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(いいや、ラッキーだろい/丸井・仁王)

真っ白な地面。氷の世界が広がる。
ここは横浜赤レンガ倉庫の横に、期間限定でオープンしているスケートリンクだ。

そこに丸井、仁王、ジャッカル、ゆめこの4人の姿があった。
この顔ぶれに特に深い意味はなく、「スケート行きてえ」と言い出した丸井が暇な人物を募ったところたまたまこのメンバーになった。

今日は12月中旬の日曜日。
テニス部の練習もオフなので、4人は午前中からスケートを楽しんでいた。
アートリンクとも言われるここは、夜景やイルミネーションと共にスケートが出来ることが最大の特長であり、わざわざ太陽が登っている昼間に訪れる人はあまりいない。早い時間であればある程混雑を避けることができるので彼らはこの時間帯を狙ってやって来ていた。

「私もうひと滑りしてこよーっと」

そんな少数派グループの一人であるゆめこは、軽やかに氷の地面を蹴った。スケート経験は皆無に等しかった彼女であったが、既に1時間近く遊んでいるのですっかり滑り慣れてしまったようだ。

くるんと踊るように回ったりもしていて、それを見ていた仁王は「器用やのう」と感心した。
壁に背中を預け、ポケットに手を突っ込んでいる彼はもうすでに休憩モードに入っている。

「俺も行くぜい」

と、丸井がゆめこを追いかける。
彼は途中でゆめこを追い越すタイミングで何か声を掛けた。抜かれたことに気付いたゆめこが慌てたように丸井を追いかけ、それはいつのまにか追いかけっこに変わっていて、キャッキャと騒ぐ二人を見たジャッカルは

「何やってんだアイツら」

と呆れたように言った。
その姿は恋人同士というよりさながら兄妹のようで、丸井の恋路を応援しているジャッカルにとっては少々焦ったい光景でもあった。
仁王も似たようなことを考えていたのか「まるで小学生やの」と彼は口の端を吊り上げるように笑いながら言った。
動きやすさを重視した服装にしたのか、今日のゆめこはデニムのオーバーオールにケーブルニットというボーイッシュな格好をしており、それも幼く見えた要因の一つだろう。

一通りはしゃいだ二人が満面の笑みで戻ってくる。

「喉渇いたねー」
「どっかで休憩するか?」

ジャッカルの提案にゆめこは「いいね!」と親指を立てた。

「スケートの後は甘いもん食いたくなるよな」
「丸井のそれはいつものことじゃろ」
「てかもう昼飯の時間じゃねぇか?」
「あはは、言われてみたらお腹空いてきた」

どこのレストランがいいか、何が食べたいかなどワイワイ話しながら4人はスケートリンクを出るためカチャカチャとスケート靴の音を鳴らしながら歩みを進める。

「おっと、ごめんねー!」

その時。ドン、と人がぶつかってきてゆめこは「わっ」と声をあげてよろめいた。
それ程強い衝撃ではなかったが、今のゆめこの足元は非常に不安定だ。滑るための施設で滑るための靴を履いている。おまけに筋力も無いゆめこがバランスを崩すには当然の状況が揃っていた。
転ぶ!彼女は一瞬の内にそう思った。

「っと、大丈夫か?」

予想していた衝撃の代わりに、ぼすっと何かが体を支えた。すぐ隣を歩いていた丸井がゆめこを受け止めたのだ。

「ごめん、ブン太くん」
「いいやラッキーだろい」

慌ててゆめこが謝ると、丸井はにこりと笑った。
どういう意味だろ?と一瞬考えたゆめこだったが、自分達の今の体勢に気が付いて納得した。

丸井が真正面からゆめこを受け止めたことで、まるで抱き合っているような体勢になっていたのだ。
人によってはセクハラとも捉えられる発言であったが、元はと言えば転びそうになったゆめこを助けるためにやったことで、そこには善意しかない。
咎めることも出来ずゆめこは困った顔で「もう」と顔を上げた。
しかし思っているよりずっと近くに丸井の顔があって、ゆめこの表情は少し驚いたものに変わった。

普段唯一抱き合っている恋人とは、首が疲れる程ゆめこが上を見上げるか、毛利が屈むかしないと今のように近距離で目が合うことはない。
すっかり毛利との身長差に慣れてしまっていたゆめこにとって、この距離感はとても新鮮だったのだ。
まじまじと自分の顔を見つめてくるゆめこに、丸井はごくりと喉を鳴らした。
くるんと上向きの睫毛が付いた大きな二重瞼が、自分だけを切り取ったかのように映し出している。
柔軟剤かシャンプーの匂いなのか、ふわりとフルーティーな香りが優しく鼻を掠めた。
たったそれだけのことで、「ああ、やっぱり好きだな」と思い知らされた。

「寒い?」
「ううん、へーきだよ」
「鼻赤くなってる」

丸井の指摘に、ゆめこは「え?ほんと?」と目をぱちくりさせた。手で触れて確かめようとしたところで、ちゅと鼻先に何かが触れ、ゆめこの動きが止まる。

「わりぃ、つい」

丸井の顔が離れて、ゆめこはようやく気が付いた。
「これでも我慢したんだぜ?」と不敵に笑う丸井に、じわじわとゆめこの顔が熱くなる。鼻にキスされたのだ。ゆめこは「えっ、え?」と鼻を触りながらあたふたしている。

「おい、ブン太」

見兼ねてジャッカルが声を掛けた。

「ゆめのびっくりしてんだろ」
「いいだろい?減るもんじゃねぇし」
「でも、心臓に悪いよ」
「ははっ、ドキドキさせれたんなら俺の勝ちだな」
「勝ちってなに?私は負けなの?」

ゆめこは狐につままれたような顔で丸井とジャッカルを交互に見た。
ジャッカルは混乱するゆめこの肩にぽんと手を置いて「飯食い行くか」と言った。普段丸井に振り回され慣れてる彼のせめてもの優しさ。気にするな、そう言いたいのだろう。
ゆめこは「行く」と短く返事をして、まるでママに着いていく小さい子供のようにジャッカルのあとに続いた。



「積極的やのう」

急に後ろから声を掛けられて、丸井はびくりと肩を揺らした。
振り返ると一部始終を見ていた仁王が立っていた。
丸井はすぐに先程の鼻チューのことか、と理解したが「いや、どの口が言ってんだよ」と、うっかり喉まで出かかって止めた。

以前仁王が不意打ちでゆめこにキスをしたことは、ゆめこ本人から聞いて知っていた。
しかしその時「内緒にしてね」とゆめこにお願いされていたので、丸井はずっと知らないふりをしていたのだ。

「そういう仁王はどうなんだよい?」
「何がじゃ」
「ゆめこのこと!好きなんだろい?」

前を歩くゆめこ達に聞こえないよう、丸井は仁王に小声で尋ねた。
同じ少女に恋をしていることはこれまでの言動でお互い既知の事実であったが、改めてこうして口に出して確認するのは初めてのことだった。
どうせ聞いてもはぐらかされるだけ、なんて丸井は思っていたからだ。

「好いとるよ」
「!」

だから、たった今仁王があっさりと明言したことに丸井は驚愕した。

「えーっと・・・」
「なんじゃ、自分で聞いといてそのリアクションは」
「いや、別に。お前本物の仁王だよな?」
「プリッ」

「偽物な訳ないか」と一人でブツブツ言っている丸井に、仁王は大袈裟に溜め息を吐いた。正直に答えてやったのになんだその態度は。と言わんばかりの不服顔である。
しかしこれまでの自分の素行を省みると丸井のリアクションも無理ないな、とも思える。
実際聞いてきた相手が丸井以外であったら、彼は言葉巧みにお茶を濁していただろう。しかし丸井とは、ゆめこが毛利と付き合う前から互いに意識して牽制し合った仲だ。恋敵であり戦友。今更誤魔化すような野暮な真似はしたくない。仁王はそう思っていた。
少なくともゆめこを傷付け泣かせた罪深き毛利よりかは信頼できる相手、それが丸井なのだ。

「お互い厄介な相手に惹かれてしまったのう」

ジャッカルと並んで前を歩くゆめこの後ろ姿を、仁王は優しい顔付きで見つめた。丸井もつられるようにゆめこに目を向ける。彼女はジャッカルとの話に夢中になっているのか、後ろを振り向く気配はない。

「盛り上がってんな」
「どうせアホみたいなことじゃろ」

仁王と丸井はちらりと目配せすると同時に二人に駆け寄った。

「えっ、さけチー焼いたことないの?」
「うまいのか?それ」
「やばいよ、バリうまだよ」
「へー」

「ほらな?」
聞こえてきた会話に仁王はすかさずそう言った。先程の鼻チューの衝撃は何処へ。ゆめこはすっかりいつも通りのテンションに戻っていた。
「わかる!俺も好き!」と丸井が話に混ざり、4人はスケート靴から自前の靴に履き替えながら、さけチーのアレンジレシピについて大いに盛り上がった。

それから脱いだスケート靴を返却して身軽になったところで、4人は赤レンガ倉庫の中へと入っていった。どうやらここでランチを食べていくことになったらしい。

ちなみに多数決で肉料理が有名なレストランに決まった。唯一ゆめこだけは「ガレットが食べたい」と主張していたが、腹の足しにならないという育ち盛り男子3人によってバッサリ却下された。
それがたとえ好きな女の子の意見であっても、彼らは容赦なかった。
すたすた歩く3人に「レディーファーストって言葉知ってる?」とゆめこは後ろから声を掛けたが、無視された。

レストランに着くと4人は丸テーブルの席に案内された。丸井、ゆめこ、仁王、ジャッカルの順でそれぞれ席に着く。
テーブルに置いてあるメニューを広げるとドドンと大きなステーキが目に入ったが、ゆめこは「私パスタランチにする」と即決した。他の3人は肉一択である。

早速注文を済ませ料理を待つ間、ゆめこはなぜかもう一度メニューを開いた。先程から肉肉肉と洗脳されるように聞かされたせいで、ちょっとお肉も食べたくなってきちゃったじゃん、などとゆめこは思い始めていた。
しかし今更注文を変えるのも面倒だし、かと言って追加で頼んで食べ切れる程大食いという訳でもない。
ゆめこは「よし」と何かを決意してメニューを閉じた。

「仁王くん、お肉一口ちょうだい」

頼まれた仁王はまたか、という顔でゆめこを見た。一緒に外食すると必ず言われる「一口ちょうだい」。仁王も男子にしては少食な方なのでいつも気にせずゆめこに分けていた。
嫌だと思ったことはないが「しょうがないのう」とわざと渋々了解したような返事をすると、ニヤついたゆめこが口を開いた。この顔はろくなこと言わないな、聞く前から仁王はそう思った。

「お礼に私のセットのサラダ、一口あげるから」

やっぱり。仁王は眉根を寄せて「いらん」と短く答えた。

「出た、野菜嫌い」
「俺には必要なか」
「好き嫌いは良くないでちゅよ、雅治くん」

わざとらしい赤ちゃん言葉を使い、ゆめこは仁王の頭をよしよしと撫でる。その光景を見ていたジャッカルは飲んでいた水をおもいきり吹き出しそうなった。
あの仁王にこんなナメた真似が出来るのは、学校中探してもゆめこくらいだろう。
最近ではコート上の詐欺師、などと呼ばれて周囲から恐れられている仁王を赤子扱いとは、少なくとも自分は絶対に出来ないことだ。
さぞおそろしい報復が来るのでは?と固唾を飲んで見守っていると、

「ゆめこちゃんがあーんしてくれるなら食べてもいいぜよ」

などと仁王が言ったので、ジャッカルはとうとう「ぶっっ!」と吹き出してしまった。

「汚っ!ジャッカルなんだよい?急に」
「わ、わりぃ」
「びっくりしたー、ジャッカルくん大丈夫?」

ゆめこは慌ててテーブルにあった紙ナプキンをジャッカルに渡した。「すまねぇ」と言いつつもジャッカルの動揺はおさまらない。いまだかつてあんな甘々な顔する仁王を、彼は見たことがなかったのだ。
てかブン太はなんとも思わねぇのか?とちらりと相棒を確認したが、彼は「何やってんだよ」と小言を漏らしながらテーブルを拭いていて特に気に留めていないようだった。むしろ丸井は内心「やるな、仁王。その手があったか」くらいに思っていた。

料理が運ばれてくる頃になると、ジャッカルはやっと落ち着きを取り戻していた。

「写真撮るから3人ともこっち向いて」

ゆめこの呼びかけに全員が同時に顔を上げると、彼女はスマホ持って構えていた。鉄板に乗った熱々のステーキ肉と一緒に写真を撮りたいらしい。

「赤也くんに送りつけようと思って」
「はは、ナイスアイディアだろい」
「来たがってたもんな、あいつ」
「今頃真田にこってり絞られるとこじゃなか?」

本来ならば一緒にスケートを楽しむ予定だった赤也を思い出し、ゆめこは「ドンマイ」と菩薩顔で手を合わせる。
先日行われた期末テストの結果が例によって例の如く散々だったため、彼は今真田とマンツーマンで勉強会をしているのだ。もうすぐ訪れる冬休み中に補習があり、そこで追試を受ける予定になっているのだとか。

「遊びに行っている暇などあるか!たるんどる!」

と真田に首根っこを掴まれ連れて行かれた赤也の後ろ姿を、ゆめこ達は忘れないだろう。

ゆめこは赤也宛に先程スケートリンクで撮ったものと合わせて、数枚の写真を連投で送りつけた。既読がつかない。おそらくスマホすら触らせてもらえない状況なのだろうな、とゆめこは察した。
せっかくイジろうと思ったのに、なんてろくでもないことを考えていると、隣からスマホを覗き込んでいた丸井も同じ思考回路だったのか「なんだよ、つまんねぇの」とぼやいていた。

諦めてスマホをカバンにしまい顔を上げると、一口大にカットされたステーキ肉が目の前に飛び込んできてゆめこは驚いた。ステーキに刺さったフォークの先を辿っていくと仁王がいて、彼は「一口欲しいんじゃろ?」と言った。

「ありがとう」
「口開きんしゃい」
「食べさせてくれるの?」

こくんと仁王が頷くと、ゆめこはにっこり笑ってステーキ肉を頬張った。リスのようにもぐもぐと咀嚼をした後「おいしー!」と満足したように言った。

「お礼にサラダあげるよ」
「まだ言うか」

けらけらと笑いながら小突き合う仁王とゆめこ。
そんな二人を尻目にステーキを頬張っていたジャッカルは思い出したように口を開いた。

「そういえば、この前の期末もすごかったなゆめの」

名前を呼ばれ、ゆめこははたと顔を上げる。

「期末?何だっけ?」
「順位だよ、今回も良かったろ」

おそらく廊下に貼り出された順位表を見たのだろう。ジャッカルは関心したように言ったが、ゆめこは「あー」と歯切れの悪い返事をした。そのリアクションに「なんだよ?嬉しくねぇの?」と話を聞いていた丸井が割って入る。

先日行われた期末テストでゆめこは12位だった。
10位以内に入るとたいそう面倒なことになるので、ゆめこはこれまで意図して点数の微調整をしてきたのだが、今回は少し危うかった。あと僅かに点数が高ければ10位以内に入ってしまったのだから。順位表を見て「あっぶな」と呟いたのは記憶に新しい。

真面目にテスト勉強に取り組んでいる者達からしたら目の敵にされそうな言動であるが、面倒なものは面倒なのだ。論文大会も高等部との合同講義もごめんである。

「たまにね、自分でもびっくりするの」

ゆめこはパスタを食べていた手を止め、深刻なトーンで口を開いた。カチャリ、と持っていたフォークとスプーンを置いたゆめこを3人は不思議そうに見つめる。

「ブン太くん、ちょっとそこのメニュー取って。どれでもいいよ」

ゆめこはテーブルの端に置いていた数枚のメニューを指差した。グランドメニュー、季節のメニュー、ドリンク、アルコール、とそれぞれラミネートされたメニューがあって、「どれでもいい」と言われた丸井はドリンクメニューを取ってゆめこに渡した。
受け取ったゆめこはじっとドリンクメニューを食い入るように見ると、またすぐに丸井に返した。

「上から行くよ。レモネード、ペプシコーラ、ジンジャエール、メロンソーダ、アセロラドリンク、アイスコーヒー、アイスウーロン茶、アイスレモンティー、アイスキャラメルマキアート、カフェモカ、ココア、リンゴジュース、オレンジジュース、健康緑黄色野菜ジュース、グレープ」
「ちょ、待て待てい!」

早口言葉のように急にメニューを言い出したゆめこに、丸井は思わず待ったをかける。しかし「合ってる?」と聞かれ、丸井はメニューに視線を落とした。
「合ってる・・・」ぽつりと呟かれた声に、仁王とジャッカルもぎょっとしてメニューを覗き込んだ。
ゆめこはその後もつらつらと途切れることなく豊富なドリンクメニュー全58種類を言い切った。しかも順番も合っている。

ゆめこがメニューを見ていた時間は1分も無い。まさかあの短時間で全て暗記したというのか。信じられないといった目線を向けられ、ゆめこははぁとため息をつくと頬杖をついた。

「前から記憶力には自信があったんだけど、最近特にすごいの。自分でもちょっと引いてる」
「まじかよ」

一年の時同じクラスだったジャッカルは、たしかに本人の口から「記憶力がいい」「見ただけですぐ覚えられる」などと聞いたことがあった。しかしこんなとんでもないものだと思っていなかったので、驚いて目を丸くした。

「すげー、便利じゃん」
「うーん、まぁね。テスト勉強は楽ちんだからいいんだけど、ちょっと変じゃない?私」
「そんなことねーよ!」
「もっと違うことにも活かせそうやの」
「そうかなぁ?」
「自慢していいって!それ」

丸井と仁王の二人にフォローされ、小難しい顔をしていたゆめこは「ありがとう」と少し恥ずかしそうに微笑んだ。
とは言え今のところ他に活用できる場もないのだが。

「でもさ、そんだけ記憶力良いと頭パンパンにならねぇ?余計な情報も入ってくるだろい?」
「あぁ、それがさぁ。自分で"覚えよう"って思わない限りは大丈夫なんだよね」
「なるほど」

ゆめこの答えに丸井は途端に腑に落ちた顔になった。
あれは二年に進級してすぐのことだったか、同じクラスになった丸井はゆめこが何度もクラスメイトの名前を間違えたり忘れたりしているのを間近で見てきた。
裏を返せば相手に興味が無いということなので、大分失礼なことではあるがそれはそれで彼女らしい。ジャッカルも同時に、そういえば赤也の名前も間違って覚えてたな、と数ヶ月前のゆめこの姿を思い出して思わず苦笑した。

「参謀が羨ましがりそうやの」
「あはは、そうそうよく言われる。だから夏の合宿も手伝って欲しいって頼まれたんだよね、データ整理するのに便利だからって」

今年の夏、柳の叔父のペンションで行われたレギュラー陣による合宿。そこにゆめことゆめみも参加していたのだが、ゆめこが参加した本当の理由が分かった気がして3人は「あー」と声をハモらせた。これだけ記憶力が良ければデータを共有する分にもラクだろうし、幼馴染という関係値を度外視してもあの柳が頼りたくなる気持ちも分かる。

ゆめこは3人に自分の記憶力のことを吐き出してスッキリしたのか、再びパスタを食べ始めた。
そんな彼女を丸井はちらりと見た。彼の頭にはある考えが過ぎっていたのだ。

マネージャー、してくんねぇかな?

丸井はそんなことを思っていた。常々邪魔だと思っていた毛利はもはや引退しているし、タイミング的にもちょうどいい。誘ってみようかな、と口を開きかけたところで、

「やっぱりゆめの、マネージャー向いてるんじゃねぇか?」
「えー、無理無理」

というジャッカルとゆめこのやり取りが聞こえて、丸井は慌てて口を噤んだ。今まさに言おうとしていたことをジャッカルに先越され、挙げ句バッサリと断る彼女を見て、ゆめこ相手じゃ一筋縄じゃいかないか。と丸井は思った。

同じクラスで毎日顔を合わせているだけでなく、こうして休みの日も一緒に遊んだりしているのに、部活の時間まで一緒にいて欲しいと願ってしまう自分はつくづく欲深いと思い知らされる。

「ええ響きやのう、ゆめのマネージャー」
「あはは、仁王くんまでやめてよ」

仁王も同じ気持ちなのだろうか。茶化すような言い方ではあるが目が本気だ。

「テニス部のマネージャーやりたい子なんてたくさんいるでしょ?どうせならめちゃくちゃ美人な子でもいれたら?やる気出たりして」

そう言ってニヤニヤと笑うゆめこを見て、他の3人は顔を見合わせる。

「あー、うち表向きはマネージャー募集してねぇんだ」
「そうなんだ。確かに女の子殺到しそうだもんね」

苦笑を浮かべるジャッカルに、ゆめこはそれだけで色々と察したのか丸井と仁王の顔をチラリと見て言った。

実際マネージャー業務は一、二年生の部員がいれば事足りているので、今のところマネージャーを募集するといった話は出ていない。それは「余計な混乱を招かないためにも」という現部長である幸村の意見でもあった。

他人事のように「残念だね〜」とけらけら笑うゆめこ。
そんなまるで脈無しな彼女の態度に、仁王と丸井は揃って大きな溜め息を吐いた。





(220626/由氣)→140

ガレットはゆめみと食べに行こう。




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