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(私も好きになりたいもん/白石・毛利)
9月もそろそろ終わりを迎えようとしている頃。
立海の校舎は朝から多くの人で賑わっていた。
"海原祭" 。中高大合同で行われる文化祭が今年も始まったのである。
修学旅行から帰ってきてからの3週間、二年生達は必死で準備を進め今日という日を迎えた。
ゆめこ達のクラスの模擬店はクレープ屋だ。
今年も調理係になったゆめこは、おしゃれカフェ風の黒いシックなエプロンをつけて朝からせっせとクレープを焼いていた。
クラスの子達にはやたらと接客を進められたゆめこだったが、つまみ食いを狙っていた彼女は調理係の座を譲らなかった。
時刻はちょうど13時を回ったところで、これからお昼を食べ終えた客がデザートを求めてどっと流れてくることが予想される。
今オーダーされているクレープを全て出したところで、ゆめこは今の内に仕込みをしておこうと苺をカットしてはタッパーに入れるという作業を機械的に繰り返していたが、「ゆめこちゃん」と調理場の入り口から声を掛けれたことでその手を止めた。
そこにいたのは接客担当の女の子で、彼女は少し興奮した様子でゆめこの元に近付いてきた。
「ゆめこちゃんにお客さんが来てるよ!」
「お客さん?」
誰だろう?
今日はゆめみが食べに来ると言っていたけど、約束の時間には早過ぎる。
そんなことを考えながら調理場を出ると、店の入り口のところに神奈川にはいないはずの人物がいてゆめこは目を見開いた。
「えっ、白石くん?!」
ゆめこが驚いて駆け寄ると、彼はにこにこと笑ったまま「今年も来てもうたわ」と片手を上げた。
心なしか周りがざわついている気がする。
そう思って周りを見渡すと、女の子達がちらちら白石を見ながらきゃっきゃっとはしゃいでいて、あれ?なんだこの既視感は。とゆめこは思った。
去年もすごかったが、今年はさらに男前に磨きがかかっていてより目立っている。
「来るなら言ってくれれば良かったのに〜」
「今年は寄るつもり無かってんけど、たまたま近くまで来とってな」
白石の話によると今年も近くの学校と練習試合があって、帰りのバスが出発するまで時間が空いたので立ち寄ることにしたらしい。
「驚いたやろ?」そう言って二ッと歯を見せて笑う白石に、ゆめこはどこか安心感のようなものを覚えた。
良かった、いつもの白石くんだ。そう思ったのだ。
全国大会の準決勝の日。
あの日会って会話をした時から、彼との連絡は途絶えていた。
今までも毎日やり取りをしていた訳ではないにしろ、約一ヶ月も間が空くのはこれが初めてのことだった。
ゆめこから連絡しても良かったのだが、最後に送ったのがゆめこだったので、向こうから来ないということは忙しいのかな?なんて深読みもしていまい、彼女は白石に連絡できずにいたのだ。
それに毛利と付き合い始めてからは正直彼とのやり取りに忙しく、そこまで気が回らなかったというのも本音である。
しかしこうして会いに来てくれるということは嫌われている訳ではないのだろう。
胸のつかえが取れた気がしてゆめこはホッとした。
「私もう少しで休憩だし、一緒にまわろうか?」
「いや、今日はそこまで時間ないねん。ただちょっとゆめこちゃんと話せたらええなって思って寄っただけやから、気にせんといてや」
「そうなの?じゃあせめて時間までお話しようよ」
ゆめこは「ちょっと待ってて」と白石に声を掛けると、パタパタと調理場の方へ消えていった。
そして中で同じ調理担当の子に早めに休憩を取ることを伝えると、エプロンを脱ぎミニのトートバックに財布とスマホだけ入れると、再び白石の元へ姿を現した。
「あれ?もう休憩貰えたん?」
「うん。うちのクラスめちゃくちゃ緩いんだよね」
去年はきっちりシフトが決められていたが、今年のクラスは割とみんなテキトーだ。
その場の空気に合わせて自由に休んだりしていたので、ゆめこが少しくらい早く休憩を取ろうが誰も咎める者はいなかった。
校舎の中は人が多いので、ゆめこは白石を一号館と二号館の間にある花壇広場へと連れ出した。
空いてるベンチを見つけ二人は並んで腰を下ろす。
周りのベンチにはちらほら人が座っていたり、移動中の人が横を通っていったりしているのでまったくの二人きりという訳でもなく、二人は久しぶりにも関わらずそれほど緊張せず会話を始めることができた。
最初は海原祭の話やテニスの話などで盛り上がっていたが、白石が「そういえば、毛利さんとはうまく行っとるん?」と切り出したところで、話題はその方向に流れていった。
「順調だよ」なんて言って笑顔を見せるゆめこに、白石の胸がざわざわと痛みを訴える。
白石はそれを振り払うように「ええなぁ」とわざと明るい口調で相槌を打った。
「毛利さんのどこが好きなん?」
「え〜、改まって聞かれると答えにくいなぁ」
「ええやん、教えてや」
「そうだねぇ。明くて、優しくて、テニスが上手で、あと真っ直ぐなところが好きかな。付き合う前からそうなんだけど、寿三郎さんは思ったことをストレートに伝えてくれる人だからすごく信頼できるよ」
渋っていた割には淀みなく出てくるな、と白石は思わず苦笑する。
「俺も褒めて欲しいわ」と冗談を言うとゆめこはあははと声を出して笑った。
しかしすぐに「白石くんはね〜」と話し出したので、
あ、乗ってくれるんや。
なんて思いつつも、白石はゆめこの話に耳を傾けた。
「優しくて気遣いが出来る人!」
「へぇ。ゆめこちゃんにはそう見えてるんや」
「うん。あっ、でもたまに心配にもなるよ。気遣い過ぎて疲れたりしてないかな?って」
ゆめこの言葉に、白石ははたと動きを止める。
自分で意識しているつもりはなかったが、過去に仲の良い友人にも同じことを言われたことがあった。
付合いが浅い人に悟られることは無いが、大介や謙也など、白石のことをよく見ている人間には彼のそんな一面は見抜かれているようだった。
それ以来、言われてみたらそうかもしれない。なんて思っていたが、目の前の少女が彼らと同じことを言って白石は少々面食らった。
「人の気持ちに敏感なのもそれはそれで大変だよね。
ほら、よくさメッセージで毒草の話とかしてくれたりしてたでしょ?私は面白いなぁって思って聞いてたけど、白石くんいつも最後に "長々とごめん" って謝っちゃうんだもん」
「あー、つまらん思われたかなって不安になんねん」
「それで離れちゃう人はそれまでだよ」
「ゆめこちゃんは離れていかへんの?」
「うん、普通に興味深い話だなって思うし。それに友達が好きなものは、私も好きになりたいもん」
そう言ってゆめこは屈託のない笑顔を白石に向けた。
その大輪の花のような笑顔を前に、白石は情けなくも「そっか」と小声で返事をするのが精一杯だった。
ああ、やっぱり俺はこの子のことが。と心の中で言いかけて、白石はごくりと唾を飲み込む。
それは彼が自分の気持ちに確信を抱いてしまった瞬間であった。
そもそも白石が時間の無い中わざわざゆめこの元へ立ち寄った理由は、自分の気持ちを確かめるためだった。
ゆめこに彼氏が出来たことを知り、約一ヶ月間あえて連絡を取らずにいたが、寂しいなとは思いつつも我慢できない訳でもなく、このまま距離を置いてしまおう。とすら思っていたのだが、いつもどこかもやもやとして気分が晴れなかった。
それならもういっそ、直接会って確かめてしまおう。と白石はゆめこに会いに来たのだった。
相手に彼氏が出来てから自分の気持ちに気付くなんて、間が悪いと言われてしまうかもしれないが、白石はどこかすっきりしていた。
ゆめこちゃんが好き。
認めてしまえば実に簡単なことだった。
「ゆめこちゃんに会えて良かったわ」
それは、出会ってくれてありがとう。そんな意味も込められた言葉だった。
白石の心情など知る由もないゆめこは「こちらこそ、わざわざ立ち寄ってくれてありがとうね」と素直にお礼を言った。
「ほな、時間やし行くわ」
白石はすくっと立ち上がってそうゆめこに声を掛けた。
その顔つきは来た時よりもずっと晴れ晴れとしている。
ゆめこもつられるように立ち上がると「うん、またね」と返事をし、手を振って白石を見送った。
そうして一人になったゆめこは膝の上に乗せていた小さなトートバックからスマホを取り出し時間を確認した。
休憩時間はまだ残っている。
せっかく二号館を出たので、このまま三年生がいる一号館へ行ってみようかな。とゆめこは思った。
毛利からの事前情報だと3年A組は執事喫茶をやると言っていたので、彼の執事姿が見たいと思っていたゆめこはいつ突撃しようかずっと機会を窺っていたのだ。
彼は朝着替えたタイミングでクラスメイトと一緒に撮った写真を送ってくれていたが、やはりどうしても生で毛利の執事姿が見たい。
今は学年問わず様々な生徒が行き交っているため、三年生の校舎を歩いていても目立たないだろう。
そう思ったゆめこは早速一号館へ向かって歩き出した。
3年A組の執事喫茶はドリンクメニューがメインで軽食も簡単なものしか出さないとのことで、自分たちの教室がブースとなっている。
A組は一階なので花壇広場からも近く、ゆめこはあっという間に毛利の教室の前までやってきた。
肝心の寿三郎さんがいなかったらどうしよう。なんて思いながらきょろきょろしていると、教室の入り口の前に周囲の人より頭一つ飛び出ている人物を見つけて、ゆめこはぱっと顔を明るくさせた。
良かった、いた!廊下にいるってことは休憩中なのかな?
そう思って嬉々として駆け寄るも、
「あっ・・・」
毛利の目の前には一人の女子生徒がいて、ゆめこは急ブレーキを踏むように慌てて足を止めた。
すらりと伸びた手足に緩やかなウェーブのかかった長い髪。
こちらに背を向けているので顔は見えないが、ゆめこはその後ろ姿から目が離せず足に根が生えたようにその場に呆けていた。
するとこちらに体を向けていた毛利がパッと顔を上げ、彼はすぐにゆめこの存在に気が付いた。
目を大きく開いて「ゆめこ」と毛利が口にすると、背を向けていた女子生徒も彼の視線を追うようにして振り返った。
黒目の大きいくりくりとした双眸がゆめこの姿を映す。
かわいい人。ゆめこは率直にそう思った。
同時に二人に目線を向けられ、戸惑ったゆめこは「あの、えっと」と口をもごもごさせた。
すると空気を読んだ女子生徒はもう一度毛利に向き直ると、
「じゃあ寿三郎、また後でね」
と言って彼に背を向けた。
どんどんこちらに近付いてくる。
そうして彼女はゆめこの横をスッと通り過ぎてどこかに行ってしまった。
呼び捨てにしているということはそれなりに親しい関係なのだろうか。
そんなことを考えながらぽかんと突っ立っていると「驚いたわ〜、どないしてん?」と毛利が駆け寄って来て、ゆめこはハッと我に返った。
毛利は少し焦ったような表情をしている。
突然来て迷惑だっただろうか?そう思ったゆめこは、
「あ、えと。今休憩中で寿三郎さんに会いに来たんですけどお忙しかったですか?」
と尋ねた。
毛利は食い気味で「全然!暇や!」と言うとぶんぶんと首を横に振った。
そんな彼のいつも通りの仕草にゆめこの表情も次第に和らいでいく。
「どうしても寿三郎さんの執事姿が見たくて来ちゃいました」
「で、どや?感想は?」
「めちゃくちゃかっこいいです」
「そないストレートに褒められたらさすがに照れるわ」
「ほんとのことですもん。ねねっ、寿三郎さん。一緒に写真撮りましょ」
そう言ってゆめこはスマホを取り出しインカメラにすると、それを毛利に預けた。
ゆめこが持つと背の高い毛利は屈まなければいけなくなるので、自撮りをする時は毛利がカメラ係をするということは二人の間で暗黙のルールになっていた。
しかも高い位置から撮ると顔も小さく見えるし盛れるので、ゆめこはそのアングルを気に入っていた。
毛利がシャッターボタンを押すと、カシャと音がして執事服姿の毛利と制服姿のゆめこが写真の中に収まった。
それから10分くらい二人はその場で立ち話をしていたが、ゆめこはふと時間が気になってスマホをちらりと見た。
ブースに戻らなければならない時間が迫ってきている。
もう少し話していたいとも思ったが、先程早めに休憩をもらってしまったので今回は時間通りに戻った方が良いだろう。
そう思ったゆめこは「私そろそろ戻りますね」と言った。
「もう行ってまうん?」
「はい。休憩終わっちゃいそうなので」
「じゃあ」と片手を上げ去っていこうとするゆめこを、毛利は「ちょ!ストップ!」と慌てて呼び止める。
「次はいつ休憩?俺は合わせられるし、一緒にまわろうや」
呼び止められたゆめこは誘ってもらえたと気が付くと「はいっ!」と嬉しそうに返事をした。
そして「教室戻って確認したらまた連絡しますね」と言い残すと、彼女は自分のクラスへと戻っていった。
(180531/由氣)→115
その人誰ですか?