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(4強と呼ばれる夢は叶わなそうだね/三強)

『優勝は立海大附属中学校!』

立海は全国優勝2連覇を果たした。表彰式に臨むみんなの笑顔が心に染みる。
この瞬間をずっと忘れないでいたいと痛いほどに願った。

ゆめみははっと起き上がった。自分の部屋のベッドの上にいることを認識する。
時計は朝の6時前を指している。
まさか、夢?と少し不安になるが、手に握りしめていたテニスボールを見て、それが現実に起こったことだと理解出来た。
そのテニスボールは、幸村がゆめみに贈った優勝ボールであった。ゆめみは安心してほっと息を吐いた。

昨日の全国大会で、立海は見事に優勝を果たしたのだ。

精市や蓮二、弦一郎、みんなの努力が報われた。それが嬉しくて。
ゆめみはそのテニスボールを額に付けて幸せそうに笑う。

コンコンと窓を叩く音がして、ゆめみはそっとカーテンを開けた。
そこには予想通り、柳が微笑んでこちらを見ていた。昨日は柳の帰りが遅く、ゆっくり話が出来なかった。

「蓮二、優勝おめでとう」

窓を素早く開けながら、ゆめみがそう言うと、柳は「ありがとう」とはにかんだ笑みを見せた。

「だが、それは昨日も聞いたぞ」
「だって何回も言いたいんだもん」

パジャマ姿で「だめ?」と上目遣いで言うゆめみに、柳は可愛いなと思った。

「気が済むまで言って構わない」

ゆめみはうふふと嬉しそうに笑ってもう一度心を込めて「おめでとう、かっこよかったよ」と言った。柳は優しく頭を撫でる。

「こちらこそ応援ありがとう」

ゆめみは柳の言葉に、「どういたしまして」と更に嬉しそうに笑う。

「今日はオフなんだよね?何して遊ぼっか」
「ゆめみがメッセージを見ていない確率96.8%」

柳の返事に、ゆめみは首を傾げる。

「弦一郎からお誘いの連絡が来ているぞ」

ゆめみがスマホを開くと、いつもの真田、幸村、柳、そしてゆめみ4人のグループメッセージに、真田から『昨日の興奮が冷めん、海岸をランニングしないか?』というお誘いが来ており、既に幸村と柳が承諾の返信をしていた。まだ6時になっていない。
昨日優勝したばかりなのに、みんな元気だなとゆめみはくすくすと笑う。

「行くだろう?」

ゆめみは自分が行っていいのか少し迷った。彼らの体力についていける自信なんてある訳が無いのだ。
しかし、そんなことは仲のいい3人ならば承知の上だろう。わざわざ確認するのも時間の無駄だなと思ったゆめみは、素直に「もちろん」と言ってOKと書かれた可愛いスタンプを押した。

それからゆめみと柳は、2人で朝食代わりにお茶漬けを食べて、私服のジャージに着替えて、約40分後には江ノ島駅にいた。

既に一番早起きの真田が来ており、嬉しそうに柳とゆめみを迎えてくれた。程なくして幸村が改札を出てくる。3人を確認すると、微笑んだ。

「精市、弦一郎、蓮二、全国優勝おめでとう、2連覇達成だね」

みんな揃ったところで、ゆめみはまた祝福の言葉を口にした。3人は嬉しそうに「ありがとう」と言った。

「ゆめみも応援ありがとう、キミのおかげでここまで来れたよ」

幸村が心を込めてそう言うと、ゆめみは「大げさだなぁ、みんなの努力の賜物なのに」とくすぐったそうに笑った。

「2連覇を成し遂げたこと、実はまだ信じられん!夢の中にいるようだ!」

真田の言葉に、幸村と柳も控えめに頷いた。

「実は俺もさ、昨日は興奮でよく眠れなかったよ」
「フッ、俺も同じだ」

ゆめみはその言葉を意外に受け止めていた。
気持ちはよく分かる。選手でもない、ただ応援していただけの自分でも、朝起きた時に夢だったらどうしようと不安になったのだから。
2連覇という大業を成し遂げた彼らも、自分と同じ中学生で、1人の人間なんだなぁって、そんなことを思った。
それを打ち明けてもらえたことが、ゆめみはなんだか嬉しかった。

「じゃあ走ろっか」

ゆめみが明るくそう言った。
3人は一斉にゆめみを見る。ゆめみはにこにこと笑っていた。

「君たちはすごいことを成し遂げたんだよ、信じられないと言うのなら、私が何回でもおめでとうっていうから」

「だから走ろう」と言うゆめみに、幸村は相変わらずだな、と思う。純粋で、優しくて、だからこそみんなキミに惹かれてしまう。

「フフッまさかゆめみが一番乗り気とはね」
「張り切り過ぎてバテるなよ」
「うむ!ではいざ行かん!」

真田の掛け声に合わせて、4人は走り始めた。

江ノ島の海岸沿いを走り始め、砂浜を走れるところは砂浜を走り、道が繋がっていないところは一部車道を走った。
ゆめみがいるためにゆっくりとしたスピードだったが、トレーニングが目的ではないため、気楽な気持ちで、全員がこの時間を楽しんでいた。

8月とは言えまだ朝早いため、そこまで暑くは無かった。潮風が気持ちよく、海がとても綺麗だとゆめみは思った。
見慣れた海岸のはずなのに、初めて来る場所のような気がした。

湘南の海を眺めながら、幸村は入学してから今までのことを思い出していた。
毎朝7時の朝練に間に合わせるために、早起きして、この海を眺めながら学校へ通った。
1年生の頃は海をよく眺めていたが、いつしか部誌を見ながら通うようになっていった。
楽しくて始めたテニスも、勝つためのテニスに変わった。
青春の日々をテニスに捧げてきた。

「懐かしいな、と精市は思っている」

後ろから柳の声が聞こえて、幸村は振り返る。目が合うと柳は小さく笑った。

「俺も同じことを考えていた」

そして「弦一郎も同じようだ」と隣を指差す。指の先にいた真田は、目にたくさんの涙を溜めて堪えていた。幸村はフフッと笑うと、真田の肩を抱く。

「大げさだよ、お前は」
「す、すまん」

真田は必死に涙を拭った。柳は幸村が後ろに来たために、前を1人で走るゆめみの後ろ姿を見た。そして仕方がないな、と優しく笑う。

「なぜお前が一番泣く?」

柳の言葉に、ゆめみは振り返った。鼻を真っ赤にして、数列の涙が頬を伝っていた。
幸村と真田は驚いて目を見開く。

「だって嬉しくて」

ゆめみも3人と同じように思い出していた、ずっと頑張って練習して来た友人達のことを。
そして、昨日の全国大会、優勝の瞬間を。

「あんな素敵な場面に立ち会えて、幸せだなって思ったの」

ゆめみは泣きながらも、笑った。とても嬉しそうな、幸せそうな笑顔だった。
幸村、真田、柳の足が自然に止まる。ゆめみもそれに合わせて足を止めた。ゆめみは「精市、蓮二、弦一郎」と名前を呼んだ。

「ありがとう」

ゆめみの笑顔が光に弾けた。
幸村はこの瞬間に、理解した。この笑顔を作ったのは自分、そして自分達だと。

「俺は優勝したんだね」

幸村の口から言葉が溢れ落ちた。

「ああ、そうだな」
「うむ!うむ!」

柳と真田と同意する。その瞳は潤んでいた。

「そして、まだ終わりじゃない」

幸村の言葉に、柳と真田は頷いた。
幸村は「またここから始まるんだ」と言って、ゆめみをまっすぐに見た。

「3連覇をキミに捧げよう」

ゆめみは一瞬大きく目を開いて。
頷いた。とても嬉しそうに。
その瞳には涙が光っていた。

「うんっ」

柳は「ゆめみ、泣きすぎだ」とゆめみの涙を優しくハンカチで拭いた。

4人は笑い合って。また走り出した。
彼らを覆う雰囲気は、気楽なものに変わっていた。じゃれ合うように、位置を変えながら、のんびりと海岸を走る。


「あーあ私も男の子に生まれたかったな」

ゆめみは冗談を言うようなテンションでそう言った。

「そしたら一緒に全国制覇したぞーとか叫べたのに」

柳と幸村は吹き出した。

「団体戦のレギュラーを勝ち取れるかどうかはわからないがな」
「フフッそうだな、男子テニス部に入れても運動神経の問題が残るね」

柳と幸村の言葉に、ゆめみも少し考えて「確かに」と言った。自分の運動音痴ぶりを冷静に振り返ったのだ。

「4強って呼ばれる夢は叶わなそうだね?」

ゆめみが更にそう言って、柳と幸村は声を出して笑った。笑いすぎて涙目になっている。「2人とも笑いすぎだよ」と膨れたゆめみに、真田だけは「俺が毎日朝稽古を付けてやろう、4時半にコート集合だぞ」と真剣な顔で言い、ゆめみは結局女の子で良かったと思うのだった。

「選手じゃなくても、一緒に全国制覇する方法があるよ」
「何?」
「マネージャーになるのさ」

幸村の提案に、ゆめみは不思議そうに首を傾げた。

「男子テニス部は女子マネージャーとらない方針なんでしょう?」
「表向きはね」

テニス部レギュラーは人気が高いため、もし女子マネージャーを採用し始めれば、すごい人数が押しかけてくることは容易に想像できた。部員数が多い立海テニス部は1、2年生の人数も多く、マネージャーの役割は彼らで回せているため、混乱を避ける為にも今までは採用していなかったのだ。

「でもゆめみなら大歓迎だよ」
「それはたまらん考えだな!」
「そうだな、ゆめみはゆめみの長所を最大限に生かした方がいい」

柳は続けて「怪我の手当ての技術や、きめ細やかな気配り、物覚えの早さなどはマネージャー向きと言える」と付け加えた。

「マネージャーかぁ」

なんだかイメージが湧かないな、とゆめみは思った。それを察知した柳が「まぁ、大会もひと段落したからな、3年生から考えてくれればいい」と言った。
「うん、考えてみるね」と微笑んだゆめみに、幸村と真田はゆめみがマネージャーになる想像をして幸せな気持ちになった。

それから1時間くらい他愛ない話をしながらのんびり走っていると、いつのまにかビーチバレーをしている海岸に着いた。
看板を見て、ゆめみは驚く。

「すごい、平塚まで来ちゃったよ」

車でも30分以上かかる場所だ。
その距離を走って来たことがゆめみは信じられなかった。その可愛い反応に、幸村は「まだ10キロちょっとだよ?」とくすくす笑う。
彼らにとってみればなんでもない距離である。
しかし今日の目的はトレーニングではないため、「休憩にしようか」と言った柳に、全員が同意した。

ビーチバレー場の傍にある喫茶店でドリンクを注文し、砂浜のビーチに置かれた簡易的な白い木製の椅子に座った。白いテーブルの真ん中にはパラソルがついている。

時間は8時半を過ぎており、日射しが強くなって来ていたため、ゆめみは日陰に入れて嬉しそうだった。

「なんかこうして4人で何かを食べるの久しぶりだね」

ゆめみの言葉に、幸村は「そう言われればそうだな」と答えた。「いつぶりだろう?」と考えながら柳を見ると、「春休み以来だ」という答えが返ってくる。

「そうだったかな?」

幸村は意外に思う。メッセージのやり取りは頻繁にしていたし、よく4人で話していたために、そんなイメージは全く無かったが、確かに春休みに柳の家でくずきりを食べて以来だった。

「1年生の時は毎日一緒にお昼を食べてたのにね」

と少し寂しそうに言ったゆめみに、真田が口を開く。

「前から思っていたことだが、俺はこのメンツでいる時が一番本音で話せる!」
「確かに俺も気兼ねしないな」
「フッ、俺も居心地がいいと感じている」

幸村と柳も同意し、ゆめみも「私も楽しいよ」も言った。

「そう言えば、精市と弦一郎は海外研修ツアーに参加する?」

立海では毎年10月に海外研修ツアーがある。任意参加ではあるが、定員が決まっているため、簡単な面接と筆記試験がある。行き先は毎年変わり、今年は中国だった。
ちなみに昨年のフランスにはゆめみと幸村が参加している。

幸村はそう言えば部長の仕事が忙しく、すっかり忘れていたなと思った。昨年のフランス行きの際は6月からフランス語を勉強し始めたのに。

「忘れていたよ、そう聞いてくるってことはゆめみと柳は参加するのかい?」
「うん、良かったらみんなで参加しようよ」

にっこりと笑ったゆめみに、真田は「無論、参加しよう」と言ったが、幸村は「参加するのはいいけど」と承諾した後、少し心配そうな顔をした。

「同じ班になるためには事前のテストで同じくらいの点数を取らないといけないよ?」

班分けは語学力順なのだ。4人揃って同じくらいの点数を取るなんてことが可能なのだろうか?幸村は第二外国語はフランス語を選択しているため、中国語はゼロからのスタートだった。テストは約1ヶ月後である。
柳は当然のように「上位1位から4位を独占すれば解決だ」と言った。

「可能なのかい?」
「それは精市と弦一郎次第だが、お前達なら問題は無いだろう」

柳の言葉の中にゆめみの名前が無かったため、幸村はゆめみを見た。ゆめみは照れたように笑って「ごめんね、私と蓮二はすでに勉強中なんだ」と言った。聞けば昨年から参加することを決めており、4月頃から勉強を開始していたらしい。

「言ってくれればよかったのに」

なんだか抜け駆けされたような気持ちになって、幸村は唇を尖らせた。ゆめみは「少し上達してからと思ってたら逃しちゃって」と申し訳無さそうに笑った。

「でも、中国語の発音って、フランス語と似てるところもあるし、精市なら大丈夫」
「ああ、一般的にも語学は習得していくほどに難易度は下がると言われている」

ゆめみと柳の言葉に、幸村は「そうなのかい?」と考える。幸村は既に日本語、英語、フランス語を習得済のため、中国語を学ぶなら4ヶ国語目と言うことになる。

それを聞いた真田は不安そうな顔をした。気が付いた柳が「弦一郎の方が心配していない、漢文は書道で慣れ親しんでいるだろう?」とフォローする。
本当は漢文と現代中国語では全然違うのだが、自信を取り戻した真田を見て、柳はそこまでは触れなかった。

「語学って1人で勉強してもなかなか上達しないから、新学期になったらお昼に一緒に勉強するのはどうかな?」

ゆめみの提案に真田が「それならば、海志館の和室を使用するのはどうだろうか」といった。真田が書道の練習のためにお昼の時間だけ借りているらしく、他に使用する生徒はいないらしい。

全員が同意した。またゆめみと一緒にお昼を食べられると、真田と幸村は嬉しく思った。


2連覇を果たしたばかりの彼らは、輝かしい未来を疑いもせず、楽しい話に花を咲かせていた。

夏が終わっていく。
試練の冬が待ち受けていることは、この時はまだ誰も想像すらしていなかった。





(180606/小牧)→106

新学期が待ち遠しい。




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