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(ごめん、焦ってもうたわ/毛利)

次の日。
日曜日で引き続き学校は休みなので、ゆめこは今日もゆっくり起床した。
一階に降りてテレビを見ながらブランチを食べて、母親とたわいもない会話をして過ごす時間は日常そのものだ。
昨日は拓哉と種ヶ島が来ていたのであまりゆっくりは出来なかったが、今日はのんびりと穏やかな時間が流れている。

このまま一日過ごせたらいいのにな、なんて思いながらクロックムッシュをかじっていると「ゆめこちゃん、今日はおでかけするの?」と母親に話し掛けられゆめこはこくんと首を縦に振った。
出掛けるとは一言も言っていないのだが、昨晩ゆめこがお風呂上りにパックをしていたので、母親はそう思ったのだ。
「毛利くんでしょ」なんてにやにやしながら言う母親に、ゆめこはむせそうになる。

「うん、まぁ・・・そうなんだけど」
「あらあら仲がよろしいこと」

白々しい口調で冷やかしてくる母親をゆめこはじっと見返したが、その頃には既に彼女は席を立ってキッチンへと向かっていた。
言いかけた言葉をカフェオレと一緒にごくんと飲み込み、ゆめこはぼんやりと昨日のことを思い返す。

種ヶ島に相談に乗ってもらったこともあり、ほんの少し勇気をもらえたゆめこは昨晩毛利にメッセージを送った。
今までのことには一切触れず「明日会えますか?」の一文だけだ。そっけなさ過ぎるだろうか、そう思っていたらすぐに「もちろん!」と返事が来て会うことが決まったのだ。
わざわざ家の近くまで出向いてくれるとのことだったので、以前毛利と待ち合わせをしたこともある近所の公園で落ち合うことになった。

気が重い。
自分から誘ったにも関わらず、ゆめこはそんなことを思っていた。
母親はデートか何かだと思い込んでいるようだが、もしかしたらこれが最後の逢瀬になるかもしれないのだがら無理もない。

そうして約束の時間が近付くとゆめこは少し早めに家を出た。
結局この時間になるまでなにをどう話していいのか整理がつかず、毛利を待っている間に考えよう。と思ったのだ。

しかし公園に着くと、既に毛利はベンチに座ってそこにいた。
ゆめこが来たことに気付くと、彼はバッと勢いよく立ち上がって今にも泣きそうな顔をゆめこに向けた。
ゆめこはどんな表情をしたらいいか分からず、毛利に近寄ると「なんだかお久しぶりですね」と言って困ったように笑った。
その表情に毛利の心臓がぎゅっと締め付けられる。
久しぶりに会えた喜びと、彼女を悲しませてしまった罪悪感。
毛利の胸中では二つの感情が入り混じっていた。

ゆめこは立ち上がった毛利の前をすっと通って隣に並ぶようにベンチに腰を下ろした。
すると毛利はゆめこの目の前に立つと、

「ごめん!」

と言って頭を下げた。
大きな体が直角に曲がり、赤茶色の猫っ毛が座っているゆめこの視界に飛び込んでくる。
びっくりして目を丸くしたゆめこだったが、ぱちぱちと瞬きをすると「それはどっちの意味ですか?」と尋ねた。
毛利は「え?」と声を漏らし、顔を上げてゆめこを見た。

「許して欲しいから謝ってます?それとも、別れて欲しくて謝ってます?」

と淡々と話す彼女に、毛利は「許して欲しいって思いよる」と答えた。
ゆめこは彼の言った "ごめん" の意図が、関係を修復するための謝罪なのか、それとも、一方的に恋人関係を解消することへの謝罪なのかが分からなかったのだ。
しかし毛利は "許して欲しい" と即答したので、前者の解釈でいいんだな、とゆめこは思った。
彼はこの一週間熱心にメッセージを送り続けてくれていたので、その可能性は高いと思っていたが直接本人の口から聞くまで断定は出来なかった。
もしかしたらフラれる可能性もある。
なんて頭の片隅で思っていたゆめこは、毛利の返答を聞いて少しだけ安心したような表情になった。
そうして先程よりも幾分か柔らかい顔つきで、ゆめこはふぅと小さく息を吐いた。

「それなら、お話聞かせてもらえませんか?」

ゆめこがそう尋ねると、毛利はこくこくと2回首を縦に振った。
毛利が別れたいと思っているなら、ゆめこは何も聞かずそれを受け入れる覚悟でいた。
しかし、彼が許して欲しいと言うのならまずはその事情を聞く必要があると思っていたのだ。

「あの人誰なんですか?」
「元カノ、やねん」
「二股ですか?」

続けざまに尋ねると毛利はとんでもない!と言わんばかりに目を見開いた。
「二股なんて絶対しよらん!そこは信じて欲しい」と切に願う毛利に、ゆめこはきっと彼の言っていることは本当なんだろうな、と思った。

それから毛利は、ゆめこの隣に座り直すとあの女子生徒について話し始めた。
彼女とは二年の夏頃、2ヶ月だけ付き合っていたらしい。
告白されたからよく考えずに付き合い始めたものの、根本的な性格も合わずすぐに別れてしまったこと。
三年になり同じクラスになって久しぶりに再会したこと。
そして最近、毛利に彼女が出来たと聞いて、急によりを戻したいと言ってきたこと。
全て初めて聞く話ばかりだった。

まだ好きだと言ってくる彼女を毛利はずっと断り続けているが、相手はなかなかしぶといようだ。
後夜祭での一件も、中庭までついてきたので追い返そうとしたところ不意打ちでキスをされてしまったらしい。
あの時目撃したのはちょうどその場面だったのか、とゆめこは2人のキスシーンを思い出して胸を痛めた。

「かわいい人でしたよね。寿三郎さんは本当にもう何とも思ってないんですか?」
「俺が好きなんはゆめこだけや」
「そうですか」

ゆめこは毛利からふいと視線を外すと、そう返事をして黙ってしまった。
この時のゆめこは実に複雑な気持ちであった。

毛利が浮気をしていた訳じゃないと分かり安心したはずなのに、それを素直に喜べない自分もいる。
やっぱり元カノとキスをしたことに変わりはないし、その人がまだ毛利を好きだという事実は残っている。
そう思うとどこかもやもやした。

そしてそれは自分自身にも言えた。
不意打ちとは言え、私も仁王くんとキスをしてしまった。
これはやっぱり裏切りに当たるのだろうか。

悶々と考えていると、ゆめこがまだ腑に落ちていないと勘違いした毛利はぎゅっと彼女の手を両手で包んだ。
信じて欲しい。その一心だった。

「なぁ、ゆめこ。俺この一週間ほんまきつかった。ゆめこがおらんと俺ダメになってまうわ」

"悲痛" 彼の表情を例えるならその言葉がぴったりだった。
消え入りそうな声で縋る毛利に、ゆめこの良心がちくりと痛む。
一週間、きっと彼は自分以上に苦しみ、罪の意識に苛まれ、連絡を心待ちにしていたことだろう。

「すみませんでした」
「なしてゆめこが謝る?」
「だって、ずっと連絡無視しちゃってたし」
「ゆめこは悪ない。自業自得や」
「でもその間ずっときつかったんですよね?」

とゆめこが問うと、毛利は「それはそやな」と苦笑浮かべた。
実際毛利はこの一週間何も手がつかなかった。
このままゆめこに別れを告げられたらどうしよう。
そう思ったら、どん底に突き落とされたように目の前が真っ暗になった。彼女を失うのがこわい。そんな恐怖感がずっと付き纏っていた。

ゆめこは自分の足をぶらぶらと揺らしながら、そっと視線を地に落とした。
ここで寿三郎さんを許したら、ゆめみや蓮二にまた「甘い!」って言われるんだろうなぁ。そんなことを考えながら。

すると「ゆめこ」と、毛利に呼ばれゆめこは顔を上げた。
彼はとても真剣な顔でこちらを見ている。

「俺、ゆめこのことが好きや」
「・・・私も、寿三郎さんのことが好きですよ」
「!じゃあ、まだ俺と付き合うてくれる?」
「元カノさんはどうするんですか?」
「きちんと断る」
「できます?」
「当たり前やろ!」

強い口調で言い切る毛利に、ゆめこはすぅと小さく息を吸うと「分かりました。信じます」と返事をした。
途端毛利は力が抜けたように、良かった〜と安堵の息を漏らした。

「もう二度とゆめこを裏切るようなことせぇへんから」

そう言うと、毛利はぎゅっとゆめこを抱きしめた。
ああ、この匂い久しぶりだな。と、二人は同時に同じことを思った。
しかしその表情は対照的であった。
幸せを噛み締めている毛利に対し、ゆめこの表情にはどこか影がある。
彼女には思うところがたくさんあったのだ。
しかしそれを全て押し殺すと、ゆめこはそっと毛利の背中に手を回した。

ぴくりと体を揺らして毛利が反応を示す。
そしてそっと体を離すと、ゆめこの両肩に手を置いたまま顔を近付けた。
キスされる。
そう思ったゆめこはそっと目を閉じたが、

『すまん、ゆめの』

その時脳裏に仁王の姿が浮かんで、ゆめこはハッとした。
あの時の仁王の声が、表情が、鮮明に蘇ってくる。
気付けば毛利を押し返してしまっていた。

キスを拒否された毛利は呆然としていて、ゆめこは慌てて「ごめんなさい」と口にした。
自分でも予想外の行動だった。

せっかく寿三郎さんと仲直りできるチャンスなのに、私ってば何やってるの。

ゆめこはそう後悔して俯いた。
毛利は少しの間ぽかんとしていたが、すぐにふぅと小さく息を吐き出すと俯いているゆめこの頭にぽんと手を置いた。

「ごめん、焦ってもうたわ」

違うんです。私が悪いんです。
ゆめこは心の中でそう懺悔した。

毛利はゆめこがまだ元カノと自分がキスをしたことを引きずっているのだと解釈したようで「少しずつ、信頼取り戻したるわ」なんてわざとおどけたように言ってみせた。
ゆめこは何も言い返すことが出来なかった。
代わりにぎゅっと毛利の胸元にしがみつくと、毛利は一瞬だけ驚いた顔をして、そしてすぐに穏やかな表情でゆめこを抱き締めた。

そうして二人はしばらく抱き合っていたが、体が離れたタイミングでゆめこは「今日はもう帰ります」と言った。
ただ話をしていただけなのだが、なんだかどっと疲れてしまったのだ。
立ち上がったゆめこに毛利は慌てて「また連絡してもええか?」と声を掛けた。
不安そうな顔で自分を見上げる毛利に、ゆめこはにこりと笑顔を作ると「はい」と返事をした。

一緒に公園を出て、二人は別々の方に向かって歩みを進める。

寿三郎さんは全部話してくれたけど、結局仁王くんとキスしたことは言えなかったな。

毛利に背を向けながら、ゆめこはそんなことを考えていた。
曲がり角に差し掛かり、ゆめこはちらりと後ろを見る。
毛利はまだそこに立ってこちらを見ていた。

ゆめこはそんな彼に小さく手を振ると、すっと角を曲がって家へと帰っていった。





(180607/由氣)→122

あれ?これシリアスですか?




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