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(1人焼き鳥とはまた趣きがあるな/幸村•柳•立海all)

俺はゆめみに、何を返せばいいんだろう。
何か返せるものがあるのだろうか。

幸村は5日前に思ったことを何度も考えながら、ぼんやりと病院の窓の外を眺めていた。

長く感じた点滴も、あと少しで空になろうとしていた。

12月第2週の土曜日。
幸村が入院した日から5日目。

あれから、幸村の病状は改善した。
11月下旬に不調の原因が分かり、その際に送った血液検査結果が出て、効果のある薬を使用できることになったからであった。

その薬を幸村は毎日点滴と言う形で接種している訳だが、症状を抑えるための対症療法であり、根本的な病気を治すための治療では無かった。
それでも病気の進行は抑えられ、他の治療も併用することで、少しずつ体が動くようになったことが何より嬉しかった。

幸村はまた前のように、手先が動くようになり、書いたりすることが出来るようになった。
足の方はまだまだであるが、リハビリも併用することで、近いうちに立てるようになるだろうと言われていた。

「幸村くん、気分は悪くない?」

ドアが空いて、ナースがにこやかに入ってくる。
天野川木子(あまのがきこ)という20代前半の女性で、幸村の担当看護師である。
幸村が「問題ありません」と言うと、木子は点滴の薬の残量を確認する。まだ少し残っていたので、その場でカルテに何かを書き綴っていた。

「今日はもうこれでおしまいですか?」

今日は日曜日なので、検査は無いはずだと思った幸村の問いに「後は血液検査でおしまいよ」と答える木子。

幸村は憂鬱そうな表情に変わる。
毎日の点滴と血液検査で、幸村の腕は穴だらけとなっていた。
しかし、窓の外を見て、その表情は柔らかくなる。

幸村の変化に気付いた木子は、窓の外を見て、にこりと笑う。

「ゆめだ先生とゆめみちゃんが来たみたいね」

ここは7階の病室で、窓の下が職員用の駐車場だった。
小ぶりな外車から、ゆめみの母親とゆめみがちょうど降りて来たところであった。
今日は母親の出勤と合わせて来ると聞いていたので、幸村は朝からずっと窓の外を眺めていたのであった。
距離があるので、ゆめみは幸村に気付いていないが、目の良い幸村は、ゆめみの手に持つ花まで見ることが出来た。
バラのように見えるが、種類はなんだろうと心がはやる。ゆめみの育てた花だろうか。
バラならどんな種類でもゆめみに似合うだろうと思った。

「うふふ、顔が緩んでるよー、でもまだ面会時間まで1時間あるからね」

木子のその言葉に、幸村はようやく窓の外から目を離して木子を見た。
確かにまだ10時である。確か土日の面会時間は11時からだったな、と思い出して暗い気持ちになった。
彼女は点滴を外しながらすまし顔である。

「こらこら、中学生をいじめないの」

今度は採血の準備をしたナースが幸村の部屋に入って来た。
天野川華子(あまのがわかこ)というもう1人の幸村の担当看護師であった。
木子の双子の妹で、サバサバ系の姉木子に比べてこちらはおっとりしていて優しい性格だ。
2人とも立海大学看護学部の卒業生で、ゆめみの母親には研修生の時からお世話になっており、ゆめみのことも可愛がっていた。

「幸村くんは今日はこの採血で終わりなので、面会は今から大丈夫ですよ」と優しく言われて、幸村は心からほっとした。

「ありがとうございます」
「良かったね、毎日来てくれる優しい彼女がいて」

入院した日から毎日お見舞いに来ているゆめみのことを、看護師達の間では彼女だと勘違いしているようであった。
ゆめみのことを彼女だと勘違いされているのは、なんだかふわふわと嬉しく、幸村は肯定することは無かったが強い否定をせずに来たのだった。どうせすぐにゆめみの母親が否定してくれるだろうとも思った。

「本当に、俺にはもったいないくらいです」

幸村はそう言ってはにかんだ。

コンコン、と病室のドアがノックされる。
幸村は「どうぞ」と声をかけた。


「お邪魔します、診察中、面会時間前に申し訳ありません」

ゆめみは恐縮しながら、おずおずと病室に入って来た。
本当は面会時間まで、ロビーで待とうと思っていたのだが、医師である母親と一緒に友人のお見舞いに来たゆめみは、いろんな人にいいからいいから、と言われ、結局幸村の病室まで案内されてしまった。

礼儀正しいゆめみに、メロメロな木子と華子は、いいのよいいのよ、とゆめみを幸村のベッドの隣の椅子に座らせた。そしてにこにこしながら病室を出ていった。

幸村とゆめみの2人きりになる。
ゆめみは真っ先に薄着の幸村を見て「精市、寒くない?」と声をかけた。幸村が答える前に、手を握って少し冷たいことを確認して、慌てて病室のロッカーを開けて、薄手のカーディガンを取り出し、幸村の肩からかけた。
そうしてから、少し安心したようににっこり笑って「おはよう、精市」と言った。

先日倒れてから、元々少し過保護気味だったゆめみは、更に幸村の体調を気遣うようになった。
その様が可愛すぎて、幸村は幸せを感じる。

「おはようゆめみ、今日も来てくれてありがとう」

本当は「会えて嬉しいよ、今日は朝からずっとゆめみが来るのが待ち遠しくて、ゆめみママの車が来るのを見ていたよ」と言いたかったが、さすがに重いという自覚はあるので、代わりに「今日の花は何だい?バラのように見えたけど」と言った。

ゆめみは嬉しそうに、持ってきたバラを幸村に見せた。

「アイスバーグよ、可愛いでしょう」

小ぶりなバラであるが、薄いピンク色がゆめみの可憐さを引きたてている、と幸村は思った。

「上手に咲いたね、色が綺麗だ」

ゆめみは嬉しそうに香りを嗅ぎながら「精市先生の教えのおかげです」と言った。
昨年の冬に星の王子様ミュージアムで冬に咲くバラクリスマスローズを見てから、幸村に冬に咲くバラを教えてもらって何種類か自分の庭に植えたのだった。
ゆめみはうっとりとバラを見つめる。

「不思議でしょ、春に買った時は白いバラだったのに、花開いてびっくり!ピンクだったのよ、私の愛情が色を変えたのかな?」

アイスバーグはそういう品種であるため、ゆめみの愛は関係がないのだが、「毎日綺麗に咲いてね、アイスちゃん大好きよって心の中で言いながらお世話していたの」と続けるゆめみを前に、幸村はそんな不粋なことは言えなかった。

「奇跡のようだね、素敵だな」

と言った幸村に、ゆめみは大喜びだった。

入院前に部屋に置いてあった5つの花瓶は、そのまま病室に移動しており、ゆめみは1番奥とひとつ手前の4、5日前に持ってきた花が入った花瓶から、元気が無くなった花を抜いて、1つの花瓶に納めた。そして、空いた花瓶を洗って、新しい水を入れて、そこに持って来たアイスバーグのバラをさした。

そのゆめみの動作を幸村はずっと見つめていた。
ゆめみの今日の格好は、くすみブルーの花柄のワンピースだった。
上品な長め丈のスカートは動く度に揺れて綺麗だし、レディな雰囲気がゆめみにぴったりだと思った。髪の毛はハーフアップで、昨年フランスで贈った金のバレッタでとめられている。

ゆめみは微笑みながら楽しそうにその作業をしている。ずっと見ていられるな、と思った。

私服姿のゆめみを、こうして独り占め出来るなんて、改めて考えるとすごいことで、不思議な気持ちになる。
1年生の時から片想いをしていて、ずっとこんな風に一緒に時間を過ごせたらいいな、とは思っていたものの、個室で2人きりなんて、そんな機会は訪れなかったのに。
病気になって、その願いが叶うなんて皮肉なものだとは思うが、拒否する理由なんてもちろんない。

今はただただゆめみの優しさを受け取っているだけの状態だ。
俺は何も返すものが無い。
降り注ぐゆめみの優しさに甘える自分は、怠惰で怠慢な存在かもしれない。

それでもそんな自分も前ほど嫌では無くなっていた。

その理由も毎日ここに来て、微笑んでくれるゆめみが、俺の価値を高めてくれているからだと知っていた。

ゆめみが毎日俺といることで楽しそうで、笑ってくれるから『俺は俺のままでいい』とそう全身で伝えてくれるから、
俺はなんとか生きていられる。

「ふぅ」

幸村はこっそりため息を吐いた。

「本当に、キミにどう恩返ししたら良いのか、検討もつかないな」

そんなことを呟いていた。






「ゆめみはまだ病室にいるのか?」

時間は進み、現在12時半頃。
金井総合病院に入ると、真田は隣にいた柳にそう問いかけた。

本日は神奈川県内の強豪相原中学校との練習試合であった。午前中で部活が終わったため、真田と柳、ジャッカルは芥子色ジャージのまま幸村のお見舞いに来たのだった。

「返信は無いが、ゆめみが精市の病室にいる確率は98.8%だ」
「そうか!」

真田が嬉しそうな顔をして、その後気恥ずかしくなったのか隠すように咳払いをした。

ジャッカルは「朝からいるんだろ?何してるんだ?」と聞く。ジャッカルは純粋にそう思ったのだが、柳にとっては改めて長い時間を2人きりで過ごしていると思い知らされるようで、いい気はしない。

不穏な雰囲気を察したジャッカルは「悪い、無理して答えなくていい」と言ったが、柳は「いや参謀と言う名を頂戴している以上、皆の質問に答えない訳には行くまい」と前置きした。
その後「質問は本日ゆめみと精市が何をしているかという問いだろうか?それとも2人の時間が発生した際に主にどんなことをしているかと言う趣旨だろうか?お前の場合、前者の確率が75.9%で」と話し出したので、ジャッカルは「ホラ、エレベーター!いま来たから乗ろうぜ!」と柳の背中を押して中断させた。

7階で降りる。
幸村の部屋は、エレベーターを降りて、ナースステーションを通り過ぎた突き当たりの部屋だ。
月曜日の夕方幸村が意識を取り戻してから、いつもの仲良しメンバー9人は全員何度か訪れていた。

病室のドアは換気のためかわずかに開いており、近づくと中から笑い声が聞こえてくる。

「さすがは精市ね、筆運びがプロだわ」
「フフ、お褒めに預かり光栄だね、ゆめみも手慣れているよ」
「去年も作ったの、そっちは家に飾ってあるのよ、見てもう一個できた」
「可愛いね」

真田がゆっくりドアを開けると、幸村とゆめみはクスクスと笑いながら何か製作をしていた。
その距離はとても近い。

柳はつい足を止めたが、真田とジャッカルはそのまま部屋の奥まで進んで行った。
幸村とゆめみは気が付いて、笑顔で振り向いた。

「真田、ジャッカル、来てくれたんだ」
「もう練習試合終わったの?あれ?蓮二は?」

振り向いたゆめみのその顔には、赤と白の絵の具が線のように付いていた。
猫のひげのようにも見えて可愛い、と柳は思った。
柳はスッと横から入り、ゆめみの頬をウエットティッシュで拭こうとした。

「ゆめみは熱中するといつも顔につけるな」

ゆめみはくすぐったそうに「ありがとう蓮二」と笑う。
線になった絵の具の線をなぞりながら「しかしなぜこんな」と言いかけて気が付いた。
この広がり方は、誰かがふこうとしないと出来ないと。

ゆめみと幸村は顔を見合わせて可笑そうにふふふと同時に笑った。

「精市が拭いてくれようとしたんだけど、精市の手にも絵の具がついていたから、こんなふうになっちゃったの!」
「わざとじゃないんだけど・・・可愛いからそのままでいいかなって思って」

楽しかった思い出を共有するように話す2人。
柳は胸にモヤモヤが広がっていくのを感じた。
しかし、イラッとしたのは柳だけだったようで、真田とジャッカルはその話を聞いて幸村達と同じように笑っていた。

「何を作ってたんだ?」と言ったジャッカルに、ゆめみと幸村はその手の中にあった小さな人形を見せた。

それは松ぼっくりで出来たサンタクロースだった。

「私のが蓮二で、精市のが弦一郎なの」

松ぼっくりに丁寧に絵の具で色を塗ったもので、よく見ると、2人の特徴を捉えている。
ふと窓際に目を移すと、すでに2つ出来ており、それは幸村とゆめみだろうな、と分かるものであった。
他に色の塗られていない松ぼっくりが6個置いてあるので、仲良しメンバー10人のサンタクロースを作ろうとしているのだと予想出来た。

「指先を使うリハビリの一環なんだけど、ゆめみが調べて全部準備をしてくれてね」

「おかげでまた水彩画も描けるようになりそうだ」と言った幸村に、ゆめみは「私が作りたかっただけなの、精市に付き合ってもらってるだけで」と否定した。
ゆめみは否定したものの、ゆめみが幸村の病気についていろいろ調べて少しでも体に良いことを取り入れようとしていることは全員が知っていた。

「俺のも作ってくれるのか?」と言ったジャッカルに、ゆめみは「もちろん!皆の分作る予定!」と笑う。

「ジャッカルくんの手にあるのはなぁに?良い匂い!」

ゆめみはジャッカルの手にかけられたビニール袋を指さした。ジャッカルはにかっと笑って「めしロードの焼き鳥!みんなで食おうぜ!」と言って中を見せてくれた。
いろんな種類の焼き鳥が入っており、ゆめみは「うわぁ、お腹すいていたの!ありがとう、ジャッカルくん!」と大喜びだ。
幸村には病院食が届いたが、ゆめみは朝から何も食べていなかった。

ゆめみは製作グッズを片付けて、人数分の椅子を出し、戸棚から急須と茶葉を出して、ポットにお湯を入れるため、病室を出ていった。

真田とジャッカルは椅子に座って幸村と雑談を始めたが、柳は座らなかった。

全てが気に入らないと思ったのだ。

寄り添うゆめみと幸村のサンタクロース人形も、当然のようにゆめみにお茶を淹れさせる幸村も、この部屋に何があるのか把握しているゆめみも、何もかもが気に入らなかった。

しかしその一方で、仕方のないことだと理解してはいた。

リハビリで10人のサンタを作ろうとなったら、まず試しにお互いの分を作ることも、病気で動けない幸村の代わりにゆめみが動くことも、頻繁にお見舞いに来ていれば場所も把握するだろうことも。

「蓮二?どうかしたのか?」

いつまでも座らない柳に、真田が不思議そうに声をかけた。
微妙な雰囲気になったのを察知して、柳は深呼吸をする。

しっかりしろ、柳蓮二!
精市のためのお見舞いで雰囲気を悪くしてどうする!

言い訳をしようとしたところで後ろから「蓮二ー、ちょっと手伝ってー」とゆめみの声が聞こえた。
幸村が「フフ、さすがは柳だね、これを見越していたのかい?」と言ったので、場はまた穏やかなものへと戻る。


その後は、穏やかに時間が過ぎていった。

焼き鳥を食べながら、本日の練習試合の結果報告をしたり、来週の練習メニューの打ち合わせをしたり、テニス関係の話が一通り終わると、ジャッカルはニヤリと笑った。

「そういえばさ、幸村、1人で焼き鳥屋に行ってたんだってな」

ジャッカルの話によれば、一度ジャッカルと幸村の2人で焼き鳥屋に行ったことがあり、その後何度か幸村は1人で通っていたらしい。

「ほぅ、1人焼き鳥とはまた趣きがあるな」
「うむ!1人焼き肉なら経験があるが、焼き鳥の方はまだ未体験だ!」

柳と真田が楽しそうに相槌を打つと、幸村は照れたように「秘密にしていたのに」と笑った。

と、その時、病室をノックする音が聞こえた。
全員で振り返ると、私服姿の仁王と柳生が立っていた。

「おや、みなさんお揃いですね」
「プリッ」

個室とはいえ病室が狭いので、少し挨拶をした後は、先に来ていた真田、柳、ジャッカル、ゆめみの4人は帰ることにした。

4人は駅まで歩く。
時刻はまだ15時過ぎだ。
帰るのには早い。

「お腹空いたー」

ゆめみがそう言うのと同時に柳も同じことを言って「とゆめみは言う」と続けた。

「焼き鳥足りなかったか?」とジャッカルが言うと、ゆめみは「みんなが食べるの早すぎるのー」と返した。

「ゆめみが食べたいものを何か食べに行くとしよう!俺もまだ付き合える!」

嬉しそうな真田に、柳とジャッカルも腹8分目といったところであったので、同意する。

ゆめみは少し考えて「ラーメンはどう?」と言った。





「ゆめこー!丸井くんー!」

ラーメン屋に着くと、入り口の前にゆめこと丸井が立っていた。
ゆめみは嬉しそうにぶんぶんと腕を振る。

どこのラーメン屋に行くか、という話になった時に、ジャッカルがオススメのラーメン屋があると言うので、そこに行くことになった。どうやら今そこのラーメン屋で、ジャッカルのお父さんがラーメン修行をしているらしい。
確か去年の6月の創立記念日にケーキバイキングで会って話した時はシェフだと聞いた気がするので、おそらくその後転職したのだろう。
いつか店を出すのが夢だという話を聞き、ゆめみは素敵だなぁと思った。
そのラーメン屋が、ゆめみの最寄駅の隣の駅の近くだったので、近くに住んでいるゆめこと丸井にも声をかけたのだった。

ゆめこと丸井は自転車で来たようで、電車で来たゆめみ達より早く着けたようだった。
ちなみに赤也は今日スクールの予定があると言っていたので声をかけなかった。

ラーメン屋ののれんを分けて中に入った。
休日の人気店とはいえ、15時にラーメン屋にくる客は少ないようで、6人であってもカウンターにすぐに通してもらうことが出来た。

「みんないらっしゃい!ジャッカルからいつも話は聞いているよ」

「俺の親父だ」照れ臭そうにそう言ったジャッカルに、仲が良い親子なんだろうな、と思って皆ほのぼのした。

「オーダーは決まりかい?」というお父さんの言葉に、真田、丸井、ジャッカルの順にメニューを見ながら声を張り上げた。

「チャーシューメン!」
「俺もチャーシューメンだろぃ」
「俺も同じやつで頼む!」

ゆめみはみんな肉好きだったことを思い出す。心では味噌ラーメンにしようと思っていたが、ゆめこが「私は醤油ラーメン」と言ったので、迷ってしまった。
ゆめみがメニューを見ながら迷いの森を彷徨っていると、ジャッカルの父親は優しく声をかけてくれた。

「お嬢ちゃんは何がいい?おや、もしかしてキミがゆめださんかな?彼氏の幸村くんのお見舞いに毎日行ってるんだってね、サービスするよ!」

全く悪気のない言葉に、場が凍りつく。
仲のいいお父さんにジャッカルがゆめみが毎日お見舞いに行っている話をしたのだろう、そこまでは自然な話であるが、その話を聞いて彼氏彼女だと勘違いしてしまったようだ。

ジャッカルは慌てて「親父、ゆめださんと幸村はそんな関係じゃねーよ!」と言った。

ゆめみは真っ赤になって戸惑っているし、真田も同じように真っ赤になって「かかか彼氏とは」と混乱していた。

他のメンバーはこっそり柳を見た。
柳は全く変わった様子が無かった。
冷静に「オーダーかまいませんか?彼女は味噌ラーメン」と言ったので、メンバーは心の中で安堵した。
しかし、そうではなかったのだ。

「俺は豚骨ラーメン、ニンニク増し増しで!」

と力強く言った柳に、あ、やっぱり気にしてると皆思った。

ゆめみは柳の言葉に落ち着いたようで「蓮二、塩ラーメンじゃないの?」と不思議そうに言った。薄味好みの蓮二には似合わないと思ったのだ。

「あぁ、ギトギトのこってり系ラーメンを食したい気分でな」

ゆめみは素直に受け取ったようで、楽しそうに「私も挑戦してみる!半分こしようね」と言った。

なんだかんだあっても、6人で並んでラーメンの食べるのは楽しく、最後まで笑い声が絶えなかった。


ラーメンを食べた後は解散となった。

電車組の真田と分かれて、5人は歩いて帰ることにした。
自然と前をジャッカルと丸井、後ろをゆめみ、ゆめこ、柳が歩く。
ちなみにゆめこの自転車は柳が押していた。

ゆめこはチラリと柳を見た。
その表情はいつも通りに冷静で、何も変わらないように見えた。
それでももう5年以上付き合いのある幼馴染である。表情には出なくても柳が落ち込んでいることをゆめこは分かっていた。

実は幸村が倒れてから、ゆめこは幸村と同じくらい柳のことを心配していた。

親友である幸村の病気に加えて、想い人であるゆめみが毎日のようにライバルの部屋に通っている状況である。
それがどんなに辛いことか、ゆめこ自身が恋をして、元カノとのモヤモヤを経験したことで嫌でも理解出来た。

「ね、ゆめみ、明日なんだけど、久しぶりにふわふわパンケーキ食べに行かない?」

ゆめこはゆめみにそう切り出した。
ゆめみは少し戸惑った。
明日は元々ゆめこと遊ぶ予定の日であったが、ここ1か月ほどは、ゆめこと遊ぶ日であっても、その前後に幸村のお見舞いに一緒に行っていたからであった。

ゆめこの言うふわふわパンケーキは、立海から海に続くグルメ通り通称「めしロード」の一画にあるパンケーキ屋で注文を受けてから作るので、いつも出てくるまでに40分位はかかるのだ。
パンケーキ屋に行けば、病院には行けないだろうと思った。

ゆめみは少し考えた後素直に「パンケーキ食べたいな」と言った。
しかしすぐに「でも、精市のお見舞い行かなくてもいいのかな」と不安を口にした。

「幸村くんに毎日来てって言われてる訳じゃないんでしょ」

ゆめこの質問に、ゆめみは首を振った。
消え入りそうな声で「ううん、私が心配だったから」と言った。
そして、また少し考えてから「でも今日の精市は元気そうだったな」と呟いた。

ゆめこも後押しするように「毎日誰かしらお見舞いに行ってるよね」と言った。

少し百面相した後、ゆめみは顔を上げてゆめこを見た。

「行っちゃおっか、ふわふわパンケーキ!」

ゆめみの中でもう大丈夫、という答えが出たのだろうな、と思った。

「そう来なくちゃ!」

ゆめことゆめみはハイタッチをする。

「私達ハロウィンバージョン食べ逃してるもんね、今はクリスマスかな?」

ゆめみの問いにすぐさまスマホで検索するゆめこ。
画面に映し出されたのは、パンケーキの上に乗った巨大なツリーのようなクリームであった。
ツリーはキラキラのゼリーでデコレーションされていて、その横にサンタとトナカイのチョコレートが乗っている。

「「可愛い!」」

ゆめみとゆめこの目が輝いた。
「でも何味かな?」と聞いたゆめみに、ゆめこは「ジャパニーズグリーンティーでしょ」と即答した。

その答えが抹茶でもメロンでも無かったので、ゆめみはケラケラと笑った。
クリスマスっぽくなくない?と。

ゆめみがゆめことパンケーキについて楽しく話をしていると、前を歩いていたジャッカルが「ゆめださん、今日本返していいか?」と声をかけてきた。
ジャッカルとゆめみは、昨年の創立記念日から時々本の貸し借りをしていた。
主にゆめみがゆめこの父親の小説をジャッカルに勧めていることが多いのだが、律儀な性格のジャッカルは時間はかかるものの、キチンと読んでくれるのだ。

ゆめみは「いいよー、どうだったー?」と言いながら、ジャッカルの隣まで走って行った。

柳とゆめこだけが残る。

柳はゆめみ達が小説の話に夢中になっていることを確認すると、切り出した。

「感謝する」

明日はゆめみが幸村の部屋に行かない、たったそれだけのことが、柳にとっては心から嬉しかった。
それが苦しんでいる親友に対する裏切りかも知れない、とは思ったが、柳自身が誘導した訳ではない、という言い訳も立つと思った。

ゆめみと幸村が2人の時間を過ごすことは憂鬱であったが、幸村の病気の改善を願う気持ちは誰よりも強い、そのパラドックスが柳をさらに苦しめていた。

泣きそうな顔をしている柳に、ゆめこは「何のこと?私はただパンケーキを食べたいだけだよ」ととぼけた。

そして、柳を元気付けるように、ゆめこは言った。

「言っておくけど、もし蓮二に同じようなことが起こったら、ゆめみは蓮二のことを同じように心配するよ」

柳は返す言葉を失った。
思いつかなかった、というのが正直な感想だった。

それはその通りだ、と柳の心にすっと降りてきた。
もし自分が精市と同じような状況になったら、優しいゆめみは同じように毎日お見舞いに来てくれるだろう。
同じように、優しい言葉をかけて、抱きしめてくれるだろう。
そう心から信じることができた。

柳は「ふー」と長く息を吐いた。

この1か月の重たい何かが勘違いのように消えて無くなった気がした。

救われた。

「むしろ今よりもっと心配するかも」

ゆめこの言葉に柳も言葉を被せて「とお前は言う」と言った。

「そして、俺もそう思う」

ニッと笑う柳はいつもの柳であった。

「きゃー!どうしよう!蓮二!」

前でジャッカルと丸井と話をしていたゆめみは、悲鳴をあげて柳のところに戻ってきた。

「私、忘れてた!今日蓮二の家でごはんの日だった!」

ゆめみは顔面蒼白である。
今日は両親共に帰宅時間が遅いため、柳の家で夕食をご馳走になる日だったのだ。
しかも蓮二の家は祖父母も同居のため、休日の夕食は早い時間なのだ。
昨日から柳の母親の翠が張り切って仕込みをしていたのを知っていたのに、どうしてラーメンなんか食べてしまったのか。とゆめみは自分を責めた。
いや美味しかったけど。

「蓮二どうしよう、きっとたくさん食べることが出来なくて蓮二ママをがっかりさせてしまうわ」

泣き出しそうなゆめみの頭を柳は優しく「計算済みだ」と撫でる。

「今日これから俺の家でしゃぶしゃぶをするのだが、参加してくれるだろうか」

日本語的には疑問文なのに、疑問符がつかない柳の誘いにゆめこ、丸井、ジャッカルの3人は「もちろん!」と答えた。

皆で食べたしゃぶしゃぶは楽しかった。





(220619/小牧)→138

お前が俺の心配をする想像をしたら、かなりマシな気分になった




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