来年はブン太くんが花火用意してね」などと頼んでいたことを、すっかり忘れてしまっているようだ。
しかし花火と聞いて楽しそうだと思ったのか、彼女は「分かった、用意しとく」と返事をした。

「じゃあ、たしかに伝えたぜよ」

そう言って仁王が電話を切ろうとすると、ゆめこは「待って」と慌てて呼び止めた。

「それって仁王くんも来る?」
「俺は行かん」
「えー、なんで?仁王くんも暇人でしょ?」
「プリッ」
「いいじゃん、一緒にやろうよ。花火」

しれっとそんなこと言うゆめこに、仁王は呆れたように息を吐く。
もし彼女が自分の気持ちを知っていたら、こんな風にと軽々と誘ってくることはないだろう。そう思ったら、なんだか少し意地悪したくなってきた。

「そんなことばっか言っとると、いつか彼氏に愛想尽かされてしまうかもしれんぜよ」

と、仁王はわざと自分から突き放すようなことを言った。
そうすれば臆したゆめこが考えを改めるかもしれない、彼はそう思ったのだ。
しかしゆめこは「えっ?なんで?」ときょとんとして聞き返した。

「毛利先輩って花火嫌いなの?」
「・・・どうしてそうなる」
「ん?なに?よく分かんないんだけどちゃんと説明してよ」
「いや、もういい」

本気で分かっていないゆめこが「えー、なにそれ。超気になるじゃん!」とぶつくさ言い出したので、急に面倒になった仁王は

「花火、俺も行く」

と、そう告げた。
下手に駆け引きをしようとしていた自分が、一気に馬鹿らしくなったのだ。
ゆめこは「えっ、ほんとに?」と嬉しそうに声を上げた。
「じゃあうちの庭集合ね〜」というゆめこの満足そうな声を聞いて電話を切ると、仁王は重い腰を上げて部屋を出た。

それからゆめこと仁王が庭で待っていると、程なくして丸井とジャッカルがやって来た。

「お菓子も買ってきたぜ」

という丸井の言葉に、ゆめこは「最高!」と言って目を輝かせた。
縁側にお菓子を広げ、四人は時々それをつまみながら花火を楽しんだ。
途中ゆめこが花火と間違えてポッ○ーに火を点けそうになったり、ジャッカルがねずみ花火に追われたりして、四人の間では笑いが絶えなかった。

こうして過ごしていると一年前と何も変わらないな、と丸井は思った。
ゆめこに告白してフラれたことも、彼女が毛利と付き合い出したことも、全て悪い夢だったんじゃないかと思ってしまう程、今という時間が楽しくて幸せだった。

「ねぇねぇ、私ダブル線香花火やってもいい?」

そう言ってゆめこは線香花火を2本手に取った。

「おま、贅沢だな!」
「一度やってみたかったんだよね〜」

ジャッカルにツッコまれながらも、嬉々として火を点けるゆめこ。
パチパチと通常より大きくはじける線香花火に、ゆめこは「すごっ。次はトリプルやるしかないわ」と言ってけらけら笑っていた。
そんなゆめこを見ていた丸井は、俺はこの笑顔に恋をしてしまったんだな。と改めて思い知らされた。
嫌いになることなんて出来ない。
例えゆめこが違う男を選んだとしても、ずっと隣で彼女の笑った顔を見ていたいと、そう思った。
ふと丸井が顔を上げると、仁王が穏やかな表情でゆめこのことを見ていた。

仁王も同じ気持ちみたいだな。
心の中でそっと呟いて、丸井は自分も線香花火に手を伸ばした。
ゆめこと同様2本取っていく丸井に、ジャッカルはすかさず「お前もかよ」と言ったが、すぐに仁王が3本取っていき全員の視線がそこに集中した。

「仁王くんトリプルずるい!」
「はっ?!てか俺の線香花火は?」
「売り切れじゃ」
「あはは!残念だったなぁ〜、ジャッカル!」

丸井がそう言うと、ジャッカルはがくりと肩を落とし、それを見たゆめこと仁王は「プッ」と同時に噴き出した。

こうして四人は夏の終わりを存分に満喫した。





(180528/由氣)→108

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