152
(手、繋いでもいいですか?/毛利)
「えー!なにその急展開!」
「びっくりだよね〜、私もまさか呼び出されるとは思わなくてさー」
鎌倉に新しく出来たおしゃれカフェ。古民家風の内装と手作りケーキが美味しいということで話題になっているカフェで、ゆめことゆめみは窓際のカウンター席に横並びになりながらケーキと紅茶を前にガールズトークを繰り広げていた。
1月上旬の土曜日、今日は新学期に入って初めての休日。議題は「ゆめこと毛利の今後について」だ。
毛利の誕生日からもう一週間以上連絡を取り合っていない上、5日前に元カノと直接対決をしたというエピソードを話すと、ゆめみは驚きで目を丸くした。
「あの日そんなことがあったんだね〜。元カノさんこわっ」
「"譲ってくれない?"だなんて、まじで言う人いるんだって感じじゃない?私も結構言い返しちゃったし・・・完全に怒らせちゃったよねー、やばいかな?」
「ん〜、でもゆめこが言ってることは間違ってないと思うよ!」
「そうかなぁ。また呼び出しとかされたらどうしよ」
「さすがに毛利先輩に相談した方がいいんじゃない?」
「えー、むりむりむり。だって怒ってるもん」
大教室でぷいっと目を逸らされたことを思い出し、ゆめこはわっとテーブルに突っ伏す。そのまま顔だけ上げて、
「もう1週間も音沙汰無しだよ?絶対嫌われた、自然消滅決定」
などと遠い目で言うゆめこに、ゆめみは「ゆめこ!諦めちゃだめだよ」と慌てて励ました。普段能天気なゆめこにしては珍しいネガティブ発言なので、これは重症だな、と思ったのだ。
ゆめみに頭を撫でられたゆめこはむくりと起き上がると「とりあえずケーキ食べる」と言って徐にフォークを手に取った。食欲があるならまだ大丈夫なのだろうか?ゆめみは少し安心して、ゆめこにつられるようにケーキに手をつける。
「やばい、こんな時でもケーキは美味しい」
「あはは!ほんとだね」
真顔でそんなことを言うゆめこにゆめみは声を出して笑った。
ケーキを食べて少し気持ちが落ち着いたのか、「でもさー、やっぱり無理だよね」とゆめこは思い出したように口を開いた。
「雅治くんと距離置くとか、無理」
唇を尖らせながらそんなことを言うゆめこに、ゆめみは思わず苦笑を浮かべた。毛利とのケンカの根本的な原因は、"ゆめこが仁王と仲が良い"ということだ。
もしも二人が親友じゃなかったら。こうしてゆめこと毛利がケンカをすることも無かったかもしれない。
今回仲直りするためには、ゆめこが仁王と仲良くしないということが必須条件であることはゆめこもゆめみも分かっていた。それ故に葛藤も多い。
「今回だって、雅治くんが助けに来てくれなかったらって思うとぞっとするもん」
「確かにねぇ〜」
「海原祭の時だって助けてくれたし、そもそも家隣だし、てか親友だし」
「うんうん」
ゆめこの言い分にゆめみは聖母マリアのような顔で相槌を打つ。毛利からクリスマスプレゼントの相談を受けて以来、ゆめみは"毛利応援隊"として二人の仲を応援してきた。しかし、仁王とゆめこが親友であり切り離せない関係であることも重々理解している。そこで問題となってくるのは、
「寿三郎さん、どうしてあんなに雅治くんのこと気にするんだろう」
ゆめこが仁王の気持ちに全く気付いていないということだ。
仁王の気持ちにうっすら気付いているゆめみは、心の内では「毛利先輩の気持ちも少し分かるな」なんて思っていた。ゆめこに乱暴しそうになったことは決して許されることではないけれど、自分の彼女に好意を抱いている男の子が近くにいたら警戒するし、仲良くして欲しくないと思うのは当然だろう。
しかも絶妙なタイミングで二人は名前で呼び合うようになったので、それも毛利を不安にさせる一因となっているはずだ。
「はぁ」と溜め息を吐くゆめこの横で、ゆめみはうーんと首を傾げて考え込む。すると次の瞬間、何かひらめいたのかパッと顔を明るくさせた。
「ねぇねぇ、仁王くんってさゆめこに対して妙に優しいと思わない?」
仁王の好意をゆめこに気付かせればいいのでは?そう思ったゆめみはニヤニヤしながら問いかけた。とは言え仁王の気持ちを勝手に暴露することは避けたいし、そもそも本人の口から聞いた訳ではなくまだ推測の段階なので、なるべくオブラートに包んだ形でゆめこにパスをした。
ゆめこは目をぱちくりさせると、へらりと笑った。
「雅治くん友達少ないからねー、私という貴重な親友を大事に思ってくれてるんだよきっと」
そう来たか。ゆめみはさらに頭を抱えた。
「で、でもさ。ゆめこ、仁王くんに一回キスされてるよね?」
「うん」
「あれってなんでだろうね?」
「あー、なんか"したかったから"って言われた。特別な意味は無かったみたいだよ」
「・・・」
仁王くん・・・!ほんとに素直じゃないんだから!
ゆめみは「もうっ」と思わずその場で地団駄を踏みそうになるのをなんとか堪えた。次なる手は、なんて画策していると
「ねねっ、もしゆめみがさ、手塚くんと恋人だったとして」
なんてゆめこが突然言い出して、ゆめみは"手塚""恋人"というワードに反応して「えっ」と頬を赤らめた。その反応に「かわいーゆめみ」とゆめこは顔をニヤつかせる。
「恋人手塚国光に、蓮二や幸村くんと仲良くしないで欲しいってお願いされたらゆめみどーする?」
「・・・それは、ちょっと難しい、かな?」
「だよねー」
「でも国光くんはそういうこと言わなそうだし」
「あっ、ずるいぞゆめみ」
瞳を輝かせながら乙女な顔をするゆめみ。うまくはぐらかされた気がして、ゆめこは「このこのっ」と隣のゆめみに擦り寄る。ゆめみもすぐにやり返し二人はいつの間にかきゃっきゃっと笑いながら戯れ合っていた。
そうして大して議論は進展しないまま、二人はケーキを完食してしまった。
店の外にはカフェの話題を聞きつけた女性客で行列が出来ており、長居出来なそうな雰囲気が漂っている。紅茶を飲み終えたら一旦店を出て仕切り直そうか、なんて話をしているとゆめこのスマホがブーッと震えた。画面を見てゆめこは「えっ!」と目を見開く。
「なになに?どしたの?」
「寿三郎さんだ・・・!」
「まじっ?!」
待ち侘びていた相手からのメッセージに、ゆめこだけでなくゆめみも驚いてスマホの画面を覗き込んだ。
「"今から会わん?"だって・・・」
「きゃあ!やったじゃん、仲直りのチャンス到来!」
口元に手を当て歓喜するゆめみ。その横ではゆめこが浮かない顔をしている。
「ゆめみとお茶してるって言って断ろうかな」
「・・・はい?」
「だって、こわいもん」
仲直りどころか別れ話を持ちかけられるかもしれない。その可能性を考えて、ゆめこはずーんと影を背負う。
「ゆめこ、きっと大丈夫!毛利先輩も仲直りしたくて連絡くれたんだよ」
「そうかなぁ〜」
「これを逃したらそれこそ自然消滅になっちゃうかもしれないでしょ?」
「・・・それはやだ」
「ねっ!」
「でもでも」
うだうだと文句を垂れるゆめこに、ゆめみは「はいはい、まず返信して」と淡々と仕切り出す。普段おっとりしている彼女にしては珍しく張り切った口調に、ゆめこは流されるようにスマホに目を向ける。
よし、ここはもう流れに身を任せよう、どうとでもなれ。ゆめこは思い切って「OK」というスタンプを押した。
「・・・軽すぎない?」
1週間ぶりのやり取りなのに、ゆる〜く笑ったプーさんが「OK」というプレートを頭上に掲げたスタンプ一つとは。ゆめみは目を点にしてゆめこを見た。
ミスった?
ゆめみの視線を受け、ゆめこは慌てて「今鎌倉にいます」と追加でメッセージを送った。
「ほなら鎌倉駅前の時計台広場で待ち合わせしよかや?・・・だって」
「やったね!ゆめこ」
「ごめんゆめみー、せっかく1日遊ぼうって話してたのに」
「いいのいいの。それよりもゆめこが毛利先輩と仲直りすることの方が大事でしょう?」
にっこりと笑うゆめみに、ゆめこは感動して「ゆめみ〜」と目をうるうるさせた。
会計を済ませお店の外に出ると、二人は鎌倉駅に向かって歩き出す。その途中でゆめこはそわそわと自分の身なりを気にしていたので、ゆめみはくすっと笑って「大丈夫、かわいいよ」と声を掛けた。今日のゆめことゆめみはお揃いでオフショルダーのニットワンピースを着ていた。色違いのまったく同じ格好をしている親友に、
「ゆめみも可愛いよ、一人で帰すのちょっと心配になっちゃうくらい。蓮二呼ぼうか?」
とゆめこは提案したが、ゆめみはあははと笑い飛ばして「さすがに大丈夫」と言った。自宅までは江ノ電に15分も乗っていれば到着する距離なので彼女は心配無用だと思ったのだろう。それに休日とはいえ今柳は部活中だ。
鎌倉駅に到着すると、ゆめみは大きく手を振って改札の中へと消えていった。
ゆめこも負けじと大きく手を振り返していたが、その後ろ姿が見えなると途端に不安気な顔つきになった。
さっきはゆめみと一緒にいる勢いに任せて毛利と会うという選択をしてしまったが、一人になったことで急に心細さを感じてしまったのだ。
浮かない顔のまま、ゆめこは鎌倉駅の西口にある時計台広場へと向かう。鎌倉駅は反対側の出口の方が観光客に人気があるので、江ノ電から降り立った乗客達はみなゆめことは逆方向に足を進めている。
広場にはちらほら人がいたがそこまで混み合ってる訳でもなく、ゆめこは時計台のすぐ側の段差に腰を下ろした。
緊張する。毛利の家も鎌倉駅とそこそこ近いのできっとすぐこちらにやって来るだろう。
ゆめみはポジティブなことばかり言ってくれたが、実際毛利が何を考えているかは分からないので、ゆめこは不安で不安で仕方がなかった。
もういっそのこと逃げちゃおうかな。なんてとんでもない考えすら浮かぶ。
そうしてその場で10分程待っていると、
「すみません」
急に目の前に影が出来て、ゆめこは顔を上げた。
そこには男性二人組が旅行雑誌片手に立っていた。
ゆめこはすぐに彼らが観光客であることを理解した。
「俺らここに行きたいんですけど、迷っちゃって」
「それなら反対側の出口ですよ」
ゆめこが立ち上がってそう言うと、一人の男性が「ほらなー!やっぱり」ともう一人の脇腹を小突いた。
「こっちの道を通ったらすぐです」
「ありがとうございます!助かりました」
「いえいえー」
江ノ電沿で生まれ育ったゆめこにとっては鎌倉もホームなので、こうして道を教えてあげるのは初めてのことではなかった。会釈をしながら去っていく観光客に手を振っていると、入れ違いで毛利がやって来るのが見えてゆめこは心の中で「やばっ、来ちゃった!」と狼狽えた。
どうしよう。第一声なんと言えば?とあれこれ考えている内に、あっという間に毛利はゆめこのそばまでやって来た。とりあえず基本の挨拶、"こんにちは"とか言ってみる?よし、そうしよう。決意を固めて「こ」と口を開いたのとほぼ同時。
「大丈夫かいや?!」
毛利にがばっと肩を掴まれ、ゆめこは口を開けたままぽかんとして固まった。
毛利は焦燥した顔でゆめこをじっと見つめていて、ゆめこは「ああ、本物の寿三郎さんだ」「こんなに近くで見るの久しぶりだな」なんて頭の片隅で感傷に浸っていたが、違う違うそんな場合じゃない。と、すぐに我に返って
「えと、何がですが?」
と聞き返した。
「今ナンパされとったやん」
「されてないですよ」
「え?」
「道聞かれたんです。観光客の方々で」
「・・・」
ゆめこのきょとんとた顔を見て、毛利は目をぱちぱちさせた。以前待ち合わせの際ゆめこがナンパされていたのはいまだ記憶に新しく、毛利はてっきり「またか」と思ってしまったのだ。言われてみたら彼らはガイドブックのような物を持っていたような気がしないでもない。
勘違いだと気付いた毛利は、ゆめこを包み込むように抱きしめると「良かった〜」と安堵の息を漏らした。しかしすぐに、
「あの、寿三郎さん?」
とゆめこに声をかけられ、ハッとした毛利は「・・・ごめん」と謝罪して離れた。思わず抱きしめてしまったが、二人は絶賛ケンカ中だ。
「・・・」
「・・・」
ゆめこと毛利の間に微妙な沈黙が流れる。
何か話さなければ。ゆめこが頭をフル稼働させて次の言葉を探していると、先に毛利が「あの」と口を開いてゆめこはパッと顔を上げた。
「この前のことやねんけど・・・」
「はい」
「ゆめこのこと傷つけてもうて、ほんまにごめん。反省しよるから、その、許して欲しいんやが・・・」
「えっ」
ということは。
別れたくて呼ばれた訳ではない・・・?
もしかして嫌われちゃったのかも、なんて思っていたゆめこは毛利の言葉を聞いてどっと全身の力が抜けていくのを感じた。
そのまま脱力するようにすとんと座り、両手で顔を覆い俯いてしまったゆめこに、毛利は「えっ、えっ?!」と目に見えてあたふたする。
また泣かせてしまったのだろうか。
毛利は自分も隣に腰を下ろすと、そっとゆめこの両手を取って顔を覗き込んだ。案の定ゆめこの瞳はうるうるしていて毛利はぎょっとした。
「ちょ、ゆめこ!ストップ!」
瞬きをしたら今にも零れ落ちてしまいそうな程潤んだ瞳に、毛利は必死で待ったをかける。
ゆめこの涙は心臓に悪い。一週間前泣かせてしまってからと言うものその泣き顔がずっと脳裏に焼き付いて夢見が悪かった毛利は、「ごめん!」「どないしよ」とおろおろしだして、それを見ていたゆめこは思わず噴き出すように笑ってしまった。
「ゆめこ?」
「ふふ、ごめんなさい。寿三郎さんがあまりにも必死だから」
「そりゃ必死になるやろ!ゆめこのこと泣かせたないし」
困り顔でそう言う毛利に、ゆめこは目尻を手で拭うと「分りました。泣きません」と言って顔を上げた。
「一週間も連絡無いから、嫌われちゃったのかと思いました」
「いやいや、俺がゆめこのこと嫌いになることなんかあらへんよ。何度もメッセージ送ろうとしたんやけど・・・、ゆめこを泣かせといてどないな顔して会うたらええか分からへんようになってもーて」
「そうだったんですか」
この一週間、毛利が自分と同じように悩んでいたと知ってゆめこはホッとした。ずっと怒っているのだとばかり思っていたが、そういう訳でもなさそうだ。
お互い同じ心境で遠慮し合っていたとは、直接話してみないことには分からなかった事実なので、会うように背中を押してくれたゆめみにゆめこは心の中で感謝した。
同時に、誠実に謝ってくれた恋人に対して自分も真摯に応えなければ、とゆめこは思った。
「あの、寿三郎さん」
「ん?」
「あの時急に帰っちゃってごめんなさい」
「ええよ、俺がひどいことしてもーたから当然やん」
「あと、それから・・・」
言い淀むゆめこに、毛利は続きを促すように優しい視線を送る。ゆめこは左右に目を泳がせた後、「雅治くんのことなんですけど」と切り出した。少しだけ空気がピリとした気がして、ゆめこは恐る恐る毛利を見上げた。言わなきゃ、ちゃんと伝えなきゃ。ゆめこは、その一心だった。
「寿三郎さんが心配するようなことは何も無いんです。あの日もママが一人で雅治くんが風邪引いてるーって騒いでただけで・・・。私はいつも寿三郎さんのこと考えてますし、雅治くんのことは」
「もうやめんせーね」
「えっ」
まだ話の途中なのに。
ズバッと中断され、ゆめこは驚いて毛利を見上げた。彼は眉尻を下げ、困ったような笑顔を浮かべていた。
なにそれどういう表情?
毛利の真意が分からず、ゆめこはきゅっとワンピースを掴んで毛利の次の言葉を待った。
「ゆめこがあいつのことも大事に思っちょるんは、知りよるから。もう無理は言わんよ」
「えっと、それって・・・」
変わらず雅治くんと親友でいていいってこと?
毛利から正式にお許しが出たと思ったゆめこは、目に見えてぱあっと顔を明るくさせた。
そんな彼女の分かりやすい表情に、毛利はまたしても自分の胸がズキンと痛み出したことに気がついた。こんなにもゆめこに必要とされている仁王が羨ましくて、疎ましくて、恨めしい。こんなどす黒い感情をゆめこが知ったらどう思うだろうか。引かれるだろうか。
そんなことを考えながら、毛利は無理ににこりと笑顔を作ってみせた。
これ以上彼女を縛りつけたくない。ゆめこと仁王が仲良くするのは嫌だが、自分の手で傷付けてしまうのはもっと嫌だ。
それは、毛利が精一杯頭を悩ませ至った答えだった。
自分の中に渦巻く感情をぐっと飲み込んで、
「せやけど、デート中にあいつの名前出しよるんは禁止やんね」
とわざとおちゃらけた口調で言うと、ゆめこは安心したようにくすくす笑って「はーい」と返事をした。
これでよかったのだろうか?毛利は自身に問いかけたが、ケンカをする前と変わらない笑顔を浮かべるゆめこを前にしたら、それ以上は何も口にすることが出来なかった。
「せっかく鎌倉にいるし、どこか行きます?」
よいしょと立ち上がってゆめこが振り返る。
先程まで仲直りすることに集中していた毛利はそこで初めてゆめこの全身をまじまじと見た。
オフショルダーのニットに、タートルネックのインナーを合わせた服装の彼女は、その白くて華奢な肩を惜しみも無く露出していて、
「随分かわええかっこやね」
気付いたら毛利はそう呟いていた。
「えっ?そうですか?」なんて自分の服装を見直すゆめこを見て、毛利はまた自分の口から余計な一言が出てしまいそうになって口を噤んだ。
誰とおったん?そう追及してしまいそうだった。
"鎌倉にいます"と返事が来た時点で、どうして鎌倉にいるんだろう?誰といるんだろう?なんてモヤモヤしていたが、そんな憂慮がぶり返してくるようだった。
「これゆめみとお揃いなんです。さっきまで一緒にカフェでお茶してたんですよ〜」
あー、あかん。また疑ってもうた。たまたまではあるが、ゆめこの口から答えを聞けた毛利は良心を痛めた。「相変わらず仲良しでええなぁ」悟られないようそう言うと、ゆめこは嬉しそうにえへへと頬を緩めた。
それから二人はせっかく鎌倉に来たのだから、と少し街を散策していくことにした。
「私、鎌倉って思い入れがあるんです」
「そうなん?」
「寿三郎さんに告白してもらったのが鎌倉だから。来るたびに夏祭りのこと思い出しちゃうんですよね」
「ほうかぁ。俺もよう思い出しよるよ」
両想いとは知らずお互いの気持ちを探り合っていた去年の夏。抑えきれないほど気持ちが膨れ上がり勇気を出して告白したあの日のことは、毛利にとっても忘れ難い思い出である。
こんなかわええ子が俺の彼女だなんて。しばらくは夢見心地で、あの時は目に映る全ての物がキラキラして見えたっけ。
ゆめこと手を繋いで、抱き合って、キスをして。甘い甘い毎日がただただ幸せだったのに、気付いたらこんなにも欲張りになってしまっていた。自分が嫌になる。
「あの、寿三郎さん」
「ん?」
考え事をしていた矢先、ゆめこが言いにくそうに口を開き毛利は目線を下げた。何かを窺うようにおどおどしたゆめこの目が、毛利を映し出す。
「・・・手、繋いでもいいですか?」
「えっ、あぁ!もちろんええよ」
「良かった」
ケンカをしていた余韻からか、二人は手を繋がないまま歩き出してしまっていたのでゆめこはずっと気になっていたのだ。手がスースーするな、と。しかし、毛利は一向に手を繋いでくれる気配も無く、ゆめこは諦めて自分からお願いしてみることにしたのだ。
毛利の温かくて厚みのある大きな手をめがけて、ゆめこはそっと手を伸ばす。
毛利はいつも以上にがっしりと彼女の手を捕まえた。驚いたゆめこが顔を上げて、すぐに嬉しそうに破顔する。
久しぶりに繋ぐ手の温もりも、ふわりと香るゆめこの良い匂いも全てが心地良いな、と毛利は思った。
土曜日なので観光客も多く、二人は人並みに流されるように小町通りを目的も無しにぷらぷらと歩く。
その途中で、毛利は「そういえば」と口を開いた。ゆめこから話してくれることを待っていたが、この様子だと彼女は言う気が無いのだろう。そう思った毛利は、
「この前のテスト大丈夫やった?」
と自分から尋ねた。
5日前の新教育テストの時、ゆめこと璃々果、そして仁王とのやり取りを全て聞いてしまっていた毛利はずっとそのことが気掛かりだったのだ。
「テスト、ですか?」
「新教育テスト。璃々果と隣やったやろ?」
「・・・やっぱり気付いてました?」
てかあの人璃々果って名前なんだ。名前までかわいいかよ。ゆめこはちぇっと毛利に見えない角度でムスッとした顔をした。
どこで調べたのか向こうはゆめこのフルネームを知っていたが、ゆめこは彼女の名前すら知らなかったのだ。
結局あの日毛利がどこに座っていたのかは分からないままだったが、ゆめこと元カノが隣同士に座ったところを目撃していたということは、やはり自分より後方に座っていたのだろう。となると呼び出されたことにも気付いているだろうか。出来れば気付いていて欲しくない。ゆめこは心の内でそう願っていた。
元カノに呼び出されたことを知ったら、優しい彼の性格上きっと自分を責めてしまうだろう。自分のせいで嫌な思いをさせてしまった、と。だからわざわざ毛利の心労を増やすようなことをゆめこは話したくなかった。
「なんか言われたりしてへん?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ほんまに?」
「はい」
にこりと笑って返事をすると、毛利は「ほうかぁ」と言って空を見上げた。
「俺には頼れぇへんのかいや」
「ん?なんですか?」
ただでさえ高身長の毛利が空を見上げて呟いた一言がゆめこの耳に届くことはなかった。ただ何か聞こえた気がしてゆめこが聞き返すと、毛利は「なんでもあれへんよ」とゆめこに視線を移した。
この調子やと、あのことも言わんやろな。
じっと毛利に見つめられ、ゆめこはにこにこ笑いながら「?」と首を小さく傾げる。
その顔を見て、これは言わへんな絶対。と毛利の中で確信に変わった。
仁王っとキスしたってほんま?
喉元まで出かかった質問を、毛利が口にすることはなかった。ゆめこの口から真実を聞いてしまったら何かが変わってしまいそうな、そんな気がして。
「まぁ、なんかあったらいつでも言うてな」
毛利がそう声を掛けると、ゆめこは「はい。ありがとうございます」と安心したように微笑んだ。
(220723/由氣)→155
すれ違う