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(俺ちょっと文句言ってくる/丸井・毛利)

11月5日。
清々しい秋晴れの空の下、立海では体育祭が行われていた。
時刻はもうすぐお昼休みを迎えるところだ。

「はぁ〜、疲れた」

そう言って自分達の陣地に戻ってくるなりどかりと日陰に座り込んだのは、たった今二人三脚リレーを終えたばかりのゆめこだった。
去年は熱を出してしまい体育祭は途中で早退してしまったゆめこだったが、今年は朝から自分の出場種目にはすべて参加出来ていた。
そのせいもあって、帰宅部で元々体力のない彼女は昼を迎える頃にはこうして既にバテてしまっていたのだ。

しばらくぼーっと座り込んでいたゆめこだったが、同じく二人三脚リレーを終えた丸井がこちらに向かって歩いてくるのが見えて、彼女は「お疲れ〜」と言いながら片手を上げた。
丸井の後ろの方では彼とペアで走っていたであろう女の子が興奮冷めやらぬ様子で女友達に何か話していて、その光景を見たゆめこは、ブン太くんあいかわらずモテるな。などと思った。

丸井はゆめこの隣に座り込むと真っ先に「俺の走り見てたか?天才的だったろい」と言ったが、実は見ていなかったゆめこは「うん」と言いつつぎこちなく首を縦に振った。

「あ、その反応。ぜってー見てねぇだろ」
「あはは。ちょっとは見てたよ、心の目で」
「なんだよそれ」

瞳を閉じて胸に手を当てそれらしいことを言うゆめこに、丸井は呆れたようにツッコんだ。
するとその時、ちょうど幸村が横切っていくのが見えた丸井は「幸村くんだ」と呟いた。
その声に反応してゆめこも目を開ける。

「体育祭なんか出て大丈夫なの?」

自分達と同じく体操服で歩いている彼に、ゆめこはパチパチと瞬きをしながらそう言った。
丸井はすぐに「心配だよな」と返事をした。

あれは今から2週間程前のこと。
中間考査前で部活もなく「みんなで幸村の家で勉強会をしよう!」とゆめことゆめみも交えたいつものメンバーで帰っていた時、途中の駅で幸村が突然倒れたのだ。
本当に急だったので場は騒然としたが、真田の指示ですぐに救急車を呼び幸村は病院に運ばれた。
しかし原因もよく分からないまま医者には「過労か何かだろう」と言われ、入院には至らなかった。

友人が倒れるところを目撃するなんて初めてのことだったので、二週間経った今もゆめこは幸村の体調を心配していた。
えのすいに行った時は元気そうにしていたが、体育祭ともなると激しい運動がマストだ。

「無理しなきゃいいけど」ゆめこと丸井はそんなことを話しながら立ち上がった。
そろそろお昼の時間なので、二人はこれから昼食を摂りに行くことにしたのだ。
ちなみにいつも一緒にいる星梨は「体育祭?ダルっ」と言って今日はサボっているため不在だ。

そうして二人で校舎に向かって歩いていると、ゆめこは何かを見つけたのか「あ」と声を漏らした。
遠くを見たまま足を止めてしまったゆめこに丸井は「どうした?」と尋ねたが、その視線を辿っていくと彼女が立ち止まった理由がすぐに分かった。

「あれって・・・」
「あの人が例の寿三郎さんの元カノだよ」

ゆめこは目線はそこに向けたまま、まさしく "無" という表情で丸井に説明した。
そこには毛利と、それから例の元カノの姿があった。
冷静に見ればすたすたと足を進める毛利に元カノが引っ付いているという構図だったが、その時のゆめこは「寿三郎さん、きちんと断るって言ってくれたのに」という気持ちでいっぱいだった。
しかしすぐに、まぁいいか。と思い直してふいと視線を外した。
「行こ」と淡々と言うゆめこに、丸井はむっとした顔を向ける。

「ああいうの気になんねぇ?」
「うーん、どうだろ。なんたって最初に目撃したのがキスシーンだからね、なんか麻痺してるのかも」

強がりなのか本心なのか。それは分からなかったが、ゆめこという彼女がありながらいつまでも元カノと関係を持っている毛利が丸井は許せなかった。
その時ちょうど元カノが毛利の腕に自分の腕を絡めて、それを見た丸井は堪忍袋の緒が切れたように、

「俺ちょっと文句言ってくる」

と言ってスタスタと歩き出してしまった。
ゆめこは「えええええ!」と大声を上げると丸井の腕をがしりと掴んだ。

「いや、ほんと、いいから!ほっとこ」
「ゆめこがよくても俺が納得できねーよ」
「無理無理、私そういう修羅場ほんっと無理!」

手を離したらすぐにでも行ってしまいそうな丸井をゆめこは全力で引き止める。
そうしてしばらくその場で言い合いをしていた二人だったが、その騒ぎを耳にした毛利はちらりと横目を向けた。
そして騒いでいるのがゆめこだと気付いた瞬間、毛利は大きく目を見開いた。
腕に絡みついてきていた元カノを力ずくで引き剥がし置き去りにすると、彼は慌ててゆめこの元に駆け寄った。

「ゆめこ・・・!」

目の前に影が出来て、ゆめこと丸井は揃って顔を上げる。
先程まで遠くにいたはずの毛利が目の前にいて、ゆめこは「寿三郎さん?!」と驚いた声を上げた。
すぐにきょろきょろと周りを窺い元カノが近くにいないことを確認すると、ゆめこはホッと人知れず胸を撫で下ろした。
良かった、修羅場は回避出来そうだ。
彼女は内心そんなことを思っていた。

しかし毛利はまたゆめこに元カノといるところを目撃されてしまったと落ち込んでいた。
愛想を尽かされてしまうんじゃないか、という不安が頭を過る。
早く弁解しなければ。その一心で「ゆめこ、あの・・・!」と毛利が口をまごつかせていると、彼が言いたいことを察したのかゆめこはにこりと笑顔を作った。
その隣では丸井が威嚇するように毛利を睨んでいる。

「大丈夫ですよ。気にしてませんから」

ゆめこはそう声を掛けると、今にも毛利に噛み付きそうな丸井の背中を押して歩き出した。
「じゃあ寿三郎さん、また」と首だけで振り返り別れを告げると、ゆめこはそのまま毛利の前から消えてしまった。
取り残された毛利は動けないままその場に立ち尽くした。

「気にしてない・・・か」

と毛利はぽつりと呟く。
彼女を不安にさせるつもりも、ましてやヤキモチを妬かせるつもりもないが、何も思われないのはそれはそれでショックだな、と毛利は思う。
ここ最近のゆめこは特にそうだ。
ふとした瞬間に、彼女を遠くに感じてしまう時がある。
仲直りをしてから一ヶ月程が経つが、以前のように頻繁に会うこともなくなったし、連絡だって疎らだ。
自業自得と言われればそれまでなのだが、自分ばかりがゆめこに執着していると感じることが増え、その度に胸が苦しくなるのだ。
ゆめこが消えていった方をじっと見つめながら、毛利は「はぁ」と大きなため息を吐いた。

それと時を同じくして、毛利に別れを告げたゆめこも少し離れたところでため息を吐いていた。
うまく振舞えただろうか。と、ゆめこは先程のやり取りを思い出す。

「なんで止めたんだよい」
「いや、普通に止めるよ」

納得のいってない表情を浮かべている丸井に、ゆめこはすかさずそう返した。
事なかれ主義なゆめこは、これ以上揉めるのは嫌だったのだ。
ゆめこはくるりと丸井に向き直ると、

「それに本当に大丈夫だから」

と、言い添えた。

「思ったよりショックじゃなかったっていうか。うまく言えないけど、大丈夫みたい」

それはゆめこの本心だった。
毛利のことを好きだという気持ちは変わっていないはずなのに、元カノといるところを目撃しても以前程のダメージは受けなかった。

「どうしてだろうね」そう言ってへらりと笑ったゆめこを、丸井はじっと見つめ返した。





(180609/由氣)→130

しっかりしろ毛利寿三郎。




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