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(今の声に出ていたかい?/柳・幸村)

『ゲームセット!以上の試合をもちまして、第2試合、5−0で立海大附属中学校の勝利とします』

勝利のアナウンスがコートに響く。5試合あったにも関わらず、時計を見ると試合開始から1時間も経っていなかった。1試合平均10分以内に収まったことになる。ゆめみは圧倒的な試合内容に驚きつつも、立海応援団に混じって拍手をしていた。

ゴールデンウィーク半ば、ここ神奈川第2市民公園では、中学テニス部の地区予選が行われていた。参加校は8校。我らが立海は第1シードなので、あと2回勝てば優勝だ。

早く終わったのだから、次の試合まで時間があるだろう。ゆめみは盛り上がっている立海の応援席を抜け出した。

テニスコートを通り抜けて、川が流れているところまで歩いた。川辺には、屋根付きのベンチがある。ゆめみはそこに座って、「ふー」っとため息をついた。今日は5月始めにも関わらず真夏日で、これから気温は30度を超えるらしい。空には雲1つなく、ジリジリとした太陽の光が、流れる水に反射してキラキラしていた。

(国光くん、怪我の具合大丈夫かなぁ?)

ゆめみは数日前に助けてもらった東京の少年のことを思い出していた。あの日は怖い思いをしたものの、父親と神奈川に帰って、次の日ゆめこと遊んだら、すっかり元気になっていた。
元気になったら、あの日の彼のことが気になって仕方がない。毎晩のように父親に彼のことで質問責めにした結果、ゆめみは彼が「手塚国光」という名前であること、テニス部に入っていること、東京の中学校に通う同い年であることなどの情報を手に入れた。

もう一度会うことが出来たのなら。今度はきちんとお礼を言いたい。きちんとお礼が言えたら、今度こそ彼の声が聞けるだろうか。前回会った時、結局一度も彼は言葉を発しなかった。
寡黙な人だなぁ、とゆめみは思い出して少し笑ってしまった。

「ゆめみ、ここにいたのか」

聞き慣れた声が聞こえて顔を上げると、柳が日傘を差して立っていた。ゆめみはその姿に、自分の幼馴染は2人とも日差しが苦手だったことを思い出す。「蓮二、ベスト4進出おめでとう」とゆめみが声をかけると、柳は「ありがとう」と差していた日傘を丁寧に畳み、ゆめみの隣に座る。

「今日は暑いな、この気温ではゆめこが行かなくてよかったと思っている確率は100%だな」

ゆめみはちょうど思い出していたもう1人の幼馴染の名前が出て、クスクスと可笑しそうに笑った。

「そんなことないよ、きっとカッコいい蓮二が見れなくて残念がってると思う・・・よ?」
「語尾がおかしいな」

毎年この時期はゆめこの花粉症のピークであり、ゆめこが外出出来ないことは、付き合いの長いゆめみと柳は十分に理解していた。ゆめみは本当はゆめこも応援に来たかったはず、と思ったが、同時にゆめこのめんどうくさがりやの部分も思い出し、自信が無くなってしまったのだ。

「柳、探したよ」
「おお、ゆめみも一緒だったか!」

本人不在の中、ゆめこのめんどうくさがりやさんエピソードで盛り上がったところに、幸村と真田が現れた。ゆめみが「ベスト4進出おめでとう」とにこやかに声をかけて、2人は口々に応援のお礼を言った。

「幸村とも話したのだが、やはり城成湘南の偵察に俺たちも同行させてもらおうと思ってな!」
「柳の読みでは第2シードの藤沢を破って上がってくるんだろ?念のためこの目で確かめておきたくてね」
「そうか、それは助かる、特に決勝で弦一郎と当たる選手は癖が強い、対策済みとはいえ見ておいた方がいいだろうと思っていた」

どうやら柳は偵察のためにチームと別行動をとっていたようだ。
すぐにでも偵察に行きたい幸村だったが、ゆめださんを1人残すのはどうなのだろう、行かないで、と思っていたりするのだろうか ?と一抹の不安が過ぎりゆめみの顔色を伺う。
しかし幸村の予想とは裏腹にゆめみは目を輝かせていた。

「3人とも本当にすごいと思う」

ゆめみは謙虚な気持ちを持ち続けるのは難しいはずなのに、あんなに圧勝した後ででも、きちんと偵察に行こうとする姿勢が素晴らしいとキラキラした瞳で言った。

「そうか、やはりわかってくれるか!」

真田とゆめみはガシッと握手を交わす。真田は「では、いざ偵察に行くぞゆめみ」とそのままゆめみを立ち上がらせて、先頭を歩き始めた。真田はゆめみに対して「我が立海大にはおごれも自惚れもない、それが王者というものだ!」などと話しており、ゆめみはそれをうんうんと楽しそうに聞いていた。
テニスコートに行くまでの間、先頭を真田とゆめみ、その後ろを幸村と柳が付いて行くという構図が出来上がっていた。
楽しそうに話す真田とゆめみを見て、幸村は不可解な表情をする。その隣では柳が面白いものを見るような顔をして幸村を見ていた。

「意外か?」
「あぁ、正直に言うとね」
「お互い素直なところが似ているというか、案外気が合うようだな」

ゆめみが真田の言葉に合わせて笑う。その表情は柳といる時のものとはまた違う感じがした。なんかショックだ、と幸村は思った。
俺はゆめださんの隣の席で、真田よりよっぽど接点があったはずなのに・・・一体2人はどこでそんなに仲良くなったのだろうか。

「お昼を供に食べる機会があってな」

言葉には出していないはずなのに、柳は質問に答えるようにそう言った。柳のエスパーに不慣れな幸村は少し戸惑いの表情を浮かべる。

「今の声に出ていたかい?」
「否、しかし精市が疑問に思う確率は、94.6%だったので、回答したまでだ」
「フフ、さすがだな」

なんだか心を見透かされているようで落ち着かないな、と幸村は思ったが、隣を歩くデータマンの表情は涼やかで何を考えているのか読み取れない。
幸村はもう一度視線を前に戻して真田とゆめみを見る。もう真田の『王者とは講義』は終わったようで、熱い語り合いはしていなかったが、歩きながら他の選手のプレイを見て、その解説をしているようだった。「ねね、蓮二あの選手って」とゆめみが柳に解説の補足を依頼し、3人で意見を交わしていた。その雰囲気は穏やかで、また嫉妬に似たもやっとした感情が渦を巻く。
思い出せばゆめださんはお昼休みはいつも教室にいなかったような。おそらく柳の教室で一緒に食べているのだろう。珍しくて海風館や食堂で昼食をとっていたけど。「俺も弁当にしようかな」幸村はそんな言葉を呟いていた。

城成湘南の試合は一番端のコートで行われていた。ちょうどシングルス2の試合中で、真田と対戦予定の選手が4ゲームを先取したところだった。スコアボードを見るとダブルス2つは僅差で落としていたものの、シングルス3は6−1で圧勝、シングルス2は4−0と来ているので、シングルス1の結果によっては、本当に第2シードの藤沢が負けそうだ。柳は立海の決勝の相手はこの城成湘南だと言っているので、シングルス1のプレイヤーも強いのだろう。
シングルス2のプレイヤーは巨体で浅黒のパワー型テニスをすると思いきや、変則的な動きで相手プレイヤーのミスを誘っている。

「ほう、確かに独特のリズムと言えよう」
「パワー勝負に持ち込まれるとこちらが不利だ、まぁ弦一郎なら特に問題は無いだろう」
「フフ真田は真っ向勝負に拘りすぎるところがあるからね」
「む、心する、しかしあのプレイスタイルを会得するのは普通の練習では出来まいな」
「それは新しいコーチの影響が大きい」

真田、柳、幸村が考察を述べているところに、コートのベンチから1人の女性が階段を登って来た。白衣を来て、長い髪を揺らしている。セクシーな印象で、30代半ばと言ったところか。幸村達の目の前まで来ると、眼鏡の奥の瞳で好意的に笑う。

「立海大附属の幸村精市くん、真田弦一郎くん、そして柳蓮二くんね」

名前を呼ばれた3人は、警戒心むき出しの表情で女性を見据える。「誰だ?」と真田が柳に聞いた。

「城成湘南学園中学校の新しいコーチ兼監督、華村葵、自らをコーディネーターと呼び、コーディネーション理論と呼ばれる育成法で生徒を指導しているそうだ」

華村と呼ばれた女性は、嬉しそうにうふふと笑うと、更に一歩近づいた。

「光栄だわ柳蓮二くん、あなた達にはずっと注目していたのよ、きっと素晴らしい素材になれる、どう?今からでもうちに来ない?」

華村の誘いに、3人は口々に断りの言葉を述べた。華村は笑みを浮かべたまま「そう残念だわ」と言うと、柳の後ろに隠れていたゆめみに気が付いたようで、ゆめみと目線を合わせた。

「あらあら、可愛らしいお嬢さん、あなたも一緒にどう?うちに来ればお友達はもっといいプレイヤーになれる」
「「「お断りします」」」

ゆめみが答えるより先に、幸村、真田、柳の3人がきっぱりと断った。柳はゆめみを更に後ろに隠す。それを見た華村はクスクスと笑った。

「可愛いわね、3人ともお姫様を守るナイトって訳ね、今年は時間が無くて難しいけれど、来年再来年ならばあなた達の学校と競えるいいチームになる、その時また考えてくれればいいわ」

最後に華村はわざと柳の後ろに回り込んでゆめみともう一度目を合わせる。「あなたもね、可愛いお嬢さん」ゆめみはちょっと顔を赤らめて「はい」と言った。華村は満足気に笑うと、またベンチコーチへと戻っていった。

「綺麗な人だったなぁ」

そんな風に呟くゆめみに、真田は不安になり、「ゆめみが転校する可能性はあるのだろうか?」と柳に聞いた。柳は少し考えた後「ゆめのゆめこが立海にいる限り転校は無いな」と言い切った。「ゆめのとは誰だ?」と首をかしげる真田。

唐突に真田と柳がコソコソ話をし出したため、ゆめみと幸村が残される形となる。
幸村はドキドキ、と自分の心臓の音が聞こえる気がした。何か話したい、話さなければ、そう思うが、何を話したらいいのか分からない。聞きたいことがたくさんあったはずなのに、今この場でかける言葉が見つからない。

「ゆめださん」

その後の言葉は決まっていなかったが、幸村は名前を呼んだ。ゆめみはコートから目を離し、幸村の瞳を覗き込む。

「幸村くん?」

とその時「幸村、柳!」と2人を呼ぶ声がして、立海の先輩が走って来るのが見えた。どうやら先ほどの試合で怪我をした選手が悪化したらしく、オーダー変更が必要になってしまったらしい。

「俺たちは先に戻るが弦一郎とゆめみはどうする?」
「俺はもう少し観ていくとしよう」
「私も最後まで観てから戻るね」

柳の問いに残ると答えたゆめみ。柳は本心では一緒に立海ベンチまで連れて戻りたかったが、仕方がない。

「では、弦一郎、ゆめみのことを頼めるか?」
「うむ任された!ゆめみには羽虫1匹近づけさせん!」

ゆめみは真田の大げさな返答に少し笑う。柳と幸村が名残惜しそうに立海ベンチへ戻っていった。ゆめみは幸村の後ろ姿が見えなくなるまで見つめいた。
(また幸村くんと話せなかったな)
なんだか残念に思っている自分に気づく。

「やぁ、真田くん、キミも敵情視察かな?」

ゆめみがコートの方に視線を戻すと、真田の隣に大人の男性が立っていた。スーツ姿で、肩には大きな鞄とカメラをかけている。ゆめみと目が合うと、にっこりと微笑みかけた。

「『月刊プロテニス』の井上です、学生テニスに力を入れていてね、真田くんにはJr.の頃から取材させてもらってたんだ、怪しい人じゃありませんよ!」
「わぁ、月刊プロテニス読んだことあります、初心者向けのコーナーがわかりやすくて勉強になりました」
「本当かい?嬉しいなぁ」

ゆめみは柳の部屋に置いてあったのを思い出した。井上は眉尻を下げてデレデレと嬉しそうに笑う。それを見た真田は「何か聞きたいことでも?」と話を進めた。井上と真田が話し始めたのを見て、ゆめみはまた進行中の試合へと視線を戻す。さっき迷わず残ると言ったのは、戻ってもすることが無かったという理由だけでなく、純粋に試合の行方が気になったのだ。蓮二の応援のためにいつも来ていたけど、いつのまにかテニスの試合鑑賞自体が好きになっていたようだ。

「手塚がオーダーに入っていないだと!?」

しかし、数分もしないうちにゆめみは再び視線を真田達に向けることとなった。耳に入ってきた名前にゆめみは聞き間違いかと目をパチパチさせる。

「ああ、僕も初めは耳を疑ったんだけど」
「手塚はJr.チャンピオンですよ!
悔しいが、今の俺たちとやりあえるのはあやつしかおらん!まぁ捻り潰してやりますがね!」

聞き間違いじゃない。ゆめみは思わず真田の肩にしがみついた。真田は少し顔が赤くなる。

「手塚って、手塚国光くんのこと!?」

いつも穏やかなゆめみの狼狽ぶりに、真田は驚きつつも、手塚が今季の大会にエントリーされていないことを告げた。それを聞いたゆめみは一瞬大きく目を見開いて。真田はその大きな瞳に涙がいっぱい溜まっていくのを見た。

(私のせいだ・・・)
ゆめみは手塚が自分を助けた時の怪我のせいで試合に出れないのだと思い込み、ショックを受けていた。

そうとは知らない真田と井上の目にはゆめみが手塚を心から心配しているように映っていた。2人が気遣う表情をしていることに気づき、ゆめみは自分の溜まった涙を拭って「ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって」と笑った。
空気を読んだ井上が「いやでも、手塚くんも罪な男だねー、他校の可愛い女の子にこんなに想ってもらえるなんて」と茶化した。ゆめみは笑っていたが、どこか元気が無さそうで。真田は生まれて初めて感じた胸の痛みに顔を歪めた。



(180325/小牧)→12

三強を引き連れて歩いてみたい。




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