142
(メリークリスマス!/毛利・仁王)

クリスマス当日。
待ち合わせ場所であるみなとみらい駅に早めに到着したゆめこは困惑していた。

「かわいいね〜、一人?」
「せっかくのクリスマスだし俺たちと遊ぼうよ」

彼氏である毛利を待っている間、ゆめこは二人の男に囲まれていた。ナンパだ。最初の内はこれがナンパかぁ、と物珍しい生物を観察するようなテンションで二人の男を交互に見ていたゆめこだったが、

「すみません、待ち合わせしてるので」

と断ったにも関わらず「えー、いいじゃん」「そいつ来る前にどっか行こうぜ」と手を引かれた辺りで、あ、これやばいな。と焦りを感じ始めた。
相手も同じ人間だ。心のどこかで待ち合わせをしていることを伝えれば分かってもらえる、そう思っていただけに男達の言動は想定外であった。

何かパンチの効いた一言を。なんて頭をフル回転させてはみたものの、咄嗟に出たのは

「あの、ほんと、困ります」

という、漫画やドラマで見かける気の弱い女の子ようなセリフだった。あれ、もっとハッキリ断るつもりだったのに、どうしよう。
これと言った次の手も見つからずあたふたしていると、突然視界に影が出来てゆめこは顔を上げた。

「俺の彼女になんか用でもあるんけ?」

にっこりと微笑んでいる割に、とても威圧感のある彼氏がそこにいた。

「この手離してもろてええですか?」神奈川にしては珍しい方言と、頭ひとつ飛び出る程の高身長、テニスで鍛えられたがっしりとした体躯。
ナンパ男達を撃退するには十分過ぎる三拍子が揃っており、ゆめこの腕はいともあっさりと解放された。

脱兎の如く去っていく彼らの背中を見送り、ゆめこは安堵してふぅと息を吐いた。

「寿三郎さん、ありがとうございます」
「ええよ。遅くなってごめんな」
「いえいえ、私が早く着き過ぎちゃって」

気の抜けたようにえへへと笑うゆめこ。
毛利はゆめこを包むようにぎゅうと抱きしめると「かわいい彼女持つと心配やわ」と言った。
抱き合っているのでゆめこには見えていないが、彼は少しムッとした顔をしている。

「ごめんなさい。今日楽しみにしてたから」

しかしすぐにゆめこにそう言われ、毛利は「はぁー」と大袈裟にため息をつくと、ゆめこの両肩にポンと手を置いたまま彼女の顔をぐっと覗き込んだ。
「ずるいわ、それ」と訴える毛利に、ゆめこはにっこりと微笑んで「寿三郎さん」と口を開いた。

「メリークリスマス!」
「・・・」

今日顔を合わせたら真っ先に言おう、と朝起きた時から心に決めていたゆめこは一点の曇りもない笑顔でそう言った。
一昨日ゆめみとのガールズトークで散々恋バナをしていたため、クリスマス気分が最高潮にまで高められていたのだ。

そんなゆめこの態度に、毛利は思わず沈黙する。
もしあと少し到着するのが遅かったら?ナンパ男達に連れて行かれる未来もあっただろうに。
そんな憂心が口をついて出そうになる。

しかし今日はクリスマスだ。聖なる日にくどくど説教まがいのことを言うのはよそう、と彼はなんとか思い止まった。

代わりに「メリークリスマス」と返事をすると、ゆめこはこれまた一層嬉しそうに顔を綻ばせるのだった。





時刻は14時。
二人はみなとみらい駅から歩いてすぐのところにある遊園地にやって来た。横浜のシンボルとも言える巨大観覧車があるコスモワールドだ。
何度も前を通ることはあったが実際に足を踏み入れるのは小学生以来で、エントランスをくぐるとゆめこは「懐かしい」と口にした。

「俺も2年ぶりくらいやろか」
「えっ来たことあるんですか?」
「おー、一年の時な」

辺りをきょろきょろ見回しながら「あの乗り物も懐かしいわぁ」なんて少年のように笑う毛利の顔をゆめこはちらりと盗み見る。

一年の時ということは、こっちに引っ越してきてすぐの頃だろうか?自分と出会う前の彼のことはよく知らない。ゆめこは無性に気になった。

こちらを窺うようなゆめこの視線に気付いた毛利は「ん?」と優しく問いかける眼差しで目線を下げた。
ゆめこはハッとして「あの」「えっと」と言葉を探したが、うまい誤魔化し方も分からず

「だ、誰とお出になったのでしょうか?」

とずいぶんカチコチな敬語で尋ねた。
眉を寄せ、不安気に瞳を揺らしながら答えを待つゆめこを見て、毛利は目をぱちくりさせる。
しかし、すぐに彼女の聞きたいことを察知した毛利は「クラスの連中に連れて来られてん」と答えた。

「女の子はおらへんかったよ」
「えっ」
「あれ?それ聞きたかったんとちゃうんけ?」

ニカッと笑う毛利に、ゆめこはぎくりと肩を揺らす。
彼の言った通りだ。もしかして女の子と来たことがあるのでは?と勝手に想像を膨らませてしまっていたゆめこは、バツが悪そうにこくりと首を縦に振った。途端、毛利の口の端がにやりと吊り上がる。

「ゆめこにもそういう感情あったんやな」

それはいつぞやゆめこが毛利に向けて放った台詞だった。
みるみるうちにゆめこの頬が焼いたお餅のように膨らんでいく。

「はは!かわええなぁ」
「もうっ、意地悪ですよ」
「嬉しくてつい、からかってもうた」

毛利はぴたりと足を止めてゆめこの顔を覗き込むと、両手で頬っぺたをむにっと摘んだ。
「柔らかぁ。食べたなるわ」とふざける毛利に、ゆめこは「離してくださいよー」と抗議したが満更嫌でもなさそうな顔をしている。
ゆめこもえいっと毛利の頬っぺたを摘み返したことで二人はあははと笑い合い、どちらからともなく手を離した。

「ゆめこがヤキモチ妬いてくれるん、初めてやない?」
「・・・そうでしたっけ?」
「嬉しいわぁ、ほんま」
「ヤキモチ妬かれて嬉しいんですか?」
「そら、嬉しいやろ」
「重くないですか?ウザくないですか?」
「なんやめっちゃ心配するやん。じゃあ逆に聞くけど、ゆめこは俺んこと重いって思っとる訳?」
「まさか!」
「せやろ?好きな子に思われてるんやから、俺は大歓迎やね」

そう言うと、毛利は再びゆめこの手を取り歩き出した。
ゆっくりとパークを進みながら「何乗ろか?」と聞かれ、ゆめこは「悩んじゃいますね」と明るく答えたが、彼女は人生で初めて体感した"ヤキモチ"という感情にまだ少し戸惑っているようだった。

さっきは"意地悪だ"なんて返してしまったが、ゆめこ自身も「私にもこんな感情があるんだな」と驚いていた。

付き合って2ヶ月も経たない内に元カノとのキスシーンを目撃してしまったゆめこは、自分でも気付かない内に防衛本能でそういった類の感情に蓋をしていたようだ。
気にしない。気にしてない。大丈夫。
そう言い聞かせることで一種の自己暗示にかかっていたのだろう。
だから、自分には嫉妬なんて感情は無いと高を括っていたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
毛利が自分以外の女の子と遊園地に来ているところを想像したら気分が悪くなったのだ。

ヤキモチを妬いたらいつもストレートに伝えてくれる毛利のことを、寿三郎さんは心配性だなぁ。くらいに思っていたことをゆめこは少し反省した。
こんな気持ちだったのね。寿三郎さん、ごめんなさい。
ゆめこは心の中で懺悔して目を閉じた。

「ゆめこは絶叫系平気かいや?」
「はい、そこそこ行けますよ」
「ほならあれ乗ろか」

毛利の指の先を辿っていくとそこにはジェットコースターがあった。一発目に乗るものにあれを選ぶとは、寿三郎さんらしいな。とゆめこは思った。
でも彼女も頭を真っ白にしたいと思っていたところだったので、ちょうどよかったのかもしれない。
「楽しそう!行きましょ」とゆめこは毛利の手を引いた。



それから二人は、シューティングゲームをしたり、お化け屋敷に入ったり、360度立体シアターを見たりとコスモワールドを大いに満喫した。

「はー!楽しかったですね〜」

最後に入ったミラーアドベンチャーから出てきたゆめこは、景品片手にご機嫌な様子だった。

このアトラクションは自分の星座のスタンプカードを持って進み、迷宮の中からスタンプを探し出すというものだった。
正しく自分の星座のスタンプが押されていれば最後にルーレットが回せるのだが、ラッキーガールなゆめこは見事景品を引き当てた。しかも2人分。うさいぬが星を抱いているキーホルダーだった。

そこまでうさいぬに詳しい訳ではなかったが、毛利とお揃いというのがゆめこには嬉しかったようだ。

「家の鍵に付けちゃおうかな」
「ええな。ほなら俺もそうするわ」

お互いに家の鍵を取り出しキーホルダーを装着すると、二人はそれを並べるように宙にかざした。ぴたりと寄り添ううさいぬがなんだか自分達のようにも見える。

ほくほくと「お揃い嬉しいな」と言うゆめこを見て、毛利はたまらず頬を緩めた。
俺の彼女かわいすぎひん?
毛利は誰かに語りたい気分になった。

お揃い記念にキーホルダーを持って自撮りをすることになり、ゆめこは毛利にスマホを預けた。毛利が少し屈んで二人が画面に収まる。
数枚撮ったところで、「シェアしますね」とゆめこはスマホを操作した。

「暗なってきたな」

スマホを弄るゆめこの横で毛利は辺りを見回してそう言った。

「あ、ゆめこ。あそこ見らんせーね」

何かに気付いた毛利が声をかけ、ゆめこは顔を上げて彼の指差す方に視線を向けた。そこにはライトアップされた大観覧車があり、昼間とは違う顔で光り輝くそれにゆめこは「わぁ」と感嘆の声を漏らした。

「大きな花火みたいやね」
「近くで見ると迫力ありますねー」
「なぁ、あれ乗らへん?」
「いいですね、乗りましょう」

二人は大観覧車に向かって歩き出した。
近くまで来るとより一層力強いライトが二人を照らした。
クリスマスということもあり観覧車には主にカップルによる列が出来ていたが、点滅したり七色に輝いたり、様々なパターンを見せてくれるライトを鑑賞しているとあっという間に順番が回ってきた。

スタッフに誘導され二人が乗り込むと観覧車はガコンと僅かに動いたが、向かい合って座るとすぐに揺れはおさまった。
先程までの人混みや喧騒が嘘のように二人だけの時間が流れる。

ゆめこはそわそわして毛利を見た。
期待に満ちたキラキラした瞳で窓の外を見ている彼の横顔を、反射したライトが青、赤、緑、黄色と次々に照らしていく。

タイミング、合ってるよね?
とゆめこはバッグの中に忍ばせていたプレゼントをちら見する。
昨日の内に用意しておいたマフラーだ。

クリスマスのプレゼント交換など、ゆめみや柳と何度もしてきたと言うのに。「寿三郎さん」と発した声は少しだけ緊張の色を帯びていた。
「ん?」と優しい顔で振り向いた毛利は、目の前に差し出された紙袋を見て目を丸くした。

「メリークリスマス」
「え?」
「プレゼントです」

毛利は目の前のプレゼントとゆめこを交互に見た。
「もろてええの?」と尋ねる毛利に、ゆめこはこくこくと首を縦に振る。包装紙に包まれたプレゼントを開ける彼に、「気に入ってもらえるといいんですけど」とゆめこは声を掛けた。

「マフラーやん!」
「寿三郎さん、いつも忘れてるから」
「嬉しいわぁ、ゆめこが選んだん?かっこええね」
「はい。着けてみます?」
「もちろん!ゆめこが巻いてや」

にこりと笑ってマフラーを差し出す毛利からそれを受け取り、ゆめこは彼の首に巻きつける。
ちなみに待ち合わせをした時点でゆめこは毛利の服装をチェックしていた。
厚手のセーターにMA-1ジャケットを羽織った彼はやはりマフラーは着けていなかったので、ゆめこは密かに安心していたのだ。

マフラーを巻くために立っていたゆめこは、元の場所に座り直して改めて正面から毛利を見た。

「すごく似合ってます」
「ほんまに?」
「はい。かっこいいです」

曇りのない瞳で言い切るゆめこに、毛利は珍しく気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「私の想像した通り!」と嬉しそうに手を合わせるゆめこを一瞥して、毛利はよっこらしょと立ち上がる。そしてそのままゆめこの隣に腰を下ろした。
体重が偏り、グンと観覧車が傾く。
ゆめこは咄嗟に持っていたバッグを膝に乗せて、隣に座った毛利を見上げた。

「俺からもプレゼント」
「へっ?」
「受け取ってや」

デジャブか?ゆめこは思った。
プレゼントと言って差し出されたのは、まるで婚約指輪でも入ってそうな小さな箱だった。
今年のホワイトデーにブレスレットをもらった時と同じような状況に、ゆめこは石のように固まった。

待って待って。まさか、ね。と自分に言い聞かせ、おそるおそる箱を受け取った。
なかなか開けようとしないゆめこを急かすように、毛利は笑顔で顎をくいと動かす。

ゆっくり開けて中身を確認したゆめこは息を呑んだ。

「これ、ゆ、指輪・・・」
「貸してみ」

毛利はゆめこから箱を奪うと、指輪を取ってゆめこの左薬指に付けた。
全体はピンクゴールドで、流れるようなクロスラインの中央にホワイトトパーズがあしらわれている。繊細なデザインの指輪は、ゆめこの華奢な指に良く似合っていた。

ゆめこの手を取り「似合うとるよ」と微笑む毛利とは対照的に、ゆめこはおどおどと戸惑いの表情を浮かべている。ホワイトデーの時と同様、自分が贈った物とは釣り合いが取れていないのでは?とゆめこは不安になっていた。

そんな彼女の顔色を窺い、毛利は「もしかして嬉しない?」と残念そうに眉尻を下げた。
ゆめこはハッとしてぶんぶんと首を横に振ると、

「う、嬉しいです!」

と力強く言った。ほんまに?とでも言いたそうな目でこちらを見ている毛利に、

「まさか指輪を貰えるなんて思ってなくて、その・・・驚いちゃったというか。私マフラーしか用意してないのに、こんな高価な物本当にいただいちゃっていいのかなって」

ゆめこは指輪を見つめながらゆっくりと説明した。
彼女の一言一句を聞き逃さないよう毛利は真剣にうんうんと聞いていたが、喜んでいない訳ではないと知って次第に柔和な表情に変わっていった。
ゆめこの左手を自分の頬に当て毛利は愛おしそうに目を細める。

「プレゼント何がええかな?ってずっと考えよって、ピンと来たんが指輪やったから。ゆめこに喜んでもらえたら俺も嬉しいわ」
「寿三郎さん・・・」
「それに虫除けにもなるやろ?」
「へっ?」
「ゆめこ、モテよるから」

ニッと歯を見せて笑う毛利に、ゆめこは「いやいや、心配には及びませんよ」と怪訝な顔を浮かべる。

告白をされたことが無い訳ではないが、ゆめこには自分がモテるという自覚は無かった。
丸井や幸村のように誕生日やバレンタインデーに異性に囲まれるなんて経験もしたことがないし、兄のように多方面から黄色い声援をいただいたこともない。
単に比べる対象が特殊なだけなのだが、ゆめこはそのことに気付いていなかった。
本気で分からない、と言った顔をするゆめこを見て、毛利は諦めたようにはにかんだ。

「なんで俺んこと選んでくれたのかたまに考えてまうねん」
「えー?私寿三郎さんの良いところいっぱい知ってますよ。むしろ私でいいんですか?って感じです」

へらりと笑ったゆめこは嘘をついているようにも見えず、きっと本心で言ってくれてるんだな、と毛利は思った。それは嬉しいことだが、ゆめこを狙っている男達がいることは残念ながら事実である。少しでも近づく男が減ればいいな、と毛利は指輪に願いを込めた。

「そういえば、よくサイズ分かりましたね?」

ゆめこは指輪が着いた左手を見せるように、ズイッと顔の横に持っていった。

「実はな、ゆめみちゃんに教えてもろてん」
「えっ?ゆめみに?いつのまに・・・」
「当てずっぽうで買うてサイズ合わんかったら嫌やからね、こっそりリサーチしよったんよ」
「そうだったんですかぁ。ゆめみ何も言ってなかったのに」
「そりゃ俺がお願いしよったから、驚かせたいから内緒にしといてや〜って。あの子ええ子やね」
「ふふ、嬉しい」

そんなやり取りをしていたなんて。
大好きな二人が自分のために事前に動いていてくれていたことが嬉しかった。

今度ゆめみにも改めてお礼をしなくちゃ、なんて思っているところで、ちょうど観覧車がてっぺんを迎えようとしていた。

「たかーい!」
「あ、ゆめこ。あそこ見らんせーね」
「えっ、どれですか?」
「あれあれ!」

少しはしゃいだ声で下を見ている毛利の指の先を辿り、ゆめこも地上に目を向ける。
そこには大きなクリスマスツリーが見えた。どうやらコスモワールドの敷地内に飾られているようだ。

「降りたら行ってみよかや?」
「はい!」

観覧車を降りると、二人はマップ片手に早速クリスマスツリーを目指して歩き出した。

ツリーに向かう途中、自分の左薬指を見てるんるんと足取り軽く歩く自分の恋人に、毛利はキュンと胸を高鳴らせた。
白を基調としたノルディック柄のニットのミニワンピース。さらに袖口にファーの付いたポンチョ型のショート丈コートを着ている彼女が、まるで聖なる夜にやって来た妖精のように見える。
スキップでもしそうな勢いのゆめこは半歩先を歩いていて、毛利は後ろからゆめこの右手を捕まえた。

「妖精さん、捕まえたが」

急にそんなことを言われ手を繋がれたゆめこは「何ですか?それ」とにこにこして振り返った。毛利は「秘密」とだけ言うとにっこりと微笑み返した。

クリスマスツリーの近くまでやってくると、そこは写真を撮っている人達やカップルで溢れかえっていた。少し離れたところにベンチがありちょうど空いていたので、二人はそこに腰掛けてツリーを眺めることにした。

しばらく黙ってツリーを見ていた二人だったが、先に口を開いたのは毛利だった。

「キスしよる?」
「え、ここでですか?」
「暗いから見えへんて。それに」

と言い掛けて、毛利は辺りに目を向けた。
つられてゆめこも視線を向けると、周りはいちゃいちゃしているカップルだらけでゆめこは少し驚いたように目を丸くした。
これがクリスマスマジックなのか。人目憚らずな周囲の様子に、ゆめこは恥ずかしそうにしながら毛利に向き直った。

「ちょっとだけ、なら」
「おおきに」

返事をするや否や、すぐに近付いてきた唇にゆめこはゆっくり目を閉じる。

ふわふわの癖毛が顔に当たり、彼の少し厚めの唇が触れて温かさを感じたのも束の間。
次の瞬間、ぬるっとした感触が口の中に入ってきて、え。ちょ、なに?とゆめこは目を見開いた。

戸惑ったゆめこが離れようとすると、毛利はそれを阻んだ。

右手で後頭部を、左手で背中を押さえられているので身動きが取れず、ゆめこはどうしていいか分からずされるがままになっていた。
無意識に舌を逃がすもすぐに捕まってしまう。自分の口の中で他人の舌が動いている感覚に、ゆめこはなんだか意識が遠のいていくような錯覚に陥った。

くちゅと音がして唇が離れる。
やっと解放された頃には、ゆめこはぽーっと放心していた。

毛利はそんな彼女を見てにこりと微笑むと、ぎゅーっと力強く抱きしめた。
耳元で「ゆめこ、ほんまに好き」という囁きが聞こえ、ゆめこは我に返る。
控えめに抱きしめ返すと、毛利は満足したのか少し離れてゆめこの顔を覗き込んだ。

「かわええね、ゆめこ」
「・・・寿三郎さん」
「なんね?」
「びっくりしました」

ゆめこが真顔のままそう言うと、毛利は可笑しそうに「ほうかぁ」と笑った。
いまだにドクドクと心臓の音を鳴らしているゆめことは裏腹に、彼の笑顔はすっかりいつも通りのものに戻っていた。

普段は優しくて大らかで少年の心を持っているような人なのに、たまに垣間見える男の部分にゆめこは度々戸惑いを感じることがあった。
本気で「どこかにスイッチでもあるのだろうか?」とボタンを探したくなるくらいである。



それから二人はコスモワールドの中にあるレストランで少し早めの夕食をとり、閉園時間よりも余裕を持って帰ることにした。

来た時とは違いすっかり暗くなった道を手を繋いで歩き電車に乗り込む。
車内は少し混んでいて、毛利はゆめこを守るように抱き寄せた。
しかしその時お尻に毛利の手が伸びて、ゆめこは目を細めて彼を見上げた。

「お客様、痴漢行為はおやめください」
「ちゃうよ、冤罪や」

鋭い目つきのまま、まるで車掌のような口ぶりで抗議するゆめこに、毛利は慌てて手を上げた。

身長差がある二人なので、抱き合った時にちょうど毛利の手がゆめこのお尻辺りにくるのだ。
普段は意識して腰に手を回すようにしていた毛利だったが、電車の中で咄嗟に抱き寄せたため悪気なく触ってしまったらしい。
あたふたと弁明する彼に、どうやら嘘はついていないようだ、と信じかけたのも束の間。

「触る気やったらもっとちゃんと触るわ」

なんて堂々と言われ、ゆめこはじとーっと毛利を見た。
その視線に、しまった。失言した、と毛利は気付いたがもう遅い。ゆめこにポカポカと胸元を叩かれて「冗談やんかぁ、怒りやんせーね」と苦笑を浮かべた。

自分の胸を叩くゆめこの手を取り、毛利はもう一度ゆめこを抱き寄せる。

「電車揺れるとるから、ちゃんと掴まりや」

そう声を掛けると、ゆめこは怒っていた割には素直にこくんと頷いて毛利にしがみついた。
その仕草に毛利は人知れず頬を緩めた。



電車で揺られること約20分。
鎌倉駅に着いた二人はそこで江ノ電に乗り換え、ゆめこの家の最寄り駅で下車した。

真っ暗な道を街灯が照らす。
歩き慣れた道を二人は手を繋ぎながらのんびりと歩いていたが、ゆめこの家が近付いてきたところで毛利は驚いたように足を止めた。

「派手やねぇ」
「あの、えっと。あまり気にしないでください」

なぜかクリスマスだけ異様に張り切るゆめの家は今年も外装のイルミネーションに気合を入れていた。
ゆめこはなんだか恥ずかしくて俯いたが、毛利はさして気に留めていない様子で「ええなぁ」と呟いた。

「そや、成留美さんに挨拶してこかや」

思いついたように毛利が口を開き、ゆめこは顔を上げる。

"成留美(なるみ)"と言うのはゆめこの母親の名前だ。
最初は"お母さん"と呼んでいたのに、気が付いたら名前で呼ぶようになっていて、やっぱり寿三郎さんは距離の詰め方ハンパないな、などと改めて思うゆめこであった。

そんな訳で二人の交際関係はすっかり母親公認のものとなっていた。
そもそもゆめこがこうして毛利とデート出来るのも母の協力あってこそなので、父の目を盗んでうまく外出させてくれる母はゆめこの最大の味方であった。

なので毛利と母親が仲良くしてくれる分には非常にありがたいことなのだが、今日は一つ問題がある。
父が家にいるのだ。
普段は執筆活動と海外旅行で家を空けがちなのだが今日はいる。「ママと二人きりのクリスマスだなんて何年ぶりだろう」と目をハートにして浮かれていたあの父親が。
兄が仕事で不在なだけまだマシかもしれないが、とてもじゃないが毛利を家に入れることはできないな、とゆめこは思った。

「また今度で大丈夫です」
「なして?」
「クリスマスパーティー中だと思うので」
「ほうかぁ。残念やがまた今度にしとこかや」
「はい、お願いします」

意外とあっさり引き下がってくれて、ゆめこは人知れず安堵の息を漏らした。

「今日はありがとうございました。指輪大切にしますね」
「ゆめこもマフラーおおきに。年末また会おな」

門の前までやってきて二人で別れの挨拶をしていると、ふと人の気配を感じでゆめこはちらりと横を見た。
「あ」とゆめこが声を漏らしたことで、毛利もそちらに目を向ける。

私服姿の仁王が自宅の門から出てきたところだった。
ゆめこ達の姿を見つけると仁王は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにフッと薄い笑顔を貼り付けて「仲がええのう、お二人さん」と言った。

「どこか行くの?」
「さて、どこかな」
「当ててあげよっか」

はぐらかそうとする仁王に「レイトショーでしょ」と、ゆめこが言うと、仁王の肩が小さく揺れた。
それは普段から付き合いのあるゆめこにしか分からないほど小さなものだったが、すぐに正解だと気付いたゆめこは「やっぱり」と口の端を吊り上げた。

当てられたことには触れず、仁王は「ごゆっくり」とだけ言うと背中を向けて歩き出した。
いつもよりよそよそしい態度に少しむっとしたゆめこだったが、

「仁王くん!メリークリスマス!」

と遠ざかっていく背中に向かってダメ元で声を掛けた。
振り返ることなくひらひらと片手を振り、仁王は夜道に溶け込むように消えていく。
なんだろな、あの態度は。とゆめこがその後ろ姿を見送っていると、

「ゆめこ」

と毛利に呼ばれ、ゆめこは振り返った。
振り返った瞬間、彼女の顔の高さまで屈んだ毛利に唇を奪われ、ゆめこは「んっ、」と声を漏らした。
押し付けるような乱暴なキス。

すぐに顔が離れたので、ゆめこは「どうしたんですか?」と目を丸くして尋ねた。

「よそ見はやめんせーね」
「え?あ・・・、ごめんなさい」

珍しく真剣な顔をしている毛利に、ゆめこは少し怯えるように謝罪の言葉を口にする。なんとなくだが、どんな言い分も聞き入れてもらえそうにない雰囲気だったのだ。
しゅんと小さくなってしまったゆめこの頭を毛利は優しい手つきで撫でる。

「ゆめこと付き合うてるのは誰や?」
「えと、寿三郎さんです」
「分かっとるならええよ」

ゆめこの答えに、毛利はにこりと笑顔を作る。
しかし目の奥が笑っていないような気がする。頭に置かれていた手がするりと頬を撫でてゆめこはビクと体を揺らした。

「顔冷たなっとるね。家入りぃや」
「はい。寿三郎さん、また」

別れ際にもう一度キスをして、ゆめこは家の中へと入っていった。





(220704/由氣)→145

他の男を目で追わないで




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