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(珍しくネガティブですね/毛利)

11月初旬の日曜日。

ゆめこは片瀬江ノ島駅に向かっていた。
スニーカーを履いているからかいつもより足取りも軽く、バーントオレンジが目を引くハイウエストスカートがひらひらと揺れている。
動きやすい恰好とはいえ、その装いは秋らしい。
待ち合わせの相手を見つけると、ゆめこは持っていたスマホをバックにしまって駆け寄った。

「寿三郎さん、お待たせしましたか?」
「いんや、今来たとこやで」

ゆめこの姿を確認するやいなや、待ち合わせの相手もとい毛利は頬を緩めた。
休日にこうして会うのは久しぶりで、しかも一日デートできるということで毛利は楽しみにしていたのだ。
久しぶりに見るゆめこの私服姿もまたなんとも可愛らしい。毛利は嬉しくなって、隣に並んだゆめこの手を取って歩き出した。

海原祭で起きた波乱の"元カノとのキス事件"。
その事ですれ違っていた二人が仲直りをした日から、約1ヶ月程の時が流れていた。
その間も平日の放課後は何度か一緒に帰ったりしていたが、中間考査があったためがっつり遊びに行くことは叶わなかった。
いまだに気持ちの整理がついていないゆめこは正直ホッとしていたが、晴れてテストも終わったことだし遊びに行こう、と毛利に誘われるがまま彼女は首を縦に振ったのだった。

今日の目的地は、江ノ島にある"龍恋の鐘"だ。
恋人の丘とも呼ばれるそこは江ノ島では有名なカップル向け観光地である。

「寿三郎さん、また背伸びました?」
「あー、最近測ってへんけど、言われてみたら伸びたかもしれん」
「首疲れるー」
「あっはは!すまんなぁ」

ここから歩いて30分程かかるので、二人はのんびり散歩がてらそんな会話をしていた。

隣を歩く毛利と目を合わせようとすると首が痛いので、ゆめこは毛利の変化に気付いたのだ。
元々高身長ではあったが、育ち盛りなのか毛利はまだまだ伸びているようだった。
すっかり成長がスロースピードになってしまったゆめことは差が開く一方である。
「寿三郎さんが遠いです」なんてボヤくゆめこの顔を、毛利はグッと覗き込む。

「わ」
「これやったら近いやろ?」
「ここ、道端ですよ」

今にもキスしてきそうな毛利の唇をゆめこは人差し指で押し返す。
少し焦っているゆめこを見て、毛利は楽しそうに顔をくしゃっとさせて笑うのだった。

それから景色を楽しみながら歩くこと30分。
二人の目的地でもある恋人の丘に到着した。

「わー!テレビで見た通り南京錠がたくさんありますね」

鐘の周りにある柵に大量に付けられた南京錠を見て、ゆめこははしゃいだ声を出した。
鐘を鳴らすだけでなく、この柵に南京錠を付けるのがこのスポットの醍醐味なのだ。
よく見ると一つ一つにカップルの名前やお願い事なんかが書いてある。

"ずっと一緒にいれますように"
"これからもラブラブ!"
"二人の愛は一生"

そんな言葉の羅列が並んでいる。
目についたものを読みながらふふふと楽しそうに笑うゆめこを見て、毛利はふと疑問に思った。

「ここ、来たことないん?」

毛利はこっちに来てまだ2年しか経っていないが、ゆめこにとっては生まれ育った地元なのでてっきり来たことがあると思っていたのだ。
ゆめこは目をぱちくりさせて毛利を見たが、その後すぐににやりと笑った。

「寿三郎さんが初めての彼氏ですから」

くすぐったくなるくらい胸がときめく言葉。
毛利はすぐにでもゆめこをきつく抱きしめたくなった。
観光スポット、しかも日曜日ということもあって周囲にはそれなりに人がいたので、ここでぎゅーしたらまた怒られるやろか。なんて思い、彼はなんとか踏みとどまった。
ゆめこの視線が再び南京錠へ向けられたので、毛利も並んで南京錠を覗き込む。
しかし、「なんなら初恋です」なんて続いたゆめこの言葉に、毛利の動きがピタリと止まった。

ちらりと横を見ると、ゆめこの視線は南京錠に向けられたままだった。
なんやろか。嬉しいはずやのに胸がざわざわする。
毛利は急に不安になった。
それはここ最近抱いている感情を助長させるものだった。
ゆめこが遠く感じる。
海原祭での一件以来、なんとなくだがそう感じることが増えていたのだ。
一度は踏みとどまった毛利だったが、やはり我慢できなくなってゆめこを後ろからぎゅっと抱きしめた。
突然のバックハグに「ちょ、寿三郎さん」とゆめこは周りの目を気にしながら狼狽する。
毛利はゆめこの耳元にそっと唇を寄せた。
パクリ、と耳たぶを甘噛みされ、いよいよ抗議しようと口を開いたところで、

「初恋の人だけやのうて、最後の人にしてや」

と小さく囁かれ、ゆめこは体を硬直させた。
どうして毛利がそんなことを言うのか、ゆめこは瞬時に理解できなかった。
掠れた声で絞り出すように紡がれた言葉。
いつものおちゃらけた雰囲気じゃないことだけは分かったが、ゆめこはなんて返事をしたらいいか戸惑いながら振り返って毛利を見た。

眉尻を下げ、困ったように笑う毛利と目が合った。

「寿三郎さん?」
「ごめんな、急に」
「いえ。どうしたんですか?」
「"初恋の人"って響きがな、なんか」

言いづらそうに口をまごつかせる毛利にゆめこは首を傾げる。

「過去の人みたいに感じてもうて」

そう続いた言葉に、ゆめこは思わず沈黙する。
深い意味で言ったつもりは無かったので、そんな風に解釈されたことが驚きだったのだ。

「珍しくネガティブですね。熱あります?何か悪い物でも食べました?」
「ちゃうわ!」

真顔でそんなことを聞いてくるゆめこに、毛利は思わず笑いながらツッコんだ。
あ、いつもの寿三郎さんの笑顔に戻った。
そう思って、ゆめこは少し安堵した。

それから二人は近くの売店で南京錠を買うことにした。
ハートの形や龍の形など品揃え豊富であったが、結局シンプルイズベストだという結論に至り、ごくごく普通の形の南京錠を購入した。

左右に二人の名前を書いて、最後にゆめこが真ん中にハートを書き足した。

「できた!」
「裏にもなんか書こか?」
「え、なんて書きます?」
「一生一緒、とか」
「プリクラかっ」

悪ノリをするをする毛利にゆめこはケタケタ笑いながらツッコむ。

「ペン貸してや。俺書いたる」
「えー、いいですいいです。絶対へんなこと書きますもん」

ニヤニヤしてる毛利に断固としてペンを渡さず、ゆめこは隠すようにしてさらさらと文字を綴った。
「あ、ほんまに書きよった!」なんて言って毛利が南京錠を奪い取ると、そこには"いつもありがとう"と書いてあった。

「恋人感無さすぎやろ」
「あはは」

不満そうな毛利に、ゆめこは誤魔化すように笑った。

南京錠を柵に取り付け、二人は早速鐘を鳴らしてみることにした。
「せーの」の掛け声で一緒に鐘を鳴らすと、意外と大きな音でびっくりした。

「あ、写真も撮れるみたいですよ」

鐘の近くにはスマホを置いて撮影できる台もあった。
さすがは観光地だな、なんて思いながらゆめこは毛利の腕を引っ張る。
バッグからスマホを取り出そうとしたタイミングで手が滑ってしまい、スマホが地面に落ちた。

「大丈夫か?」

ちょうど自分の足元に落ちてきたので、毛利は屈んでゆめこのスマホを拾う。
その時、初めて見る待ち受け画面が目に入った。

「ありがとうございます」と言って手渡されるのを待っているゆめこを一瞥して、毛利は再びスマホに目を向けた。
それは先日ゆめみやテニス部のいつものメンバーと一緒にえのすいに行った時、エントランスのところでみんなで撮ったものだった。

ゆめみだけならまだしも、なんか余計な奴らが写ってないか?毛利はそう思って、画面をゆめこの方に向けると

「どっか行ったん?」

と聞いた。
ゆめこは笑顔で「この前テスト終わりにいつものメンバーでえのすい行ったんですよー」と答えた。
その清々しい顔はまさに罪悪感のカケラも無い。
写真のメンバーの中には敵意剥き出しの丸井の他に、心の内が読めない仁王も写っていて毛利の心は沈んだ。
面と向かって言われた訳ではないが、あいつ絶対ゆめこのこと好きやん、と毛利は常々思っていたので、彼の中で仁王は要注意人物に認定されていた。
しかも家が隣同士ということはゆめこ本人から聞いて大分前から知っていることだったので、余計にそう思っていた。

「仲良うせんで欲しい」
喉まで出かかって、毛利はそれを飲み込んだ。
事故とはいえ元カノとキスをしてしまった自分には何も言う権利が無い。
毛利はそのことを自覚していた。
ゆめこはもっと悲しい想いをしたはず。そう思ったら、自分だけ一方的に束縛することは出来なかった。

「寿三郎さん?」と声をかけられ、毛利はハッと顔を上げた。

「楽しそうやな、えのすい」
「はい!なかなか楽しいですよ。ふれあいコーナーの生き物の数も増えてたし、イルカショーも進化してて」

にこにこと楽しそうに話すゆめこ。
しかし、まるで前にも行ったことがあるような口ぶりに、毛利は素朴な疑問を抱く。

「前にも行ったことあるん?」
「あ、はい」

毛利としてはなんの邪推もなく質問したことだったが、こくんと首を縦に振ったゆめこの目が泳いだのを彼は見逃さなかった。
男の勘だ。

「誰と行ったん?」

取って貼り付けたような笑顔で顔を覗き込んでくる毛利に、ゆめこは内心「しまった」と思った。
しかし嘘をつけば余計ややこしくなるし、何より自分は嘘が下手だと自負していたゆめこは、

「仁王くんと」

と小さな声で答えた。
答えてしまった後で、毛利の笑顔がピキッと固まったのを感じて、「でも寿三郎さんと付き合う前ですよ!」とゆめこはすぐさまフォローを入れた。
恋愛偏差値低めのゆめこだが、恋人がいるのに異性と二人きりで遊びに行くのはNGだということは、さすがに理解しているようだった。
しかも海原祭の日に仁王とキスをしてしまったという秘密を隠し持っているゆめこは、余計に後ろめたい気持ちでいっぱいになった。

一緒にえのすいに行っただけでこの反応だ。
キスしたなんて暴露した日にはえらいことになる。

"言わなくていいだろい。つーか言ったらややこしいって"
そう言っていた丸井の顔が頭に浮かぶ。

それと同時に「知らぬが仏ってこのことだよね」なんてゆめみに言われたことを思い出した。
ゆめみに隠し事ができないゆめこは先日ついに、他言無用と念入りにお願いして仁王とのキスのことを正直に話していた。
最初は「えっ!」と驚いたゆめみだったが、今までの仁王の言動でなんとなく彼の気持ちを察していたので、

「仁王くん、大胆だね」

というリアクションに留まった。
仁王の気持ちもゆめみの配慮にも全く気付いていないゆめこだけが、「大胆過ぎだよ、何考えてるか分かんないし、もーーー」と頭を抱えたのだった。

ゆめこはちらりと目の前にいる毛利を見上げて様子を窺った。
不安そうなゆめこの表情に、毛利はふぅと小さく息を吐く。
仲が良いと分かってはいたが、二人でえのすいに行くほどだとは思っていなかったので、毛利はじわじわとショックを受けていた。
しかしゆめこばかりを責める訳にはいかないし、何より今日は久しぶりの一日デートだ。
ケンカは避けたい。
毛利は込み上げた感情をぐっと抑えて笑顔を作った。

「俺とも今度一緒に行ってな」
「もちろんです」

食い気味でそう答えたゆめこがかわいくて、毛利はぐいっと彼女を引き寄せた。
そしてそのまま肩に顔を埋め、唇でなぞりながら首筋までいくとそこに吸い付くようにキスをした。
まさか。身に覚えのある感触に、ゆめこはバッと毛利を押し返した。

「またやりましたね?」

じっとりと自分を見つめるゆめこに、毛利は「バレてもーた」と悪気も無しに笑う。
今から2ヶ月前の9月。
修学旅行の前に付けられたキスマークのせいで恥ずかしい思いをしたゆめこは、帰ってきて早々毛利に文句を言っていたのだ。
しかし繰り返すということは彼には何も響かなかったのだろう。

「もうつけないでって言ったのに」
「なして?」
「恥ずかしいじゃないですか」
「俺のもんって印付けたなんねん」

「これで気ぃ済んだわ」なんて笑う毛利に、ゆめこは真っ赤な顔で溜め息を吐いた。





(220525/由氣)→127

男の勘も当たる

4年ぶりの更新!お久しぶりです。





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