012
(俺たちは大人になる/柳)
「ねぇねぇ、蓮二どうかな?似合う?」
ゆめみは柳の小学生の頃に着ていたテニスウェアを着て、テニスコートに立っていた。小学生の頃のものとは言え、昔から背の高かった柳のウェアはゆめみには少し大きく、ダボッとしている。下にハーフパンツを履いているものの、見る角度によっては丈の短いワンピースのように見えた。それが少し恥ずかしいのか、「少し大きいみたい」とゆめみは顔を赤らめた。
柳は少しの間ゆめみをじっと見つめていたが、少しすると、不自然に目線を外した。
可愛すぎる・・・!!
柳はゆめみがまるで自分の所有物になったかのような錯覚を覚えて、グッとくるのだった。
ゆめみはそんな柳に首を傾げた。
6月の第1日曜日は柳の誕生日で、夕方から柳の家で誕生会が催されることになっていた。毎年恒例ではあるが、ゆめみとゆめこも柳家の誕生会に招待されていて、ちょうど柳の部活が休みだったので、午前中から集まって遊ぶ約束をしていた。
ゆめみが柳に「何かしたいことある?」と聞くと、「一緒にテニスをして欲しい」という回答が返ってきたので、こうして2人は、海の近くのテニスコートにやってきたという訳だ。
「ゆめこも来れたらよかったのにね」
ゆめみには当日行けなくなったとゆめこから連絡があったが、実は最初からゆめこは誕生会からの参加と決まっていた。
柳は「これが私からの誕プレだぞ、ありがたく受け取れ」とゆめこが笑って言ってくれたことを思い出して、心の中で感謝した。ゆめこの計らいで、こうしてゆめみと2人きりのデートが実現したのだ。
「蓮二?どうしたの?」
ゆめみがズイっと顔を近づけて来て、柳は不意を突かれて少し下がる。「なんか、さっきからぼーっとしてない?」とゆめみは不思議そうな顔して、柳はまた自分がゆめみに見惚れていたことに気がついた。
「問題ない・・・始める前に髪を結ばないとな」
「はーい」
ゆめみは柳の前に座り込んだ。柳は慣れた手つきでクシを扱い、ゆめみの髪をとかす。さらさらの髪が柳の指から束になって落ちる。それを器用に捕まえて、ポニーテールにした。ゆめみは綺麗に結ばれているのを確認すると「ありがとう」と笑って、くるりと振り返った。
「蓮二も後ろを向いて」
「何をするつもりだ?」
「えへへ」
ゆめみ座ったまま柳に後ろを向かせると、そっと柳の髪に触れる。「蓮二の髪さらさらだね」と言いながら、おかっぱ頭を上手にまとめて小さく結んだ。
「いいでしょ、私とお揃いだよ」
「・・・ありがとう」
柳は照れ臭そうだったが、嫌そうでは無かった。ゆめみは立ち上がって、真新しいラケットを上から掴むように持って立ち上がる。
ボールやウェアは柳から借りたものだが、ラケットだけは女性用のものを柳に選んでもらって購入したものだった。
真っ白いデザインでとても可愛く、また軽くて振りやすいのでゆめみはこのラケットがとても気に入っていた。
柳もラケットバッグから、ラケットを取り出した。
「ゆめみ、覚悟はいいか?」
「蓮二こそ、覚悟出来てる?私運動音痴だよ?」
今日初めてテニスをするゆめみは、強気でニッと笑った。柳はくくくと笑って「知ってるに決まっているだろう」と言った。
ゆめみの初めてのテニスは驚くくらいにスムーズだった。2時間くらいすると、少しラリーが続くようにまでなっていた。ゆめみの飲み込みが早いと言うよりは柳の的確なアドバイスのおかげだった。ラリーになれば1番打ちやすい打球を打ちやすい場所に返してもらえるため、ゆめみは初心者ながらもテニスを楽しむことが出来た。簡単なラリーを続けながら、ゆめみはにっこりと微笑んだ。
「蓮二」
「どうした?」
「テニスって楽しいね」
「ふ、そうだろう」
柳は満足げに笑った。
時計を見ると、12時半を過ぎていて、2人は近くの木の影にレジャーシートを引いてお弁当を食べることにした。ここのコートは1面しか無く、終日柳が予約していたため、他に人はいなかった。柳はゆめみが握ったおにぎりを食べながら「相変わらず美味しいな」と言った。ゆめみは素直に嬉しそうに笑う。今朝は母親が仕事だったため、手伝ってもらうことが出来ずに、おかずも簡単なものだけだった。それでも美味しい美味しいと食べる柳に、「蓮二のこういう所がとても好きだな」と思った。
優しくて、頭が良くて、カッコよくて、テニスも上手い。ゆめみは目の前の幼馴染は完璧人間だな、と改めて思う。
完璧な蓮二が、なんで私なんかとテニスをしたいって思ったのかな?
ゆめみの頭に疑問が過ぎる。
柳ははっきり言ってテニスの天才だ。ゆめみが出会った小5の頃からすでに誰よりも強かった。そんな柳がどうしてへたっぴな自分なんかとテニスをしようと思ったのか、気になって仕方がなかった。
お弁当を食べ終わり、満腹になった後。
ゆめみと柳はレジャーシートにどちらからともなく横になった。空は青く、春らしい雲が綺麗に空を飾っていた。そよそよと気持ちのいい風が吹き、遠くには海も見える。
ゆめみと柳は完全にリラックスして、ゆっくりとした時間を過ごしていた。
「蓮二はどうして私とテニスをしたいと思ったの?」
ゆめみはさっきの疑問をぶつけてみることにした。寝転がった2人の頭はすぐ側にあったため、お互いがお互いを見たことによって、顔が触れそうに近かった。
柳はすこし戸惑いの色を見せた。しかしゆめみがまっすぐに柳を見つめていると、遠慮がちに話し始めた。
「夢があったんだ」
そんな話ぶりは珍しく、ゆめみは意外に思う。
「夢?立海三連覇じゃなくて?」
「それは目標だな、そういうのではなくて・・・叶わない願いといった方が近いな」
叶わない願い、なんて。その言葉に、ゆめみほもっと意外そうな顔をする。
「蓮二に叶えられないことなんてあったんだ」と言うゆめみに、「たくさんあるさ」と柳は少し笑った。
そして「笑わないで聞いてくれるか?」と頭出しした後、柳は口を開いた。
「いつかゆめみとダブルスを組んでみたいと思っていた」
「私と蓮二が?」
「ああ、ミクスドダブルスと言う」
柳はとても楽しそうに話し出した。「ダブルスは楽しい」から始まり、「同じ方向を見て一体になれる」、「勝利をするたびにゆめみにも同じ気持ちを知ってもらいたいと思っていた」と次々にゆめみにポディティブな説明をした。
ゆめみは柳の生き生きとした表情を見ながら、ゆめみは柳がどうして『夢』と言ったのか、『叶わない願い』だと言ったのかがさっぱりわからなかった。
柳がそこまで言うのなら、今は難しいけど、それこそいつか、一緒にテニスをすればいいのではないか。家は隣同士だし、おそらく高校も大学も一緒だし、働き出してからだって、本当にたくさんチャンスはあるはずなのに。
始めから叶わない、と諦めているような口ぶりに、ゆめみの心はざわざわするのだった。
その時柳は、至近距離からゆめみを見ていた。真珠のような白い肌に、大きな瞳。自分を魅了して離さない。今はまだ少女の幼さを残しているが、あと数年もすれば知識と教養を身につけて、誰もが振り向く美しい女性に成長するだろう。
その時、隣にいるのはおそらく・・・俺ではない。
柳はそこまで考えて、話の途中でそれ以上話すのをやめた。否、話せなくなったのだ。
ゆめみとこうして過ごせる機会はあと何回あるのだろう。柳は得意の確率をはじき出そうとして、思考を止めた。
ゆめみがとても悲しそうな顔をしていることに気付いたからだった。どうした?と聞こうとしたが、俺は既にその答えを知っていた。
「蓮二、どうしてそんな寂しいことを言うの?」
ゆめみが考えた通りのことを聞いてくる。はぐらかそうとして、やめた。いつか必ず通る道だ。柳はすっと起き上がって座り直した。ゆめみも同じように起き上がる。
「ずっとこのままという訳にはいかない」
「ずっと仲良しではいられないの?」
「俺たちは大人になる」
「大人になると、一緒にテニスも出来ないの?」
意味がわからないよ、とさらに困惑するゆめみの頭を柳はそっと撫でた。
「ゆめみは恋をするだろう」
柳の言葉がその場に響いた。その声は淡々としていたのに、どこか寂しそうな響きがした。ゆめみは何も言えなくて、柳を見つめる。
「恋人が出来れば男である俺と過ごすことは難しくなる」
柳はこれ以上ゆめみを見続ける勇気が無かった。サッと立ち上がって、ゆめみに背を向けて海を眺める。
「だからこれは叶わない願いでいい」
「いやだ」
なんとか涙を押さえて、カッコつけて最後まで言い切ったのに、すぐに聞こえてきたゆめみの声に、柳は雰囲気が台無しになったことを察知した。
ゆっくり振り返ると、ゆめみは珍しく唇を尖らせて怒った顔をしていた。
「私大人になんてなりたくない」
今日は柳の誕生日だと言うのに。一体この知的な幼馴染は何を言い出すのか。大人になる?恋をする?恋人ができる?
2ヶ月前に中学生になったばかりのゆめみにはどれも遠い言葉のように思えた。
「ゆめみ、あのな」
「私恋なんかしない」
柳は荒ぶるゆめみを落ち着かせようとしたが、ゆめみはぶんぶんと首を横に振った。
恋とかどうでもいいとゆめみは思った。そんなことよりも、今奪われようとしている親友のことの方がずっと大切だった。
「ゆめみ」
柳はやっとゆめみの顔を覗き込んだ。ゆめみの目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「そしたら、ずっと蓮二と一緒にいられるの?」
弱々しい声でそう言うゆめみに、柳は意識が遠のくのを感じた。思わず力いっぱい抱きしめる。
「ではこうしよう」
柳は自分でも自分が何を言い出すのか予測出来なかった。
「結婚しよう」
柳は自分が発した言葉を聞いた瞬間、世界が時間を止めればいいのに、と思った。
俺は何を言ってしまったんだ。自分の気持ちなど、絶対に言うつもりは無かったのに。
一緒にいたいと涙するゆめみが可愛すぎて、この俺としたことが判断を間違ってしまった。
柳は全てがスローモーションに見えた。本当に時間が止まるのか、とも思ったが、もちろんそんな非現実的なことは起こらない。
一瞬で柳の頭を過ぎった最悪な予測とは裏腹に、ゆめみは顔を上げて、目を輝かせていた。とても無邪気に。
「うんっ、じゃあ私たちおじいちゃんおばあちゃんになってもお互い独り身だったら結婚しようね」
よくわからない解釈をしていた。
しかし、ゆめみの天然さに救われた柳は、へなへなとその場に座り込んだ。
ゆめみはぐいっと小指を柳に近づける。
「約束だよ」
「ああ、約束しよう」
2人は指切りげんまんを交わした。
ご機嫌になったゆめみを見て、柳は仕方がないな、と小さくため息をつく。
未来は俺にも予測不能だ。いっそのこと、そんな未来が本当に来ればいい。
(180326/小牧)→14
幼い日の思い出。