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(いやただ繋ぎたかっただけだ/手塚•柳•真田)

12月24日クリスマスイヴ。
東京都渋谷区代官山駅前にゆめみは立っていた。

歩く人はみんな洗練された大人に見えて、場違いな気がしてソワソワしてしまう。
コスメショップのショーウィンドウに映る自分を見て、おかしいところがないか確認した。

時刻は10時30分。11時集合と言われていたのに、早く会いたいと思っていたら、30分も早くに着いてしまった。
あと30分もここでずっとドキドキしてたら、寿命が縮んでしまうかも、と思った。でもそんな時間も嬉しい気がして、ゆめみは恋って複雑、なんて思った。

そう。今日は待ちに待った、ゆめみの想い人である手塚とのクリスマスデートの日だ。

正確に言えば、付き合っているわけではないので、デートとは言わないかもしれないし、手塚にはドイツ語のクリスマスパーティーに参加しないか?と誘われただけだった。

それでも親友のゆめこと散々恋バナで盛り上がったこともあり、ゆめみの気持ちは最高潮に達していた。
ゆめみはショーウィンドウに映る自分を見て昨日のことを思い出していた。



前日の12月23日のこと。

ゆめみはゆめこと横浜赤レンガのガレットのお店に来ていた。2人の席の隣には、たくさんのショップバッグが置かれている。
毎年クリスマスのお祝いをしていた2人だったが、今年はクリスマスイヴ、クリスマス共に予定が入っているため、こうしてクリスマスイヴイヴに遊ぶことにした。

「ここに来たかったの」

着席して1番にそう言ったゆめこに、ゆめみは首を傾げる。

「あれ?先週仁王くん達と赤レンガのスケート場に来たって言ってなかった?」

赤レンガと聞いてガレットを食べた思い込んでいたゆめみ。ゆめこから続けて「それがさ」と肉好き3人と一緒だったためそれが叶わなかったと言う話を聞いて、思わず大笑いしてしまう。

「あはは、みんなお肉好きだよねー!」
「ほんと、私達魚派なのにね」
「私達どちらかと言えばそうだよね、あ、精市は魚派だよ」
「魚派少ない!立場弱いよー!」
「あはは、本当だ」

ごはん系とスイーツ系のガレットを1枚ずつ注文して、お水を一口飲むと、ゆめみとゆめこは向かい合った。

「さて、本題に入ろうか」

そう切り出したのはゆめこだ。真面目な雰囲気に、ゆめみは早くもくすくすと笑っている。

「はい、ゆめこはクリスマスデートだね、楽しみ?」
「えっ、私から?・・・もちろん!楽しみすぎるけど」
「きゃーん、浮かれてるゆめこが可愛いよ、素敵な彼氏と最高のクリスマスになるね!」

ゆめみは桃色のほんわかとした雰囲気を醸し出すゆめこにメロメロだ。

「あれ?ゆめみ、寿三郎さんとのことそんなに応援してくれてたっけ?」

ゆめこは全力で応援するゆめみに少し戸惑った。確かに親友であるゆめみはいつでも自分の味方でいてくれてはいたが、毛利に関しては女性関係でいろいろあった過去がある。
潔癖な柳とゆめみは当時毛利に物凄く怒っていて、一生許さない的な雰囲気だったのだ。
柳に関しては、テニス部での毛利の態度のこともあり、今でも険悪なムードだ。

「えっ?」

ゆめみは目を大きく開けた。そして、微笑んで「もちろんだよっ」と言った。しかしその目は泳いでいる。

実は毛利からゆめこへのクリスマスプレゼントの相談を受けていたのだ。
クラスでは柳といつも一緒のため、わざわざ美化委員の仕事中に話しかけられ、その場でゆめこへの想いを聞いたゆめみは、過去のことも誤解だったことを知った。
そうして、蓮二には悪いが、毛利応援隊に入ったのだった。

「なんか目、泳いでない?」

長年の付き合いのあるゆめこを完全に騙すのは難しかった。ゆめみは残念ながら嘘つきの才能が無いようだ。
しかしロマンスを邪魔するつもりもないゆめみは「ねぇ、どこに行くの?」と話題を変えた。

「コスモワールドだよ」
「きゃー!良いね、大観覧車で2人きりの密室、鏡館でうっかり抱きついちゃう2人!?どうなってしまうのでしょうか」
「ゆめみ、テンション大丈夫!?」

と、盛り上がっていた時に、出来たてのガレットが運ばれてきて話は中断された。
少し料理の話を挟んだ後、ゆめこはゆめみに聞いた。

「明日だよね?手塚くんとのデート」

それまで美味しいねーとガレットを食べてたゆめみが、みるみる内に真っ赤になる。

「デ、デートじゃないよ!私のはただのドイツ語教室関係みたいだから、ほらドイツ語教えてもらってる身だから、仕方なしというかそんな感じだよ」

続けて「だから、期待しちゃだめなの」と消え入りそうな声で言うゆめみ。
ゆめこは話でしか聞いてはいないが、柳が警戒していることを知っていることもあり、絶対脈アリでしょと確信していた。

「手塚くん前回はわざわざ誕生日に誘ってきて、今回はクリスマスイヴでしょ、絶対何かが起こる」
「何かって何・・・?」
「私の口からは言えない何かだよ」
「ど、どうしよう」

ゆめみは更に真っ赤になって、困ってしまった。顔の火照りを収めるように水を飲む。
そんなゆめみのうぶな反応にゆめこはにやにやした。

「どこで会うの?」
「代官山だって」
「都会の男だね、手塚国光」
「そんな風に言わないで、かっこよすぎちゃうから」

もはやパニックである。
ゆめこはわたわたするゆめみを見て、このときめきの一欠片でも蓮二に感じてあげればいいのに、なんて不憫な幼馴染のことを思った。

「今日買った服の中で、明日着てけそうなのあるかなぁ?」

服のセンスに置いて信頼を寄せているゆめこにゆめみは聞いた。ゆめこは少し考えて答えを出した。

「やっぱり清楚系かな、今日買ったニットワンピースはどうかな?」
「ピンクのやつ?」
「そうそう、ロング丈だけど体のラインが出て可愛いと思う!」
「うーん、ちょっと自信ないな」

ピンクと言ってもワインレッドとマゼンタを混ぜたような上品な色のニットワンピースを思い浮かべながらゆめみは聞いた。体のラインが出るのはマイナスなのではないかと思ったのだ。

「先週も一風ちゃんから可愛い水着借りて着てみたのに、蓮二からすぐ着替えろって言われちゃったし」

ビキニ事件のことか、とゆめこはすぐに分かった。その一件は柳からも聞いていた。その内容は可愛すぎて危険だからゆめみにビキニを薦めることはしないで欲しいというものであったが。ゆめこはこの2人に板挟みにあって苦労することもあった。

「私が補償するよ、絶対可愛いから大丈夫!」


と言うゆめこのすすめで、ゆめみは今、そのニットワンピースを着て、代官山に立っていた。

ゆめみはもう一度、ショーウィンドウに映る自分を見る。
可愛いピンクのニットワンピに、白いコートを羽織って、ヒールのショートブーツを合わせている。

ゆめこが言うなら大丈夫。
でもちょっと気合い入りすぎかなぁ。

時計を見ると、驚いたことに先程から1分しか経っていなかった。
こんな時間をあと30回も繰り返すのか、とゆめみは思った。恋ってタイムループ。

「あの人さっきからずっといるよね?なんかオーラがあると思わない?」
「モデルかな?かっこいい」

コスメショップで買い物を終えた女子高生の声に、ゆめみは視線をそちらへと向ける。
すると、更に出口側に進んだアイスクリームショップの横で、立っている人がいた。

間違いなく、手塚国光本人であった。

伏せ目気味ではあるが、スマホをいじったり本を読むそぶりもなく、ただただ立っている姿が、こんなにかっこいいなんて。

え、まだ待ち合わせ30分前なのに。
ずっと早く会いたいと思っていたのに、今度は隠れようかなと考えている自分がいた。

だって30分も前から来ちゃうなんて、楽しみにしていたことがバレバレすぎて恥ずかしい。
でも手塚が改札から見て出口側にいたと言うことは、30分早く着いたゆめみよりも更に先に来ていたと言うことだ。
一体何時からここにいるんだろう。
ドキドキしすぎて困ってしまう。

ゆめみは結局隠れることも、声をかけることも出来ずに手塚を見ていた。
すると手塚が先に気付いて、ゆめみの方に歩いてくる。

「気が付かなかったようだな、待たせてしまったか?」

ネイビーのコートに、ワインレッドのマフラーを合わせている。シンプルな装いだが、手塚の魅力を最大限魅せることに成功している。
ゆめみは心の中で彩菜ママグッジョブ!と拍手を送った。手塚は自分で服を買うタイプでは無いとゆめみは知っていた。
事実、彩菜はゆめみとのクリスマスデートの話をなんとか手塚から聞き出して、服装に関して裏であれこれ誘導していた。

「国光くん、今日は招待ありがとう」

ドキドキする胸を抑えながら、ゆめみは言った。手塚はゆめみの顔をじっとみて、微笑んだ、気がした。

「今日は泣いていないのだな」

その表情はほっとしたようで、ゆめみは心が痛んだ。もしかして、鎌倉でのこと、ずっと気にかけてくれていたのかも、と思ったのだ。

「ありがと、もう大丈夫」

ゆめみの回答を確認すると、手塚は「こちらだ」と先を歩いて、駅構内から外に出た。
クリスマスイヴの代官山は、どの店もクリスマスらしい装飾がされている。
流れるクリスマスソングも気分を盛り上げてくれていた。
素敵な街を歩くと心がうきうきした。

そんなに混んでいるわけでもなく、隣同士で歩いても問題無さそうだったので、
ゆめみは少し急いで手塚の隣まで歩いた。

手塚は追いかけてきたゆめみを振り返って、少し驚いた顔をした、気がした。

「可愛い格好だな」

ゆめみは心臓を撃たれた。

先程はゆめみに会えたことに気を取られていて、服装まで見ていなかった手塚が、気づいただけの話であり、手塚はただそう思ったから言っただけであり、側から見れば手塚はいつもの手塚で、全く微笑んではいないし、この言葉も単調であった。
しかし恋の真っ只中にいるゆめみには、手塚は微笑んで見えたし、その背景はキラキラしてるようにさえ見えた。

いつのまにか、乙女ゲームの中に転生してしまっていたのかしら、とゆめみは本気でそう思った。
最近見た小説でそんなものがあったのだ。

「そんなことない」と言いかけて、格好が可愛いのだったら間違いないのでは?とゆめみは思い直した。だってゆめこが選んでくれたファッションだ。
可愛くないわけがない。

ゆめみは手塚に小さく会釈して「ありがとう、ゆめこに選んでもらったの」と言った。
手塚が続けて「そうか、友人はセンスがいいな」といったので、ゆめみはとても嬉しくなった。

会話を始めると、緊張していたのが嘘のように自然体になれた。
手塚の隣は居心地がいい。

すっかりいつもの調子に戻ったゆめみは、ゆめこがどんなに素敵な女の子かを手塚に話して聞かせた。
そこから友人の話になり、青学メンバーの話になった。

「この間の合同音楽祭で指揮者をしたんでしょう?」

「見たかったなぁ」とゆめみは言った。
実際には、不二がゆめみを元気付けるために手塚が指揮をしている動画を送ってくれたので、ゆめみはそれを毎日のように見ていたし、ゆめこにも何度も見せた。
終いにはゆめこがふざけて指揮の真似をするようになり、それを見ていた丸井とジャッカルがゆめこの指揮に合わせてラップバトルを始めるということにまで発展した。
ゆめみはその時のことをふいに思い出して、うふふと笑った。本当に可笑しかった。

ゆめみがそんなことを思い出しているとも知らない手塚は、ゆめみが楽しそうにしているのを勘違いしていた。

「合唱が好きなのか?母親が撮影していたはずだ、今度見にくるといい」

違うのに、と思ったが見れるものならば見てみたい。彩菜ママならお願いすればダビングもしてくれそうだ。それは家宝になる。ゆめみは「楽しみにしてるね」とだけ言った。

少しすると、2人は無言になった。
手塚は元々寡黙な性格であるし、ゆめみもこの静寂を楽しみたいと感じていた。

言葉は無くても、手塚が穏やかにゆめみを見つめているので、ゆめみもそっと手塚を見つめ返していた。
それはとても幸せな時間だった。

「着いたな」

そんな時間は、手塚の一言で終わりを告げる。ゆめみも同じように足を止めると、そこは可愛い雑貨屋だった。
クリスマスカンパニーという看板がかかっており、全面ガラス張りの入り口から中が見えて、ゆめみは小さく歓声を上げた。
中にはお店中いっぱいにクリスマス関係の小物や雑貨、人形などが並んでいる。

「素敵ね」

ゆめみがキラキラした瞳をしているのを、手塚はじっと見ていた。

「先日ランニング時に見つけて、ゆめみが気に入るだろうと思ってな」

それはすごく嬉しいと思った。国光くんの日常の中で、自分のことを考えてくれたこと。

「だが11時オープンで、まだ開店までは時間がある、近くにカフェもあるが」

ゆめみは「私、ここにいたいな」と即答した。
ガラス越しに店内のツリーや装飾品を見ることが出来るし、なんだかずっと見ていたいと思ったのだった。
手塚は少し驚いたようであったが、すぐに「そうか」と言った。そして、ゆめみに手を出した。

「では手を繋ごうか」

ゆめみはびっくりして、お店から目を離して手塚を見た。手塚は目を逸らすことなくゆめみを見ており、怯むことなく「寒いだろう」とゆめみの手を握った。
手塚の手は温かくて、ゆめみは暑いくらいと思った。心臓の音は聞こえてしまっていたに違いない。
手塚は天然なところがあるので、ただ善意からくる行動だろうとゆめみは分かっていたが、ときめかずにはいられなった。

数分の後に前で待っていた2人に気付いて、店員さんが少し早くお店を開けてくれた。
ゆめみは少し、いやかなり恥ずかしかったが、手塚はいつも通りだったので、ゆめみもなんでもないふりをして、手をさりげなく離した。

お店の中は、外から見ていた以上に可愛くて、ゆめみは楽しそうにくるくる回って可愛いクリスマス雑貨を眺めた。

「伝えそびれていたのだが、今日のクリスマスパーティーには、クリスマスプレゼントを持ち寄ることになっている」

クリスマスパーティーお決まりのプレゼント交換と言うものだろう。

「ここで買ってもいい?」
「あぁ、俺もそのつもりだ」

価格は千五百円以内と決まっている、と言われゆめみはきょろきょろ見回した。
目的があると、ショッピングはもっと楽しい。
迷ったが、ゆめみはスノードームに決めた。
中に楽しそうに踊る妖精が入っていて、ふると中のキラキラが舞って魔法みたいだと思った。手塚はお菓子の詰め合わせを選んでいたので、ゆめみは手塚の後ろに並んだ。

「これと彼女の持っているものを購入したいのだが」

財布を開けておつりのないように10円玉を探していたゆめみは驚いた。
店員さんはにこやかに、かしまりました、プレゼント包装しますね、と会計が進んでいく。

「え、いいよ、私お金持ってるし」
「俺が誘ったのだから構わないでくれ」

「え、でも、じゃあ・・・それは私がもらってもいい?」

とんでもないことを口走っていた。

カラン、と音を立てて店の外に出た後も、ゆめみは顔を真っ赤にしたままだった。
とっさにプレゼントしてもらえるなら自分がもらいたいと思ってしまった。
でもまさかそれを口走るなんて。

結局手塚はそのまま会計を済まして、動揺したゆめみは、レジの隣に置いてあった木製の天使の置物を買ったのだった。

恥ずかしそうにしているゆめみの前に、手塚はスノードームを出した。半透明の袋に入ってリボンのついたそれは、渡された振動でまたキラキラとした雪が舞って綺麗だ。
ゆめみが思わずそれに見惚れると、手塚はそのままゆめみの手にそれを握らせた。

「これはお前へのプレゼントにしよう、メリークリスマス」

ゆめみはぎゅっとそれを抱き寄せた。

「ありがとう、大切にするね」

手塚は心から嬉しそうにしているゆめみを見て、そんなにスノードームが欲しかったのかと思った。可愛い、とも。

「それから、これも受け取って欲しい」と手塚は鞄から四角い箱を出した。

「台湾で買った茶器だ」

10月の修学旅行で買ったものだろう。律儀に渡す機会を待っていてくれたのだと思うと嬉しかった。開けてみると花の柄が可愛いかった。

「すごく可愛い、ありがとう」

ゆめみはカバンの中に手を入れると、リボンのついた包みを出した。

「私からもプレゼントがあるの、メリークリスマス国光くん」

それはクリスマスモチーフのクッキーだった。半透明の袋の中にツリーやジンジャーマン、キャンディケインなどの形のクッキーが入っている。

「手作りか?」
「うん、1人で作ったの」
「大切に頂こう、ありがとう」

本当は、少し母親に手伝ってもらったのだが、ゆめみは全部自分の手柄にすることにした。手塚に良く思われたい乙女心だ。母親だって理解してくれるだろう。

その後は、ドイツ語教室のクリスマスパーティーに参加した。
黒いパラソルがお洒落なテラス席の貸切だった。テラス席だったのに、大型ストーブのおかげで全く寒いなく、コートを脱いだ軽装でいられた。
レストランの海外にいるようなウッディな雰囲気に驚き、その店がイタリアンだったことにも驚いた。勝手にドイツ料理の店での開催だと思っていた。
ドイツ人の先生に理由を聞いたら普通にイタリアンの方が美味しいだろう?と言われた。

そして、日本人の学生達とドイツ人の先生のクリスマスパーティーだと思っていたら、それも全然違った。
ほとんどが大人で、日本人半分、外国人半分といった感じだった。

自由な雰囲気で、元々はドイツ語を学んでいる人達の集まりなので、ドイツ語が主流であったが、中には日本語を勉強中で日本語で話したいドイツ人もいたし、頑なにフランス語しか話さないフランス人も混じっていた。

もっと語学の勉強寄りで話せなかったらどうしようと少し不安に思っていたのが、全くの杞憂だった。
ゆめみは最年少でドイツ人のお姉様方に人気があり、ゆめみに合わせてゆっくり話してくれたため、ゆめみでも簡単なドイツ語でのやりとりを楽しむことが出来た。

クラフトビールが有名なお店だったので、生まれて初めてノンアルコールビールに挑戦してみた。一口はなんとか飲み込めたけど、あとはもう20になるまで飲まなくていいやと思った。苦い。どうして大人はこれに夢中になるのかしら。

ゆめみはいろんな人とコミュニケーションを楽しみながら、時々手塚を見ていた。
流暢なドイツ語で先生方と話す手塚はかっこよくて、控えめに言っても最高。
ノンアルコールビールを飲む姿なんかは、もう様になりすぎていてくらくらした。

あっという間に時間が過ぎ、お開きとなった。


手塚とゆめみは、代官山駅へと歩いていた。
その足取りは軽く、クリスマスパーティーが楽しかったことが伺える。
ゆめみの頭にはプレゼント交換でゲットしたクリスマスらしいヘアアクセがついている。
時刻は15時45分。
早くもすでに薄暗くなってきていた。

「あっ、マッサージしてあげる!」

元々は手塚の腕を治すためのマッサージしてあげると約束して始めたことだったのに、いつのまにかただ楽しんでいる自分がいた。

ちょうど代官山アドレスの中を通って駅に向かっているところだったので、途中のベンチに並んで座ることにした。

手塚が腕を見せるために、コートを脱いで服をまくると、思わずゆめみは「寒いのにごめんね」と言った。
手塚は「ゆめみに揉まれるのだから寒くはないさ」と言ったので、マッサージ中のゆめみは珍しく無言だった。恥ずかしい。

手塚が天然では無くて、自分のことが好きで、いかに私をドキドキさせるか研究している人だったらいいのに、なんてそんなことを考えた。

「国光くん、今月も頑張りましたね、えらいよ」

最後にゆめみはそう言った。手塚の腕は2ヶ月前よりも更に良くなっていた。先月会えかったことで変わってしまってたらどうしようとも思ったが、きちんと腕の負荷を考慮した練習をしており、通院もしているようだった。

手塚はこの褒め言葉が聞きたくて、俺は練習をセーブ出来ているのだな、と再確認した。

帰ろうか、と2人で立ち上がったその瞬間。

パッとイルミネーションが一斉に点灯した。16時になったのだ。
その場にいたカップル達もその綺麗さにざわめいた。

空を見上げれば、光のカーテンが流れていた。白を基調とした光が降り注ぐ。

「綺麗」

皆がイルミネーションを見ている中、手塚だけはゆめみの瞳の中の星のような光を見ていた。キラキラと輝いている。

「あぁ、綺麗だな」

無邪気なゆめみは満面の笑みで両手を上に上げた。

「ホワイトクリスマスだね」
「そうだな」

「ね、このキラキラした海の下をずーっと歩いてみようよ」ゆめみは上を見上げたままそう続けた。手塚はそれには同意だったが、一切手塚を見ないゆめみが少し寂しいと思った。
気づけば嬉しそうにひらひら動くその手を捕まえていた。

急に手を繋がれたゆめみは、手塚を見た。手を繋がれた部分があったかいと思った。手塚はきっと自分よりも体温が高いのだろう。
ゆめみは恥ずかしさから少し赤くなったが、見つめた手塚はいつも通りだった。

「えっと、ありがとう、寒いもんね」

クリスマスカンパニーで手塚が言っていた理由を思い出してゆめみは言った。

『いやただ繋ぎたかっただけだ』

と素直にそう思った。ゆめみの手は細くて滑らかで気持ちがいい。だから繋ぎたかった。
しかし、ゆめみの手は少し冷たくて、あたためたかったというのも完全に間違いではないか、と思い直した。

「歩こう」

手塚とゆめみは手を繋いだまま、歩き出した。
クリスマスの代官山は仲の良さそうなカップルばかりが同じように手を繋いで歩いていて、ゆめみは自分達もカップルみたいに見えていたらいいなと思った。

その光の海の下を歩いて行くと、クリスマスツリーがあった。それも白い光をベースに、繊細な模様が輝いていてとても綺麗だ。
光の一粒一粒が宝石みたい。

ゆめみは足を止めた。
夢みたい。
好きな人と、クリスマスイヴに、こんな綺麗なツリーを見ているなんて。

2人はしばらく自然にツリーを見ていたが、ずっとこのままでもいられない、ゆめみは何か話題はないかと考えた。
もっと一緒にいたいという気持ちでいっぱいだった。

「国光くんは、どうしてドイツ語を選んだの?」

外国語を学ぶのに理由は無いかもしれないが、数ある外国語の中でドイツ語を選んだのには理由があるだろうと思った。
過去に手塚の部屋にスイスの山マッターホルンの写真が飾られていたので、そういう関係かな、と軽い気持ちで聞いたのだった。

手塚は少し思い出すような遠い目をしてから話し出した。

「俺がテニスを始めたのは、5歳の時だった。父親からラケットを贈られたのがきっかけでな」
「5歳からずっと続けてるんだね」

ゆめみはそれがどうドイツの話に繋がるのか不思議に思ったが、手塚の昔話は珍しく、興味深く耳を傾けていた。

「すぐに確信した、この道に一生を捧げることになると」

手塚の瞳に強い意志を感じて、ゆめみは目が離せなくなった。その光は、幸村が3連覇について語る時の光と似ていた。それはプロになるってことなんだろうな、とゆめみは理解した。
素敵だな、と思ったし、国光くんなら絶対になれるとも思った。好きな人の夢の話を聞いて、ゆめみは嬉してふわふわした気持ちになっていた。
次の言葉を聞くまでは。

「俺は全国大会を終えたらドイツに行くつもりだ」

ゆめみはびっくりしすぎて、急に足に力が入らなくなった。

「大丈夫か?」

すぐに手塚が支えてくれたため、怪我することは無かったが、ゆめみは動揺していた。

「ごめん、びっくりしたの、全国大会って来年の8月のだよね?」

ゆめみは高校3年の全国大会かもしれない、と期待したが、手塚の答えは「そうだ」だった。
あと1つの春と、1つの夏しかない、とゆめみは思った。ずっとこんな関係が続くと勝手に思っていた。
衝撃的すぎる告白だった。
高校で国光くんと同じ学校に通えたら、なんて想像していた分、ショックは大きかった。
浮かれていた気持ちが遠くに飛んでいってしまったようだった。

「あの」

ゆめみはなんて言ったらいいのかわからない。応援したいと思っていたのに、本当なら泣き出したい気持ちだった。

「ドイツに行く時は、声をかけてね」

やっとの想いでそう言った。ゆめみはお別れの挨拶もせずにいなくなったら悲しいと思った。
しかし手塚の受け取り方は違った。ゆめみの回答に驚いたように目を見開いた。
そして言った。

「・・・いいのか?」

手塚は『声をかけて』の意味を一緒にドイツに行くのを誘って≠ニいう意味だと受け取ったのだった。勘違いに気付くはずもないゆめみは「うん、約束ね」と言った。
手塚は「そうか」と軽く目を閉じた。自分の中に照れるという感情があったことに気付く。

2人は駅まで歩いた。
もう手は繋いでいなかった。


ゆめみは神奈川に向かう東横線にぼーっと座って乗っていた。
何も考えられない。

途中でスマホが振動していることに気がついて、ゆめみはスマホを開けた。

柳から『ゆめみ、今横浜ではないか?そこで降りていい』という端的なメッセージが来ており、ぱっと電車の外に目を向けてみると、そこはまさしく横浜だった。

柳には今日代官山まで行くことを言った覚えは無かったが、驚くのも今更なので、ゆめみは『おりたよ!』とだけ返した。

『横浜ヨドバシ6階、トラブル発生中だ』と返信があり、ゆめみはとりあえずヨドバシへと向かった。
今日は普通に立海での練習だったはずなのに、どうして横浜にいるんだろう?と不思議に思いながら。

ヨドバシの6階について降りると、見渡す限りのガチャガチャがズラーっと並んでいる。
これが全部ガチャポンだなんてすごい。

興味に任せて1つ1つのラベルを見ながら歩いていくと、真ん中くらいに芥子色ジャージを着た真田と柳が1つのガチャポンの前で陣取っていた。他の小さなお友達に混じって真剣にガチャポンをする2人が異質で、ゆめみは思わず吹き出した。

「弦一郎、蓮二、どうしたの?」

2人に声をかけると、2人は振り返った。柳はいつも通り涼しい表情だが、真田の方はかなりのめり込んでいるようで、何かに憤慨していた。
それでもゆめみを見て、その可愛らしい装いを視界に映すと、落ち着いたようだった。

「ゆめみ、ヤマトオオカブトが出んのだ」

上から覗き込むと、真田のサブバッグには、大量のカブトムシ、クワガタムシのフィギュアが入っており、ゆめみは思わず「きゃっ」と悲鳴を上げた。
話を聞くと、真田の可愛い甥っこ佐助くんがこのガチャポンシリーズの『ヤマトオオカブト』を欲しがっているらしい。
サンタさんにそれをお願いしており、叔父である真田が奮闘している、という訳だった。

「何回まわしたの?」
「20回だ」

答えたのは柳だった。
20回、つまりすでに4000円をこの虫に費やしているようだ。

「蓮二、次当たる可能性は何%?」
「次に回すまでに10種類の内の1種類が出る確率は87.85%だ」
「よーし、私も挑戦する!」

なんでも出来ちゃう柳がこんなことにまごついているのが可笑しいと思った。
ゆめみは財布から200円を出すと、ガチャポンへと投入する。

「回すよ」

その入口をゆめみ、真田、柳の3人が覗き込んでいる。非常にシュールな絵柄であった。

ガチャ、

出てきた透明な球状のプラスチックケースに入った虫を見て、真田がガッツポーズをした。

「でたぁー!!!ヤマトオオカブトだ!」
「間違いない、このフォルム、日本最古のカブトムシだ」
「ほんと?やったー」

真田、柳、ゆめみの3人は両手を上げて大喜びした。
ハイタッチして盛り上がった後、真田はゆめみを見て満足気に言った。

「さすがは、我らが勝利の女神だな!」

ゆめみは「もう、大げさね、弦一郎は」と笑う。

「これでパーティーの準備は整ったな」と柳はゆめみに歩き出すのを促した。「佐助くん、喜んでくれるかな」とゆめみは嬉しそうだ。

3人はこの後真田の家でのクリスマスパーティーに参加する予定であった。
元々道場をしている真田の家はクリスマスパーティーの習慣が無かったのだが、昨年真田が楽しかった、という話を甥っこの佐助にしたところ、佐助が「蓮二とゆめみとクリスマスパーティーしたい!」と騒ぎ、開催することになったのだ。
3人でまた横浜駅へと引き返す。

「ゆめみ、今日は華やかな装いだな!どこかにいっていたのか?」

真田にそう聞かれて、ゆめみは言葉を詰まらせた。聞いてきたのが真田なので、その質問には何の裏も無い。
ゆめみは「く」と国光くんと言いかけて、やめた。
代わりに言い直す。

「クリスマスパーティーよ、ドイツ語教室の」

自分でもなぜ手塚のことを言わなかったのか分からなかった。きっとこの場にいたのが真田だけだったのなら、ゆめみは言っただろうと思った。真田は手塚に一目置いており、話をしたら盛り上がるだろうとも思った。

真田はその話を聞くと「クリスマスまで外国語か」とうめいた。ゆめみは柳の反応が気になって柳を見た。柳はいつもと変わらない笑みでゆめみのことを見つめていた。

「楽しかったか?」

ゆめみは「うん、楽しかった」と言って、クリスマスパーティーで感じたことを手塚の話を抜きにして柳に聞かせた。
柳は実のところ、ゆめみの回答に安心していた。ゆめみがクリスマスに手塚と約束していることはゆめみの反応やゆめこからの情報で知っていた。
もしかして付き合ってしまうのではないかと懸念し、実はこれからの佐助のためのクリスマスパーティーも柳が裏で操作したものであった。
ゆめみの反応を見る限り、手塚とゆめみに大きな進展は無さそうだと柳は判断した。

「ゆめみ、可愛い」

柳はゆめみの頭を優しく撫でた。ゆめみは嬉しそうにふふと笑う。

「今日を楽しもう」

柳の言葉にゆめみは思った。手塚との時間に限りがあるように、皆との時間もきっと限りがあるのだろう、と。

ゆめみは笑顔で「うん!」と返事をした。
真田家でのクリスマスパーティーは大いに盛り上がった。





(220629/小牧)→143

国光くんとのクリスマスは、もう来ないのかな。





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