117
(誰かにキスでもされたん?/種ヶ島)

海原祭から1週間の時が経った。
土曜日、今日は9月最後の週末だ。
時刻は10時を過ぎているというのに、ゆめこはいまだベッドの中で体を丸めていた。
眠っている訳ではない。
15分程前に彼女は既に深い眠りから目覚めていたが、枕元に置いていたスマホの画面をちらりと見ると逃げ込むように布団を被ったのだ。

画面には "新着メッセージあり" の文字が記されている。
開かずとも相手が毛利だということは分かっていたので、ゆめこがそのメッセージを開くことはなかった。

後夜祭のあと、その日は一日中電源を切って過ごし次の日電源を入れたらメッセージ欄がえげつないことになっていた。

「ゆめこ、話を聞いて欲しい」
「電話出てくれへん?」
「なぁ、お願いやから」
「会いたい」

大体そんな感じの内容だった。
今のところ毎日メッセージが届いていて、これいつまで続くんだろうなぁ。なんてどこか他人事のように考えながら、ゆめこは今日まで一度も返事をしていなかった。

3日目くらいにさすがに心が痛み返信しようと思ったのだが、それはゆめみと柳によって止められた。

海原祭以来、抜け殻のようにぼーっとしている時間が増えたゆめこを見て、二人はすぐに異変に気付いたのだ。
しかもそれまでは毛利と毎日のように一緒に帰ったりデートをしていたのに、それがぴたりと無くなったので、間違いなく毛利絡みだな。と二人は確信していた。
当初誰にも話すつもりは無かったゆめこも、

「毛利先輩と何かあったのか?」
「ゆめこ、私達に話してみて」

なんて優しく声を掛けられ、後夜祭でのあの一件を涙ながらに話したのである。
それを聞いた二人は親友を傷つけられた、と烈火のごとく怒り、いつも冷静なあの柳が「今すぐ別れた方がいい」と極端な助言をする程で、ゆめみもそれに賛同していた。

「でももしかしたら何か事情があったのかもしれないし・・・私に原因があるのかも」

なんて言うゆめこを、二人は「甘い!」と一刀両断した。
ゆめこに比べ二人は清廉潔白な性格をしている方なので、今回の毛利の不祥事は特に許せなかったようだ。
自分のことのように怒ってくれる二人に「ありがとう」と返したゆめこだったが、その心の内は実に複雑であった。

私も仁王くんとキスしちゃったんだよね。

とてもじゃないが、言える雰囲気ではなかった。
毛利の連絡に応じないのも、ただ単に怒っているとか、悲しんでいるとか、それだけじゃないことにゆめこ自身も気付いていた。
後ろめたい。
その気持ちもあってゆめこは毛利を避けていたのだ。

「はぁ」

と盛大なため息を吐き、ゆめこはのそりと起き上がる。
いくら休日とはいえそろそろ起きないと、いい加減母親に小言を言われかねない。
ワイドショーでも観ながらブランチを食べて今日は何も考えずゆっくり過ごそう。
ゆめこはそう心に決めて、パジャマのまま部屋を出た。

スマホは充電器に差し込んで枕元に放置したままだ。
これでメッセージが届いても、電話が鳴っても、いちいち心を痛めなくて済む。
電源を切っておけばいいだけの話なのだが、そうすると他の人とも連絡が取れなくなるのでそれは出来なかった。
かと言って毛利だけ着信拒否に設定するのも気が引ける。

さすがに家まで訪ねて来ることはないだろうし、スマホさえ見なければ本当にいつも通りの日常と何ら変わりない。
いつまでもこんなこと続けていられないな。と思いつつも毛利と向き合う勇気は今はまだ無かった。
仁王くんとのこともあるし、これからどうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えながら本日二度目のため息を吐き出し、ゆめこはリビングのドアをガチャリと開けた。

「ゆめこ!おはよう」
「お〜。ゆめこちゃん、久しぶりやな。お邪魔してんで」
「・・・」

目の前に広がる光景にゆめこはぴたりと動きを止める。
そしてすぐにバタンとドアを閉めた。

え?え・・・?何今の。幻覚?

そう思ってドアの前で立ち尽くしていると、再びドアが開き「ゆめこ!」と名前を呼ばれて中へと連れ込まれた。
自分の腕をぐいぐい引っ張る人物を見上げ、ゆめこは「お、お兄ちゃん。なんでいるの・・・?」と目を丸くした。
"お兄ちゃん" ゆめこがそう呼ぶように、リビングにいたのは紛れもなく彼女の兄である拓哉だった。
「今日はオフだからな。後輩が家に来たいって言うんで連れてきたんだ」嬉々としてそう話す兄の言葉に、ゆめこはハッとしてもう一人の人物に目を向ける。
ゆめこと目が合うと、青年は無言でにこりと微笑んだ。

「修二さん」

ゆめこは彼と一度だけ会ったことがあった。
あれは3ヶ月程前のことだったか、兄の雑誌の撮影に付き添った時のことだ。
まさかまた会うことになるとは。
予想外の客人にゆめこはぺこりと会釈をする。
しかしすぐに思い出したように自分の格好を確認した。

やばっ、私パジャマだ。

そう気付いたゆめこは兄の手を振り払うと、「き、着替えてくる!」と言ってぱたぱたとリビングを出て行った。
それをでれでれとした表情で見送っていた拓哉だったが、ふと気付いたように

「あれ?修二、お前なんでゆめこのこと知ってんだ?」

と首を傾げた。
種ヶ島は「あー」と言って少し考える素振りをすると、パッと笑顔を咲かせて口を開いた。

「この前スタジオに来てたやないですか?そん時挨拶させてもろたんです。ゆめこちゃん、拓哉さんのことすごく聞きたそうにしてて」

後半は真っ赤な嘘だが、これが彼の機嫌を損ねない唯一の理由だ。
そう思った種ヶ島は咄嗟にそう答えた。
普段の彼なら「俺の目を盗んでゆめこに話しかけるとは!」と憤慨していたところだが、種ヶ島の嘘を真に受けた拓哉は案の定「そうだったのか!」と上機嫌になった。
そんな彼を見て、種ヶ島は人知れずほっと息を吐いた。

それから程なくして、着替えを済ませたゆめこが戻ってきた。
着替えと言っても彼女は今日出掛ける予定はないので、ビックシルエットのミニのパーカーワンピースというあくまでラフな格好だ。
ついでに顔も洗ってきたのか、おでこを出すように前髪をピンで止めていて、高い位置にゆるいお団子を作っている。
ダボっとした袖先からは華奢な彼女の指先がちょこんと出ていて、それを見た種ヶ島は心の中でかわいいな、と思ったが、すぐに拓哉が「かわっ・・・!」と感極まったように口元を手で押さえていて、うっかり同じことを考えてしまった自分に苦笑を浮かべた。
リビングに入ってきたゆめこは軽く辺りを見渡している。

「あれ?ママは?」

そう尋ねた彼女は、どうやら先程から一度も姿を見ていない母親を探しているようだった。
「母さんなら出掛けてるぞ」という兄の一言に、ゆめこはくるりと振り返った。

そういえば土曜日はママ友と東京のホテルで優雅にアフタヌーンティーをしてくるとか言ってたっけ?
そのことを思い出したゆめこは「そっか」とだけ言って、拓哉と種ヶ島から少し離れてソファに座った。
しかし彼らが何かアルバムのようなものを開いていることに気付き、ゆめこはそーっとそれを覗き込んだが、その中身を見た瞬間彼女は「えっ!」と大声を上げた。

「ちょ、ちょ、何見てるの?!」
「何ってアルバムだ」
「それ全部私じゃん!」
「俺が作ったゆめこメモリアルだからな。生まれた時から今日までのゆめこを成長順に全てまとめてある」

決め顔でそんなことを言う拓哉にゆめこは「うわ・・・」とドン引きした。
しかしすぐに、それどころじゃない!と気付いてアルバムを奪い取った。
百歩、いや千歩譲って拓哉が一人で楽しむのは良いとして、それを他人にまで見せられるのは恥ずかしいことこの上ない。

「何も修二さんにまで見せることないでしょ!」

とゆめこは奪ったアルバムを抱き締めぷりぷりと怒りだした。
拓哉としてはゆめこの可愛さを誰かに自慢したくてやったことなのだが、年頃の乙女にはもはやバツゲームでしかない。
しかも拓哉の隣では「ええもん見せてもろたわ〜」と種ヶ島がにやにやしていてさらにゆめこの羞恥心は煽られた。

抱きかかえていたアルバムをゆっくり離し、目を通してみる。
中には号泣してる写真や、幼稚園のお遊戯会で演じた妖精の格好の写真もあったりして、ゆめこはバタンッと勢いよくアルバムを閉じると「信じらんないっ!」と兄を睨んだ。
完全にゆめこの機嫌を損ねてしまったと気付いた拓哉は、おろおろして彼女を宥めている。
その光景を種ヶ島は「おもろいわぁ」と言って見ていた。

「なぁ、頼むから機嫌直してくれよ」
「無理。お兄ちゃんなんて大嫌い」
「だ、だいきら・・・!」

つーんとそっぽを向いてしまったゆめこに、拓哉は顔面蒼白になっている。
必死に話し掛け機嫌取りをし始めた拓哉が、最後の手段と言わんばかりに「何でも好きなもの買ってやるから!」と言うと、ゆめこはちらりと横目で彼を見た。
「何でも?」と食いつくゆめこに、拓哉は「ああ!何でも!」と意気込んで返事をする。

「ケーキ食べたい。ラ・プラージュのやつ」
「分かった待ってろすぐ買ってくる」

ゆめこのリクエストを聞くや否や、拓哉は光の速さでリビングを出て行った。
そのフットワークの軽さに、先程まで面白がって見ていた種ヶ島も「まじか」といった感じで目を丸くした。

ゆめこは拓哉が出て行ったことを確認すると「もう」と愚痴を溢しながら散らばったアルバムを整理し始めた。
彼女が兄の手から奪い取ったものの他にもテーブルの上には数冊アルバムが置いてあったのだ。
あの人どんだけ作ったの。とゆめこは呆れている。

そんなゆめこに協力するように、種ヶ島は自分の目の前にあったアルバムを彼女に差し出した。
ぴたりとゆめこの動きが止まる。
しかしすぐに「ありがとうございます」と言うとゆめこはそれを受け取った。
先程は拓哉を咎めることにいっぱいいっぱいになっていて、種ヶ島が残っていることを忘れかけていたのだ。
ケーキを買ってこいと命じたのは自分だが、こうしてよく知らない人と家に二人きりにされるのはなんとも気まずい。
ゆめこはそわそわと落ち着かない様子で種ヶ島を見た。

「ん?どないしてん」
「あ、いや・・・えっと。なんかすみませんでした。お騒がせしてしまいまして」

そう言ってぺこりと頭を下げるゆめこに、種ヶ島は「おもろかったからええわ」と喉をくつくつ鳴らして笑った。
しかしすぐにしーんと沈黙が流れ、ゆめこは「テレビでもつけましょうか?」と言ってリモコンを手に取りテレビの電源を入れた。
ちょうど休日のワイドショーの時間で、がやがやとした声がテレビから流れる。
ゆめこはすぐにアルバムの整理を再開させたが、ちょうど "実録!不倫妻の実態" という特集が始まってゆめこはパッと顔を上げた。

「旦那がいるのに他の男性と関係を持ってしまいまして」

モザイクをかけられた女性が、カメラの前で赤裸々に告白をしている。
普段なら「しょうもな」くらいのテンションで流し見できるような内容だったが、今のゆめこには実に興味深い内容だった。
彼氏がいるのに他の人とキスをしてしまった。
その事実を思い出してしまい、ゆめこの胸はざわついた。

もちろん毛利が他の女性とキスしていたことはショックだったし今もずっと気掛かりだが、正直それよりもゆめこの頭を占めているのは仁王との事だった。
親友だと思っていた彼とキスをしてしまった。
それはゆめこの心を揺さぶるには十分過ぎることで。

どうして仁王くんは私にキスをしたんだろう。からかっただけ?
それとも、何か特別な思いがあったの?

この一週間、ゆめこはずっとそんなことを考えていた。
長い間近くにいたのに、今更になって仁王のことが分からなくなった。

「随分熱心に見とるやん」

その時、種ヶ島に声を掛けられゆめこはハッとして彼を見た。
観てたのは最初の方だけだったが、考え事をしている間ずっと目線はテレビに向けたままだったので、種ヶ島はゆめこがテレビに夢中になっていると思ったのだ。
「そんなことないですよ」とゆめこはすぐに返事をしたが、その表情は曇っている。
浮かない顔でまたアルバムを揃え出したゆめこに違和感を覚えた種ヶ島は、「よいしょ」と言ってゆめこに近付いた。
1メートルくらい離れて座っていた彼が急に真隣まで距離を詰めてきて、ゆめこは警戒するようにわずかに体を縮めた。
しかし種ヶ島はそんなゆめこの怪訝な視線を受け流すと、

「何でも相談乗るで」

と明るい顔で口を開いた。
ゆめこの態度を見て、何か悩み事を抱えているのかも?と彼は思ったのだ。
彼の意図を理解したゆめこは「・・・私そんなに分かりやすいですか?」と苦い顔をした。
たった数分一緒にいただけで勘付かれてしまうとは。
実際は種ヶ島が人より洞察力に優れているというだけなのだが、ゆめこはそれを知らない。
「顔に書いてあったわ」なんて言われゆめこは思わず沈黙した。

気付かれてしまったからには相談すべき?
でもよく知らない人に話すのも気が引けるし。
なんてゆめこはしばらく心の中で葛藤していたが、「心配せんでも拓哉さんには言わへんよ」と種ヶ島が悪戯っ子のような顔で言うので、彼女の気持ちは話す方に傾いた。

以前雑誌のモデル紹介のページで、彼が今高校二年生だということを知った。
成人なら3歳差など大した差でもないが、中学生のゆめこには彼がとても大人に見えた。
ここはおもいきって年上の意見を聞いてみよう。と、ゆめこは意を決して口を開いた。

「キスって、好きな人とするものですよね?」
「誰かにキスでもされたん?」

すかさず聞き返され、ゆめこはうっと言葉に詰まる。
種ヶ島は茶化すような表情ではなく、至って真顔だった。
ゆめこは首を縦にも横にも振ること無く、「修二さんは、好きでもない人とキスしたりします?」と続けた。

種ヶ島は目をぱちくりさせた後、うーんと右手で顎の辺りを触りながら「せぇへんけど・・・」と視線を宙に彷徨わせた。
何か考えてくれているのだろうか。と、ゆめこはソファの上に正座をして体ごと種ヶ島に向き直るとじっと彼の言葉を待った。
そんなゆめこの視線に気付いた種ヶ島はちらりと横に目線を動かした。
疑いを知らない澄んだ瞳が自分を映している。
その健気な態度が絶妙にいじらしく胸が高鳴った。
種ヶ島はにやりと口角を上げ「でも」と続けると、

「ゆめこちゃんの唇は柔らかそやから、試したなるわ」

と言って、すぐ目の前にあるゆめこの唇をツーっと人差し指でなぞった。
あまりにも純粋な瞳をしている彼女がどんな反応を見せてくれるのか。少し困った顔が見てみたいと悪戯心が芽生えたのだ。

しかしゆめこは上体を後ろへ傾けると「あ、いや、そういうのいいですから」とぴしゃりと言った。
見た目だけの判断だがゆめこは種ヶ島のことをちょっとチャラそうな人だな、さてはパリピだな。くらいに思っていたので、彼のこういう行動は想定の範囲内だったようだ。
思った反応が見られなくて、少し残念だなと種ヶ島は思う。
しかしすぐにゆめこの顔が曇ったのを見て、彼女が思っている以上に真剣に悩んでることを察した種ヶ島はゴホンと気を取り直すように咳ばらいをした。

「まぁゆめこちゃんが誰にキスされたか知らんけど、そいつ好きでもない相手にキスするような奴なん?」
「いや、そういう人じゃないと思います」
「ほならゆめこちゃんのこと好きなんとちゃう?」
「でもずっと友達・・・親友だったんですよ」
「うーん。案外向こうはそう思てないかもしれへんで」

種ヶ島の意見にゆめこは「そんなこと、」と反論しかけたが、すぐに口を噤んだ。

『俺とゆめのは親友ぜよ』

仁王は口ではそう言っていたが、本当のところはどう思っていたんだろう。
ゆめこは急に不安になった。

「本人に聞くのが一番ええんちゃう?」
「それができたら悩んでませんよ」
「そらそやな」

もっともなゆめこの言い分に、種ヶ島はフッと息を抜くように笑う。
後夜祭以降、仁王とは学校や家の前で何度か顔を合わせていたゆめこだったが、彼があまりにも普段通りに接してくるので、いつもその雰囲気に流されてしまい聞くタイミングを見失っていたのだ。
「せやけど、時間が経ったら余計聞きにくくならへん?」と付け足す種ヶ島に、ゆめこは「なります」と即答した。

そうしてしばらく俯いたまま「はぁ」と溜息を溢していたゆめこだったが、「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」と切り出して種ヶ島を見上げた。
彼がこくんと首を縦に振ったことを確認してゆめこは口を開く。

「修二さんって彼女いますか?」
「今はおらへんよ」
「えっ!」
「なんやそのリアクション」

いますか?という聞き方はしたものの、十中八九いると思って質問したことだったので、ゆめこはその意外な返答に驚いた。
しかし"今は"というくらいなので、彼女がいた期間も普通にあるのだろう。
「そないに驚くことか?」とじっとりとした目を向けてくる種ヶ島に、ゆめこはえへへと苦笑を浮かべると、「じゃあもし彼女がいたとして」と続けた。

「その人が他の男性とキスしてるところを目撃してしまいました。さてあなたならどうする?」
「心理テストみたいな聞き方やな」

ゆめこの口調に、種ヶ島はけらけらと笑う。
しかしすぐに、「せやなぁ」と話し出した。

「それも本人に聞くな」
「真実を知るのこわくないですか?」
「せやかてそのままずるずる付き合い続ける訳にはいかへんやろ」

確かに。
そう思ったゆめこは思わず沈黙する。
今まさにずるずる状態なゆめこはぐさりと胸に矢が刺さった気がした。
「そう、ですよね・・・」と力なく返事をして、ゆめこは近くにあったクッションを抱き締める。
このまま毛利からの連絡を無視し続けても現状は何も変わらない。
種ヶ島の意見を聞いたゆめこは、改めてそのことを思い知らされた気分になった。
蓮二とゆめみには別れることを勧められたけど、それも毛利本人と話し合って決めなければいけないことだ。
そう気付かされたゆめこは先程よりも幾分かすっきりとした顔で「ありがとうございます」と種ヶ島に向かってお礼を言った。

「また何かあったらいつでも相談乗るで。遠い人間の方が話やすいこともあるやろ?」

にこりと笑って言う種ヶ島に、ゆめこも「はい」と返事をするとつられるように笑顔になった。

「じゃあ私も、修二さんが悩んでいる時は相談に乗りますね」
「さよか」
「あっ、その言い方。さては全然頼りにしてませんね?」

抑揚のない返事をした種ヶ島にゆめこはむぅと頬を膨らませる。

「年下の女の子を好きになることがあったら、私でもアドバイスできるかもしれないじゃないですか」
「ん〜、年下ねぇ」

"年下"という言葉に、種ヶ島はあまりピンと来ていないようだ。
実際彼は妹がいるので、年下の女の子を見ると恋愛対象というよりはどうしても妹のように接してしまうきらいがあった。
最初から否定的な態度を示す彼に、ゆめこは「恋はいつ始まるか分からないですよ。明日かもしれないですし」なんて得意げな顔で言った。
しかしすぐに「明日は無いなぁ」と言って笑い飛ばされた。

そんなの分からないじゃん。とゆめこが内心思っていると、そんな彼女の物言いたげな視線に気付いたのか「俺明日から合宿やねん」と種ヶ島は付け足した。

「合宿?何のですか?」
「テニスの」
「えぇー!!修二さんテニスやってるんですか?私の幼馴染もテニス部で」

ちなみに私の彼氏もなんですけど。とゆめこは心の中で補足する。
種ヶ島の話によると明日からUー17日本代表候補合宿というものが始まるらしいのだが、どうやら彼もその合宿に招待されているそうだ。
それを聞いたゆめこはとても驚いたように目を大きくさせた。

「すご!それってめちゃくちゃテニスうまいってことですよね」
「まぁ弱くはないで」

謙遜しつつもどこか誇らしげな顔をする彼に、ゆめこは「なんか信じられないです」と率直な感想を言った。
「そない意外か」と、種ヶ島は不服そうに唇を尖らせる。

「サーファーかと思ってました」

真顔でそんなことを言うゆめこに、種ヶ島は「・・・偏見やな」と言い返した。


それから二人はしばらくUー17日本代表候補合宿の話で盛り上がっていたが、拓哉が帰って来たことでその話は途切れた。
ゆめこの機嫌は既に直っているのだが、それを知らない拓哉は恐る恐る彼女の様子を窺うようにケーキを箱ごと手渡した。
中にはぎっしり色とりどりのケーキが詰まっていて、ゆめこはぱぁっと顔を輝かせる。

「お兄ちゃんありがとう。紅茶淹れるから三人で食べよ」

とゆめこが笑顔で言うと、拓哉は「ゆめこ・・・!」と安心したように瞳をうるうるさせた。

これ食べ終わったら寿三郎さんに返信してみようかな。
そんなことを考えながら、ゆめこは紅茶を淹れるためにキッチンへと向かうのだった。





(180605/由氣)→119

面倒見の良い種ヶ島兄さん




未完成のエトワールtopへ

hangloose