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(付き合おうと思ったの/幸村•柳•真田)

「せーので開ける?」

ゆめみがキラキラした瞳でそういえば、幸村が「そうしようか」と言い、真田と柳が無言で頷いた。

修学旅行明けの金曜日。お昼休みの時間に、4人は海志館3階の和室に集まっていた。
この時間は真田が直接借りているため、彼らの貸切だった。
全員手には中国研修のしおりと案内が入った封筒を持っている。今朝のSHRで配られたばかりだった。

ゆめみの「せーの」という掛け声と同時に全員が目の前で封筒を開けて、中の紙を取り出した。
ゆめみはプリントの班が書かれた欄に、Aのアルファベットを見つけて、ほっと息を吐いた。周りを見渡せば、みんな同様に安心したような表情をしている。
ばっとゆめみが畳の上にプリントを置けば、全員同じようにプリントを並べた。
見ると全員の班の欄にAと記載されている。

「良かった、みんな同じ班だね」
「予測通りだが、嬉しいものだな」
「俺は結構ヒヤヒヤしたよ」
「必ずしも努力が結果に結びつくとは限らない!感謝せねばな!」

修学旅行から帰ってきて3日後に中国研修のテストと簡単な面接があった。今年は昨年と異なり、人数の枠が多く、行きたい生徒は全員参加出来たらしい。
しかし、研修中の班は語学力順であるため、ゆめみ、真田、幸村、柳の4人はトップでのテスト通過を目論んでいたのだ。夏休み明けから毎日お昼休みにここ海志館の和室に集まり勉強会を実施していた。

「あぁ、これでやっと眠れる」

幸村がバタン、と後ろ向きに倒れた。真田と幸村が中国語を勉強し始めたのはたったの1ヶ月前なのだ。それこそ空き時間はほとんど全て中国語の習得に当てていた。

ゆめみは倒れ込んだ幸村を見てくすくすと笑うと、そっと頭をなでなでして「にーちうりーら」と言った。[D:20320]尽力了は頑張ったねと言う意味である。中国語は発音によっては怒っているように聴こえてしまう言語であるが、ゆめみが話すとただただ可愛く聞こえるから不思議だと幸村は思った。

少しゆめみの手の感覚を楽しんだ後、幸村は起き上がって「それにしても本当に良かった、昨年は男女2人ずつの班構成だったから」と言った。

「あ、それテストの後に先生に確認されたよ」

ゆめみの話によると、今回の研修では女子生徒の参加人数が少なく、男3対女1になってしまう班がいくつもあり、念のため女子1人になってもいいかと確認されたらしい。

「みんなと一緒だと思ったから良いですって答えたけど、正直全然知らない人と一緒だったらキツいかも」

しかし、ある程度は仕方ないところもある。なぜならそもそも立海の男女比が偏っており、男子生徒は女子生徒に比べて1.4倍ほど多いのだ。

「いずれによ、この4人で旅することができるのだな」

柳がしみじみとそう言って、真田と幸村は嬉しそうに頷いた。

「楽しみだ!」
「ああ、本当だね」

2人の声に同意するように、ゆめみは封筒に入った旅のしおりを見ながら「うぉーちいらい」と言った。我期待。

その後はフリータイムの時間の使い方等を話し合った。

昨年のフランスの海外研修では、一つの学校に滞在する形での研修だったが、今回の中国では周遊型で上海、蘇州、北京、内モンゴルと北上していく形式だった。
上海から北京の移動手段が寝台列車だったり、内モンゴルでの移動手段が馬で、草原での宿泊が寝袋だったりと、結構衝撃的な内容だった。女子生徒の参加が少なくて当然である。

男である自分達はともかく、温室育ちの女の子であるゆめみには厳しいのでは、と幸村は思ったが、ゆめみは全く気にする様子もなく「冒険って感じがするね、ワクワクする」とふわふわ笑っていた。

一通り話し終えて、ゆめみは「明日からやっとゆっくりお昼ご飯が食べられるね」と口にした。しかしすぐに柳が「明日からは海原祭の準備を急ピッチで進めないといけないな」と言いい、幸村と真田は思い出したように少し疲れた表情をした。
気がつけば海原祭まであと1週間だ。
全国大会が終わった後も、学生の毎日は忙しい。


その日の夕方。
6限目終了の合図と共に授業が終わった後。ゆめみと柳は2人で黒板を消していた。2人は今日の日直当番であった。2年I組の日直当番は隣の席同士で回ってくる。

「中国でパンダのぬいぐるみ買いたいな」
「とお前は言う」
「蓮二は?」
「俺は」
「古本でしょ」

聞いておいて楽しそうに先に答えるゆめみ。そしてすぐに「古本とお前は言う」といい直した。柳は可笑しそうにくくと笑って「そうだな」と肯定した。

「古本屋巡りしようね、面白そう」

ゆめみは機嫌良くそう言った。黒板の左側を柳、右側をゆめみが消し始め、2人同時に真ん中へと移動した。
とその瞬間、黒板消しを持つ2人の手が当たった。
なんのことはない、少し触れただけだったのに、ゆめみはぱっと手を離して「ごめんね」と言った。
柳がゆめみの顔をチラリと横目で見ると、ゆめみの顔は照れたように赤くなっていた。それを見た柳もつられてほんのり赤くなる。

その光景を廊下から幸村が目撃していた。これから美化委員会の活動があり、ゆめみを迎えに来たのだった。
2人の間になんらかの変化があったことは明白だった。幸村は声をかけることが出来ずに硬直していた。

先に幸村に気が付いたのは柳だった。努めて普通を装い「今日は委員会の日だったな、後は俺がやっておく」と言った。ゆめみも幸村に気が付いてはにかんだ笑顔で手を振る。

「いいの?」
「ああ、後は日誌を職員室に持っていくだけだからな」
「ありがとう蓮二」

ゆめみは机から委員会用のノートを取り出すと、パタパタと幸村の元へと早足で歩いて来た。

「精市、おまたせ」

幸村はゆめみを笑顔で迎えた後、柳に「すまない」と一言声をかけた。柳は手を上げて気にするなという仕草をした。


「夏に植えた彼岸花咲いてたの見た?」
「ああ、綺麗だったね」
「うんっ、赤もいいけど、ピンクや白、黄色もいいよね」

ゆめみと幸村は他愛ない話をしながら、屋上庭園へ向かっていた。
ゆめみはいつもと何も変らない。いや、少しテンションが高すぎることに幸村は気がついていた。
まだ頬の赤みも取れていない。

「今日は春の球根を植えるんだよね?本当に楽しみ、チューリップにスイセン、クロッカス、フリージア」

ゆめみは自分の感じている戸惑いを隠すように、話を続けた。ほとんど無意識だった。
隣を歩いていたはずの幸村がついて来ていないことに気がついて、ゆめみは振り返った。
幸村は少し離れたところで足を止めていた。

「精市?」

ゆめみは幸村に駆け寄った。しかし、幸村が見透かすような、不安そうな表情をしていたために、ゆめみは動揺した。

「何かあったのかい?」

数秒固まった後で、ゆめみはわずかに頷いた。しかしすぐに首を振って「なんでもないよ」と笑った。
自分の感じている戸惑いを誰かぶつけることを躊躇したのだ。

ゆめみはにこっと笑って「早く行こ」と言い、2人はまた歩き出した。

委員会は大きなトラブルもなく、比較的早く終了した。
球根の植え付けの大部分は専属庭師である泰永親子が終わらせていたことが大きい。
他にも春に植え付た球根の手入れやシャクヤクとボタンの株分け、サザンカの整枝等の作業もあったのだが、委員会活動も半年を過ぎ、メンバーもだいぶガーデニングの技術が身についてきていた。

「もう俺がいなくても大丈夫そうだな」

委員会終了後、幸村とゆめみは最終確認のために屋上庭園の見回りをしていた。
幸村の言葉に、ゆめみはきょとんとしてその後ふふふと笑う。

「寂しい?」
「少しね」

4月の始まったばかりの頃はみんな何も知らなくて、モチベーションも低かった。
それがいつのまにか自立して、最近では幸村とゆめみが指示を出す前に自ら仕事を見つけて作業する場面もある。
休み時間に自主的に手入れをする生徒も出ているくらい、みんな学校の花壇に愛着が出てきたのだ。

「これも全部精市のおかげだね」

そんな言葉に癒されて、幸村はゆめみを見つめる。ゆめみはバラを見つめていた。秋咲きのバラは小さなつぼみをつけ始めている。
相変わらず可愛くて。心が締め付けられるのうに痛む。告白して、自分だけのモノにしてしまいたい。

ふと、先ほど教室で感じたモヤモヤが再発した。柳は告白したのだろうか?ゆめみは返事をした?したのならなんて?
想いを抑えきれない。

「柳に何か言われた?」

幸村の直球すぎる言葉に、ゆめみは一瞬目を大きく見開いて、その後赤くなった。
その反応に幸村は傷ついたように顔を歪めた。

「なんでもないの」

ゆめみはまたそう言って首を振ったが、幸村は流すことが出来なかった。
ゆめみの顔を覗き込んで「俺、そんなに頼りにならないかな」と辛そうな顔をする。

「そんなこと」
「じゃあ話してくれるね?」

ゆめみは少し悩んだ後小さな声で「ずるいなぁ、精市は」と言った。
泣きそうに瞳が潤んでいる。
確かに幸村なら自分の悩みを解決できるかもしれないとゆめみは思った。ふぅと息を吐いて。

ゆめみは屋上庭園から一番奥にあるベンチに座った。幸村も隣に座る。
ゆめみは幸村を上目遣いで見上げた。

「もしかしたら頭がおかしくなったと思うかもしれないけど」
「大丈夫、そうは思わないよ」
「それに、こんなことを本人以外に聞くのはマナー違反だとも思うのだけど」

ゆめみの前置きに幸村は「大丈夫、言ってごらん」と優しく言った。
優しい幸村に勇気をもらって、ゆめみは口を開く。

「蓮二が私を好きってこと、あるかな?」

ゆめみの口から出た言葉に、幸村は目を見開いた。完全に予想斜め上だった。
突然のこと過ぎて、なんと返事を返すのが正解なのかわからない。
イエス、と言ってしまえば自分の口から柳の気持ちを伝えることになる。ノーと言えば真実と異なることを伝えることとなる。
ただただゆめみを見つめる幸村に、ゆめみは耳まで真っ赤になって「あの、女の子としてって意味ね」と付け加えた。

「自分でも変なこと聞いてるって自覚はあるの、でもそうだったらどうしようって考え出したら止まらなくて」

ゆめみは消え入りそうな声で「変に意識しちゃって辛くて」と言った。
その言葉に、ゆめみの求めている回答を知る。

「柳はゆめみを幼馴染として、大切だと言っていたよ」

幸村はそう言った。それが真実ではないと知りつつも、ゆめみがそう言って欲しいのだと思ったら、それしか言えなかった。

「だよね」

ゆめみはほっとしたようにふぅと息を吐いて、安心したように「あぁ良かった」と笑った。

良かった?ゆめみの口から漏れた言葉に幸村は性格が悪いと思いつつも安堵してしまう。

「良かったんだ?」
「もー、悩んでたよ、もしそうだったら私今までいっぱい蓮二のこと傷付けて来たかもって思って」

ゆめみは「気が気じゃなかったよ」と柳を傷付けてしまっていたかもしれないことが怖かったと泣きそうに笑った。
幸村は一瞬「好きじゃないから好きと言われたら困る」と言う意味だと捉えて喜んだ自分が恥ずかしくなった。ゆめみはどんな時でもゆめみだな、とその心の綺麗さに舌打ちしたくなる。

「じゃあもしそうだったら、どうしてた?」
「え?」

なんだか悔しくて、幸村は気付けばそう口にしていた。ゆめみの口から柳を好きじゃないと言わせたかった。
幸村は自分にもまだ可能性があることを確認したかったのだ。

「柳がゆめみを女の子として好きで、付き合いたいと言われたら、ゆめみはどうするんだい?」

ゆめみは困ったように笑って、その後「それをずっと考えていたんだけど」と切り出した。

「付き合おうと思ったの」

幸村はすぐにはゆめみの言葉の意味を理解出来なかった。『もちろん断るよ』という答えが来ると予想していたためだ。
ゆめみはふわふわ笑って「もう笑い話になっちゃったけど」と話し始める。

「私って恋愛感情に疎いみたいで、まだ誰かを好きになったことって無いの、これから好きになるかも分からないし、だから、蓮二がもし本当にそうしたいって言うのなら、それを叶えてあげたい、かな」

幸村は虚ろな瞳で「そう、なんだ」と言った。
『じゃあ俺が告白したら?』と喉まで出かかったが、結局は言えなかった。
『優先権は柳にある』と偉そうに言ったのは他でも無い自分なのだ。それを裏切ることは、友情どころか自分の信念さえも欺くことになる。

その後幸村は目に見えて落胆していたが、目の前の悩みが解決したばかりのゆめみは気が付かなかった。
咲きそうなバラのつぼみを見つけて「花開くのが楽しみね」とふんわり笑った。





(180612/小牧)→112

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