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(膝枕を賭けて勝負といこうか/幸村•柳•立海all)

『柳くん柳くん、私がサッカー部のエースに告白したら、付き合える可能性ってどのくらいかな?』
『柳、今度あの子に告白しようと思ってるんだ、オッケーもらえると思うか?』

日々繰り返されるくだらない質問。
聞かれたことには誠実に答えようと努めてはいるが、小学生の時から常々思っていた。

何のために告白し付き合うのだろう、と。

本気で好きで、結婚したいと思うのなら、今付き合うべきでは無い。
高校生同士のカップルが結婚まで至る確率は8.6%らしい。
それならば、中学生同士のカップルが結婚に至る可能性は何%だろうか。
5%無いだろう、3.8%・・・と言ったところか。

ゆめみが好きだと気付いた時、最初に思ったことはこうだった。
このまま、一番近い友達でずっといよう。そして、大学生になったら告白して付き合おう、と。小学3年生の時の話だ。

この考えは誰にも同感を得られないであろうことは知っていた。皆誰しも人を好きになることと告白とセットで考えている。
しかし、一度だけ、姉の一風(いちか)に話してみたことがある。

『蓮二はまだまだ子供ね、いつか分かるわ、人は温もり無しには生きられないものよ』

恋愛より知識欲の塊のような姉上にも分かることが、俺には理解不能のようだ。

精市が、弦一郎が、俺の身近な友人がゆめみを好きだと言う。

当然葛藤はあったが、心のどこかで一時的にゆめみと誰かが付き合っても構わない、とも思った。どうせその恋が結婚に至る可能性は限りなく低い。
それでも精市に告白をされるのは嫌で、告白しようと決め、実行したこともあった。

それでも必死になれなかったのは、やはり心のどこかで今付き合うのはゆめみとの結婚の可能性を狭めることになると考えていたからだろう。

だから、今とても戸惑っている。

「・・・蓮二、どうかな?」

ゆめみは振袖を着ていた。
昨日も着ていたが、昨日とは雰囲気がまるで違う。昨日は淡い桃色の花柄で、いかにもゆめみらしい感じであったが、今日は白地に牡丹の花が腰から下にかけて咲いているようなデザインだ。牡丹の色は薄花色で、水色と薄紫を混ぜたような色合いだ。
大人っぽく、美しい。
更に帯は蒲公英(たんぽぼ)色で、柳の山吹色の着物とペアルックのような雰囲気を出している。これは道行く人が見たら全員カップルだと勘違いするだろう。
柳が言葉を失っていると、ゆめみの後ろから仕掛け人である母親の翠と姉の一風が満足気な表情で顔を出した。

「白も似合うでしょう、ゆめみちゃん」
「色合わせもオシャレでしょ」

母親の言葉には(蓮二の好きな白を選んであげたのよ)と言う意味が含まれていたし、一風の言葉には(蓮二とペアルックにしてあげたわよ感謝しな)と言う言葉が見え隠れしていた。

「あぁ、似合っている」

ゆめみは恥ずかしそうに「ありがとう」とふわりと笑う。
それがまた異常に可愛いすぎて、柳は平常心を保てない、その後ろで翠と一風は不満気に柳を睨んでいた。2人の意図を察して、柳は軽く咳払いをして言った。

「可愛い」

自分の褒め言葉の選択肢の狭さに辟易する。天女のようだ、とか大和撫子そのものだな、などと言う言葉も浮かんだが、言えるはずがない。柳蓮二にキャラではない、と言うプライドが邪魔をする。
それ以前に、母親と姉の前で好きな子を褒めるとか、思春期の息子にする仕打ちとしては酷いのではないだろうか。


「振袖ありがとうございました、行ってきます!」
「昼過ぎに戻る予定だが、どうだろうな」

ゆめみと柳は翠と一風に挨拶をして、柳の家を出発した。
本日は1月2日。真田の道場での書初めに誘われていたので、2人は駅へと向かう。昨年は真田、幸村、柳、ゆめみの4人であったが、今年は『書道は精神統一の訓練に最適だ!』と真田が言ったので、立海レギュラーは全員参加となった。

「昨日はびっくりしたよね、ゆめこたちに偶然会って、毎日みんなと遊んでるみたい!」

ゆめみはふふと楽しそうに昨日の話を持ち出す。昨日は元旦で、お互いに午前中は親戚の挨拶周りをしたものの、夕方からは毎年恒例の初詣に2人で行った。するとゆめこ、仁王、丸井、ジャッカルの4人とちょうど鉢合わせになったのだ。近所に住んでいるならではである。

「ゆめこは年末に毛利先輩と素敵な時間を過ごしたんだって」

ゆめみは楽しそうにゆめこと毛利が江ノ島シーキャンドルの年越しライトアップを見に行ったことなど、どんな年末を過ごしたかを柳に話した。昨日ゆめみとゆめこが後ろでコソコソ話していたのはこのことだったのだな、と納得した。

「江ノ島シーキャンドルって委員会で遅くなった時に江ノ電からチラチラ見えてたけど、何気に近くでみたことなかったな」

ゆめみの言葉に柳は「では今度行こう」と返した。完全に2人きりを想定していたものの、ゆめみは違ったようで「いいね、今度の土曜日の部活帰りとかどうかな?私とゆめこが合流したら9人で行けるかな」と言った。

あぁ、またこれだ。
柳は今朝思ったことをまた思い返す。

一緒にいられるのだから、無理をして付き合う必要は無い。
そう思っていたのに、その信念が揺らぎそうになる。もし付き合っていたのなら、きっとそこに他者の介入は無く、ゆめみも2人で行くのが当然だと思うのだろう。
そして、付き合うことが出来れば、抱きしめたり、キスをしたり、愛情表現をセーブする必要もなくなる。

柳はチラリとなおも楽しそうにお出かけの計画を練るゆめみを見た。
朝、強く思って戸惑ったこと、それはこの綺麗な女の子にキスしたいと思ったことだった。

どんなに近くにいても、毎日一緒にいても、『彼氏』というポジションでしか、成し得ないこと。俺はそれを求めてしまっている、そのことに改めて気付いた瞬間であった。

11月、幸村に告白しないでほしいと頼まれた時、そんなことはお安い御用だと思ったし、実は少し安心した。
元々俺はこのままの友人関係を大学生まで持ち越すつもりだったのだから。

それなのに、今、どうしようもなく、ゆめみの彼氏になりたい。
手塚国光がドイツへ行くと言う話を聞いたからだろうか、可能性があるのではないかという思いが柳を後押ししていた。

なぜ今なのだろう。
あと少し、精市が倒れる前に気が付いていれば。「お前を女として見ている」と伝えることが出来たのに。


考え込み、足を止めてしまった柳の顔を覗き込むゆめみ。その瞳は綺麗で、柳は少しだけ泣きたくなった。

「蓮二、大丈夫?どこか痛いの?」

「問題ない」柳は優しくそう言って、ゆめみの頭をぽんと撫でた。
俺が我慢すればいいことだ。と思いながら。

「ゆめみー!」

とその時、少し離れたところから、ゆめこの声がして、ゆめみは嬉しそうに小走りでゆめこへと駆け寄る。

「ゆめこ可愛いー!」
「ゆめみ、今日は美人路線ね、素敵!」

ゆめこのレトロな紅赤で、カラフルな花柄の振袖を着ていた。その後ろでは、袴姿の仁王が慣れない格好にソワソワしていた。

「仁王、似合っているな」
「プリッ」

昨日、会った際に昨年は全員和服姿だったという話が出たためか、2人も振袖と袴姿であった。仁王はゆめこの兄の袴を借りたようだ。
いつものように江ノ電で真田の家に向かうと、乗った車両には同じく袴姿の柳生が乗っていた。途中で丸井とジャッカルも袴姿で電車に乗り込んで来て、友人達は再会を喜んだ。丸井は自前のがあると言っていたが、ジャッカルの袴は柳からの借り物だった。

1月2日の江ノ電は観光客の姿もあり、見目麗しい彼らはかなり目立っていた。
ご年配の方々からは正月らしいと好評で、若い女の子達には丸井あたりを中心にきゃあきゃあ言われていた。
元々注目を浴びるのが嫌いなわけじゃない彼らはそんな視線さえも楽しみながら、仲間と過ごせるこの一瞬に青春を感じていた。
テンション高くわいわい笑いながら真田の家へと向かった。



「あけましておめでとう」

真田の道場に着いた彼らを迎えてくれたサプライズゲストに、皆驚いて、一瞬返事が出来なかった。

「幸村くん!?体は大丈夫なのかよぃ?」

そこには入院中のはずの幸村精市が穏やかに立っていた。真っ先に丸井が駆け寄ると、幸村は嬉しそうに「あぁ、検査の数値も安定してきてね、外出の許可が下りたんだ」と説明した。

入院中に見せていた儚気な雰囲気は薄まっており、以前の幸村に戻ったようにも感じられた。薄花色の袴姿からは凛々しささえ感じられた。
丸井に続いて、柳、仁王、柳生、ジャッカル、ゆめこ、そして一足先に道場に着いていた切原が駆け寄る。切原は真田から道場の掃除の手伝いを命じられていた。
全員よくお見舞いに行っていたので、久しぶりという感じはしなかったが、やはり病室で会うのとは違うのだろう、皆嬉しそうだ。

そんな中、ゆめみは少し離れたところで楽しげに皆と話す幸村をそっと見つめていた。

幸村が今日ここに来ることは、ゆめみと柳でさえも知らなかったのだ。真田だけが知っていた。それは幸村自身も当日まで本当に実現するか分からなかったこともあり、隠していたためであった。

皆からの挨拶や質問に一通り答えた後、幸村はゆめみをまっすぐに見た。
他のメンバーもゆめみがまだ幸村と話をしていないことに気付き、ゆめみのためにスペースを開けた。
ゆめみはまだ夢の中にいるように、不思議そうな顔をしている。

「ゆめみ」

幸村が名前を呼んだ。
ゆめみははっとして、幸村のところに歩いて来た。ゆめみは何かを言おうと口を開いた。しかしすぐに口を閉じた。言おうと思った「あけましておめでとう」は昨日すでに伝えてあるし、なんと言っていいのかわからない。
戸惑うゆめみに、幸村はクスリと笑った。
そして、それは一瞬だった。
幸村は一歩近づいて、ゆめみをふわりと抱き上げたのだ。

「精市っ」

いくら回復して来ているとは言え、人を1人持ち上げたりして良いのだろうか?ゆめみは心配そうな声を上げた。しかし、幸村はゆめみを離す様子は無い。
むしろその抱き上げたままの姿勢で、ゆめみをぎゅっと抱きしめた。
そして、そっと耳元で囁いた。

「天女みたいに可愛いよ」

これにはさすがのゆめみも動揺して、頬に赤みが差す。
ゆめみのその反応に満足したのか、幸村はゆめみを下ろした。そして、正直呆気に取られていた皆の方を見てにっこりと笑う。

「俺が回復しているということを皆に見せたくてね」

楽しげにウインクする幸村に、ゆめみは冗談だと受け取ったらしく「もー、私のことダンベル扱いしたのね?」と言ったので、ドッと笑いが起きた。
皆は笑いながらも、勘のいい仁王や丸井は思っていた、『あ、もう気持ちを隠す気は無いんだな』と。幸村は今まで、ゆめみへの想いを悟られないようにしていた節があった。だからこそジャッカルは気付かないふりが出来たし、柳生は仁王に言われるまで気が付かなかった。
しかし、今も幸村は少し拗ねるゆめみの肩を優しく触ってなだめており、その距離も近い。
これでは誰だって幸村がゆめみを好きだと気付いてしまうだろう。

更にゆめみの着物の腰から下に咲く牡丹の花は幸村の着物の薄花色と全く同じ色であり、まるでペアルックのように見える。
柳の着物とは帯の色が同じとは言え、どちらの方がペアルック度が高いかと言われれば幸村の方に軍配が上がるだろう。

ゆめこと仁王はチラリと隣にいた柳を見た。
柳は微笑していたが、その笑みが上辺だけのものであることを2人は察知した。

「こわいのぅ」と小さく呟いた仁王に、ゆめこは小さく笑って頷いた。

真田の「位置に着けぇい!」という野太い掛け声で、皆道場に向かい合わせに2列に並ぶことにする。

何かの力が働き、真田の左側には幸村、ゆめみ、柳、柳生、右側には仁王、ゆめこ、丸井、ジャッカル、赤也が並んだ。
幸村と仁王、ゆめみとゆめこが向かい合わせである。

「一つ、心は筆に現る!」
「「「一つ、心は筆に現る」」」

「一つ、清き心はその心構えから!」
「「「一つ、清き心はその心構えから」」」

昨年同様、墨をすりながら、皆で書道の心構えを復唱した。最初書初めと聞いた時は乗り気じゃなかった彼らも、全員で繰り返しながら墨をするのはなんだか楽しいと思った。どんなことであっても、仲間と一緒なら楽しいものだ。

そうして、楽しい書初めが始まった。

心構えには厳しい真田であるが、内容に関しては自由で書きたいものを書いていいと言うスタンスには変わりがなかった。

一番最初に書き終えた切原は立ち上がって「これが今年の俺の目標ッス!」と豪語した。しかしその字はへのへので、筆はボサボサで、解読不能であった。
真田が「日本語で書かんかぁー!」と言ったので、皆大爆笑であった。
その文字はのちに『打倒3人のバケモノ』だとわかった時には幸村、真田、柳の3人の顔が引き攣っていたが。

それからは皆出来上がると、立ち上がって自分の作品を皆に見せた。

丸井は『食べ放題』、
仁王は『嘘か誠か』、
柳は俳句で『三が日墨の香残る道場に』、
ジャッカルは『焼肉定食』、
柳生は『日の出』、
ゆめこは『悠々自適』、

見せる度に「らしい!」とみんなで盛り上がる。
真田は熱心に皆の指導に入っている。
そんな中、ゆめみも一枚書き上げた。

「ゆめみ、できたのかい?」
「ゆめみ、できたのか」

ゆめみが満足気に筆を置くと、幸村と柳が同時にゆめみに声をかけた。ゆめみは嬉しそうにうん、と立ち上がる。皆ゆめみの方を見た。
ゆめみの書には『一心同体』と書かれている。
その字は何度か先生の指導を受けたとだけあって、昨年よりも上手くなっていた。

「一心同体、今年も皆の応援に行くからね」

皆ワッと盛り上がった。
ゆめみの書を見て、幸村は自分の書きかけの書を見た。無病息災と書こうとしていた。
自分の字は相変わらず教科書のお手本のようなつまらない字だ。その前に本当に伝えたいことでは無い、と思った。
無病息まで書かれた半紙を取り払って、新しい半紙を置く。

その行動を、隣にいたゆめみはじっと見ていた。

「なんだか緊張するな」

幸村がそう言うと、ゆめみはふふと笑って「精市もさっき見てたでしょう」と言う。気付かれていたのか。それは少し嬉しい。

「じゃあずっと俺だけを見ていてくれるかい」

極端なことを言う幸村にゆめみはくすくす笑う。でもその後で「いいよ」と言った。
幸村の筆はなめらかに動いた。

『立海三連覇』

その文字は、今までの幸村の字とは少し雰囲気が違った。
お手本のようなものではない、そこには荒々しさや熱い気持ちが入っているのをゆめみは感じとっていた。

ゆめみの瞳の揺らめきから、自分の書に何かを感じてくれたことを知った幸村は、満足した。そして書道の愉しさのようなものが初めてわかった気がした。幸村は立ち上がる。

「立海三連覇、皆準備はいいかい?」

部長の言葉に、全員目を輝かせる。
「イエッサー」という声が道場に響いた。

その後は、幸村につられるように、『常勝立海』や『王者の貫禄』などのテニス関係の文字が増えた。
そこに静けさは無く、道場内にはわいわいと楽しそうな仲間の声が響いていた。
書いてる瞬間は皆真剣そのもののため、真田も満足しているようであった。切原に関しては姿勢や書き順などで何度も注意を受けていたが。



書初めの後は、真田家本邸の和室でお茶を飲むことになった。
柳の点ててくれたお抹茶とゆめみが持って来た和菓子を食べながら、まったり雑談していると、バン!!と襖が力いっぱい開けられる。
こんなことをする人物はこの家で1人だけである。

「ゆめみ!!」

真田の甥の佐助だ。今日は母方の祖母の家に行っていると聞いていたので、帰って来たのだろう。
真田には目もくれず、真っ先にゆめみに駆け寄った。ゆめみが「佐助くんあけましておめでとう」と微笑むと、最高に嬉しそうに笑う。子供特有のキラキラした瞳が眩しい。

「甥の佐助、5歳だ」

真田は眉を不快そうにヒクつかせながら紹介した。試合にも応援に来たことがあるため、佐助のことは全員が知っていた。

「佐助、ゆめみさんかゆめみお姉さんか敬称を付けろと何度も・・・それから皆に挨拶をせんか」

本当ならばすぐにでも「目上の者を呼び捨てにするとは何事かー!挨拶も無しに入ってくるとは何事かー!」と叫びたいところを、グッと我慢している真田に、メンバーは忍び笑いをした。
しかし佐助が怖いもの知らずに真田に「おじさん、ベロベロベロベロベロベー」と舌を出したものだから、皆堪えきれずに吹き出した。真田は顔を真っ赤にして今にも怒鳴りつけそうだ。
扱いに慣れているゆめみだけが、「佐助くんの立派な挨拶みたいな」と言ったので、佐助は一転して、その場に正座をした。

「みなさまようこそおこしくださいました!あけましておめでとうございます!ほんねんもよろしくおねがいします!」

と大きな声で言った。

「おや、可愛いですねぇ」
「やれば出来るのぅ」

5歳の可愛さに皆メロメロだ。柳生と仁王にも褒められて、先程まで怒っていた真田も立派な姿に「うむ!それでこそ真田家の後継だ!」と嬉しそうだ。

ゆめみが「立派に出来たね」と言うと、佐助はゆめみにぎゅーっと抱きついた。

「ゆめみ、膝枕して!」

マセガキである。真田は「ひひひ膝枕だと!?」と慌てふためいていた。
ゆめみは特に嫌がる様子も無かったが、次の瞬間、佐助は抱き上げられ、強制的にゆめみと距離を取られる。
その犯人は幸村精市であった。

「佐助、さすがにこれは見過ごせないよ」

笑ってるが、腹黒い笑みだとゆめこは思った。
軽々と佐助を持ち上げている。

「精市ー、放せっ」

佐助が抵抗したので、幸村はそっと床に下ろした。そして、顔を突き合わせて言う。

「じゃあゆめみの膝枕を賭けて勝負といこうか」

いつのまにか、佐助の持っていた羽子板の一枚を幸村が持っている。

「分かった!返り討ちにする!」

佐助も羽子板を構えてやる気満々だ。

「ちょっと精市」ゆめみは幸村を止めようとした。今日はあくまで一時的な外出だ。病気が完治したわけではないことをゆめみはよく分かっていた。書道はともかく、羽子板のような運動は絶対NGである。

「待て精市、佐助」

柳が前に出た。
ゆめみは安心した。柳が止めてくれるだろうと思ったからだった。

「その勝負、この柳蓮二も混ぜてもらおう!」
 
期待は裏切られた。

「精市、蓮二、冗談よね?」

ゆめみは笑っていたが、その声は低く、冷たさすら感じた。珍しく怒っている。
かなり本気の2人であったが、ゆめみの怒りをそのままにしておくわけにはいかない。

「と、思ったけど、止めにする」
「当然、ただの戯れだ」

すぐに撤回した幸村と柳。
ゆめみは「だと思った」と言ったが、空になったお湯のポットを持って、ぷりぷりと和室を出て行ってしまった。
おそらく新しいお茶を淹れようと出ていったゆめみの後をホストである真田が追いかけて行った。

残された佐助は「精市、蓮二、遊ばないのー?」と不服そうだ。

空気を読んだ丸井が、「佐助くん」と佐助に顔の高さを合わせて話しかける。ぷぅっと膨らんだグリーンアップル味のチューインガムが弾ける。

「キッチリ相手してやるよ、ジャッカルが!」

ジャッカルが「おい、オレかよっ」とつっこみを入れたが、佐助は構わず「ジャッカルー!あそぼー!!」とジャッカルに突撃していった。
結局ジャッカルと最年少の赤也が佐助の相手をすることになり、庭へと通じるガラス戸から外へ出て行った。
「えー、オレ羽子板とか嫌なんスけどー」と文句を言いながら出ていった割には、赤也は5歳児相手に本気を出しており楽しそうにしている。

残ったメンバーは、仁王、柳生、丸井、ゆめこ、そして幸村と柳だ。
幸村と柳は反省会だろう。

「困ったな、怒らせるつもりは無かったんだけど、謝れば許してもらえると思うかい?」

幸村は憂鬱そうにゆめこに聞いた。ゆめこは呆れの気持ちもあったが、本当は少しだけ面白がっていた。ゆめみを巡る争いというのは、親友の目から見ると面白いものなのだ。

「ゆめみは本気で怒った訳じゃないよ、幸村くんが心配だっただけ、幸村くんはともかく、蓮二の方が無いわ、ゆめみが止めて欲しがってたの気づいてたでしょー」

軽く言ったつもりであったが、柳の顔を見て、ゆめこは『あ、ちょっと言いすぎたかも』と思った。
本気で落ち込んでいたからだった。
きっと全部分かっていて、それでもあの場で幸村に負けたくない、と思ってしまったのだろうなと思った。
クリスマスに感じた優越感は消えて無くなってしまったようだ。ゆめこはだから油断するなって言ったのにと思った。

「すまない、久しぶりの外出に少し張り切りすぎたようだね」

幸村はゆめこの言葉を受けて考えた後、みんなに向けてそう言った。
クリスマス以降、精神的ストップを乗り越えた幸村は絶好調だった。病院のリハビリルームでは、簡単なボールを使ったリハビリも始めており、幸村にとってみれば軽い羽子板遊びくらいなら余裕だろうと思ったのだ。

「そうですよ、無理は禁物です、何かあってもすぐに措置することができる病院とは違うのですよ」
「そうそう、初めての外出で何か起こってまた遊べなくなるのは嫌だろぃ」

柳生と丸井にもたしなめられ、幸村は肩をすくめて「それもそうだな、ゆめみにも謝らないと」と言った。

「そんなことより部長」

仁王がニヤリと笑いながら言った。部長という呼び方に違和感を覚えた幸村が首を傾げながら「なんだい?仁王、改まって」と聞く。

「ゆめだのこと、落とそうとしてるんか?」

幸村は本気で狼狽した。
飲んでいたお茶を吹き出しそうになったし、その顔も耳まで赤くなる。

「な、何のことだい」

一瞬隠そうとした幸村であったが、ここにいるメンバーはおそらく全員自分の気持ちに気づいているであろうことに気付いて黙り込む。
そして観念したようにため息を吐いた。

「態度に出ていた・・・のかな?」

幸村の恥ずかしそうに呟いた言葉に、全員が頷いた。
再会した瞬間に抱き上げて褒め言葉を言ったり、膝枕をかけて子供と勝負しようとしたり、そんなことをしたというのに、無自覚だったようだ。
ゆめこは『幸村精市、恐るべし』と思った。無自覚でこれだとするなら、彼が本気でゆめみを落とそうと思ったらどうなってしまうのだろうか。蓮二に勝ち目があるのか、と幼馴染の心配をする。

幸村はもう一度お茶を飲んだ。そうして、やっと平常心を手に入れたようだ。

「風紀を乱すようなことをしてすまない、次からは気をつけるよ」
「気をつけたまえ」

幸村が改まって謝罪して、柳生が力強く返事をしたので、全員思わず吹き出した。

幸村だけが浮かない顔で「もしかしてゆめみにも気付かれてしまっただろうか」と言ったので、そこはゆめこが全力で否定した。

「あんな程度じゃゆめみは絶対気付かないから安心していいよ!」

ゆめこの鈍感さ加減も大概なので、全員お前が言うか、と思ったが、それを口に出す者はいなかった。
と思いきや丸井が「いやいや、ゆめこも鈍感だろぃ」と言ったので、結局みんな笑った。

ついに幸村もフフと笑い出す。そして「なんかいいね」と言った。

「もっと早く皆に言えば良かったな」

そんな風に言う幸村は、神の子と呼ばれた威圧感は微塵も感じられない。ただの片想いをしている少年だ。

「お察しの通り、俺はゆめみが好きなんだ、一応隠していたつもりだったけど・・・正直応援は遠慮したい」

幸村はチラリと柳を見た。

「綺麗事かもしれないけど、俺にとって、友情は恋愛と同じくらい大切だから」

その意味は、ゆめみをめぐる争いで、チーム内の雰囲気が悪くなることを懸念してのことだと全員が理解した。

「それを聞いて安心しましたよ」
「きっかけを作った俺に感謝しんしゃい」

柳生と仁王の言葉に、また全員が笑った。
幸村は少し考えて、また言葉を付け足した。

「皆の間で話をしてもいいけど、ゆめみにだけは秘密にして欲しい

ゆめみには、いつか、自分の口から伝えたいと思っているんだ、もう返す検討もつかないほどいろいろもらってるからね、感謝の言葉と一緒にこの想いを伝えられたらと思っていてね」

幸村の顔はすっきりしていた。病気を経験することで、また成長したのだろう、その表情は大人びている。
去年の秋に『ゆめみと付き合うのは、柳か俺かのどちらかだけだよ』と啖呵を切っていた幸村はまだ荒々しいだけの幼い恋心だったのに、と柳は昔を思い出していた。
柳も笑っていたが、実は一言も言葉を発しなかったことを、ゆめこだけが気づいていた。

ススとゆっくり襖が開いて、ゆめみと真田が戻って来た。
手に持ったお盆の上には、温かいうどんがのっていた。
気がつけば、時刻はちょうどお昼時だ。

ゆめみはさっき怒って出ていったことなど忘れてしまったかのように笑顔で、「弦一郎ママが年明けうどん作ってくれたよー」と言った。

真っ白いうどんに、紅い海老と明太子が乗っている、縁起物だ。
皆で楽しい昼食を取り、その後もカルタをしたりと楽しい時間を過ごした。


書初めからの帰り道の間も、柳は元気が無かった。とは言え、いつも表情が変わらない柳なので、その変化に気づいていたのは、ゆめみとゆめこだけだったが。
最後に家が近いゆめこと仁王と別れてゆめみと2人きりになった後も、柳は気持ちが晴れなかった。
ゆめみは少し早歩きをして、柳の前に回り込む。ぼーっとしていた柳は、驚いて足を止めた。

「蓮二、何かあったんでしょ」

柳は思った。この子は人の恋心には一切気が付かないのに、どうしてこういうことには気付くのだろう、と。
柳が何も言わないでいると、ゆめみは「言いたくないなら私が当ててあげるね」と言った。

「ズバリ、上手く書けなかったんでしょう」

書の出来栄えには満足をしていた柳は心外だった。

「俺の書は上手く書けていなかったか?」
「私は上手いと思ったし、蓮二の俳句好きだけど、もっと上を目指しているのでしょう?」

他に良い言い訳も思い付かなかったので、柳は「よく分かったな」と返事をした。
ゆめみはふふんと笑って「蓮二のことなんでも分かっちゃうもん」と言った。

また可愛い、と思う。
抱きしめて、キスしたい、とも。

柳は自分で気持ちが沈んでいる理由が分かっていた。
幸村がいい男だからだ。

「天女のようだ」と言った幸村、同じくそう思ってはいたのに、言えなかった自分。
ルックス的にも幸村の方がゆめみに合うだろうと思ったし、みんなの前で『応援は遠慮する』とはっきり言った。
自分なら言えるだろうか?と柳は自問自答する。そこまでフェアになれるだろうか、否。
どこまでもまっすぐで、男らしい幸村が眩しい。

狡い男であれば良かったのに、と柳は思った。
そうすれば、俺は迷わず精市を裏切って、ゆめみに告白出来たのに、とも。

とりあえず家に向かって歩き出したものの、柳はそんなことを悶々と考えていた。
元気の無い柳に、ゆめみは心配そうに柳を見上げる。

「膝枕、してあげようか?」

ゆめみの予想斜め上の提案に、柳は驚いてゆめみを見た。ゆめみは真剣な表情で柳を見つめている。そういえばさっきそんなことを言っていた気がしたのだ。

「・・・言ったな」

いつもの自分なら、遠慮していたと思った。しかし今はそんな余裕はない。

「撤回は認めないぞ、この柳蓮二、その言葉しかと聞いた」

やっと笑った柳に、ゆめみは「大げさだなぁ」と微笑んだ。その後すぐにくすくす笑う。

「なんか嬉しいな、蓮二に甘えてもらえて」

柳が不思議そうな顔をしていると、ゆめみは「いつも甘えてばかりだからたまにはね」と笑った。

「ではその前に家まで手を繋いでいいだろうか」

柳のお願いにゆめみは「もちろんいいよ」と柳の手をそっと握る。ゆめみの手は冷たくて、細くて滑らかで気持ちがいい。

その手を握りながら、柳はやっぱり好きだな、と再確認した。





(220713/小牧)→150

やはり俺の方が優勢なのでは無いだろうか?





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