144
(あぁ、良い一年だった/三強•玉川)
12月27日。
クリスマスの翌々日のことだった。
ゆめみはトランプでうふふと顔を隠しながらも、楽しそうにおしゃべりに花を咲かせていた。柳の自室であるここは和室の部屋で、部屋の中心に置かれた国産栗の木目の綺麗なちゃぶ台には、トランプの数枚が無秩序に置かれている。
ちゃぶ台の周りには、厚みある丸い座布団が3つ置かれ、それぞれゆめみ、ゆめこ、柳が同じようにトランプを持って座っていた。
「それでそれで?ゆめこのピンチに現れた毛利先輩なんて言ったの?」
「えー秘密」
「俺の彼女になんか用でもあるんけ?と毛利寿三郎は言う」
柳の口から似合わない播州弁が出ると、ゆめみは「きゃあ、毛利先輩に守られるゆめこが可愛すぎる!」とまたトランプで顔を隠して喜んだ。ゆめこは不服そうに「蓮二、やめて」と言うが、その口の端は上がっており、この会話を楽しんでいることが伺えた。
3人は一応ババ抜きをしているのだが、ほとんどゲームには集中出来ておらず、会話の方に夢中である。
「あの長身の毛利先輩から睨まれたチンピラ達はさぞかし怖かったろう、同情するな」
「ほら言ったでしょう、蓮二、毛利先輩良い人だって」
柳は毛利にいい印象を持っていなかったが、最近はその態度を軟化させつつあった。最大の理由はゆめみが毛利応援団に入って、柳にゆめこと毛利先輩はお似合いだと言ったことにある。もちろん部活をサボることに関しての許せない気持ちは消えてはいなかったが、ゆめこの幸せを思う気持ちはゆめみと同様だった。
「指輪のセンスも素敵ね、ゆめこにピッタリ」
ゆめみはゆめこの指に輝くアクセサリーを見てうっとりとそう言った。
ゆめみとゆめこは朝10時からゆめみの家で遊んでおり、柳が部活から帰って来たからこちらに移動しただけで、クリスマスにあったことはすでに共有済みだ。
「ゆめみも蓮二に買ってもらったら?」
ゆめこがにやにやとそう言えば、柳もすでに検討済みだったのか「このような木製の指輪はどうだろうか?」とスマホ画面をゆめみに見せた。ゆめみは楽しそうに「可愛い、3人でお揃いなのも嬉しいね」とズレたことを言う。
さらに「でもこれなら弦一郎も欲しがりそう、4人でお揃いにする?」と言ったので、柳は真田とのペアリングを想像して、顔色が悪くなった。
ゆめこは「ないわー」と手を叩いて爆笑した。ゆめことしては、まず木製の指輪の時点で論外だった。
何でゆめこが笑ってるのかわからないゆめみは「たしかに指輪じゃテニスの時邪魔だよね、腕輪にする?」と言ったので、もはや酸欠状態だ。
怪しい木彫りの厚みのある腕輪を真田がしているのを想像してしまったのだ。
「それもはや呪いだから!」
「えー?どんな腕輪?お揃いだったら秘密結社みたいになっちゃう?」
「ゆめこがいわくつきの古代インディアン的な腕輪を想像している確率98.5%」
ゆめみも途中から冗談に加わり、3人で大笑いしていた。いつもの光景である。
ふと柳が立ち上がって、窓の障子を開けると、隣の部屋つまりゆめみの部屋には、ゆめみの母親が立っているのが見えた。
「あれ?ママどうしたの?」
ゆめみが窓を開けると、母親はにこやかに「ゆめこちゃん、蓮二くんいつもありがとうね」と言った後、ゆめみを見る。
「ゆめみにお客さんよ」
「誰かな?」
「草野さんと名乗っていたけど、後輩ちゃんかしら?」
草野わかば、同じ美化委員の庭園管理班の1年生で、なぜかゆめみと幸村の仲を応援している酔狂な女の子である。たまについて行けないこともあるが、仕事熱心でゆめみに懐いているため、ゆめみも可愛がっていた。
ゆめみは「何の用だろう?ちょっと要件だけ聞いてくるね」と2人に言った後、パタパタと柳の部屋を出て、階段を降りる音がした。
部屋には、柳とゆめこだけが残る。
「手塚国光とゆめみに何があったのかゆめこが知っている確率100%、話してもらおうか」
柳の第一声はそれだった。その瞳は期待に満ちている。
素直に教えてあげようと思っていたゆめこであるが、先ほど毛利の下手な口マネをしたのが少し気に入らなかったため、ゆめこはにこにこしたまま「ゆめみから聞いてないの?」と聞き返した。
「直接聞いてはいないが、ゆめみが少し落ち込んでいるのは察している、上手くいかなかったのではないか?」
ご満悦気味にそういう柳に、ゆめこは心の中でコイツ油断してんなと思った。いつまでも口を開かないゆめこに柳は「先程のことを怒っているのなら詫びよう、だが、お互い様だろう」と言う。ゆめこは丸井やジャッカルの前で柳の口マネをしていることを思い出し、たしかにと思った。
「ドイツに行くらしいよ、手塚くん」
柳は珍しく開眼したまま「そういうことか」と言った。そして一瞬考えた後「時期は全国大会の後だな」と言った。ゆめこは「そうだよー、大チャンスじゃん」と気楽に返した。
フ、と柳は笑いが漏れた。その後、ふははははは!と笑った。
その悪役のような笑いに、ゆめこはドン引きする。
「勝者はこの柳蓮二、この俺のようだな」
「いや、ほんと油断すんな」ゆめこは思わずツッコミを入れた。
柳は上機嫌で「分かっている、男は手塚国光だけではなかったな」と言ったが、その口元は嬉しそうに緩んでいる。ゆめこはいや絶対油断してるでしょと再度ツッコミを入れたいところだったが、言わなかった。
こんな上機嫌な柳は久しぶりに感じられて、ずっと辛い片想いをしている親友の恋が報われてほしいとも思った。
「それにしてもゆめみ遅くない?」
ゆめこは道路側の窓の障子を開けて下を見た。
すぐに「ほら、だから油断するなって言ったじゃん」と再度小言を言ってしまった。
ゆめみが長身銀髪の男と話をしていた。
「あれ、誰?」
「テニス部1年、玉川よしおだ」
時間は少しだけ巻き戻る。母親に呼ばれたゆめみは、柳の家の階段を降りて、玄関へと出て、靴を履いて、柳の家を出た。
門を出ると、漆黒のパーマがかった髪をカチューシャで留めている少女、草野わかばがいた。
「わかばちゃん、1週間ぶりね」
先週委員会で会ったことを思い出しながらゆめみが声をかけると、待ち人わかばは驚いて振り返った。それはそうだろう。
わかばはゆめみの家から出てくると思っていたのに、横から声をかけられたのだから。
それでも素直なわかばは嬉しそうに「ゆめみ先輩!」とゆめみに駆け寄った。
「こんな素敵な豪邸にお住まいだったんですね!さすがは私の理想のゆめみ先輩です!」
「え、そうかな?普通だと思うけど」
キラキラした目の後輩の後ろに、銀髪の男が立っているのが見えて、ゆめみは「あれ?」と不思議そうな顔をした。
「確か、えっと、キミは」
そう言いながらゆめみはその少年に近付いていく。
その時、少年玉川よしおは軽くパニック状態だった。彼はテニス部の1年生で、幸村のことで悩みを持っていた。それを同じクラスのわかばに話したところ「幸村先輩のことならゆめみ先輩にお任せよ!」と言われ、ほぼ強引にこの場に連れて来られたのだった。
そして登場したこの先輩。
ゆめだゆめみ先輩。
この人可愛いすぎる、と玉川は思った。
ひらひらしたピンクのトップスに、白いショートパンツを合わせている。家で遊ぶからと冬なのに惜しみなく出ている足は白く真っ直ぐだった。妖精だろうか、と本気で思う。
よく応援に行っていてレギュラーと仲のいいゆめみとゆめこは、立海テニス部では有名人であった。更に玉川にとって、1番憧れの幸村とよく一緒にいるゆめみは、更に気になる存在だった。
遠くからしか見たことのなかったゆめみを近くで見て、玉川は完全に舞い上がってしまっていた。
ゆめみは玉川よしおの目の前で止まり、にこりと笑う。
「確かテニス部の後輩くんだったよね?」
はい、そうです!といえば良いだけなのに、その一言が言えない。玉川は照れたように真っ赤になっていた。
「はい!」とやっと言おうとした時だった。
「玉川よしお、先程ぶりだな」
上から偉大な先輩の声が降ってきて、玉川は右往左往した。そしてその声が上から聞こえたものだと分かり、見上げた途端、玉川は青ざめた。
柳蓮二、その人が仁王立ちをしていた。
2階の窓から見下げるその顔は機嫌が悪そうである。
しかし鈍いゆめみは全く気が付かず「玉川くんって言うんだね」と微笑んでいる。
「今蓮二の家でトランプしてたんだけど、立ち話もなんだし、2人とも中に入らない?」
「え、良いんですか!?トランプ嬉しいでーす!」
嬉しそうなわかばに対して、玉川は「いや、俺は・・・ここでいいです」と言った。窓際に立っている先輩が怖すぎるのだ。
「え?なんで?」
ゆめみは不思議そうだが、「じゃあここでお話聞こうかな?」と言った。しかし明らかに上に何も羽織っていないゆめみは寒そうだった。
はっと気づいて上を見ると、柳が「寒いだろう、遠慮はいらない」と言ったので、玉川は柳の家に入ることになったのだった。
かなり異質な状況だ、と玉川よしおは思った。
自分が憧れの先輩の家で、トランプをしているなんて。
玉川にとって、たった1学年の違いとは言え、3強の内の1人である柳は雲の上の存在であった。1年生の時からレギュラーであり、立海2連覇に導いた張本人。
同じ学年のエース切原でさえ、手も足も出なかったバケモノ。
しかも機嫌が悪そうだ。普段からあまり表情の変わらない先輩ではあるが、威圧感のようなものがひしひしと伝わって来た。
ってかこの人、ゆめだ先輩と松本先輩と3人でこの部屋にいたのか?うらやまし、じゃなくてどういう関係なんだろう?
「玉川、お前の番だ」
玉川は「はい!」と言って柳からカードを1枚引いた。そしてその表情に過ぎる、驚きと落胆。
玉川以外の4人は思った。
(あ、またババ引いたな)
もう一周回らない内に、みんな次々と上がっていき、最後に玉川だけが残った。
ちなみにこれで玉川が負けたのは連続で3回目である。
「また、負けました・・・」
落胆する玉川に、ゆめみが「蓮二の左隣なのが不利なんだよ、私代わってあげようか?」と声をかけたが、柳がそれを制した。
「お前は何しにきたのか、そろそろ話す頃合いだと思うが」
ゆめみは柳を客観的に見ていた。先ほどまでゆめこと3人で大笑いしていた面影は全く無い。テニス部で見せる非情な表情である。
精市も弦一郎も、テニス部ではいつもと違う顔を持っていることを思い出していた。
「はい、すみません」
柳に会釈した後、玉川は正座を正した。「ゆめだ先輩、お願いがあってきました」と改まってゆめみの方を見る。
「幸村部長の病気のこと、詳しく教えてください」
玉川の瞳は真剣だった。
玉川の話を要約すると、幸村が部活と学校に来なくなって2ヶ月。まだ自分達は詳しいことを知らない、心配している部員も多く、その不安から練習に集中出来ない部員もいるこのことだった。
幸村の病気のこと、入院のことの詳しくはまだレギュラー7人とゆめみ、ゆめこを含めた9人しか知らなかった。
とは言うものの、おそらく病気で入院しているのだろうということは噂というレベルで流れてはいた。
「切原が幸村先輩にシールをもらったって自慢してくるんです!それがみんな悔しくて・・・!!」
玉川は手を握り小刻みに震えながらそう言った。幸村は切原がお見舞いに来る度に、シールをあげているのをゆめみは知っていた。ページが全部埋まったら、願いを1つ叶えてあげると約束していることも。
幸村が倒れたことで大きなショックを受けていた切原。まだ2年生の彼を気遣って始めたことが、他の部員の不安に繋がっていたなんて。
ゆめみは玉川の話を聞くと「そうよね、みんな精市のことを慕っているものね、心配になってしまうよね」と受け入れた。
その上で軽く目を閉じる。
11月の体育祭の時のことから、今までのことを思い出していた。
最初は捻挫だと言っていたのに、次の日から学校に来なくなった。
家まで行ったら、追い返されて、ダメだと思いながら菜苗ちゃんと庭に入って精市に会って病気のことを知った。
どんどん悪くなっていく病状に生きた心地がしなくて、倒れたと聞いてどんなに心配だったか。
その後は本人の努力があって、ようやく立つことができるようになった。
「ゆめみ先輩、幸村先輩のこと、思い出しているんですか?」
わかばの声に、ゆめみは目を開けた。
その目には涙溜まっている。
わかばは「やっぱりゆめみ先輩は幸村先輩のこと・・・」と感動していた。
ゆめみの涙に気付いたゆめこと柳が玉川に詰め寄る。
「玉川くん?ちょっと」
「玉川、覚悟はいいか?」
「すみませんっ!!」ついに土下座した玉川に、ゆめみは慌てて手を振った。
「違う違う、嬉しかったんだよ、玉川くん」
ゆめみは目をうるうるさせながらもにっこりと笑った。
「ありがとう、精市の心配をしてくれて、みんなの気持ちを伝えようとしてくれて」
その涙を溜めた笑顔が美しい、と玉川は思った。ゆめみは続ける。
「でも、わかってほしい、
精市だって、秘密にしたくて秘密にしていたわけではないこと」
「それは、もちろんです・・・」
玉川は、恥ずかしくなった。
何も知らずに、自分勝手にお願いしてしまったこと。この純粋な人にこんな顔をさせてしまったことを。
ゆめみはもう一度「ありがとう」と言って笑った。
「今、復帰に向けて毎日頑張ってるの、それでね、やっと成果が出ているのよ、だから、あと少し」
病状が悪化し続けていた今までは、とてもじゃないけど、多くの人に伝えるのは恐怖があっただろう。でもこのまま良くなっていくのなら、きっと精市だって皆に知ってほしいと思うはずとゆめみは思った。
玉川は深々と土下座をした。
「よくわかりました!待っています!」
その後、玉川とわかばは帰ることになり、ゆめみは2人を柳の家の玄関まで見送ることにした。
「ゆめみ先輩、変わりましたね」
草野わかばの言葉に、ゆめみは不思議そうな顔をした。
「前は幸村先輩のことを聞いても、彼女じゃないから分からないとおっしゃっていたのに」
「今でも彼女ではないよ」
キラキラと期待を込めた瞳をしている後輩に、ゆめみはちゃんとNOと言った。
曖昧にすると、どんな勘違いをされるか分からないからだ。途端に落胆するわかば。
「でも、今精市にとって、私が部外者かと言われたら、それはやっぱり違うと思うの、
精市が頑張り続ける限り、私はこの役目から降りずにやりきるつもりだよ」
ゆめみははっきりとそう言った。わかばは再度期待を込めた瞳をゆめみに向ける。
「それは幸村先輩に関することなら、とりあえず聞いてくれるってことですか?」
「うん、そうかな、精市と学校との架け橋になりたいの」
「それは普通の恋愛なんかより、ずっと心で繋がってる感じがしますね!!」
わかばはうっとりとそう言った。
「幸村先輩の力になってあげてくださいね!」
ゆめみが「もちろん、そうなりたいと願ってるよ」と言ったので、わかばは大喜びだった。
「俺も、また相談に来ても良いですか?」
そのやりとりを黙って見ていた玉川は、おずおずとゆめみの顔を伺った。ゆめみがふんわりと笑って「もちろんだよ」と言ったので、その頬には赤みがさす。
こうして後輩2人は帰って行った。
12月31日。
時刻は20時間近である。
幸村の部屋の病院備えつけのテレビからは、紅白歌合戦が流れてきて、年の瀬を感じさせてくれる。
ゆめみは幸村の部屋の冷蔵庫を開けながら嬉しそうな声をあげた。
「わ、ケーキ!もしかして丸井くんが来たの?」
「そう、お昼くらいにジャッカルと赤也とね、俺はもう頂いたから、3人で食べていいよ」
幸村は片足でバランスを取りながらそう言った。幸村はクリスマス以降、立つことだけでなく歩くことやしゃがむことが出来るようになり、もう日常生活は問題が無いくらいまでに回復した。
3人というのは、ゆめみ、柳、真田のことで、3人でお見舞いに来ていたのだった。
「うーん、食べたいけど、女の子としてやめた方がいいアラームが鳴ってる・・・弦一郎と蓮二はどうする?」
「洋焼き菓子か、俺は遠慮する!」
「俺も遠慮しよう、お前の意志を尊重はするが、現時刻に食すると脂肪になる確率が85.7%となる」
ゆめみは冷蔵庫のドアをパタン、と優しく閉じた。
「ゆめみ、ゼリーもあるよ?」
幸村がゆめみを気遣ってそう言うが、ゆめみは「食べなくていいもん」と言った。
その拗ねたような反応に幸村、柳、真田は笑みを零す。
その時、館内放送を知らせるシャラララという音楽が鳴った。『20時となりました、面会時間終了のお時間です』というアナウンスだ。
ゆめみはぱっとその放送に嬉しそうに笑って、病室に設置された簡易ベッドへとぱふ、とダイブした。
「今日は帰らないの!」
そして寝転がったまま、柳、真田、そして幸村を見上げる。
「朝までいっぱい遊ぼうね」
そんな無邪気な姿に3人はまたくすくすと笑った。
「うむ!この一年に感謝し、新たな一年の始まりを供に祝おう!」
「ゆめみが起きていられればね」
「そうだな、ゆめみが起きていられる確率は」
「100%だよ!今日はこのために遅起きしたの!」
ゆめみがあまりに嬉しそうなので、柳は「そういうことにしておこう」と笑った。
今日は3人は正式に宿泊許可を取って、幸村の病室に泊まることにしていた。本来ならベッドが1つしか入らないので、1人しか泊まれないのだが、たまたま隣の個室が空いていたので、3人で泊まることを許可されたのだった。前回でのクリスマスで無許可で宿泊し怒られた時に、正式に許可をもらえば泊まることが出来たと知り、ゆめみが提案したのだった。
前回ドキドキしながら隠れていた意味は全くなかった訳で、それを知った時はショックだったが、幸村が「あの日の出来事は冒険だったね」と言ったので、ゆめみは満足していた。
消灯時刻の21時まで、4人はUNOをしたり、オセロをしたりして楽しんだ。
「消灯時刻となりました、部屋と廊下の電気が消えるので気をつけてくださいね」
にこやかに部屋を訪れた担当ナースの天野川華子がドアを開けて教えてくれた。
「ベッドライトは付けていてもいいですが、周りの迷惑にならないように静かにしてくださいね」
ウインクしながらそう言った華子は、寝る必要はないと教えてくれてくれているようだ。幸村は「今年も大変お世話になりました、来年もよろしくお願いします」と挨拶をした。
幸村がベッドライトをつけると、ほぼ同時に部屋の電気が落ちる。
「なんかドキドキだね」
小声でひそひそと話すゆめみが可愛い、と幸村は思った。
メインベッドには幸村とゆめみが、簡易ベッドには真田と柳が座っている。
2つのベッドの間に足を下ろしており、幸村と真田が、ゆめみと柳が向かい合って座っているような感じだ。
ちゃんと寝る時は隣の部屋も利用するつもりだが、今はまだ早い。
「弦一郎、いつもの就寝時刻だが、大丈夫か?」
「ああ!俺も高揚している、今日はどこまででも付き合う覚悟だ!」
真田はそう言ったが、その目は少しとろんとしている。夜ふかしが苦手なことはみんな知っているため、見て見ぬふりをした。ゆめみだけは「一緒に夜ふかし頑張ろね、弦一郎」と無邪気に同意した。
「とは言え、テレビも付けられないこの状況では話をするくらいしかすることは無いがな」
「フフ、年明けまで話をすると言うのも貴重な体験だろうね」
「うむ!ここは年の瀬らしい日本の伝統的な年末年始の過ごし方の衰退について議論するのはどうだろうか?」
「ふぁぁ」
「興味深くはあるが、ゆめみが寝る確率99.9%」
「悪いが俺もすでに眠くなってしまったよ」
「そ、そうか!」
「病院という地の利を活かして怪談話はどうだろうか?」
「蓮二、怖いは嫌」
「とゆめみは言う」
「分かってるなら言わないの!」
「柳、毎日ここで過ごしている俺のことを考えてくれないかい?」
「と精市は言う」
「ふふ、もう蓮二ったら」
ゆめみはたまらずクスクスと笑い出した。
ツボに入ってしまったようで、口に手を当てて笑う。つられるように幸村、真田、柳も笑った。一通り笑うと、ゆめみが言った。
「あー、おかしい、今年も皆のおかげで楽しい1年だったわ、あ、そうだ!思い出話はどうかしら?」
「それは良い考えだな!年の瀬にふさわしい話題だ!」
皆の反応が肯定的なのを確認して、ゆめみはカバンからハンディタイプのプロジェクターを取り出した。クリスマスプレゼントとしてゲットしたものだ。
クリスマスに使おうとしたときには、Bluetoothの設定で戸惑ったが、あれから柳に設定してもらい、もう起動するだけで使用出来るようになっていた。
「今年1番最初の写真は、これだよ」
ゆめみの楽しそうな掛け声と一緒に病室の一面に一枚の写真が映し出される。それは真田家での書初めであった。
全員が自分の書いた書を持って集合している写真だ。幸村、真田、柳、ゆめみの全員が着物姿であり、晴れやかな表情をしている。
「うむ!素晴らしい1枚目だ!この日以降蓮二とゆめみが供に書道の道を歩んでくれたな、嬉しく思っている!」
「弦一郎を師として書道を学ぶ時間は充実していた、引き続き来年もよろしく頼む」
「そんな私は全然だよ、時間ある時しか行けてないのに、いつも丁寧に教えてくれてありがとう」
ゆめみは真田の言葉に恐縮した。それもそのはず、書道に対する情熱とかは無く、書道の先生が来る第二日曜日の午後に、暇だったら蓮二と真田の家に遊びに行っていたくらいだ。書道もほどほどに毎回佐助と遊んでばかりいた気がするのだ。
よく誘われていたお昼休みの和室での書道も蓮二はたまに行っていたが、ゆめみは断っていた。
「うわ、俺はこの日あんまり上手く書けなくて悔しかったのを思い出したよ」
あまり良い顔をしなかった幸村にゆめみは「私は精市の字、好きだよ」と声をかけた。次は、ゆめみと佐助が羽子板で遊んでいる写真だった。
「この日初めて佐助くんに会ったんだよね、懐かしいー!今ではとっても仲良しで嬉しいな」
ゆめみは佐助に懐かれており、遊びに行くといつも全力で遊んでいた。
次の写真は屋上庭園で、1月の末に専属庭師の泰永さんが入院したタイミングで訪れた危機に仲良しメンバー9人で対応した時の写真だった。お昼休みの写真や、何気ない日常の写真が続き、春休みに柳の家で百人一首をした時の写真と流れていく。
1枚1枚思い出があり、想いがあり、それぞれが思い出して口にすることは、とても楽しかった。
写真は春を迎え、写真の中の彼らは2年生となった。地区予選が始まり、必然的にテニスの写真が多くなる。その間に美化委員会の写真や、クラスの写真、4人で遊んだ写真、仲良し9人グループに赤也が加わり、10人で遊んだ写真が入った。
そして、全国大会優勝、この4人にとって思い出深い砂浜でのジョギング。
夏の暑い日の朝、4人で走った。前日に優勝したものの、実感が湧かなくて、ふわふわした気持ちで走った。ゆめみが何回もおめでとうと言って笑って、泣いたから、みんな優勝を実感出来た。嬉しくて、誇らしくて、ゆめみが愛おしかった、と幸村、柳、真田の3人は思い出していた。
「この日4強と言う言葉が生まれたな」
「俺も思い出していたよ、ゆめみが男の子だったら、真田と毎朝練習して戦力になってくれると言っていたね」
柳の言葉に、幸村もにこにこしながらゆめみをからかう。この日ゆめみが「私が男の子だったら4強って呼ばれてたかも」と言ったので、この日以降真田、幸村、柳、ゆめみの4人のことを冗談で4強と呼ぶことがあった。ちなみにグループラインのタイトルは今も『4強』である。
ゆめみもうふふと笑って「またその話?女の子で良かったと思いました」と言った。
次は海志館の和室で中国語を勉強している写真だ。
10月にある中国研修にみんなで参加しようと決めて、怒涛の中国語勉強が始まった。お昼休みに毎日集まって勉強ばかりしていたのを思い出す。
そのかいあって、同じ班になることが出来た。みんなでAという紙を持って笑ってる写真があった。
「この期間は大変だったと記憶していたが、こうして写真で見ると楽しかった思い出の方が大きいな!」
「毎日毎日海志館和室のちゃぶ台でよく勉強したよねー」
「ゆめみの作ってきてくれたスイートポテトが美味しかったよ」
「皆で1つの目標に向かって取り組んだからこそ、成果が現れたのが嬉しかった」
「こうして振り返ると、今年1年私たちずっーっと一緒にいたね!」
ゆめみは最大級の笑顔でそう言った。3人はその笑顔に見惚れて、画面から目を離し、ゆめみを見つめる。
「みんな大好き」
ゆめみの無邪気な笑顔は今日も可愛い。3人はそれは自分のセリフだと思った。ゆめみがいたからこそ、毎日が輝いていた。それでも硬派な彼らは誰も言葉にすることは出来なかったが、本当は今すぐゆめみを抱きしめたいと思っていた。
「あ、次は海原祭だね」と言うゆめみの言葉に、また画面に視線が移る。
海原祭の後は中国研修だった。ここでも思い出が多く、4人で旅の裏話などで盛り上がった。
中国研修の後は、数枚日常の写真を挟んだ後に、仲良し10人組で行ったえのすいの写真だった。柳と真田がJr先輩で不在だったので、実際は8人だったが。そして、その後は。
ゆめみはこの時気が付いてしまった。
この後の写真は、幸村が倒れた後の写真だってことを。もしかして、幸村を傷付けてしまうかもしれない。
「ここまでにしよっか、楽しい1年だったね」
ゆめみはそう言って、写真の投射をやめようとした。少し自分でも不自然だとは思ったが、これ以上続けることは出来なかった。
しかし、その手は幸村によって止められた。
「ゆめみ」
ゆめみは幸村を見つめ返す。その瞳は揺れていた。止めたのはゆめみの優しさだと知っていた。それでも。
「俺達の大切な時間であったことには変わりがない、続けてくれないか」
幸村の瞳が真剣だったので、ゆめみは頷いて、続きを写した。
幸村が倒れた後の、自宅療養中のお見舞いの写真や、入院中のお見舞いの写真だ。写真の中の皆は笑顔が多いが、その表情の中には無理をしているものもある。
先ほどまで新しい写真が出るために楽しくコメントしていたのに、誰も何も言わなかった。無言で写真だけが流れていく。
最後の写真は、先程の写真だった。ゆめみが撮影者なので、ゆめみは映っておらず、真田と幸村がオセロをしているところを柳が興味深く見ている時の写真だった。
ゆめみが写真を撮ると言ったので、3年ともゆめみに笑顔を向けている。その表情ほ全員リラックスしていて、心からの笑顔であった。
「あぁ、良い一年だった」
幸村が沈黙を破り、独り言のようにそう言った。
「真田もさっき同じようなことを言っていたけど、本当だね、辛かったばかりだと思っていたのに、そうじゃなかったよ」
幸村はそっと目を伏せた。泣きそうになっているのだと皆気が付いた。
「俺は、11月からのこの2ヶ月の間も、楽しいこともあったし、心から笑ったこともあった、そして、今思い出すのはそんな瞬間ばかりだ」
幸村の目に涙が光っていた。
「ありがとう、全部皆のおかげだ」
ゆめみは首を振った。その瞳には同じように涙が溜まっている。
「精市が頑張ったからだよ」
柳と真田も続いて口を開いた。想いを伝えるように。
「俺は変わらず気の合うお前と過ごしていただけだ」
「幸村、俺こそ感謝を伝えねばならん!お前のおかげで今の俺がある!」
幸村は笑った。
「本当、最高だよ、お前たち」
それが皆とても嬉しかった。
コンコン、ドアがノックされる音がした。4人はビクッとドアの方を見る。声のボリュームは下げていたつもりだったが、うるさかったのだろうか。
「ゆめみ、まだ起きてる?」という母親の声がして、ゆめみはそっとドアを開ける。するとそこには出来立ての温かい生蕎麦が4つワゴンにのせられていた。
「わぁありがとう、ママ」
ゆめみは年末まで働き詰めの白衣姿の母親にぎゅっと抱きついた。
「今年も一緒にいられなくてごめんね」
「今年はいいの、家にいてって言われても断っていたと思うわ」
「ふふ、大人になったのね、あと20分で年明けよ」
ゆめみはワゴンを受け取って、そのままベッドの脇のスペースまで持ってきた。
「皆、年越しそば食べよ」
ベッドライトのみという薄明かりの中、4人ですすったそばは美味しかった。
4人だけの思い出がまた増えて、嬉しいとゆめみは思った。
そうして、スマホでカウンドダウンしながら年明けの瞬間を4人でお祝いした。
その後も少し話をしていたが、すぐにゆめみの返事がなくなり、気がつけばゆめみはスヤスヤと眠りの中へ落ちていた。
その寝顔は無防備で、いつもより幼く見える。残された3人はその可愛さに笑みが溢れる。
「たまらん可愛さだな、俺達のマドンナは!」
そう言ったのが真田だったので、幸村と柳は吹き出した。
「真田、マドンナなんて言葉知っていたんだ」
「だが、日本語の使い方としては合っている、本人は自分はモテないと思っているようだがな」
「そうなのか!?ゆめみのようなおなごは皆が惚れるものだと思っておった!」
「真田、おなごって・・・笑ってしまうよ」
「当然憧れている者は多いと思うが、俺達が良い防波堤になっているようだな」
「なるほど、俺はその任務から外れてしまった訳だが、柳、引き続き頼むよ」
「イェッサー、承知した」
「言っている意味が全くわからんのだが、日本語で噛み砕いて説明してくれんか?」
「真田はそのままでいいよ、変にゆめみに怪しまれたくないしね」
幸村は優しくゆめみに布団をかけてあげた。
本当に大切な存在だと思った。日に日にゆめみの存在が大きくなっていく。
ゆめみが隣にいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられる、そんな気がした。
この後すぐに真田が睡魔の限界を迎え、幸村の病室の簡易ベッドで寝てしまったため、幸村と柳は隣の部屋のベッドで寝ることになった。
(220710/小牧)→147
姫が大人になるまで皆で守り続けよう。