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(出逢った時からずっと好きだった/柳)

「ま〜さん、おきなわ」

観光客で賑わう那覇国際通り商店街にある沖縄家庭料理の店にゆめみはいた。
目の前には沖縄そば、チャンプルー、ソーキ汁、ひらやーちー、海ぶどうと沖縄らしい料理が並んでいる。
それらを食べながらマノンとリュカと楽しそうにおしゃべりをしているゆめみを、柳は優しく見守っていた。

9月上旬。夏休みが終わり、始業式から約1週間後の週末に、ゆめみ達2年生は2泊3日の修学旅行で沖縄に来ていた。立海の修学旅行は国内外を選択できるのだが、ゆめみは柳とゆめこと相談の上で沖縄を選んだ。来月には中国への海外研修も控えていたこともある。
ゆめこと沖縄を楽しみたかったゆめみであるが、基本的な観光自体はクラス単位のため、それは叶わなかった。しかし宿泊するホテルが一緒で、昨日もゆめことトランプをして楽しむなどして修学旅行を満喫していた。

今日は2日目、終日班単位の自由行動の日だ。
2年I組のゆめみは幼馴染の柳、そしてフランス研修で仲良くなったフランス人ハーフ、マノンとリュカの4人グループだった。

自由行動のため、ほとんどの生徒がタクシーを駆使して有名観光地へと赴く中、彼らは午前中からホテル近くの国際通りをぶらぶら歩きまわり、午後からはこれまた近くのビーチでのんびりする予定だった。
フランス人のバカンスの過ごし方に合わせた形だ。

「リュカってば本当に漆器とか好きだよね」

一通り料理を食べ終えた後で、ゆめみが座席一つ分を占領している琉球漆器の袋を見ながらそう言った。リュカは得意げに「ボクは美しいものに目がないのさ」と笑う。「見てもいい?」とゆめみが言うと、リュカは一つずつ店員さんが接客をするようにその繊細な装飾について説明する。
楽しそうにそれを聞くゆめみを見つめながら柳は小さくため息を吐いた。

幸村よりも先にゆめみに想いを伝えると決めてから1ヶ月。柳は結局告白出来ずにいた。この1ヶ月間、それこそその気になれば毎日だってチャンスはあったはずなのに。
確率や可能性の分析ばかりをするうちに、可能性が低いことに挑戦することが難しくなってしまったようだ。
テニスに関しては、相手のデータを集めることで勝率を上げることが可能だが、こと恋愛に関しては、そう単純な話ではない。

一生に一度になって欲しい、愛の告白だ。出来れば最高のシュチュレーションでそれを叶えたいと柳は思っていた。
そういう意味でこの修学旅行は最高のチャンスだった。
だが、集団での旅行だ。同じ班であるにも関わらず、意外にも2人きりになる機会は無かった。昨晩も夜の散歩に誘おうとしたが、結局はゆめこや丸井といつものメンバーでトランプすることになった。今晩もそういう流れになるだろう。
どうするべきか、と柳は再度ため息を吐いた。

「私、ちょっと席を外してもいいかな?」

ゆめみがそう断りを入れて、席を立った。なんとなく姿を視線で追うと、店の外に出て行ってしまい柳は少し驚いた。
店はガラス張りになっており、柳達の席から外の様子も見ることが出来た。
ゆめみは欧米人の中年男性の3人グループに話しかけている。道が分からずに困っていたようだ。先ほどから道行く人に声をかけていたのだが、誰も言葉が分からなかったようで、断られていたのを柳も見ていた。
ゆめみに話しかけられるとほっとしたように嬉しそうな顔をする。
いつもの癖で読唇術で会話を読み取ろうとするが、彼らの口から出ている言語は英語でもフランス語でも無かった。

「ほんっとゆめみってどこまでもお人好しよね」
「英語も話せないクセに旅行してくるヤツなんてほっとけばいいのに」

マノンもリュカがそれを見て呆れたようにそう言った。

「話してる言語が分かるのか?」
「あのスタイルはブルストくさいアレマン人だね」

柳の問いにリュカが皮肉たっぷりにそう言った。アレマン人とはフランス語でドイツ人のことである。リュカは基本性格が皮肉屋なので、大抵こんな言い方をする。
と言うことはゆめみもドイツ語を話していると言うことだろう。英語やフランス語に比べるとたどたどしいが、相手の言っている意味は理解しているようだった。
いつの間にドイツ語を勉強していたのか。

「で協力してあげようか?」

聞こえた上から目線の言葉に、柳はゆめみから視線を外してマノンを見た。目線が合うと、マノンがにっと笑う。

「告白するんでしょ」

全てを見透かすようにそう言われた。柳は意外に思うが驚きはしなかった。マノンとリュカが自分の気持ちに気付いているであろうことは予測出来ていた。

「俺に協力していいのか?」

柳はマノンとリュカは幸村よりだと考えていた。マノンは言いたいことを理解したようで「精市とはもう接点無いし、この間のテストで助けてもらった借りがあるから」と言う。
情けは人の為ならずとはこのことだな、と柳は思った。

「恩にきる」
「その代わり、私の質問に答えて。ゆめみのどこが好きなの?」

柳は真剣な表情で少し考えた後「全部、だな」と答えた。途端につまらなそうな表情に変わるマノン。

「却下」
「とお前は言う」
「分かってるならもっとマシな返答してよね」

柳は更に考えて見た。
ゆめみの魅力。自分の心を掴んで離さない。
考えれば考えるほどに『全部』以外の回答が思いつかない。気に入らないところを見つける方が難しい。あえて言うなれば少し天然なところだろうか、見ていて危なっかしい。しかし、それさえも愛らしく思えてしまう。

「ハチミツみたいに甘くて優しいところ」

リュカの言葉に、柳もマノンもリュカを見た。リュカは当然のように「絹のような滑らかな肌、可憐な佇まい」「相手を立てる心遣い、ゆめみの前ならキングになれる」と次々と続けた。さすがは愛の国の出身だな、と柳が関心していると、リュカはニヤリと笑う。

「いくらでも語れるよ、ボクもゆめみが好きだから」

その言葉に思わず硬直する柳に、リュカはクククと笑って「まぁ、蓮二の想いには程遠いからボクからアクションを起こす気はないよ」と言う。その前にリュカには彼女がいたはずだ、と柳は首を傾げる。

「告白されたら今の子と別れてゆめみを選ぶよ」
「マノン、お前の弟はこう言っているが、本当に協力してくれるのか?」

マノンは大して興味無さそうに「まーね」と言った。

「どちらにせよ、早く告白するべきよ、蓮二」

「振られた方があなたのためだわ、片想いほど無意味な時間って無いもの」と続いた言葉に、柳は身も蓋も無いことを言うと思う。

「ねぇ、早く助けに行った方がいいかも」

リュカがそう言って、窓の外を指差した。窓の外ではゆめみが道案内をしたドイツ人にナンパされていた。

「アレマン人のバカンス先でのマナーは最悪なんだ」

柳が慌てて立ち上がると、後ろから「私達、ホテルに買ったものを置いてから行くから、先にビーチに行ってて」という有難いマノンの声が聞こえた。


「全く不注意が過ぎるぞ」

柳がゆめみをドイツ人旅行客から引き離した後、柳とゆめみは国際通りを2人で歩いていた。柳の小言に、ゆめみは「はぁい」と機嫌良く返事をする。

「俺がいなかったら」と言う柳に、ゆめみは「でも蓮二はいつも側にいるでしょ、ありがとう」とにこにこ笑う。その言葉に、一気にクールダウンする。実際はいつも一緒にいられるわけでは無いのだが、柳の機嫌の治し方を心得ているゆめみの言葉に、柳は居心地の良さを感じた。すぐに許してしまう。

「わぁ可愛い、ねね蓮二、ちょっと見てっていい?」

ゆめみは『まーすストーン』と書かれた店の前で立ち止まった。「構わない」と柳が言うと、ゆめみは嬉しそうに中へと入る。まーすストーンとは透明な琉球ガラスの中に星の砂が入っているアクセサリーのことだ。
光に反射してキラキラと輝いている。
一番奥にある、ストラップコーナーでゆめみは足を止めた。柳も同じようにそのコーナーを見る。いかにもゆめみが好きそうだと思った。思わずパッケージに『幸運』と書かれたピンクのストラップを手にとっていた。
そして、隣のゆめみを見てその手の中を凝視してしまう。
ゆめみの手に握られていたのは『勝利』と書かれた白いストラップだったのだ。
ゆめみも柳の手の中を見て、はにかんだ笑顔を見せた。

「私達考えてること一緒だね、蓮二に贈りたいと思ったの」

嬉しくてクラクラすると柳は思った。一気に体温が上昇する。

2人はお互いにストラップを贈り合った。スマホにも付けられるタイプだったため、ゆめみはさっそくスマホに付けた。キラキラと輝くお揃いのストラップに、柳はやはりゆめみと付き合いたいと胸がぎゅっと痛んだ。

2人はその後近くのビーチへと向かった。

「わぁ、真っ青!本当に綺麗」

砂浜に荷物とサンダルを置き去りにして、ゆめみと柳は波打ち際を裸足で歩く。ワンピースの下には水着を着ており、後で水着になって遊ぶ予定であったが、マノン達がまだ来ないので、そのままの格好で少し海に入ってみた。

ゆめみは長めのワンピースを捲り上げながら、柳の前を機嫌良く歩く。
賑やかな砂浜の中心を離れて、人気の少ない場所へとたどり着いた。
波が寄せるたびにくすぐったそうにふわふわと笑う。その横顔はとても無邪気で、出逢った頃から何も変わってないな、と思う。
その一方で、出逢った時とは違う胸の膨らみや、女性らしい体のラインに、時は前に進んでいるのだと思い知らさせる。

愛らしくて、可愛くて、愛おしい。
もう何年もこうして後ろからお前を見てきた気がする。

もうそろそろ潮時だ。

溢れる感情をこれ以上抑えられない。
俺だけをまっすぐに見てほしい。

「ゆめみ」

柳は後ろからゆめみを抱きしめた。ゆめみは驚いてスカートから手を離す。
ザザザと打ち寄せる波にスカートが濡れた。「もう」と非難する瞳で振り返ったゆめみだったが、柳の瞳の真剣さに、不思議そうな顔に変わる。

「聞いて欲しいことがある」

柳はゆめみを抱きしめる力を少し弱めた。
ゆめみは向き直って柳を正面から見上げた。
ヒールを履いていないために、柳がいつもより大きく感じた。

「なぁに、蓮二?」

機嫌良く紡がれた言葉に、柳は泣きたくなった。想いを口にした後のゆめみの反応が怖かったのだ。
その恐怖心から、何も言えなくなってしまう。

時間が過ぎていく。青空をゆっくりと雲が流れて、波が優しく足元を濡らす。

恐ろしく綺麗な景色の中にゆめみと柳はいた。

ゆめみは柳の瞳から目を離すことが出来ずにただただ見上げていた。
何かを伝えたいと言うことは理解できた。それが何かは全く予想出来なかったが、聞いてあげたいと思った。
ゆめみは一瞬目を瞑って。そして、わずかに微笑んだ。大丈夫だよ、と伝えるように。
柳はゆめみの優しさに勇気をもらって、ゆっくりと口を開いた。

「好きだ」

一度口から出たら、溢れ出す水のように、止まらなくなった。

「出逢った時からずっと好きだった、その笑顔も泣き顔も好きだ、俺を呼ぶ声も、名前を呼んで振り返るお前も、全部好きだ」

柳の赤みがかった頬も、すがるような声も、全てがゆめみを好きだと伝えていた。
ゆめみはその大きな瞳を更に大きく見開いて。数秒固まって、言葉の意味を理解すると、顔が真っ赤になった。

ドボン、と腰を抜かしてお尻から座り込んでしまう。

「ゆめみ!?」

運悪くザバーン、と大きな波が来てゆめみは頭から水を被った。
柳が慌てて抱き上げると、ゆめみは呆然としていた。その表情が可笑しくて、柳はくくっと笑う。

「可愛いな、ゆめみは」

ゆめみは笑う柳を少し見つめた後、抱き上げられたままに、柳をぎゅっと抱きしめた。
白いワンピースにピンク色のビキニが透けて色っぽい。
柳は目を見開いて更に赤くなる。

ゆめみは混乱の中、考えていた。柳の言う好きがどう言う意味なのか、と。真っ先に自分が柳を好きと言う気持ちと同じ好きだろうと思った。
しかし、その表情が行動が、まるで恋愛映画のワンシーンのようで。
困惑する。

「ありがとう蓮二」

ゆめみはぱっと抱きしめる力を抜いて柳を見た。

「改めて言われるとなんだか恥ずかしいね、私も蓮二のこと大好きよ」

ゆめみの出した判断は、『友達としての好きとして受け取る』ということだった。
柳はその言葉に反論するように口を開いた。

『そう言う意味ではない』

ゆめみの柳を見つめる瞳は潤んでいた。そして、ありありと揺れているのを見て、柳は最後の一言を言うことが出来なかった。

代わりに眉尻を下げて優しく笑う。

「たまには言葉にした方がいいと思ってな」

ゆめみにも受け入れる時間が必要だと柳は思ったのだ。これで多少なりとも自分の気持ちに気付いてくれたのではないか、と確信しながら。
柳の言葉にホッとしたゆめみは、安心したように笑った。

「なんかドキドキしちゃった」

両頬に手を当ててそう言うゆめみに、柳は笑って「ほう、もっとドキドキすることをしてやろう」と言う。
きょとんとするゆめみに、柳はそのままの体勢で海へと走り入って行く。
すぐにずぶ濡れになり、ゆめみはきゃははと笑った。

マノンとリュカは服のまま全身水浸しになって笑い合う2人を見て、声をかけるのを躊躇した。





(180610/小牧)→111

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