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(いつも素敵な写真をありがとう/青学R•三強)

「ようやくボクとのデートに来てくれたね」

11月初旬の休日。
ゆめみは東京都渋谷区のカフェにいた。
まるで森の中にいるような雰囲気に、ゆめみの瞳はくるくると忙しそうに動いている。

ここは“森の中のピクニック“がコンセプトのカフェ。
店内の至るところにグリーンやお花が飾られ、大きなりんごの木まで設置されていた。

不二は目の前で楽しそうに店内を見渡すゆめみをしばらく微笑みながら眺めていたが、やがて飽きたのか、立ち上がってぐっとゆめみに顔を近づけた。

「ゆめみちゃん?」

急にキス寸前の距離に来た不二に、ゆめみはびっくりしてその大きな瞳を更に大きくした。
そして、ようやく不二を瞳に映す。
不二はにこっと笑った。

「やっとボクを見てくれたね、久しぶりなのに無視されて傷付くなぁ」

不二が目の前に席に着席したのを見て、ゆめみはクスクスと笑った。

「だってこのお店がとっても素敵なんだもの!」

「まるで森の中にいるみたいね」「りすがいるわ」「りんごの木がとってもリアル」とまた店内を見渡して楽しそうなゆめみ。
ベージュのドレスワンピースに、赤ワインのようなボルドーのカーディガンを肩にかけている。
緩く結い上げられた髪からは、後毛が出て、色っぽい。
精一杯おしゃれしてきたことがわかる装いを改めて見て、不二は満足することにした。
でもやっぱり悔しくて「ボクはキミとのデートをずっと心待ちにしていたのにつれないね」と拗ねたふりをする。

ゆめみは少し気まずそうに肩をすくめた。
不二の誘いを断り続けていたことは事実だったからだ。
夏休みに由美子さんも一緒のドライブをした後から、ゆめみには不二からのお誘いが何度も来ていたが、それに応じることは出来なかった。
9月に入ってから修学旅行、海原祭、中国研修、テストと忙しかったからというのが言い訳であるが、たしかに友達に対する態度しては問題があったかもしれない。
そんな罪悪感もあり、今日は貴重な休みに不二のために東京まで来たのだった。

「ごめんね?」

拗ねたフリして横を向いていた不二は横目でチラリとゆめみを見る。

「手塚とは会う時間があったのに」

不二の言葉に、ゆめみは途端に赤くなった。

「え、なんで知ってるの?」

不二とは文通をしている中ではあるが、手塚の話をした覚えが無い。
大混乱中のゆめみを見て不二は自分の首筋をなぞる仕草をした。すぐに手塚の誕生日にプレゼントとしてあげたネックレスに行き着いた。

国光くん、ネックレス着けてくれてるんだ、そして不二くんとか友達に私の話を・・・?
「ゆめみにもらったんだ、いいだろ?」とか言っちゃったのかな、国光くん。
上手く想像は出来なかったが、妄想はできた。そんな国光くん可愛い・・・!!

いろんなことを考えて百面相するゆめみを不二は面白そうに眺めていた。

事実としては手塚が話をしたわけではなく、手塚が休日にしていたネックレスというニューアイテムを見て、不二がピンときてカマをかけただけであった。
やっぱり、と同時に嫉妬心のようなものを感じずにはいられない。

「ゆめみちゃんのいろんな表情が見れたからいいかな」

不二は自分の負の感情を押し殺すように、そう言った。
不二のそんな言葉に、からかわれたことに気がついたゆめみ。
「もー不二くんは相変わらずね」と笑った。
そんなやりとりも前ほどは嫌では無かった。

2人はランチ目的で来ていたため、メニューを2人で見て、『森のピクニックランチ』をオーダーした。

しばらくすると、ワンプレートに彩り可愛い
エッグベネディクトやポテトサラダ、キッシュ、スープなどが乗った可愛いプレートが運ばれてきた。
ポテトサラダにはアイスクリームのコーンが刺さっており、見た目も可愛い。

「ピクニックに来ているみたいね!」

可愛いランチプレートに、森の中のような雰囲気にゆめみはにこにこ笑ってそう言った。
そんなゆめみを楽しそうに見ながら不二は「ふふ、ゆめみちゃんとのピクニックは楽しそうだ」と言った。

「不二くんの修学旅行の話、聞きたいな」

不二との文通の中で、10月中旬に行った台湾での修学旅行の話が興味深い話ばかりだったことを思いだす。

「この写真はどこの写真なの?」

ゆめみはカバンから一枚の写真を出した。
ランタンが可愛い異国情緒溢れる写真だ。
不二が送ったものであった。

「九[D:20221]だよ、台北から北に行くとあってね」

不二は写真を撮った時のとこを思い出しながら話し出した。
他でもないゆめみが、自分の撮影した写真を見て目を輝かせているのを見て、不二は幸せな気持ちになる。
自然と饒舌になり、夢中で台湾で経験したことを話した。

最近外国語を勉強したり、外国に行ったりして世界への興味が増えて来たゆめみにとって、不二の話はとても刺激的で楽しかった。

「ゆめみちゃんの中国の話も聞きたいな、教えてくれるかい?」

今度はゆめみの番とばかりに、ゆめみもあれこれ感じたことを経験を混ぜて話す。
不二からの相槌も新しい視点が含まれており、新鮮だと感じた。

ゆめみは話しながら、楽しそうな不二の様子に少しほっとしていた。
9月に会った時に、10月に不二の弟の裕太くんが全寮制の学校に行くという話を聞いていたからだった。
落ち込んでいるのではと予想していたが、不二はいつも通りだったし、話が学校生活の話に移っても裕太の話がでることも無かった。
不二の中で整理が出来ているのなら、わざわざ思い出させる必要もないと思い、ゆめみから聞くことも無かった。

実際には不二は大分落ち込んでいたのだが、ゆめみと会って元気を取り戻した形であった。
ゆめみの配慮にも気が付いており、やっぱり好きだなぁと不二は気持ちを再確認した。

「ねぇ、頬にキスしたら怒る?」

この気持ちを何らかの形で伝えたいと思った不二はそう言ったが、ゆめみは無言で微笑んだだけであった。
その笑みは拒否を示しており、不二は昨年のことを思い出して「なんてね」と冗談と言うことにした。
また会ってもらえなくなったら、困るからね。

「不二くんにお土産買って来たんだよ」

ゆめみはそう言って、机の上にいろんなものを置いた。
カラフルな月餅餅や、中国語で書かれた絵葉書や、現地人が作ったような小物入れや、中華な布で作られたブタの置物や、パンダのコースターなどなど、アートなような、そうで無いような、なんとも言えないバリエーションである。

それでも不二は興味深そうに一つずつ見て、それを購入に至ったエピソードを聞いた。

「ふふ、楽しいものだね、こんなにたくさんのお土産をもらったのは初めてかも知らないな」

「どうしてこんなにボクのために買ってくれたの?」と聞かれたゆめみは当然のように「だっていつももらってばかりだから」と答えた。

「何かあげていたかい?」

すぐに思い当たらない不二に、ゆめみは先程の写真を出した。

「いつも素敵な写真をありがとう」

ちゃんとした写真館で現像しているそれが安いものでないことをゆめみは理解していた。
お金だけではない、時間をかけた贈り物だ。
だからいつか何らかの形で返さないとと思っていたのだった。

「不二くんはどんなものでも喜んでくれそうだから、選ぶのも楽しかったよ」

穏やかに笑うゆめみ。自分の写真に価値を見出してくれるゆめみの言葉は何度も思い出してしまうくらいに嬉しい。
宝物をもらったような気持ちになって、不二はそっと目を閉じた。

『やっぱり口にキスをしてもいいかな?』

そんなことを言いたくなったが、回答はすぐに予想できるものであったので、心の中に止めることにした。

代わりに「お礼にまた写真を送らるからね」と伝えた。

ゆめみはとびきり嬉しそうに「楽しみにしているね」と言った。


「ボクからもプレゼントがあるんだ」

お店を出て、少し大通りの方に歩くと不二はそう切り出した。
「なぁに?」と首を傾げて足を止めたゆめみに、不二はプレゼントを早く渡したくて仕方のない子供のように笑って「まだ秘密だよ」と言った。
そっとゆめみの両手を取ってゆめみの顔を当てさせる。

「目を閉じて」

「ボクがいいよっていうまで、目を開けちゃだめだよ」視界を遮られた状態で囁かれた言葉に、ゆめみはこくんと頷いた。

サプライズだろうか、ドキドキする。

何だろう。

と、思っていたのは最初の数分で。

「不二くん?まだ?」

いつまで経ってもかからない声に、ゆめみは我慢出来なくなった。
返事もないので、そっと目を開けた。
そして、押し寄せる後悔。

不二に対してではない、何度騙されても疑うことを学習できない、自分自身に対してである。

不二くんはいなくなっていた。

チャットを送ってみるが、既読にならない。
これはまたどういう展開なんだろうか。

待つべきか、帰るべきか。

流石に待ちぼうけという展開では無いだろうと思うが、不二に関してはその常識も当てにならないと考え直した。
星の王子様ミュージアムでは集合場所を離れるのが正解だったのだ。
もしかしてどこかに移動させたいのかもとも思った。
でも分からない。

不二はゆめみにとって最も理解出来ない、独特な世界観に生きている人なのだ。
自分のモノサシで測ったところで答えに辿り着けるはずがない。

ゆめみは小さくため息をついて、10分だけ待とうと決めた。
10分待って何も起こらなければ、移動してみよう。

「そこの彼女、待ち合わせ?」
「もしかして迷子とか?」

10分経たずに次の展開が待っていた。
さっきからずっと道端で立っていて気がついたのだが、ここは人通りが多い。
中学生同士、中学生と両親、もしくは弟や妹と一緒という家族連れが多い。よく見ると、制服は青学のものだった。

ここは青学の校舎がある場所とは離れているはずなのに、なぜだろうと不思議に思っていたところに、男子生徒3人組に話しかけられてしまったのだ。

青学の中学生の制服とは少し違うデザインのため、高校生だということは分かるものの、面識はない。

言葉尻は優しく、半分くらいは親切心なのかもしれないが、やはり下心が見え隠れしていて、ゆめみは思わず硬直してしまう。

普通の中学生女子でも体格の良い高校3人に囲まれたら恐怖を感じるだろう。
ゆめみの場合は加えて、昨年のゴールデンウィークに数人に絡まれたトラウマがある。
こういうシチュエーションは特に苦手であった。

気づかなかったフリをしようと思い、俯いてみたが、男子生徒達は諦めるそぶりは無く「ねぇねぇ、聴こえてるよね?」と距離を詰めてくる。

「先輩方、俺の友人が何か?」

低いそれでも温かみのある声が聞こえて、ゆめみは顔を上げた。

手塚国光が立っていた。

かっちりと制服を着て、まっすぐに立つ様は威厳に満ちている。

こんな姿を見たら、誰でも恋に落ちてしまうに違いないとゆめみは思った。

高校生達にも手塚は有名だったようで、たじろぎ「迷子かと心配しただけだ」と言い訳をして去って行った。
手塚は社交辞令として「お気遣いありがとうございました」と言って、ゆめみを自分の後ろに隠した。

完全に先輩達が見えなくなってから、手塚はゆめみを覗き込む。

「大丈夫か?」

その瞳には本気の心配が映っていて、ゆめみはこの上なくほっとした。

「ありがとう国光くん、いつもごめんね」

お礼を伝えた後、こんなことが初めてでは無いことを思い出して謝るゆめみ。

「いや」

顔色が悪いゆめみを見て、もう少し早く来れれば良かった、と手塚は後悔していた。
不二からの連絡に気がつくまでに時間をロスしてしまった。
そもそも、ゆめみに絡まれるトラウマを与えてしまった原因は自分にもある。
普段は後悔などしない手塚であるが、昨年のゴールデンウィークにゆめみをきちんと建物に入るのを見届け無かったことは、今でも時々思い出すくらいに後悔していた。
自分がきちんと見守っていれば、ゆめみは危険な目に遭うことも無かった。

ゆめみからすれば、助けてくれただけで十分であり、手塚に感謝の気持ちはあるものの恨む気持ちなど微塵も無かった。

それでも。
手塚は心に決めていた。
もしゆめみが手塚に何らかの賠償を求めるのなら。

『俺は男として責任を取るつもりだ』

手塚は大真面目にそんなことを考えていたか、もしゆめみに伝えたら、赤面どころでは無かっただろう。
何も知らないゆめみは、考え込む手塚を見て、ふわっと微笑んでいた。

「不二くんのプレゼントは国光くんだったんだね」
「それはないだろう」

手塚の珍しい突っ込みに目を丸くするゆめみ。
手塚はこほんと咳払いした後「時間が無い、詳細は歩きながら話そう」と言った。


手塚のリードに従い、角を曲がると、大きなホールが見えた。
エントランスには『青春学園合同音楽祭』の看板がかかってある。

「え、音楽祭?って学校行事よね?」

目を見開いて驚くゆめみに、手塚は本当に何も知らなかったんだな、と少し同情した。

「あぁ、今日はここで青学の音楽祭をしている」

手塚の簡単な説明によれば、朝からここで中高合同の音楽祭をしているらしい。
午前中がクラス別発表で、午後からは部活動やその他誰でもエントリーできる小集団の発表とのこと。
つまり、不二は午前中にクラスの発表を終えて私服に着替えた後、近くのカフェでゆめみとランチをしていたということなのだろう。
お昼の時間は自由時間だとはいえ、自由すぎはしないか。
ゆめみは不二の予想斜め上の行動に驚く。

「開始時刻が近い、入るぞ」

何の開始時刻かの説明は無かったが、手塚の背中には安心感があった。

国光くんについていけば大丈夫。

ゆめみは手塚に付き従う形で、会場に乗り込んだ。
保護者や兄弟の姿もあり、私服のゆめみはそこまで目立っている訳では無かった。
しかし隣にいる手塚が有名すぎるので、視線を感じずにはいられない。
その中学生離れした風貌に、テニス部エース、生徒会長という肩書きだ。
気付かない方が不自然なくらいである。

怖気付いて立ち止まってしまったゆめみ。
手塚はそっと隠すようにゆめみの肩に手をかける。

「大丈夫だ」

優しい声と仕草に、ゆめみはまたドキッとした。かっこよすぎる。
国光くんは私をドキドキで殺す気かもしれない。
そんなことを考えたが、手塚が会場に続く厚いドアを開けたので、ゆめみは気づかれないように中へ入った。

「手塚、ここだ」

入ってすぐに手を上げて小声で呼びかける人物が見えた。
ゆめみも以前お台場で会ったことのある人物、大石秀一郎だった。
どうやら手塚のために席を取っていてくれていたらしい。
手塚は無言でそこまで歩くと、ゆめみを大石の隣に座らせて、自分もゆめみの隣に座る。

大石はいきなり隣に座ったゆめみに驚いて何か言おうと口を開いたが、会場が暗転したために、何も言えなかった。


ゆめみは舞台だけを見ていた。

暗闇の中、誰かがステージに立ったのを感じていた。
何も聞かされていなかったための、ワクワク感が胸を躍らせる。

期待感が最大値に達した時、スポットライトがステージの上に当たる。

不二くんだった。

不二がギターを弾きながら歌い始めた。
その男の子にしては少し高めの澄んだ声が、会場に響き渡る。
3人のバンドメンバーに囲まれてはいたが、不二が1番存在感を放っていた。

ライトに反射して汗がキラキラと光る。

一生懸命な姿に心を打たれる。

「不二くんは多才だね」

ゆめみは小さくそう呟いた。
その瞳はキラキラしていて、手塚はゆめみから目が離せなくなった。

不二はゆめみにこの表情をさせたかったのだろうな、と思った。
遠回りをして、ゆめみを騙してまでも、喜ばせたかったのだろう。

その気持ちは理解できた。
理解出来るからこそ、少し羨ましい。

羨ましい?

手塚は理解した。これが嫉妬というものなのだろうな、と。

その後もステージが終わるまで、手塚はずっとゆめみを見ていた。



不二の発表が終わると、手塚はすぐに席を立った。
ゆめみも習って席を立つと、隣に座っていた大石も立ち上がった。
先ほどは暗くて分からなかったが、大石の隣には菊丸、菊丸の隣には乾が座っていた。
みんな一斉に立ち上がって、会場を出た。

全員が駅まで戻ると言うので、目的地が同じのゆめみも青学メンバー一向についていくことにした。
手塚たちはこの後青学でテニスの自主練をするらしい。

歩く順番は、ゆめみ、手塚、大石、菊丸と並んでいる。

歩きながら大石、菊丸とは以前お台場であったことがあったので、軽く久しぶり、と挨拶をした。
以前会った時はいじってきた菊丸は、少し控えめな印象に変わっていた。手塚を「デートかにゃ?」といじる勇気は無く、気を使っていたのだ。

「やぁ、乾だ」

大きな黒縁メガネが特徴の長身の男が、すっとゆめみの横に来た。

「はじめまして、氏家です」

思わず敬語を使ってしまったが、おそらく同い年だろう。
「よろしくね」と言い直そうとして、顔を上げた。
あれ?デジャブかも。
どこかで会ったことがあるような気がして、記憶を辿る。すぐに思い当たった。

「あれ?この間立海大付属の説明会に来てた?」

それは9月のことだった、立海大付属高校の説明会があり、ゆめみはボランティアとして会場運営のお手伝いをしていたのだ。
ゆめみは帰宅部なので、クラスで数人出さないといけない時はそういう役割をやることがある。

「やはり、そうか。君が思い出す確率は75%だった」

「あの時は立海大付属のいいデータが取れた」と満足そうな乾に、ゆめみは「あ、もしかしてあれも冗談だったの?」と問い詰める。

「なになにー?乾ー?一体他校で何しちゃった訳?」

今まで黙っていた菊丸も抑えきれない様子で飛び出した。

「データ収集のためのちょっとした心理テストをな」とドヤ顔で言った乾に、大石が「こりゃ大変」と青ざめる。
先日会った時に初対面だというのに、変なテストに20問くらい答えさせられたのだ。
真剣に立海を志望していると思ったから答えたのに、偵察だったなんて。

「悪いが君のことを調べさせてもらったよ」

ドヤ顔の乾に、「何やってんの乾おっかし!」と笑う菊丸、無言を貫く手塚。

明らかに「何この人怖い」という表情に変わったゆめみに、常識人の大石が飛び出した。

「乾!黙ってくれ!もう!他校とのトラブルはごめんだよ」大石が「ごめんね」とゆめみと乾の間に入った。

「ところで氏家さん、立海大付属の生徒だったんだね」

大石は話題を変えようと、ゆめみに話しかけた。

「立海大付属といえば、真田くんと柳くんも夏からだいぶ力をつけたようだね」

「俺たちも頑張らないと!」と付け加えられた言葉に、ゆめみは強烈な違和感を覚えた。

でもすぐにはその違和感の理由が分からなかった。
キョトンとしているゆめみに、大石は「えっと、テニス部が強いのは知っているよね?」とフォローを入れる。

「どうして、弦一郎と蓮二だけなのかなって」

名前呼びをしたゆめみに、大石は驚いた。
しかしゆめみがまっすぐに大石を見ていたので、慌ててカバンから一冊の本を出した。

「ここで特集されていたからね」

大石の手に握られていたのは、発売されたばかりの月間プロテニスというテニス雑誌だった。
開かれたページには『中学生Jr選抜合宿』と書かれており、真田と柳の写真と共に『昨年の覇者立海大付属、実力は健在』というキャッチコピーが書かれていた。

ゆめみは強烈な違和感の正体に初めて気がついた。

精市がここにいない。

弦一郎と蓮二と精市は3人で3強と呼ばれていて、すごいんだぞってずっと思ってた。
それなのにJr選抜に精市が行かなかったことで、他校の生徒に名前を呼ばれなくなったんだ。
ゆめみにはそれがとても衝撃的だった。

だって精市だって、弦一郎と蓮二と同じように一生懸命練習していて、
実力だって1番なのに。
そんな想いがもやもやと広がった。

「見せてくれてありがとう」

言いたいことを全部飲み込んで、ゆめみは本を丁寧に閉じて大石に返した。

ちょうど駅の改札に着いたところだった。

「私、反対方向だから、またね」

皆に社交辞令の笑顔で挨拶をした。
そして「国光くんありがとう」と手塚には別に小さく手を振った。

手塚は少し手を上げて「気をつけて帰れ」と言った。

ゆめみは駅のホームに駆け降りた。


なぜだろう。
無性にみんなに会いたくなった。

ゆめみは閉まりかけの電車に飛び乗った。

『駆け込み乗車はおやめください』のアナウンスが鳴った。

いつもの自分だったら、待っただろう、
今は待つことが出来なかった。

ゆめみはあと3駅、あと2駅、と到着駅までカウントダウンをしていた。

降りたのは、家の最寄駅では無かった。

横浜。

今日柳と真田と幸村が練習をしている場所だった。
3人の連絡手段として、ゆめみも含めた4人のグループチャットが利用されているため、ゆめみには3人の居場所がわかっていた。

ゆめみの足は自然と駆け足になっていた。


「俺たちも頑張らないと!」と言った大石の言葉が頭に残っている。

偵察のために、立海大付属に来ていた乾。

音楽祭にも関わらず全員テニスバッグを持っていた。
これから自主練をするのだろう。

『悪いが今は全国制覇する事しか頭にない』

いつかの手塚の言葉がリフレインする。


なんか、嫌だ。


6月の都大会で、精市が問いかけた質問。

『もし立海と青学が試合することになったらどうする?』

あの時も『立海』と答えたけど、
あの時よりも強い気持ちで


「ゆめみ?」


気がつけば、ゆめみは屋内テニスコートの応援席まで来ていた。

真田と柳が試合形式の練習をしており、幸村がベンチに座っていたが、ゆめみの登場により、試合は一時中断された。

1番近くにいた幸村がゆめみに駆け寄る。

「どうしたんだい?そんなに息を切らして」

幸村は、そっと手に持っていたタオルをゆめみの頬に当てた。
走ってきたので、じんわりと汗をかいていたようだ。

「なんだか、みんなに会いたくなって」

ゆめみは素直な気持ちを伝えた。

「ここで見ていてもいいかな?」

幸村は「フフもちろんだよ」と笑って、ゆめみを応援席最前列に座らせて、自分も隣に座った。

真田と柳はお互いに顔を見合わせて頷くと、試合を再開した。

「精市」

コートには届かない小さな声でゆめみは言った。

「なんだい?」

幸村はゆめみの瞳を覗き込む。
澄んだ幸村の瞳をゆめみは覗き返した。

「応援してる、立海の3連覇を見届けるね」

その時、精市の瞳は確かに揺れていたのに、
私は自分のことばかりだった。

精市はぎゅっと瞳を閉じて、その後開いた。

「砂浜での約束、忘れてはいないよ」


フワリ、と儚げに笑った精市の顔を私は今でも鮮明に思い出す。

そして、この日自分で伝えた言葉をその後何度も後悔することになる。





(220530/小牧)→128

立海に3連覇して欲しいって心から願ってしまった




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