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(俺じゃダメなんか?/仁王)

「ゆめこちゃん、これお願い」

そう言って母親がゆめこの目の前に差し出したのは大きな紙袋だった。

今日は11月中旬の日曜日。
ゆめみが家族で出掛けていることもあり、特に予定も無かったゆめこはリビングのソファーで寛ぎながらテレビを見ていたが、突然渡された紙袋により視界を遮られたため、目をぱちくりさせて母親を見上げた。

「なに?これ」と聞くゆめこに、彼女はにこり、と無言で微笑んだので、ゆめこは小首を傾げながらすぐに紙袋を受け取った。
中にはお菓子やワイン、ハチミツなど先日父親が買ってきたニュージーランドのお土産がぎっしり入っている。
父親が帰国してすぐゆめみや蓮二には渡したしな、なんて思いながら不思議そうにしていると、

「仁王さんちにも渡してきて」

と言われ、ゆめこは思わず「え」と短く声を漏らした。
そんな我が子を見て、母は「なに?その反応」と首を傾げる。
ゆめこはすぐにハッとして「いや、なんでもないよ」と言うとぎこちない笑顔を作ってみせた。

「ちょっと行ってくる」
「お願いね」

すぐに立ち上がったゆめこを見て、母親はそれ以上言及することもなくあっさりとキッチンへと戻っていった。
先程から部屋中にビーフシチューの良い香りが漂っている。
きっと手が離せないから私に頼んだんだろうな。と、何を言われた訳でもないが察したゆめこは、紙袋を持って玄関へと向かった。

そうして靴を履きながらゆめこは仁王の顔を思い浮かべていた。
彼にキスをされたあの日から二ヶ月程が経つ。

あれから何度も仁王とは顔を合わせているし、話もしているのだが、ゆめこはいまだに気まずさを覚えていた。
仁王の顔を見るとあの日の情景が鮮明に頭に流れ込んでくる。
それなのに彼は何事も無かったかのようにこれまでと変わらぬ態度で、ゆめこはその事も気掛かりだった。

私ばっかり気にしててなんか嫌だ。

彼女はそんな風に思っていた。
ゆめこにしたら人生の中で一番と言ってもいい程衝撃的な出来事だったのに。"忘れろ" まるでそう言われているようで、ゆめこは虚しさのようなものを感じていた。

そんな想いもあって、先程母親の口から "仁王" という名前を聞いた時彼女は固まってしまったのだ。
会いたいようで会いたくない。実に複雑な乙女心である。
しかし今日は日曜日なので、普段は働きに出ている仁王の母親も家にいる可能性が高い。
仁王くんママに渡してさっさと帰ってこよう。
ゆめこはそんなことを考えながら家を出た。

すぐ隣の仁王家のインターホンを押し、ゆめこはそわそわしながら返答を待つ。
すると「ゆめの?」と仁王が玄関から顔を覗かせて、ゆめこはびくっと大きく体を揺らした。
彼女は「あ、えっと〜」と口をまごつかせた後、「仁王くん、こんにちは!」とやけにハキハキとした口調で挨拶をした。
元気な子供のようなその態度に、仁王は少し笑いそうになりながら門のところまで出てきた。

「どうした?」
「あ、うん。お土産をね、渡しに来たんだけど・・・仁王くんのお母さんは?」
「今はおらんよ」
「じゃあお父さんは?」
「おらん」
「じゃ、じゃあ弟くんは?」
「・・・プリッ」

一体なんだと言うのか。
そう思った仁王は少し呆れた顔で「俺じゃダメなんか?」と聞き返した。
ゆめこは慌てて首を横に振っている。

「今日は弟の運動会だから俺以外おらんよ」
「え、あ・・・そうなんだ」

ゆめこは諦めたようにそう言うと、持っていた紙袋を仁王に差し出した。「これ、パパのニュージーランドのお土産」とゆめこが改めて説明をすると、仁王は「ありがとさん」とそれを受け取った。
体を半身にし今にも走り去っていきそうなゆめこを仁王がじっと見つめていると、そんな彼の視線に気付いたゆめこは「な、なに?」とおどおどして聞き返した。

「ちょっと寄ってくか?」
「えっ!」

親指でくいと家の中を指す仁王にゆめこは目を丸くする。
こうして仁王に誘われること自体が初めてな上に、ただでさえ気まずくて早く去りたいと思っていたゆめこは「いや、でも」と顔を引きつらせた。
しかしすぐに「まぁ、無理にとは言わんが」と言われ、ゆめこは咄嗟に「寄ってく!」と返事をした。
言ってしまった後で、ゆめこはパッと自分の口元を押さえた。

私今寄ってくって言っちゃった・・・?

そろーっと窺うように仁王を見上げると彼はフッと微笑んでいた。
その優しい表情に、ゆめこの心臓がどきりと鳴る。
綺麗。男の子を形容する言葉としては少々ふさわしくないかもしれないが、ゆめこには彼の笑顔がそう見えた。

こうして仁王の部屋に案内されたゆめこは、緊張と気まずさでその体を縮こまらせていた。
そう、部屋に入って気付いたのである。
え?てか仁王くんの部屋初めてじゃない?
しかもさっき家には仁王くんしかいないって言ってたよね?
と、ゆめこは完全にテンパっていた。

「何か飲むか?」
「へ?!あ・・・うん」

やばい、完全に声裏返った。
できれば平然を装いたかったゆめこは、その自分の失態にズーンと影を背負って落ち込んだ。つくづく自分はポーカーフェイスが下手くそだな、と思ったのだ。
仁王はそんなゆめこを一瞥すると、とくにからかうこともせず、あっさりとしたトーンで「待っときんしゃい」と言って部屋を出ていった。
一人になった瞬間、ゆめこは両手で頭を抱えた。

一方。部屋を出た仁王は「はぁ」とため息を吐くと、もたれかかるようにしてドアに背中を預けた。
その表情は悩ましい。
後夜祭以降、仁王は意図して平然とした態度を一貫していたが、心の内ではゆめことの関係の変化を憂いていた。

これがキスをしてしまった代償か。
めっきりよそよそしくなってしまったゆめこの態度に、仁王はそんなことを思っていた。
集団でいる時はそこまで気にならないが、こうして二人きりになると改めて自分のしてしまったことを思い知らされる。

出来れば今まで通りにして欲しい。
すぐそばで太陽みたいに笑うゆめこを見ていたい。
そんな願いも込めていつも通りに接してみてはきたものの、さすがに無理な話だったようだ。

とは言え、キスをしてしまったこと自体を後悔している訳ではない。
あの時毛利に泣かされたゆめこを放っておけず、衝動的とは言え自分のものにしてしまいたいと思った彼の気持ちに嘘はない。なんならこれを機に異性として意識してもらえたらな、と思ったくらいだ。
なんにせよ、ゆめこの警戒網を解かないことには何も始まらないが。

「策を考えるかの」

仁王はそう呟いて静かに立ち上がった。



少しして、ジュースを手に仁王が戻ってきたことで、彼の部屋にはまた微妙な空気が流れていた。

「ジュースありがとう」と言ったゆめこの目は完全に泳いでいて、仁王は人知れずため息をついた。
しん、と静まり返る部屋。打ちっぱなしのコンクリートの壁が余計に無機質な空間を演出しており、カチコチという時計の秒針の音すら聞こえてくる。

「そういえば仁王くん、今日部活は?」

沈黙を破ったのはゆめこだった。
ぎこちない言い方ではあったが、一生懸命普通を装おうとする努力は見受けられた。

「今日は休みぜよ」
「あ、そっか」

今日は11月の第三日曜日。
立海テニス部が第一、三日曜日が休みということは聞かずとも知っている情報だったのに、今更な質問をしてしまった自分にゆめこは目に見えて落ち込む。

「さ、最近めっきり寒くなってきたよね」
「そうやの」
「部活外だし、大変じゃない?」
「そうでもなか」
「風邪とか大丈夫?」
「おん」

ゆめこの質問に仁王は淡々と答えていく。仁王の口数が少ないのは通常運転なので、ゆめこが変なのだ。

「そういえばもうすぐ12月だね」

だからなんだよ。
言った後でゆめこは自分自身にツッコんだ。
デスクの上にある卓上カレンダーを見て、苦し紛れに思いついた話題だった。
しかし、カレンダーをじっと見ていたことで、ゆめこは何かに気付いたように「あ」と声を漏らした。
それに気付いた仁王はちらりと顔を上げてゆめこを見た。
彼女の視線は卓上カレンダーに向けられたままだった。

「仁王くん、もうすぐ誕生日じゃん」

2週間後の12月4日は仁王の誕生日だ。
去年、母親から仕入れた情報を彼女は覚えていたのだ。

「そういえば、そうやの」
「一年って早いねー!あ、誕生日プレゼント今年は何がいい?」
「別にいらんよ」
「まぁまぁ、そう言わずに」

去年はたまたま商店街の福引きで当てたえのすいのペアチケットをプレゼントしたゆめこだったが、今年はまだ何も用意していない。
せっかくなら本人の希望に沿う物を、とゆめこは思った。

「何か欲しい物とかないの?」
「ない」
「いやいや、あるでしょ。一つくらい」
「そうやのう。あえて言うなら蛍光塗料」
「・・・本気で言ってる?」
「ウソ」
「ウソかーい」

仁王の答えにゆめこはけらけらと笑う。
実を言うとペテンの材料として必要だと考えていた仁王だったが、ゆめこの正気か?と言わんばかりの眼差しを受け咄嗟にウソだと言ったのだった。
しかし本当に蛍光塗料をプレゼントされたらそれはそれで複雑なので結果オーライである。

「仁王くんってあんまり物欲無さそうだもんねー」

ぷぷ、と笑いながら伸ばした足の先をパタパタ揺らすゆめこはすっかりリラックスしているようだった。
その自然体な姿に仁王は人知れず安堵の息を吐いた。
どうやら誕生日の話題に夢中になって、気まずかったことを一時的に忘れているらしい。
彼女が単純な人間で良かった、と思った瞬間である。

「いろいろ準備したいからさ、せめて1週間前には教えてよー?」
「ほんまにいらんて」

頑なに遠慮する仁王にゆめこはブーと唇を突き出す。
しかし「そのかわり」と仁王がすぐに口を開いたので、ゆめこは顔を上げて彼を見た。

「一日付き合いんしゃい」

ぴたり、とゆめこの動きが止まる。
見つめ合うこと数秒。
仁王は彼女の反応に内心ドキドキしていたが、ゆめこは「そんなんでいいの?」と面食らったように目をぱちくりさせた。

「12月2日はオフじゃき」と言う仁王の言葉にゆめこは再び卓上カレンダーに視線をうつした。
その日は第一日曜日だった。

「誕生日イヴのイヴだね」
「そうやの」
「どこか行きたいところでもあるの?」
「まぁな」
「ふーん」

本人がそうしたいと言うならまぁいいか。
ゆめこはそう思い直しまた足をパタパタと揺らし出した。
しかしそこでふと気付く。
それって二人きりってこと?
寿三郎さんというものがありながらさすがにそれはアウトじゃない?
ゆめこが思ったことをそのまま仁王に伝えると、彼はしれっと「内緒にしとけばええじゃろ」と涼しい顔で言い放った。

「で、でもさぁ」
「あーあ、せっかくの誕生日をゆめこちゃんに祝って欲しいのう」

戸惑うゆめこに、仁王はわざと悲しそうな顔を作ってダメ押しをする。
ゆめこが案外押しに弱いことを彼は知っていたのだ。
案の定彼女は「うーん」「でもなぁ」と一通り葛藤した後、困り顔のまま「絶対絶対内緒にしてよ」と小さく呟いた。
そんなゆめこが可愛らしくて、仁王は堪えきれずニヤリと口角を上げた。
そしてゆめこの正面までやって来ると、彼女の唇にちょんと自分の人差し指を当てた。

「これで俺との秘密は2つになったな」

意地悪な笑顔でそんなことを言う仁王に、ゆめこはぴしりと石化する。
完全に不意をつかれた。

海原祭でのキス以降、彼は何事も無かったかのように振る舞っていたので「きっと仁王くんは無かったことにしたがってるんだな」なんて、すっかりそう思い込んでいたのに。

そういう訳でも無かったんだ。

そう思うと、なぜか全身がぶわっと沸騰するように熱くなった。





(220526/由氣)→132

詐欺師に振り回される。




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