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(あはは、強がっちゃった/毛利)
「おーい、毛利!」
一月も終盤に差し掛かった頃、教室で帰り支度をしていた毛利はクラスメイトに声を掛けられ顔を上げた。
5、6人集まって何か話をしていた内の一人が、毛利の側までやってくる。
「お前さ、明後日暇?」
「あー・・・」
「暇やけど」そう言おうとして毛利は咄嗟に口を噤んだ。この感じは何か誘われそうだな、とめんどくさいアンテナが働き、毛利は「えっとー」と良い言い訳を探す。
「みんなでお疲れ様会やるからお前も来いよ〜」
やっぱり。案の定誘われて、毛利は内心どないしよと返事に困った。しかしそんな彼の性格はお見通しなのか、クラスメイトは「たまには参加しろよな」と追い打ちをかけてくる。
毛利は今まで「行けたら行こかや」なんて曖昧に言い続け、こういった類の集まりにことごとく参加してこなかったのだ。
エスカレーター式の立海では、先日行われた進級テストをパスした生徒達に高等部への進学決定を発表していた。去年の内に行われた期末テストで仮判定は出ていたものの、確定ではないだけにみな手放しでは喜べず、今になってやっとお祝いムードがやってきたのだ。
毛利のクラスも例外ではなく、明後日の日曜日に"お疲れ様会"と称してみんなで集まってお祝いしよう!という流れになっていた。
「みんな参加しよるん?」
「まー、大体な」
「ふーん」
「詳しいことはクラスラインで送るから!来いよ!」
クラスメイトは言いたいことを告げると、またグループの輪に戻っていった。カラオケだのボーリングだの話題が出ていて、おそらく明後日どこで遊ぶかの相談をしているのだろう。よく見るとクラスの中でもムードメーカー的な存在の奴らだけが集まっていて、きっと発案者も彼らだということがうかがえる。
毛利はその集団からそっと目線を離すと、手元にあるスマホの待ち受け画面を見た。
せっかくの日曜やし、ゆめこに会いたいわぁ。
そこには自分と並んで笑ってピースをするゆめこの姿があった。仲直りをした日に鎌倉の鶴岡八幡宮で撮ったものだ。今の待ち受けはたまたまその写真であったが、毛利のフォルダにはゆめこの写真がたくさん納められていた。ツーショットで撮ったものもあれば、毛利が不意打ちで撮ったもの、ゆめこから送られてきたものなどがある。
家族で出かけた時やゆめみと出かけた時も、ゆめこは「今◯◯してまーす」といった感じで写真を送ってくれるので、毛利はその度に秒で保存ボタンを押していた。
日曜日も出来るならゆめことデートをしたかったが、あいにくゆめこは幼馴染3人組で出かけるという予定があるらしい。ゆめこと会えるのならクラス会など「デートの予定があるから」とすんなり断れていたのだが。
せめて今日一緒に帰りたかったな、と毛利は思ったが、3年生は授業の後に高等部進学に向けた説明会があり、他の学年より終了時間が遅かった。帰宅部のゆめこはもう家に帰ってしまっているだろう。
彼女のことを考えれば考えるほど、会いたいという欲が沸き起こる。せめて声が聞きたい。今晩あたり電話できるか聞いてみよう、そんなことを考えながら毛利は帰路に着いた。
時は過ぎ、2日後。今日は1月最後の日曜日。
JR藤沢駅前には十数人の若者の姿があった。駅前のカラオケチェーン店で毛利のクラスの集会が行われていたのだ。カラオケは大いに盛り上がった。
これから数ヶ月は勉強から解放される。そんな気分の中学三年生が集まったら盛り上がらない訳がない。パーティールームを貸切にし、みんなで青春ソングを歌ったり、モノマネ大会をしたり、羽目の外し方は人それぞれであったが皆楽しんでいるようだった。
しかしそんな中、一人浮かない顔をしている人物がいた。
「ねー、毛利さぁ。あんた璃々果とどうなってんの?」
「いい加減璃々果のこと見てあげなよ!」
お節介女子達に囲まれて、毛利はうんざりした顔をしていた。表向きはクラス会だが、璃々果の気持ちを知っている一部の女子の間では裏目的があったらしい。それは璃々果と毛利の仲を進展させること。
クラス会にはもちろん毛利の元カノである璃々果も参加していた。同じクラスなので考えれば分かることであったが、藤沢駅で待ち合わせした際に彼女の姿を見るなり毛利は「しまった」と内心ではそう思っていた。
いくら集団とはいえ集まりの中に元カノがいると知ったらゆめこは良い気がしないだろう。少し後ろめたい気持ちになっていた毛利に追い打ちをかけたのが、この女子達の援護射撃である。「ちょっと男子ぃ〜」の女子特有のあのノリだ。毛利はかなり苦手な部類だった。
当の本人である璃々果は離れたところにいるので、もしかしたら彼女達のお節介は璃々果の意志とは別のところにあるのかもしれない。両隣を陣取り好き勝手話す女子達に毛利は辟易していた。
そんな地獄のカラオケからようやく解放され、藤沢駅前にやって来た毛利はもはや一刻も早く帰りたいと思っていた。
そんな毛利の願いとは裏腹にクラスメイト達は「次はどこ行く〜?」「このまま解散するのもったいなくねぇ?」などと話している。二軒目コースは避けたい。何としてでも避けたい。このままふらりと姿を消してしまおうか、なんて考えが頭をよぎったところで
「ねぇ」
と話かけられ、毛利はどきりと肩を揺らした。
振り返ると璃々果が立っていた。彼女は少し怪訝な顔をしていた。
「さっきあの子達と何話してたの?」
「あ〜、いや、別になんも」
「うそ。何か言われたでしょ?」
じっと見つめられ、誤魔化そうとしていた毛利は思わず無言になる。それを肯定と捉えた璃々果は「気にしなくていいから」と一言そう告げて、また女子の輪に戻っていった。
「あれ?寿三郎さん?」
その時、聞き慣れた声がして毛利は振り返った。
「あ、やっぱり寿三郎さんだ」と笑う彼女は愛しの恋人、ゆめこだった。会いた過ぎて幻覚でも見ているのだろうか、と一瞬思った毛利だったが、ゆめこのすぐ近くにはゆめみと柳の姿があり、日曜日は幼馴染3人で出かけると言っていた彼女の言葉を思い出した。突然現れた先輩の姿に、柳とゆめみは揃ってぺこりとお辞儀をして、毛利は右手を上げてそれに応じた。
待ち合わせをした訳でもないのに会えるなんて、毛利はぱあっと顔を明るくさせてゆめこの側までやって来た。
「ゆめこやんかぁ。用事って藤沢駅で?」
「いえ、違うんですけど・・・せっかくだしお茶とショッピングでもしようかってことになって」
今日ゆめこ達は幸村の病院にお見舞いに行っていたのだ。幸村が入院していることはまだ毛利には話していなかったので、ゆめこはそのことを伏せて話した。お見舞い帰りにお茶とショッピングをしようと藤沢駅まで繰り出して来たのは事実なので嘘はついていない。
藤沢駅前のショッピングモールが先日リニューアルしたばかりで、3人の間でせっかくの休日だし行ってみよう、ということになったのだ。
「寿三郎さんは?」
「俺は今日クラス会が、」
ゆめこの質問に毛利がそう言いかけたところで、
「なになに?知り合い?」
と、数人の男子生徒が寄って来た。ゆめこが咄嗟に会釈をすると、その内の一人が「かーわいー」と囃し立てるように言い出してゆめこは少し気まずさを覚えた。
「やめんせーね」
毛利はそんなゆめこを背中に隠すようにして割って入った。
「俺の彼女やから」
「えっ、うっそまじで?」
「この子が噂の?」
「なんだよ毛利、お前どうやってこんなかわいい子引っかけた訳?」
「もうええから、向こう行っといてぇや」
質問攻めしてくるクラスメイト達に、毛利はしかめっ面でしっしっと、手で追い払う素振りをする。「なんだよケチー」なんて悪態を吐きながらも去っていくクラスメイト達に毛利は安堵の息を漏らした。
「クラスのお友達ですか?」
「ん?ああ、そうやね。ごめんなぁ、急に絡まれてびっくりしたやろ?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
にこにこと純粋な笑顔を向けるゆめこを、毛利はたまらず抱きしめたくなる。先程のカラオケから一転、可愛らしいゆめこの姿に毛利は天国にも昇る勢いであったが、今はクラスメイト達もたくさん近くにいるし、何よりゆめこの後ろには柳とゆめみがいる。ここで抱きしめたら「恥ずかしい」とゆめこに咎められてしまうことは目に見えていたので毛利はなんとか堪えた。
その時、「もう行くぞー」なんて声が後ろから聞こえてきて、毛利は一気に現実に引き戻された。おそらく二軒目の行き先が決まったのだろう。「ボーリングなんて久しぶりだなぁ」なんて声が聞こえる。せっかくゆめこに会えたし、このまま幼馴染3人組の輪に入れてもらっておいとまさせてもらおうか。と目論んでいると、
「寿三郎」
と名前を呼ばれ、ぐいと腕を引かれた。璃々果だった。
「もう行くって」
「え?あー、俺そろそろ」
「私のペアなんだから、早く来てよ」
なんだそれ。毛利は璃々果の言っている意味が分からず首を傾げた。
「話聞いてなかったの?ペア組んで勝負するんだって。寿三郎は私のペアね」
「・・・は?」
自分がいない間にそんな流れになっていたとは。毛利は呆気に取られて璃々果を見た。しかし彼女と目が合うことはなかった。璃々果は真顔でゆめこを見つめていた。
ゆめこは「えっと、」と少し怯えた顔をしている。
「私達もう行くから、いいでしょ?」
「あ、はい・・・」
強い口調で言われ、ゆめこは思わず首を縦に振った。璃々果の迫力もそこそこだったが、後ろにいた彼女の友人らしき女子生徒たちも揃ってゆめこに睨みを効かせていて、上級生の圧力をひしひしと感じてしまったゆめこは恐怖を覚えた。
「俺は行かんよ」
毛利はバッと璃々果の腕を振り払う。
「わがまま言わないで。人数合わなくなるじゃん」
璃々果はもう一度毛利の腕にしがみついた。その光景を見て、ゆめこの胸がズキンと痛む。毛利が璃々果に対して気の無い態度を取ってくれていることは、頭では理解できていたのだが、実際に二人がやり取りをしている所を目の当たりにすると感情が追いついていかなかった。
「寿三郎」「璃々果」と互いに名前を呼び捨てにし合っていることも、見せつけられているようで良い気がしない。
それに、毛利と璃々果が並んでいると、海原祭で二人がキスをしていた情景がぶわぁっと頭に流れ込んでくるのだ。ゆめこの心の傷はいまだに癒えてはいなかった。
「ゆめこ」
そんな彼女の気持ちを察したのか、今まで黙っていたゆめみがゆめこの肩に手を置いた。振り返るとゆめみが心配そうな顔をしていて、ゆめこはやばい顔に出てた?と少し焦った。ちらりと柳を見ると、彼はひどく冷たい顔で毛利と璃々果を見ていた。怒っている。ゆめこはすぐにそう気が付いた。
このままでは空気が悪くなってしまう。そう思ったゆめこはすうと大きく息を吸い込むと、にっこりと笑顔を作って見せた。
「寿三郎さん、もう行ってください」
「ゆめこ?」
「璃々果さんを一人にしたらかわいそうじゃないですか」
味方だと思っていたゆめこに突き放され、毛利は驚いて目を見張る。あわよくばゆめこに連れ去って欲しい、毛利はそんな事を考えていたのだ。
それなのに、「どうぞどうぞ」と言わんばかりのゆめこの態度に、毛利はまるで身売りでもされたかのような気分になった。驚きとショックで呆然とする毛利に、ゆめこは「じゃあ、私達もう行きますね」と声を掛けた。
「行こ」
ゆめこはゆめみと柳に小さく声を掛け、その場を立ち去った。どんどん小さくなっていくゆめこの後ろ姿を、毛利は棒立ちのまま見送る。
「譲ってもらっちゃった」
すぐ隣から璃々果の声が聞こえてきて、毛利はハッとした。
「なぁ、もうええ加減にしてぇや」
「嫌。ずっと言ってるでしょ?私、寿三郎とより戻したいの」
「俺はごめんやんね。そもそも先にフッたんは璃々果の方やが」
「だってそれは、」
「俺が好きなんはゆめこだけや」
身長の高い毛利に冷たい目で見下ろされ、璃々果の肩がびくりと揺れる。分かってる。目の前の男の眼中に自分がいないことも、本気でゆめこに惚れ込んでいることも。全て分かっているからこそ、璃々果は悔しくて悔しくてたまらなかった。
「なによ・・・、私には"好き"なんて一言も言ってくれなかったくせに」
スタスタと離れていく毛利の背中を見ながら、璃々果はぐっと奥歯を強く噛み締めた。
「大丈夫?ゆめこ」
毛利達と別れた3人は、駅前のショッピングモールの中にあるカフェにやってきていた。
ケーキセットを注文し、会計を済ませ、席について落ち着いたところで、ゆめみはゆめこの顔を覗き込んだ。
「あはは、強がっちゃった」
ゆめこは眉尻を下げへらりと笑う。そんなゆめこに、ゆめみと柳は顔を見合わせた。
「あの人が例の元カノさんだよね?」
「そうだ」
ゆめみの質問に答えたのは、ゆめこではなく柳だった。今まで元カノのことを詳しく話したことはないのに、ゆめこは「さすがは蓮二さんですね」と彼の持つ情報量の多さに思わず苦笑を浮かべた。
「ゆめこ。こんなことを言うのはなんだが、やはり毛利先輩との関係を考えた方がいいのではないか?」
「ちょっと、蓮二?」
率直な柳の意見に、ゆめみはたまらず待ったをかける。
「ごめんね、蓮二パパ。心配かけちゃった?」
しかしすぐにゆめこが軽口を叩き、柳はむっと眉根を寄せた。ゆめこのことを心配するあまり毛利とのことに口出しする柳のことを「パパみたい」とゆめこは言い出し、それ以降"蓮二パパ"というキャラが定着していた。もちろん定着しているのはゆめことゆめみの間だけで、柳は不服そうにしているが。
海原祭で毛利が元カノとキスをした事件から、柳は二人の交際に否定的だった。潔癖な彼は毛利の不祥事が許せなかったのだ。もちろん不意打ちだったということも理解しているが、そもそも不意打ちでキスをされるようなそんな脇の甘い男に大事な幼馴染を任せておけない、と柳は常々思っていた。
その後仲直りをしたと聞いた時も納得がいかなかったが、ゆめみにやんわりと宥められ、ひとまずは交際を認めることにした。
しかし今日の元カノとのやり取りを見て、彼はまた気が変わってしまったようだった。幼馴染が傷付くのを黙ってみてはいられない、正義感が強い柳らしい考えだった。
「もう少し他に目を向けてみるのはどうだ?」
「他ってなに?」
「お前に気がある男子は他にもいるだろう」
「あはは、ブン太くんのこと?」
柳の頭には仁王の姿も浮かんでいたが、ゆめこは真っ先に丸井のことだと思ったらしい。「本人にも言ったけど、ブン太くんはお友達だよ」と、ゆめこは困ったように笑った。ちなみにゆめみの頭には仁王の他に白石の姿も浮かんでいたが、話がややこしくなるのであえて口には出さなかった。ゆめこから白石の話を聞く度に、白石くんってもしかしてゆめこのこと好き?とゆめみは勘繰っていたのだ。
ゆめこと白石がメッセージのやり取りをしている間柄だということはもちろん柳も知っているが、彼は白石の恋心にまでは気付いていなかった。
「それに、私寿三郎さんのことが大好きなんだよね」
コーヒーにミルクを入れてかき混ぜながら、ゆめこはぽつりと呟くように言った。元カノの存在は気がかりだが、毛利への気持ちが消えることは無い。
ゆめこの気持ちを一番に考えたいゆめみは「そうだよね」と優しく相槌を打つ。それにゆめみは毛利がゆめこのことを大事に思ってくれていることもよく理解していた。そうじゃなければ、クリスマス前にわざわざプレゼントの相談には来ないだろう。
「指輪プレゼントしたいんやが、ゆめみちゃん協力してくれへん?」
少し照れたような顔で笑っていた毛利の顔を、ゆめみは思い出していた。
「・・・いいのか?」
「うん、寿三郎さんのこと信じてるから」
毛利から貰った指輪を大事そうに触りながら、ゆめこははっきりとそう言った。そんなゆめこを見て、また傷付けられなければいいが、と柳は一人溜め息を吐き出した。
(220730/由氣)→158
元カノさんが拗れちゃった理由はぷらいべったーの番外編にて。