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(宇宙船みたい/手塚・不二)

『俺は全国大会を終えたらドイツに行くつもりだ』


ゆめみは自室の勉強机に座って、スノードームを見つめていた。手塚からクリスマスプレゼントとしてもらったものだ。
真ん中にいるピンクのドレスを着た妖精は楽しそうに踊っていて、スノードームを揺らした数秒間だけ、キラキラした白い雪に包まれる。それは魔法のようで、数秒間だけ幸せに包まれているようだ。

そして、それには終わりがくる。
雪が全て落ちると、魔法は終わるのだ。

ゆめみはぼーっとしたまま、何度もスノードームを揺らした。
魔法が解けないように。

妖精といまの自分と重ねていることに、ゆめみは気付いていた。

国光くんがドイツに行ったら、幸せの魔法は解けてしまうのだろう。
私の想いも、この魔法の雪と同じように、その時に消えてしまえばいいのにな。

「付き合いたいと思った訳じゃなかったのに」

ゆめみはぽつりと言った。告白して彼女になりたいだなんて、大それたことを考えていた訳じゃ無い、ただ少しの時間を共有するだけで幸せだった。

「ゆめみ、準備は出来たかな?もう行くよ」

父親の声が下から聞こえて、ゆめみは「はーい」と言いながら鞄を持って階段を降りた。
1月の第2日曜日、東京の病院に出勤する父親の車に乗せてもらって、ゆめみは手塚との定例会で東京の豊洲に行く予定だった。

「国光くん、最近ぐっと大人っぽくなったなぁ、本当に子供の成長には驚かされるよ」

豊洲までの道のり、父親は自由に思ったことを話す。元々は父親がゆめみが手塚を好きだと勘違いしたところから交流が始まった。今となってはそれが事実になってしまったので、言い返すことも出来ないのだが。

「ますますイケメンだよなぁ」
「もー、パパ顔の話をするなんて下品だわ」
「え、そうなのか?」
「それに顔じゃないの、国光くんは」
「中身に惹かれてると・・・具体的には?」
「それは・・・秘密だけど」

ゆめみは急に赤くなって俯いた。
手塚の魅力は見た目だけじゃないと父親にも分かってほしかったが、それを口にするのは恥ずかしすぎる。
それに、一言で言い表せるものでもない。

「ほら、国光くんが待っているぞ」

父親の声でゆめみは顔を上げた。
手塚国光が豊洲駅のロータリーで待っているのが見えた。
その彫刻のように整った顔に、服の上からでも引き締まっていると分かる体。
前言撤回すべきかも、とゆめみは思った。やっぱり国光くんは顔及び体、つまり見た目がいい。

父親が車を一時停止させ、ゆめみは助手席から手塚のいるところへと飛び降りた。
手塚はゆめみがバランスを崩さずに地面に降りたのを見届けた後、父親へと挨拶をする。

「ゆめだ先生、ゆめみさんを1日お借りします」 

「こちらこそゆめみをよろしくお願いするよ、帰りは病院に送ってもらえればいいからね」
「はい、必ず無事に送り届けます」

90度に深々とお辞儀をした手塚に、ゆめみはメロメロだった。スマートに挨拶する手塚国光がかっこよすぎる。

父親の車はロータリーから遠ざかっていく。それを見守る手塚の横顔をゆめみはこっそりと見つめた。
たしかに、父親の言う通り。先月に比べてもまたぐっと大人っぽくなった。

「遠くまで来させてしまったな」

手塚はゆめみを気遣うようにそう言ったが、ゆめみは首を横に振って笑う。

「パパの車で1時間くらいかな?豊洲は久しぶりだからドキドキしてる」

ゆめみはきょろきょろと周りを見渡した。
綺麗な街だなと思った。
アートな雰囲気もある。

ファーのついた白いコートを羽織っているゆめみを見て、うさぎみたいだと手塚は思った。
大きな瞳の動きが可愛い。

「空が広いのが好き」

その瞳がキラキラ眩しい。予想通りの反応に手塚は満足する。

「そうだろう、ゆめみは海が好きだから海辺が良いと考えていた」
「海?」

見渡す限り海は見えなかった。手塚は「見に行こうか」とゆめみを促す。

お洒落な卓球台が2台置いてあったり、不思議な形のベンチが置いてあったりとお洒落だなと思った。
整った商業施設の隣を通って、豊洲パークブリッジを登ると、海が見えた。

「綺麗」

ゆめみの顔に笑顔が広がる。
橋の向こう側には公園が広がっていて、その先が突然海だった。
海ギリギリまでコンクリートに覆われている。

「都会の海ね、砂浜が無い」

ゆめみの家の近くの七里ヶ浜との違いに思わずそう呟いた。
でもこんな海も好きだなと思う。

「気に入ったか?」
「ありがとう、近くまで行ってみたい」

はしゃいで走り出そうとするゆめみの手を手塚は掴んだ。今日は1月の半ばとは言え、気温が高くそこまで寒い日ではなかった。
前回は寒いからと手を繋がれたが、今日はなんだろうか。
ドキドキしながら手塚を見上げると、手塚は「転ばないようにな」と言った。
その表情は柔らかで、きゅんと胸がときめく音がした。もうこれ以上好きになりたくないのに。それでも嬉しいので、ゆめみは「ありがとう国光くん」とお礼を言った。

手を繋いで、芝生のある丘を降りて、海の近くまで歩く。
景色が全部キラキラに輝いて見えた。
私は恋してる、そんな風に叫びたいくらい、幸せっ!

しばらく2人で海を眺めていた。
海の向こうにもすぐ街があって、細長いビルがたくさん並んでいる。
キラキラした光が海に反射して、綺麗だと目を細めた。
そんなゆめみを手塚は穏やかに見つめていた。

「いつか言っていたな、俺のテニスについて」

手塚は海を見ながらそう切り出した。
ゆめみは海から目を離して、何のことだったかなと思い出しながら手塚を見る。
手塚の眼鏡が海からの反射の光でキラキラしているのを見て、ゆめみも思い出した。

「ふふ、覚えててくれてありがとう、今もいつも思ってるよ、国光くんのテニスは海みたいって」

手塚は海から目を離し、ゆめみをまっすぐに見た。

「それが励みになっている」

その言葉の前には『ゆめみは海が好きだから』という言葉が聞こえた気がして、ゆめみはぱっと顔が火照るのを感じた。
恥ずかしいと思ったけど、励みになるのなら伝えたいと思った。

「実は一回だけ、見たことがあるの、国光くんの試合」
「そうか、気がつかなかった」
「都大会の決勝戦だったよ」

ゆめみが思い出すように遠い目をしながら、その頬がバラ色に染まるのを見て、手塚は自分のテニスを好いてくれているのだな、と実感した。
この子が応援してくれるのなら、世界一にだってなれそうな気がする。

ゆめみは恥ずかしそうにうふふと笑って。

「かっこよかった」

と言った。
これまでもらったどんな賞賛の言葉よりも嬉しい。
しかし、手塚はその喜びをどう伝えたら良いのか分からなかった。照れるがまま、少し目線を逸らす。
ゆめみも大胆なことを言ってしまったと後からじわりと恥ずかしさが込み上げてきて赤くなった。

しかしそれでも2人は手を離さなかった。
お互いの体温を感じながら、お互いに反対方向を見ながらドキドキが収まるのを待つ姿は、初々しい。

ついに手塚が赤みの帯びた顔のまま「冷えてきたな、中に入ろうか」と言った。
ゆめみも熱いと思っていたがそれを表には出せず「そうだね」と同意した。

2人はアーバンドッグららぽーと豊洲のフードコートへと入ることにした。
フードコートなら、マッサージやドイツ語のテキストを広げるのに最適である。

時刻は11時半。
ちょうど海の見える席が空いていたので、そこで昼食にすることにした。
ゆめみはフードコートの案内版を見ながら、迷いに迷って、一度はハンバーガーに決めたが、手塚が蕎麦にすると言ったので、ゆめみも蕎麦にすることにした。
並んでいる間もきつねそばと山菜そばでずっと迷っていたが、手塚が暖かいにしんそばを頼んだので、ゆめみはにしんそばを食べたことが無かったのに、同じものを注文した。
手塚と同じものが食べたかったのだ。

暖かいそばの上に、大きなにしんが丸ごと1匹乗っていて、ゆめみは目を丸くした。
骨が無いか警戒するゆめみに、手塚は「骨はそのまま食べられる」と助言をする。手塚はゆめみの全ての行動が可愛いと思った。

食べた蕎麦は、にしんの甘みと柚子の香りがして美味しかった。

先にドイツ語の勉強を少しした後、マッサージをする流れとなった。

ゆめみは手塚の腕を見て、一瞬固まった。
しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐに「すごく良くなってるよ」と微笑んだ。
そして、丁寧に心を込めてマッサージをする。

手塚の腕は、12月よりさらに良くなっていた。もう完治と言ってもいいとゆめみは思った。しかし、ゆめみが最後に言った言葉は「来月にはもう治ってるかも」だった。
ここで完治と伝えたら、毎月からこの会も無くなってしまう。ゆめみは心の準備が出来ずに、先延ばしにした。

「そうだとしたら、ゆめみのおかげだ」

手塚に素直にお礼を言われて、ゆめみは罪悪感を感じる。しかし、プロの医者だって、完治した後も経過観察をすることもあると言い訳して、「国光くんが頑張ったからだよ」と言った。

その後、雑談をしていると、窓の外にガラス張りの船が到着して、ゆめみの視線を奪った。手塚の提案でまた外を散歩することにした。

「素敵、宇宙船みたい」

ガラス張りの近未来的な形をした船に、ゆめみはテンションが上がったようで、海の近くへとパタパタと走っていく。
お台場と豊洲を繋ぐ船ヒミコは、銀河鉄道000を描いた作者がデザインした宇宙船のような船だ。

「どこから来たのかな?」
「お台場からだろう、乗りたいのか?」

ゆめみはキラキラした瞳のまま、小さく首を振った。

「ううん、見てるだけでいい」

手塚は少し残念だと思った。
一度大石達と乗ったことがあったが、中は真っ白で、肌の白いゆめみはもっと可愛く見えるだろうと思ったし、ゆめみが船から見える景色に楽しそうにしている姿を見るのもいい。

「国光くん、乗りたかったの?」

手塚の変化に気づいて、ゆめみは振り返った。
手塚は素直に「ああ」と言った。

「乗ったら笑顔になるだろうと思ってな」

『乗ったら』と『笑顔になる』の間に(ゆめみが)という文字が入ることに気づくのに、一瞬かかった。手塚の理由が自分のことだと気付いた後は、ゆめみは両手で頬を抑えた。
恥ずかしいことをさらりという手塚に、本当に天然って怖いと思う。

「へぇ、その時はボクも誘ってくれるかい?」

恥ずかしくてモジモジしていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、ゆめみは振り返った。
そこにはスケートリンクが設置されていて、その中から、見慣れた顔の男がこちらを見ていた。
青学2年、不二周助だ。手塚とはチームメイトである。

驚いた顔のゆめみに不二は満足したように「一緒にスケートやろうよ」と誘った。


数分後、ゆめみはレンタルのスケート靴を履いて、スケートリンクの上に立っていた。
もう不二と喧嘩をしている訳では無かったので、断る理由も無かったし、ゆめみ自身スケートしている手塚をみたいという思惑もあった。12月末にゆめこが仁王くん達とスケートに行ったと聞いた時から久しぶりに行きたいとも思っていたのだ。

ちなみにスケート経験はそんなに多く無いが、以前来た時にはとりあえず滑ることが出来たので、全く油断していた。

「きゃっ」

前に進もうとした拍子に、両足がもつれて、ゆめみは転びそうになった。
まるでゆめみが転ぶのを予知していたかのように、手塚がそんなゆめみを支えた。

「かかとをつけてつま先を開くといい」

実際手塚は基本的にゆめみが転ぶのでは無いかと常に懸念していた。おっちょこちょいだと認識されているためだ。

「ありがとう、国光くん」

さっそく手塚の腕に包まれたゆめみは顔を赤くしてそう言った。手塚の助言通りにしたら、まっすぐ立つことには成功した。

「初めから上手く行くことは多くない、最初の一周は一緒に行こう」

完全に初めてだと思われて心外だと思ったが、実際滑れる自信を喪失したため、ゆめみは手塚の腕を掴んでペンギンのように歩くところからスタートした。
手塚のリードは完璧で、スケートまで得意だなんて、かっこよすぎると見惚れてしまう。

ゆめみが手塚を見つめている間、不二は良いところを見せようと華麗なジャンプを披露していた。
ついに不二は3回転ジャンプに成功し、近くで滑ってた人達から拍手が巻き起こる。不二は得意げにゆめみを見たが、まだ手塚と手を繋いで滑っていたので、つまらなそうに2人の隣までやってきた。

「ゆめみ、今の見てたかい?」

ゆめみはペロリと舌を出して「今歩くので精一杯なの」と答えた。
不二はちぇっと残念に思った。
ゆめみに完全に頼られている手塚が羨ましいと思ったが、ここで無理強いしてもまた嫌われるだけだなと我慢する。
不二がまた3回転ジャンプを練習しているうちに、ゆめみはだいぶ上達した。正確に言えば過去の感覚を取り戻したと言える。

もうすーっと滑れるようになった。

「ゆめみちゃん、上手くなったね」

不二が誉めると、はにかんだ笑顔で「国光くんが教えてくれたの」と言った。
なんだか悔しくて「じゃあ次はボクと滑ろうよ」と言葉に出ていた。
どうせ断られるのだから、言わないでおこうと思っていたのに。

しかし、ゆめみは意外にも「いいよー」と言った。そして、不二が手を伸ばすと、その手をぎゅっと掴む。
初めて繋いだ手の感覚に、不二は舞い上がった。その白くて細い手は繊細で、さらりと気持ちが良い。

「不二、油断せず行こう」

ゆめみから唐突に手を離された手塚は、固い表情のままそう言った。
不二はいつも分からない手塚の気持ちが手に取るように分かって可笑しかった。

「ゆめみちゃんはボクがリードするから、手塚は滑って来なよ」
「国光くん本当にありがとう、滑ってるの見てるね」

手塚はすぐにスーッと片足で遠ざかっていった。遠くでくるくるとスピンするのが見えて、ゆめみは「不二くん見て、まさに氷上の騎士って感じ」と目を輝かせた。
不二はさっきまで自分も同じことをしていたクセに「クス、気合入ってるね手塚」と言った。

「良かった、不二くんが来てくれて」

ゆめみの言葉に、不二は隣の女の子の顔を覗き込む。その整った顔は、不二をまっすぐ見て微笑んだ。

「ドキドキして、死んでしまいそうだったの」

のろけかい?
と思ったが、いずれによボクとの方が自然体でいられるってことだね、とポジティブに捉えることにする。

「ボク達は気楽に滑ろう」

不二が腕を広げて、スーッと滑ると、ゆめみも同じように手を広げて気持ちよさそうにスーッと滑る。
手塚との時は緊張していたのだろう、今はリラックスしているようで、少しスピードを出してもついて来れそうだ。

不二に手を繋いでもらってる安心感からか、ゆめみもそのスピードを楽しんでいた。

ゆめみの弾けそうな笑顔に不二はゾクゾクした。
好きな子と手を繋いでスケートを滑る高揚感、たまらない。

とその時、BGMが変わった。
先ほどからディズニーの曲ばかり流れていたが、今度はアナと雪の女王の『とびらを開けて』が大音量で流れる。

『ねぇ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?そういうの大好きだ』

カップルソングに合わせて手を繋いで滑る。
少し慣れてきた2人は、手を離したり、繋いだり、踊るように滑る。

『どこにも居場所の無い日々で探しつづけていたこんなひとを』

不二はその持ち前の運動神経の良さを活かして後ろ向きに滑り、ゆめみの周りをくるりと回った。まっすぐ滑ってるだけのゆめみも一緒に踊ってるように感じて、楽しかった。

『変わる、きみと出会えてすべてが
はじめてのときめきだわ』

歌詞が、更に気持ちを高めてくる。

「ふたりだから」

不二はゆめみの手を再び繋いでついに歌を口ずさんだ。
アナゆきはゆめみも大好きな映画だ。

「教えてよ何が好きか」
「パエリア」
「クス、ボクと同じじゃないか!」

ゆめみも「わたしたちは良く似てるね」とノリノリで歌う。

「「あ、またそろった」」

その後、不二がもう一つの手も繋いで、くるくると回った。
ゆめみの口から「わぁ」と感嘆の言葉が漏れる。

『考えてること、感じていること、ほんと似てるね』

社交ダンスを踊ってるみたい、とゆめみは思った。向かい合っているので、不二しか見えない。でも、恐怖は無かった。

『ひとり寂しい日々にもうお別れしよう』

スムーズにまた手を繋いでまっすぐ前を見るフォーメーションに変わる。
ここから曲の1番の盛り上がりに入る。
不二の表情がキラキライキイキしていた。
ゆめみは不二のテンションが上がり過ぎていることに、スンと嫌な予感が胸を掠めた。

「ゆめみ、ボクを信じて」

ガッと体が宙を浮く。視線が高くなる。
驚きすぎて『信じられないよ』という言葉も出なかった。
不二に抱き上げられていた。

『2人だからとびら開けて飛び出せるよ』

不二がゆめみを抱き上げたまま、くるくる回る。

目が回りそう。
怖い。
ゆめみはフィギュアスケートペアの女子選手を思い出して、一生懸命硬直していた。
ここで暴れると命の危機だと本能がアラートを鳴らす。

ゆめみの努力の甲斐あって、無事に落ちることなく氷上に足を着けることができた。

同時に曲も終わる。

『おかしなこと言ってもいい?』

「ボクと結婚してくれないかい?」
「ぜったいむり」

青ざめた顔でそう呟いたゆめみに、不二はちょっとやりすぎたことに気が付いた。
ゆめみが恐怖で足がガクガクして倒れそうになるのを、手塚が華麗に後ろから支えた。

「少し休もう」

その顔は呆れ顔だ。
手塚にリードされながら、ゆめみはリンクの横のベンチに座った。手塚に背中をさすってもらい、ゆめみの顔色は血の気を取り戻した。

「ゆめみちゃん、ごめんね」

不二が缶ココアを持って手塚とは反対側のゆめみの隣に座った。その表情には反省の色が映っている。

「いいよ、不二くんについて行けなくて私もごめんね」

ゆめみは受け取りながら小さく微笑んだ。
ココアを飲むと、元気になれた。

「手塚、ここで大人しくしているから滑っておいでよ」

不二はまだ一曲だけしか自由に滑れていない手塚にそう声をかけた。
手塚は正直どちらでも良く、ゆめみの隣にいたい気がしていたが、気付いたゆめみが「そうだね、ここで国光くんのこと見てるから」と期待を込めた瞳で言ったので、手塚は重い腰を上げた。

「不二、無理はするな」
「しないよ」
「無茶もするな」
「ずっとここで座ってるから安心していいよ」

ゆめみの無事を確認しながら、リンクに行く手塚に、あんなに心配性の一面もあったんだと不二は思った。

「キミといると、手塚の新しい一面に気がついて楽しいよ」
「それは私も思う、不二くんほど国光くんのこと焦らせられる人いないと思う」

可笑そうにふふと笑うゆめみに、可愛いなと思う。

「良いことだよね、世界がサプライズに満ちていたほうが楽しいから」

舌で唇をペロリと舐めて、セクシーに「今回もスリル、感じてくれた?」と言った不二に「不二くんは私に対してはやりすぎですー」と口を尖らせた。
なぜか毎回命に危機に遭遇している気がする。

「で、いつから付き合ってるんだい?」

不二がゆめみの目を覗き込みながらそう言った。ゆめみはキョトンとした。
その反応にボクの気のせいか、と安堵する。
と同時におかしいなとも思った。
クリスマスあたりを期に手塚の雰囲気が変わったと感じていたのに。それに今日の手塚の行動もまるで彼氏のように振る舞っていると思った。

ゆめみは少し考えた後、自分と手塚のことだと気がついて、みるみるうちに赤くなった。

「そんな、付き合うなんて」

その反応は可愛いのに、可愛くない。
自分の話では無いからだ。
不二はいじわるしたくなった。悪い癖だ。

「じゃあいつ告白するんだい?」

ゆめみは大慌てで「告白なんてできないよ」と手を振った。
不二には理解出来なかった。手塚の気持ちは分かりやすく明らかに両想いなのに。
ゆめみは手塚を見つめながら赤い顔のまま言う。

「私、このままずっと友達でいられたらいいなってそう思ってるだけ」
「それは本気かい?」

不二の声は低く、いつもの柔らかな印象は無かった。ゆめみはビクッと不二を見る。
不二は笑っていなかった。

「本気、だよ」

ゆめみの言葉に、不二は真剣に考えた。

そんなことがあるのだろうか。
ボクはキミと一度だって、友達のままで良いなんて思ったことは無い。
その髪に触れて、肌に触れて、愛を囁きたい。
この願いを持つことこそが恋では無いのだろうか。
だから。

「それは、恋では無いよ」

不二の言葉に、ゆめみは目を見開いた。

「え?」

不二はゆめみを真剣にまっすぐ見た。

「ゆめみ、キミは勘違いをしているよ」

不二の言葉にゆめみの瞳は揺れた。
その心の動きを映す綺麗な瞳に、不二は満足する。ゆめみの心に動揺を与えることが出来た。

「不二くん、それって」

今日のところはそれで満足しよう。
不二はにっこり笑って立ち上がった。

「手塚が戻ってきたよ、ボク達も最後にもうひと滑りしようか」

リンクの方を見ると、ここから1番近い場所に手塚が戻って来ているのが見えた。ゆめみは不二の差し出された手を控えめに掴んだ。

ゆめみはすでに1人でも滑れるようになり、3人で一緒に滑ったりと楽しい時間を過ごした。

ずっと手塚と一緒だったこともあり、最後まで不二の真意を聞くことは出来なかった。





(220724/小牧)→154

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