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(からかうのはやめんせーね/毛利・種ヶ島)

12月31日、大晦日。
時刻はちょうど21時を回った頃、両親と年越しそばを食べてお風呂を終えたゆめこは、自室でいそいそと外出の準備をしていた。

今日は恋人である毛利と江ノ島で行われるカウントダウンイベントに行く約束をしている。
江ノ島シーキャンドルのイルミネーション点灯を、近くのカフェの窓際席から展望できるというもので、今年だけ特別に年越しの瞬間に行われるのだ。

事前に予約が必要であったが、二人で懸命にチケットサイトにアクセスしまくったこともあり無事に2席分確保することができた。
中学生にしては少々痛い出費も、年が明けたらお年玉が貰える!という期待が二人の気を大きくしていたのだ。

ちなみに母親の企てで、今年ゆめこはゆめみを含む学校のお友達と年越しをする、という設定になっており既に父に外出の許可も得ている。
これで心置きなく彼氏とのカウントダウンイベントを楽しむことが出来る。恋する乙女による徹底した根回しの賜物だ。

ゆめこは先日買ったばかりの洋服に身を包むと、おかしなところが無いか全身鏡でチェックした。
最後に毛利からプレゼントしてもらったブレスレットと指輪をつけ、コーラルピンクのグロスを塗る。
よし、準備万端。鏡に映った自分を見て満足していると、外からバタンという車の扉を閉める音が聞こえてきてゆめこは顔を上げた。

猛烈に嫌な予感がする。ゆめこはカーテンの隙間からこっそり外を見下ろした。

家の前に一台の車が停まっている。暗くてよく見えないが、あの大きさはまさか、とゆめこはみるみる顔を曇らせた。気付かないふりをしよう。

シャッとカーテンを閉め、ゆめこはバッグにスマホや鍵、財布にハンカチと必要なものを次々と入れていく。
そうしている内に、玄関が開く音が聞こえ「おかえりなさい」だの「いらっしゃい」だの母親の声が聞こえてきた。

「ゆめこは?」
「部屋にいるわよ」

母の返事を聞くや否や、ドタバタと階段を駆け上る足音がしてゆめこはぎくりと心臓を冷やしたが、すぐに

「あっ!こら、拓哉!今日は私達に話があるんでしょう?」

と母によって止められていた。
足音が遠ざかっていくのを確認して、ゆめこは「セーーーフ」と安堵の息を漏らす。

そう、兄が帰ってきたのだ。
門の前に停まっていた車はおそらくマネージャーのものだろう。兄の送迎の度に見掛けているのでゆめこはその車の形だけで彼の帰宅に気付いていたが、玄関まで出迎えに行く勇気は無かった。ウザ絡みされるのは勘弁である。

廊下が静かになったのを確認してゆめこはそろりと部屋を出て階段を降りた。
一歩一歩音を立てないように慎重に足を進める彼女の姿は側から見たら滑稽であったが、彼女はいたって真剣だった。

リビングの方から何やら話し声が聞こえ、ゆめこは「今のうちに出ちゃお」なんてほくそ笑む。しかしふと家族以外の声も混じっていることに気付いてぴたりと足を止めた。

そーっとドアの隙間から覗き見ると、兄のモデルの後輩であり、以前ゆめこの相談にも乗ってくれた良き兄貴分の種ヶ島修二がいた。彼の姿を見るのは3か月ぶりだ。

4人で何話してるんだろ?深刻な話?
ゆめこは気になったが、時折笑い合ったりもしているようなのでその可能性は低い。
まぁ、私には関係ないか。ゆめこはすぐにそう結論付けて玄関に向かった。

玄関に備付けのシューズクロークを物色し、ゆめこはサイドにリボンがついているショートブーツを選んだ。
太めのヒールなので歩きやすく、背の高い毛利に少しでも近付けるので彼女はそれをとても気に入っていた。
早速ブーツに片足を突っ込んだところで、

「どこへ行くんだ?」

というとても威圧感のある声が聞こえて、ゆめこはビクッと大きく肩を揺らした。
まるでブリキの人形のごとく、ギギギと音がしそうなほどゆっくり振り返ると、そこには兄の拓哉が立っていた。恐るべき嗅覚。絶対バレていないと思っていただけに衝撃的だった。

後ろには種ヶ島もいて、彼は眉を吊り上げている兄とは対象的ににこりと微笑むと、ゆめこにしか見えないように小さく手を振った。
相変わらずチャラそうではあるが感じの良い人だ。
ゆめこはそんな種ヶ島に小さく会釈をすると、もう一度兄を見上げた。

「あー・・・、お兄ちゃん、来てたんだ。おかえり」
「こんな夜遅くに外出か?」
「江ノ島のカウントダウン行ってくる」
「ダメだ」

食い気味でそんなことを言う兄にゆめこは呆気に取られる。せっかく母が父を抑止してくれているのに、まさかこんな伏兵が現れるとわ。
ゆめこは思わずチッと舌打ちしてしまいそうになったのをなんとか堪えた。

「外は暗い」「危ない」「家にいろ」などと人の事情を聞きもせず続ける兄に、ゆめこは次第に苛立ちを覚える。
久しぶりに帰ってきたと思ったらこれだよ。

兄の言葉を全て無視してブーツを履き、ゆめこは無言ですくっと立ち上がって兄を見た。
何かを決意したような表情に拓哉が一瞬怯んだのを確認して、左手を顔の横にかざして指輪を見せつける。

「彼氏待ってるから、じゃあね」

ゆめこはそう言い捨てた。ヤケクソだった。
毛利は「虫除けにもなるし」と言ってプレゼントしてくれた指輪だったが、まさかこんなところで役に立つとは。この紋所が目に入らぬか、まさに水戸黄門の印籠のようである。

「か、彼氏・・・だと?」とまるで雷にでも打たれたよう、目を見開きピシリと固まってしまった兄にゆめこは「朝には帰るから」と声を掛けた。

カウントダウンイベントで年を越した後は、そのまま近所の神社に行って初詣も済ませる予定なのだ。
そうなると電車の始発まで時間があるので、24時間営業のファミレスで朝まで一緒に過ごそうと二人は約束していた。

ただでさえ「彼氏」というワードで瀕死の状態に「朝」という単語も加わり、拓哉は「あ、さ・・・」と虚に復唱した。
オーバーキル状態の拓哉がそれ以上口出しすることもなく、ゆめこは言ってやったぜと言わんばかりに「ふんっ」とドヤ顔を見せつけた。
すっかり意気消沈して灰になりかけている拓哉に、種ヶ島は「あらら」と同情の目を向ける。
しかしすぐにゆめこに視線を移すと、

「外暗いから気ぃつけてな☆」

と声を掛けた。
それはまさに理想的な兄の姿で、ゆめこはにっこりと笑顔を見せると「はい、いってきます」と返事をした。





思いがけないトラブルはあったものの、無事に家を出ることができたゆめこは片瀬江ノ島駅に到着していた。
少し早めに着いたはずなのに既に毛利の姿があり、ゆめこは早足で近付くと後ろからトンと両手で背中を押した。

「こんばんは、寿三郎さん」

毛利が振り返るとそこにはにこにこと笑って自分を見上げるゆめこがいて、愛しの彼女の登場に毛利は嬉しそうに「こんばんは」と微笑んだ。

「早いですね」
「ゆめこよりはよ着きたかったからね」
「?どうしてです?」
「クリスマスの日のこともう忘れよった?」
「クリスマス・・・」

ゆめこは記憶を辿るように視線を左上に動かす。
そこでやっと待ち合わせの時にナンパをされたことを思い出したのか「あー」と声を漏らした。

「ゆめこを1人にしよると誰かに攫われそうで」

困ったように眉尻を下げる毛利に、ゆめこはあははと笑い飛ばすと「大丈夫ですよ〜」と言った。
相変わらずの能天気さである。そこが彼女の長所でもあるのだが。そんなゆめこの頭をポンポンと撫でると、毛利は「行こかや」と声を掛けた。

そこから歩いて5分もかからず、二人は目的地である海沿いのカフェに到着した。入り口でスマホに表示された入場証をスタッフに提示して、そのまま店内の2階席へと案内される。予想はしていたが、見事にカップルしかいない。

窓際のカウンター席に横並びで腰を下ろしドリンクのオーダーを済ませると、二人はすぐに窓の外へと視線を移した。

「イルミネーション楽しみやね」
「そうですね。こんな特等席から見られるなんて贅沢〜」
「俺にとっては隣にゆめこがおるんが一番の贅沢やが」

ニカッと歯を見せて笑う毛利に、ゆめこは照れ臭そうに頬を染める。
「ゆめことこうして居れるなんて、想像もつかんかったなぁ」としみじみ話す毛利。ゆめこは「たしかに」と相槌を打った。

一年前は自分に彼氏ができるなんて思ってもみなかったし、ましてやその彼氏と年越しカウントダウンする日がやって来るとは。人生は何があるか分からないな、とゆめこは思った。

そういえば去年の年越しってどうしたんだっけ?と記憶を辿り、ゆめこはある人物を思い出した。

仁王くん、どうしてるかな?
去年は一人で家に残っていると言っていたが、もしかしたら今年もそうなのだろうか。すっかり聞くのを忘れてしまっていたな、とゆめこは少し心配になる。

クリスマスの夜に偶然会ったが、その時はほとんど会話を交えなかった。心なしか元気もなかった気がするし、とゆめこは思い出せば思い出す程悶々としてしまった。

しかし「お待たせいたしました〜」という明るい声がすぐ後ろから聞こえてきて、ゆめこはハッとして顔を上げた。
オーダーしていたホットカフェモカとアイスコーヒーが届いたのだ。
こんな真冬に氷たっぷりの飲み物を頼むなんて、猫舌の寿三郎さんらしい。すっかり指先が冷え切っていたゆめこは、カップに手を添えながらその光景を見ていた。
じんわりと手が暖まってきたところでティーカップに口をつけると、

「ゆめこはいつから俺のこと好きやった?」

と、急な質問を受けてゆめこは思わず吹き出しそうになった。

「なんですか、急に」
「気になるやん」

そういえば改めてこういう話はしたことがなかったけ?ゆめこは「えーっと、そうですね・・・」と考え込んだ。

「好きだな、って自覚したのは球技大会の時ですかね。テニスだけじゃなくてバスケもお上手で、ドキドキしちゃいました」
「球技大会って、付き合う直前やん」
「そうでしたっけ?」

毛利に指摘されゆめこは頭にカレンダーを思い浮かべる。
球技大会が7月上旬で、付き合うきっかけとなったぼんぼり祭りが8月上旬。約1ヶ月も間が空いているので直前という訳ではない気がする、とゆめこは思い「そう言う寿三郎さんはいつからですか?」と質問返しをした。

「俺は初めて会うた時からピンと来よったよ」
「あー、寿三郎さん初対面でパンツ見てましたもんね」
「いやいや、もうあれは時効やろ!」

わざとじっとりとした目を向けて非難すると、思いの外毛利が狼狽してゆめこは「ぷっ」と小さく吹き出した。

「からかうのはやめんせーね」

そう言った毛利の顔は少し赤くなっていた。
ゆめこは可笑しそうにくすくす笑うと「ごめんなさい」と口にした。

「かわええ子がおるなって思っちょったら、俺のこと知りよるみたいやったし」
「ふふ、蓮二達の応援に行った試合で寿三郎さんのこと初めて見て・・・、寿三郎さんのテニスって何かこう、惹かれるものがあるんですよね」
「そうなん?」
「はい。私、寿三郎さんのテニス大好きなんですよ」
「そない嬉しいこと言われたら、練習サボれぇへんやん」
「あはは、散々おサボりしてた人がよく言いますね。高校でもテニス続けるんですよね?」
「おー、そのつもりや」

悩むことなく即答した毛利にゆめこは少し安心したような顔になった。
のんびり屋なのは彼の良いところでもあるが、あまりテニスに執着していないように見える時もあり、ゆめこはたまに言いようのない不安を感じる時があった。
何かをきっかけにぱたりとテニスをやめてしまいそうで。毛利のテニスが大好きなゆめこにとっては、それは望まない未来だ。
できれば彼がテニスをするところをもっと近くで見ていたいと思っていたので、高校でもテニスを続ける気があると知ってゆめこは嬉しくなった。

「もちろん進学も大丈夫そうですよね?」
「・・・多分な」
「えっ、やだやだ。留年とかやめてくださいよ?」

毛利の曖昧なリアクションにゆめこは慌てて詰め寄る。しかし当の本人は「留年か。ほうしたらゆめこと同じ学年になれるやん」と、名案とばかりに目を輝かせた。
まったくシリアスに捉えていない毛利に、ゆめこはじとっと目を吊り上げる。

「これで寿三郎さんが留年したら私責任感じちゃいます。デートは禁止です」

ぴしゃりと言うと、毛利は手のひらを返して「うそ!うそやって!余裕やから安心してぇや」と言った。

「ほんとですか?」
「ほんま!出席日数も足りよるし、この前の期末も大丈夫やったから。あとは年明けに簡単な試験があるらしいけど、そない大きなもんちゃうし」

毛利は「なっ、信じてや」と顔の前で手を合わせてゆめこを見た。あまりにも必死に弁解するので、そんなにデート禁止が効いたのか?とゆめこは笑いそうになったが、努めて真面目な顔を作ると「わかりました、信じます」と言った。

嬉しくなった毛利は隣のゆめこにがばっと抱き着いて頬擦りした。



そんな会話をしている内にあっという間に時間が流れ、早くも年越しの瞬間が近付いていた。
年越し10分前からイルミネーションの点灯が始まり、5分前になるとまた違った色や点滅で光り出した。
いよいよ来るか、とゆめこと毛利はわくわくして窓の外をじっと見つめる。

年越し10秒前。
店内でも店員を中心にカウントダウンが始まると、カップル達はみなそわそわして期待に満ちた顔を見せた。
5秒前になった時、毛利はゆめこの手を握った。
ゆめこが隣に視線を向けると、彼は優しい顔でにこりと微笑んでいて、ゆめこもつられるようにふわりと笑った。
揃ってもう一度窓の外に目を向ける。

3、2、1・・・

江ノ島のシーキャンドルが神秘的に光り輝き、店内が「わぁ」と感嘆の声で溢れ、拍手が起きた。

「きれー・・・」

幼い頃から見慣れていたシーキャンドルの初めて見る表情に、ゆめこは目をキラキラ輝かせる。
しかしすぐに、

「ゆめこ、明けましておめでとう」

と毛利に声をかけられ、ゆめこの意識は彼に向けられた。
「おめでとうございます」と返事をして「今年もよろしくお願いします」とゆめこが仰々しくぺこりと頭を下げると、毛利はその頭を優しく撫でた。
癖毛の自分には無いツヤツヤとした滑るような撫で心地が毛利は大好きなのだ。

「今年も仲良うしてな」
「はい」
「たくさんいちゃいちゃしよな」
「ふふっ、はい」

毛利の率直な言い回しが可笑しくて、ゆめこは噴き出すように笑った。



「そろそろいのかや」
「そうですね」

カウントダウンも無事に終わり、店内もすっかり落ち着きを取り戻した頃。次の目的地である神社に初詣に行くべく二人は席を立った。
店の入り口でコートを着たり準備をしていると、毛利がクリスマスプレゼントであるマフラーを巻こうとしていて、ゆめこはすかさず手を伸ばした。
巻いてもらえると気付いた毛利は、にこにこと嬉しそうに笑ってマフラーを手渡すとゆめこが届くように屈んだ。

「やっぱり似合いますね」
「ゆめこのセンスがええからね」
「いえいえ、それほどでもありますけど」
「否定せんのかいや」

ゆめこがふざけると毛利はすぐにツッコみ、ゆめこはそれがなんだか可笑しくてけらけらと笑った。
以前原から聞いた話によると、四天宝寺時代彼はボケ担当だったらしい。しかし自分といる時はこうしてツッコミに回ってくれることも多々あったので、2ヶ月しか通ってなかったとは言えさすがは元四天宝寺中の生徒だな、なんてゆめこは関心した。

そのことを伝えると、「ハラテツ、そんなことまで喋りよったんか」と毛利は苦笑を浮かべた。

「あ、そういえばハラテツさんで思い出したんですけど」

神社までの道のりを歩きながら、ゆめこはスマホを取り出して口を開いた。

「さっきメッセージが来てて、」
「は?」

当たり前のようにそんなことを言うゆめこに、毛利はぴたりと足を止める。そんな彼につられるようにゆめこも足を止めて振り返った。
11月に四天宝寺の文化祭で会ったことは聞いていたが、連絡先まで交換していとは。初耳だ。

「なしてハラテツに連絡先教えよった?」
「えっ?別に教えてないですよ」

ゆめこはきょとんとして首を傾げる。
みんなで撮った写真をシェアしなきゃな〜、なんてゆめこが思っていたところで、白石が気を利かせて四天宝寺のレギュラーメンバー+ゆめこというメッセージアプリ内のグループを作ってくれたのだ。
原はちゃっかりそのグループ経由でゆめこのアイコンから友達追加を押したのだろう。
その日の内に「ハラテツさんから友達申請が来ています」と通知が来ていて、特に拒否する理由もなくゆめこは承認ボタンを押したのだった。

そんな経緯があったため、ゆめこには連絡先を交換したという意識が無かった。現に先程届いたのが原からの初めてのメッセージである。

ゆめこの言い分を聞いた毛利は、腑に落ちないと言った顔で唇を突き出した。

「そんなん拒否しよったらええねん」
「あはは!」

普段温厚な毛利からは想像もできない意地悪な言い方に、ゆめこは声を出して笑った。

「ほんま油断も隙もない奴っちゃ。で?なんてメッセージ来よったん?」
「それがカウントダウンしてたからまだ見てなくて」

ゆめこはそう答えながら原とのトークルームを開いた。
そこには
「あけおめことよろ!新年やしええもん見せたるわ」
というメッセージと共に一枚の写真が届いていて、ゆめこはその写真を見た瞬間ハッとして片手で口元を覆った。

ふるふると体を震わせるゆめこを見て、毛利は「どないしよった?」と心配そうに顔を覗き込もうと近付いた。が、次の瞬間

「かわいーーー!」

とゆめこが急に大声を出して、毛利は驚いて後ろによろめいた。一体何事だ、と呆気に取られる毛利を尻目に「やーん、かわいいかわいいっ!」とゆめこは体中からハートを飛ばして悶えている。

しかしすぐに置き去りにされている毛利に気付いたのか、ゆめこはスマホの画面を毛利に見せつけた。
そこには四天宝寺中時代の自分が写っていて、毛利はぎょっとして目を見開いた。

立海とは違う学ラン姿に前髪をちょんまげのように結った髪型。
隣には原も映っていてさほど身長差も無い。
くりくりの瞳を輝かせながらカメラに向かってダブルピースをする中学1年生の毛利に、ゆめこは「こんなの待ち受け決定です!」と興奮気味に言った。

当の本人である毛利は相当恥ずかしいのか、「ちょ、勘弁してぇや」と頬を赤らめながら狼狽えた。
彼も年頃の男の子なので、ゆめこの前ではかっこつけていたかったのだ。
ハラテツの奴〜!と恨めしそうに拳を握る毛利の横で、ゆめこは早速待ち受けにしようとスマホを操作していて、毛利は慌てて「ちょ、ほんま!それだけは・・・!」とゆめこの腕を掴んで懇願した。
彼の切実な態度にゆめこは「えー、かわいいのに。天使なのに」と文句を垂れながらも待ち受けにするのはやめておいた。

「じゃあせめてお礼言っておきますね」

そう言ってゆめこが原への返信を打とうとすると、毛利はひょいと彼女のスマホを奪った。
「あ」と、ゆめこの間抜けな声が漏れる。

スマホの行方を探して毛利を見上げると、彼は自分の頭よりも高いところでそれを持っていて、ゆめこは慌てて背伸びをして手を伸ばした。当たり前だが到底届きそうにない。
ゆめこは手を伸ばすのを諦め「寿三郎さん、返してくださいよー」と抗議した。
しかし毛利はむすっとした顔で首を横に振ると、

「今は俺とデートしよるから、他の男に返信したらあかんえ」

と言った。
ゆめこはぽかんと口を開けてそんな毛利を見上げていたが、すぐににこりと笑顔を見せた。

「分かりました。じゃあやめます」
「えっ」

すんなりと言うことを聞き入れたゆめこに、毛利は意外そうなリアクションを見せた。

付き合って約5ヶ月。自分の彼氏がヤキモチ妬きであることはこれまでの言動でだんだんと理解出来ていたゆめこは、これが一番の"寿三郎さん対処法"だと学習していたのだ。
が、思っていたものとは違う反応だったので、"あかん"と言い出したのは寿三郎さんなのに、と思いながらゆめこは「やめて欲しいんですよね?」と念を押すように問いかけた。

「まー、せやけど・・・」
「ふふ、じゃあ返信しませんよ」
「ええのん?」
「はい」
「ほんまに?」
「はい。えっ?なんですか?返信して欲しいんですか?」

しつこく聞いてくる毛利にゆめこはどっちだよと言わんばかりに首を傾げる。
毛利は慌ててブンブンと首を横に振った。
彼としては、「えー、なんでですかー?」なんてふくれっ面で文句を言われることを覚悟していたので、ゆめこの素直な返事が意外だったのだ。
スマホを返すとゆめこは画面を見ることなくバッグの中にしまっていて、本気で原に返信を送る気が無いことがうかがえた。

自分の要望が叶ったのに妙に心がそわそわする。
半歩先を歩くゆめこの後ろ姿を見ながら、毛利は微妙な表情を浮かべていた。
しかしゆめこがくるりと勢いよく振り返ったので、毛利ははたと我に返った。

「これから行く神社、甘酒が美味しいらしいですよ〜」

ゆめこはウキウキとした笑顔で言った。
そのいつも通りの態度に毛利はホッとして眉を開く。

今回初詣に行くのは江ノ島にある神社で、二人とも初めて参拝に行くところであった。そのためゆめこは事前に口コミをチェックしていた。

初詣は自分の家の一番近所が良いだの、ずっと通っているところが良いだの様々な意見はあるが、ゆめこは大してこだわりも無ければ、そもそも江ノ電の終電も既に終わっているような時間なので、カフェから徒歩で行けるその神社に決めたのだ。

毛利はスッと足を進めると、ゆめこの手を取ってにこりと笑った。

「ゆめこは何てお願いしよるん?」
「何でしょうかね〜。あっ、でもまずはお礼を言わないと!"寿三郎さんと恋人同士にしてくれてありがとうございます"って」
「ははっ、せやな。俺も感謝せな」
「お礼が終わったら、甘酒飲んで、それからおみくじも引きたいです」
「ゆめこ、大吉引きそやね」
「分かります?連続大吉記録に挑戦してるんです」

「ギネス取ったらお祝いしてくださいね〜」なんてふざけるゆめこに、毛利はあははと大声で笑った。





(220705/由氣)→146




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