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(全国大会で待ってるから/白石・毛利)
「はー、やっぱり何度見てもかっこいい」
ここは大阪にある某テーマパーク。
道の真ん中を歩きながら、ゆめこはうっとりした顔でそう言った。
そして当たり前のように、たった今出てきたばかりのアトラクションの入り口に向かおうとしたところで、
「いや、何回乗んねん!」
と一緒に来ていた従兄妹の大介にツッコまれた。
今日は11月下旬の祝日。
土日と合わせて三連休になるので、ゆめの家は大阪観光に来ていた。
ゆめこの強い要望もあり一日目の今日はこのテーマパークで過ごすことになったのだが、それを聞きつけた従兄妹家族も合流し急遽2家族で遊ぶことになったのだ。
両親達4人は、「若者のパワーにはついていけないよ」と言って先程からカフェでお茶をしているので、実際にはゆめこと大介の二人でパーク内をうろついていた。
そこで初めて乗った"ス◯イダーマン"に心を奪われたゆめこが、4回目に乗ろうとしたところで、先程のように大介が待ったをかけたのだった。
「何回でも乗るよ。また助けてもらうんだ〜」
「もうええやろ。違うの乗ろうや」
「えー、せめてもう一回だけー」
このアトラクションは乗り物のスリルだけなく、ちょっとした物語展開がある。
ス◯イダーマンが悪役から乗客を助けてくれるという演出になっているのだが、ゆめこはその演出にまんまとハマったのだ。「かっこよ、惚れた」と。
「映画もロクに見てへんやろ?」
「そうだけどさ。今日で惚れたから帰ったらTATSUYAでレンタルして見るよ」
「ちょろ過ぎ。相変わらず単純なやっちゃなぁ」
「いいでしょ別に。ねね、もっかい乗ろうよー」
「ほなら最後にまた来ようや。俺フラダイ乗りたいねん」
「うーん」
大介の提案に、ゆめこは悩ましげに頬を膨らませる。
こんなにス◯イダーマンにハマると思っていなかった当初は、ゆめこも乗りたいものナンバーワンが"フラダイ"だったのでかなり葛藤しているようだった。
しかし、「今なら待ち時間少なそうやで」という大介の一言で、ゆめこの気持ちはフラダイに傾いた。
「絶対絶対最後に来ようね!」
「わかったわかった」
必死なゆめこを宥めるように、大介は適当に相槌を打った。
そうして二人でフラダイに並んでいる途中、
「そういえば明日はどこに行くん?」
と、大介は思い出したように口を開いた。
ゆめみと毛利それぞれにス◯イダーマンの前で撮った写真を送っていたゆめこは、スマホに目線を向けたまま「さぁ」と返事をした。
ゆめこにとって今回の大阪観光のメインはこのテーマパークで、しかも去年ゆめみと一緒に市内観光を楽しんだばかりということもあり、他にはあまり関心が無いようだ。
「パパとママは食い倒れツアーするって張り切ってたけどね」なんて他人事のように言うゆめこを見て、大介はふむふむと頷いた。
この感じなら誘えそうだな。大介は胸の内でそう思った。
「明日俺の学校文化祭やねん」
「へー、そうなんだ」
「良かったらゆめこも遊びに来てや」
「一人で?気まずいよ」
「大丈夫やろ。俺迎えに行くし、それに蔵ノ介もおるで」
大介の口から出た共通の友人の名前に、ゆめこは思い出したように「そっか。白石くんもいるのか」と言った。
「そういえば白石くん、毎年立海の学園祭に顔出してくれるんだよね」
「えっ!そうなん?!」
「練習試合のついでに寄ってくれるんだよ」
今年も律儀に足を運んでくれた白石を思い出し、ゆめこはふふと笑う。
大介は初耳だったのようで露骨に驚いていた。
去年の夏、二人の絡みを面白がって連絡先交換を促した張本人であったが、それほど交流があることまでは把握していなかったのだ。
白石の気持ちを直接聞いた訳ではないが、これはもうほぼ確やん。と大介は思った。
白石は自分が興味を持ったことにはとことんのめり込む性格だが、逆を言えば興味の無いことにはそれほど関心を示さないあっさりした一面を持っている。
そんな彼がわざわざ県をまたいで一人の少女に会いに行っていたのだ。
長年の付き合いである大介には、白石がゆめこに気があることくらいすぐに分かった。
また蔵ノ介とゆめこのおもろい絡み見たろ。くらいの安易な気持ちで誘った大介だったが、何が何でもゆめこを文化祭に招待しなければならない理由ができた。
「テニス部は女装喫茶やるんやって。絶対おもろいやろ」
「あはは!なにそれ。めっちゃ見たい」
「どや?来る気になった?」
「んー、そだね。白石くん達の女装見たいし遊びに行っちゃおうかな」
「ほなら校門で待ち合わせしよか」
うまいこと乗ってくれた単純な従兄妹に感謝しつつ、大介は人知れずニヤリと笑みをこぼした。
翌日、ゆめこは四天宝寺中学校の校門の前に立っていた。
文化祭ということもあり、他校の制服を着た人や親子連れ、若者の集団などそこにはさまざまな人が行き交っていて、私服で来ていたゆめこもうまく場に溶け込んでいた。
待ち合わせの時間まであと5分。
ゆめこは「到着!」というスタンプを大介に送った後、物珍しそうに辺りをキョロキョロ見渡した。
手作り感満載のポップやパネルがずらりと立ち並び、大きな看板には"木下藤吉郎祭"と書いてある。
木下藤吉郎って豊臣秀吉のことだよね?何か関係あるのかな?なんて考えたり、ビラ配りの生徒にもらったチラシを読んだりしてしばらくそこで時間を潰していると、
「ゆめこちゃん!」
背後から名前を呼ばれてゆめこは振り返った。
そこには肩で息をした白石が立っていた。
慌てた様子の白石に、ゆめこは目をぱちくりさせる。
「え、あれ?白石くん?」
「大介から聞いてん。ゆめこちゃん来とるって」
「そうなんだ」
「代わりに迎えにきたで」
「大ちゃん忙しくなっちゃったの?」
ゆめこの疑問に白石はふるふると首を横に振る。
「俺が迎えに来たかったから代わってもらったんやけど、あかんかった?」
「あはは、そうなんだ。全然いいよ」
「これから休憩やし、案内させてや」
「うん!そういえば白石くん女装は?」
「それを見に来たのにー」なんてにやにや笑うゆめこに、白石は勘弁してやと言わんばかりに顔を手で覆った。
大介にゆめこが来ていると聞いて、白石は慌てて着替えたのだった。
好きな子に女装姿を見られるなんて罰ゲームでしかない。
タイミングよく休憩も重なったので、白石は制服姿で抜け出してきたのだ。
着替えてしまったと聞いたゆめこは「もったいなーい」と唇を尖らせながら歩き出したが、
「それはそうと白石くん」
と、何かに気付いたようにピタと立ち止まった。
「お久しぶりだね」
急に改まったかと思うと、満面の笑みで振り返ったゆめこに、白石の胸がどくんと音を立てる。
前回会ったのは海原祭の時なので、あれから約2ヶ月の時が経っていた。
ゆめこが好きだという気持ちを自覚してから初めて会うが、たった2ヶ月の間でもゆめこの雰囲気は少し変わっていた。
私服ということもあるが、全体的に大人びたというか、以前よりも洗練された印象を受けた。
恋をすると女の子は可愛くなる。
なんてよく聞く話だが、ゆめこもそれに当てはまっているような気がした。
「久しぶり、やな」
絞り出した声は弱々しかったが、ゆめこにははっきり聞こえたようで、彼女は満足したようにまた前を向いて歩き出した。
憎らしいほど可愛い。自分ではない他の誰かの手によって変わっていくゆめこの姿に、白石は複雑な想いを抱いた。
その感情をぐっと抑えて隣に並ぶと、彼は努めて明るい声で「まずはどこ行こか」と話かけた。
「白石くんのおすすめは?」
「いっぱいあるで。うちのクラスはお笑いカフェやっとるし、体育館では漫才のステージもやっとる。それから、」
「あはは!お笑いカフェってなに」
まだ話の途中だったが聞き捨てならないワードにゆめこはけらけらと笑う。
海原祭とは全然違う雰囲気だな、と思ってはいたがさすがは四天宝寺。どこまでも笑いを追及しているらしい。
ゆめこは一通り笑った後、
「楽しそうだから全部!」
と答えた。
そんなゆめこに、白石は得意気に笑うと「任せとき」と胸を張った。
それから二人は模擬店やステージをいろいろ見て回った。
立海の敷地に比べると四天宝寺は3分の1程度の面積なので、白石がおすすめする所には全部寄ることができた。
そのほとんどがお笑いに特化したものだったので、ゆめこは「もー、笑い疲れた。まいった」と楽しそうに両手を上げた。
「楽しんでくれたなら良かったわ」
「うん!四天宝寺ってすごいんだね。私圧倒されちゃったよ」
こんな文化祭もあるんだ。
自分の中の常識が良い意味で塗り替えられた気がして、ゆめこは高揚感に包まれていた。
そしてそれと同時に、ここが寿三郎さんが通ってた学校かぁ。と、ゆめこはしみじみ考えていた。
二人はこれまであまり過去の話をする機会が無かったので、自分の彼氏の知らない一面を知ったような、そんな心境になったのだ。
四天宝寺には3ヶ月も居なかったと聞いていたが、それでもこの学校のお笑い教育を受けていたことに違いはない。
どんな風に過ごしてたんだろう。漫才とかしてたのかな?などと考えると可笑しくて、ゆめこはふふふと堪えきれずニヤけた。
そんな彼女を見た白石は、こんなに喜んでくれるなんて、と違う解釈をしていた。
「そういえばさ、テニス部の模擬店まだ行ってないよね?」
「えっ」
「女装喫茶!謙也くん達もいるんでしょ?」
「あー・・・」
白石は言葉尻を濁し、目線を泳がせる。
テニス部のみんながいる所にゆめこを連れて行ったらどんなに冷やかされることか。白石はそれを懸念していたのだ。
ゆめこは頭に疑問符を浮かべて白石を見上げていたが、その時
「しーらーいーしー!」
と大きな声が聞こえて二人は振り返った。
どどどどど、と効果音が聞こえてきそうな程大きな複数の足音。
テニス部のメンバー達がこちらに駆け寄って来ていた。
白石は「げ」と目に見えて嫌な顔をし、ゆめこはきょとんとその様子を見ていた。
二人はあっという間に囲まれてしまった。
「ゆめこちゃん!久しぶりやな」
「あら〜ん、近くで見るとますますかわいい子やないの〜」
「浮気か!死なすど!」
「白石さんの彼女ってほんまですか?」
「生意気やな、白石!」
忍足の挨拶もそこそこに、初めて対面する顔触れに次々と話しかけられゆめこは目を丸くした。
どうリアクションしていいか分からず「えっと」と口籠もっていると、白石が「いっぺんにやかましいわ!」とツッこんだ。
「ごめんな、ゆめこちゃん」
「ううん」
申し訳無さそうに謝罪する白石に、こりゃ部長大変だわ。とゆめこは思った。
今年の夏に四天宝寺と立海は全国大会準決勝の舞台で戦っている。その試合を見た限りではまさか四天宝寺のみんながこんなに賑やかな人達だとは思っていなかったのだ。
白石はゴホンと咳払いをして後ろからゆめこの両肩に手を乗せると、
「この子はゆめのゆめこちゃん。立海の生徒で大介の従兄妹。あと俺の彼女ちゃう」
と必要な情報を淡々と述べた。
「「「なるほと」」」と全員が頷く中、一人の茶髪の生徒だけが「立海って、毛利のとこやん」と呟いたのでゆめこはバッと勢いよく彼を見た。
驚いた顔で自分を見ている少女に疑問を抱いていると、
「ハラテツさん。この子、その毛利さんの彼女です」
と白石に言われ、ハラテツと呼ばれた少年は目を見開いた。彼だけでなく、他のメンバーも同じように驚いている。
「嘘やろー!あいつこんなかわいい彼女できたんか!羨まし過ぎるやろ!なんなんあいつ!」
頭を抱えて怒り出す原。
「落ち着いてくださいハラテツさん!」と謙也はすぐに宥めたが、
「てか毛利さんと付き合ってるってほんまなん?」
とすぐにゆめこに詰め寄った。
みんなの視線が自分の答えを待っていてゆめこは若干の気まずさを感じたが、別に隠す必要もないのでゆめこはこくりと頷いた。
そのことでまた騒ぎが起きる。
ちらりと白石を見ると、彼はジェスチャーでゆめこに"ごめん"と伝えた。
ゆめこはにこりと笑顔を返すと、いまだに「くそー」などと悪態をついている原の前に立った。
「あの、ハラテツさん。寿三郎さんと仲良かったんですか?」
「ん?あー、まぁ同じテニス部の仲間やったしな。当時は俺がツッコミであいつがボケやってん」
「へー!」
初めて聞く話に、ゆめこは目をキラキラと輝かせる。
その純粋な反応に気をよくした原はつらつらと当時のことを話し出した。
「一年の時は俺と身長変わらへんかったのにな」
「ほんで、そん時先生が来て俺ら怒られて」
「あいつ俺のからあげ盗み食いしよってん」
自分の知らない毛利の話はどれも新鮮でゆめこは気付いたら「あはは!」と声を出して笑っていた。
原のトークがうまいことも相まってゆめこは夢中で話を聞いた。
「あ、もしかして熱々のたこ焼き食べさせたのってハラテツさんですか?」
「お!よう分かったな!俺や俺」
すっかり毛利の話で盛り上がっている二人。
そんな二人を尻目に、忍足は白石を肘で小突いて耳打ちした。
「ええんか白石」
「・・・何がやねん」
「ゆめこちゃんや!いつのまにか毛利さんに取られてもうてるやん」
「どないすんねん」と聞いてくる忍足に、白石は思わず無言になる。
俺ゆめこちゃんのこと好きって言うたっけ?
白石の頭にはそんな疑問が浮かんでいた。
自分の気持ちを確認したくて海原祭に乗り込んだのが2ヶ月前。その時には既にゆめこは毛利と付き合っていたので、白石はこの感情は他言せずしまっておこう、と心に決めていたのだ。
「好きなんやろ?ゆめこちゃんのこと」
「!」
なんて返事をしようか悩んでいたところで忍足にそう言われ、白石は目を見開いた。
忍足は茶化すような態度ではなく真剣な顔つきだった。
彼は白石とゆめこが長らく連絡を取り合っていることや、度々関東に会いに行っていることで、白石本人の口から聞かずともその恋心を悟っていたのだ。
「その内、な」
うまい言い訳も見当たらず白石は短くそう答えた。
答えた後で、その内ってなんやねん、と自分自身にツッコんだ。
その内告白するということなのか。
毛利と別れるまで待つということなのか。
それは自分でも分からなかったが、おとなしく後者を待ってあげる程気が長くないことだけは確かだ。
白石は、いまだに原と毛利の話で盛り上がっているゆめこに目を向けた。
他の男の話題でそんなかわええ顔せんといて。
そんな本音が思わず漏れそうになり、白石は変わりにゆめこの手首を掴んだ。
驚いて振り返るゆめこと目が合う。
「ゆめこちゃん、俺のこと忘れてるやろ?」
「え?あっ、ごめん」
「連れて行きたい所思い出したから一緒に来てくれへん?」
ゆめこは「いいよ。ちょっと待ってね」と返事をすると、もう一度原に向き直った。
「楽しいお話ありがとうございました!あの、最後に写真取らせてもらえませんか?」
こうして偶然にも毛利の旧友に会えたのだから、彼の元気そうな写真を送ってあげたいと思っていたゆめこは、スマホを取り出しながらそう尋ねた。
「おー、ええよ!」と快く承諾してくれた原にスマホを向けようとしたところで、
「せっかくやから全員で撮ろか!」
と提案され、ゆめこと四天宝寺テニス部のみんなで撮ることになった。
タイマー設定にして全員でぎゅっと集まったところで、かしゃりと音がした。
「わーい、うまく撮れてる」
「あとで俺らにも送ってな」
「はい!ではまた」
四天宝寺テニス部のみんな明るくていい人達ばっかりだったな、と思いながらゆめこは賑やかに去っていくみんなに手を振る。
「ほな行こか」
「うん、そうだね。白石くんが連れて行きたいところってどこなの?」
「着いてからのお楽しみや」
「あはは、気になる!」
ゆめこは悪戯っ子のように笑う白石の隣に並んで歩き出した。
「毛利さんと順調そやな?」
「うーん、まぁいろいろあったんだけどね。今はもう順調、かな?」
「疑問系やん」
「ふふ、そういう白石くんは?彼女出来た?」
うまくはぐらかされた気がする。なんて思いながら、白石はゆめこの質問に首を横に振る。
「出来てへんよ」
「えー、そうなんだ。白石くんモテるのにね」
「なんでそう思うん?」
「だってさ、今日一日ずっと一緒に文化祭回ってたけど、すれ違う女の子たちがヒソヒソ話してたから」
「私恨まれてるかも」なんて言いながら苦笑いをするゆめこ。
やっぱり気付いていたのか、と白石は少し申し訳なさそうな顔をする。
女生徒の視線が自分達に向けられていたことは白石自身も気付いていたし、普段から告白をされる機会も多いので、白石にはモテるという自覚があった。
しかしそれは好きな子にはあまり知られたくなかった事実である。
「白石くんイケメンだもんね。優しいし、頼りになるし、面白いし、良いとこ揃い!」
「はは!めっちゃ褒めてくれるやん」
「だって本当のことだもん。モテるってことはさ、白石くんがそれだけ魅力的な人だっていう証拠でしょ」
ゆめこの周りにはモテる友人が多い。
大親友のゆめみから始まり、丸井に幸村と言った立海テニス部レギュラーのメンバー。
仲が良いという色眼鏡を取って見ても、人として尊敬できるところが多い彼らを、ゆめこは常に近くで見てきた。
そのため、モテるということにまったくネガティブな印象が無かったのだ。
率直なゆめこの言葉に、白石は心が落ち着いていくのを感じた。ゆめこといると自分という存在が全肯定されたような気分になる。
「ええ子やな、ゆめこちゃん」
ゆめこはにっこりと微笑んだ。
「着いたで」
「白石くんが連れて行きたいところって・・・、テニスコート」
校舎を出てやって来たのは、四天宝寺中のテニスコートだった。
立海ほど設備が整っている訳ではないが、立派なコートが三面ある。
「俺ら毎日ここで練習してんねん」
そう言いながら、白石はテニスコート脇にあるベンチに腰掛けた。
にこっと笑ってトントンと隣を叩く白石。
そんな彼に促されゆめこも同じベンチに座った。
11月の冷たい風が吹く。
「寒ない?」と気遣う白石に、ゆめこはふるふると首を横に振った。
「今年の全国大会はめっちゃ悔しかってんけど、来年こそは全国制覇したろって思ってんねん。まぁ立海とは敵同士になってまうけど」
「あはは、そうだね」
「それでも、ゆめこちゃんには俺のことも見て欲しくて」
「うん」
「毛利さんや幼馴染もおるし無理なお願いしとるんは分かってんねやけど・・・」
そこまで言って白石は「はぁ」と息を吐き出し天を仰いだ。「応援して欲しい」その一言がどうしても言えない。もし自分がゆめこの立場だったら、こんなお願いをされても困るだけだ。
「白石くんがテニスしてるとこ見たいな」
「え?」
「今ね、想像してたの。白石くんがこのコートを走り回ってるところ。きっとかっこいいんだろうなって」
「ゆめこちゃん・・・」
「頑張ってね。全国大会で待ってるから」
「さすがは王者。全国大会出場は決定かいな」
「あはは!当然です」
そう言ってふざけてキリッとした顔を作るゆめこに、白石はプッと小さく吹き出す。
"頑張って"というゆめこの言葉が耳の奥でこだまする。
欲しい言葉を貰えた白石がすっきりとした顔でお礼を言おうとしたところで、
「あ、電話だ」
ゆめこの電話が鳴って、白石は咄嗟に口を閉ざした。
「寿三郎さんだ」
「出てもええよ」
「ごめんね。ちょっとだけ」
通話ボタンをタップしてゆめこはスマホを耳に当てる。
「どういうことなん?」
開口一番。毛利にそんなことを聞かれてゆめこは一瞬きょとんとしたが、すぐに先程自分が送った写真についてだと気付いた。
四天宝寺テニス部のみんなと撮った写真を、ゆめこはその場ですぐに毛利にシェアしていたのだ。
「ハラテツさん元気そうでしたよ。どうです?ノスタルジックな気持ちになりました?」
「・・・あんなぁ、」
少しムッとしたようなトーンの毛利に、ゆめこはけらけらと笑う。
「ゆめこは目ぇ離すとすぐ遠くへ行ってまうんやな」
「えー、大阪行くってちゃんと言ったじゃないですか」
「四天宝寺行くとは聞いてへん」
「今日文化祭ですって。すごく楽しかったです」
「男に囲まれとるやん」
「あはは!ハラテツさんがみんなで撮ろうって言ってくれたんですよ」
「あかん、浮気や」
「寿三郎さんウケる!おもしろい」
「・・・」
悪びれもなく爆笑するゆめこに、毛利はたまらず沈黙する。
割と本気で言っていることなのだが、ゆめこには冗談に聞こえたようだ。
「次四天宝寺行ったら監禁してまうかもしれへん」
「あっはは!こわ!」
ダメ元でそう言ってはみたが、余計にゆめこの笑いを加速させるだけだった。
毛利は電話越しにため息を吐き捨てると、
「ちゃんと帰ってきてな」
と告げた。
それは"神奈川に"ではなく"俺のところに"という意味だったのだが、「当たり前じゃないですか」なんて軽く返事をするゆめこは全くと言っていいほど毛利の意図を理解していない。
終始明るいテンションで「じゃあまたー」と電話を切ったゆめこに、毛利は一人頭を抱えるのだった。
「仲良ええんやな」
電話を切ってすぐ白石に話かけられ、ゆめこはすぐに顔を上げた。
白石は眉尻を下げて困ったように笑っていた。
まじまじと二人の仲を見せつけられた気がして彼は密かにダメージを受けていた。
先程順調かどうかと尋ねた時は微妙な反応をしていたので少しばかり期待していただけに、その落差は大きい。
ゆめこは特に何も言わず、にこりと小さく笑い返した。
(220601/由氣)→134